特集●衛生管理対策の要請はこれ(柴田書店 月刊食堂1997年6月号)

現場で必須の衛生管理の基礎知識と対策

今年も昨年に続いて、食中毒事件が大きくクローズアップされそうな気配だ。食品の安全性について消費者の意識が高まる中、外食業にも厳しい目が注がれるようになる。その中でアメリカで確立された食品の安全管理システムであるHACCP(危害分析重要管理点方式)が急速に関心を集めるようになった。
もっとも日本においては、まず食品工場のHACCPが紹介されたこともあって、多くの外食業では「難しそうだ」とか「とても導入できそうもない」といった反応がある。また「従来の衛生管理と何ら変わりないじゃないか」と、HACCPそのものを軽視する傾向もあるようだ。

しかしここで注意してほしいのはHACCPとは「衛生管理の考え方を変えることである」ということだ。すなわち従来の衛生管理が「事故が起こってからその原因を特定し対策をたてる」ものであったのに対して、HACCPは「食品製造の過程で予想される危害を分析・予測し、それを防ぐ対策をとっておく」ものという違いがある。結果主義ではなく過程主義、と言いかえてもよい。

そう考えれば、外食業でもHACCPの考え方は十分導入可能ということになる。お客に商品を提供するまでに、どのような危険(細菌汚染、異物混入など)があるのかを特定して、そこでの作業のやり方を決める。しかも、それをアルバイトでもこなせるようにマニュアル化しておく。明確なルールを作っておくことが何より重要なのである。

そこでここでは外食業がHACCPの考え方に基づいた衛生管理対策をたてる上で、何がポイントになるのかを解説していこう。

* 食材受入時の注意点

搬入時の検品、検質と管理体制を確立する

店舗段階でまず問題になるのは、食材受入の段階である。店舗で衛生管理を徹底させていても、入ってくる食材が汚染されていては何にもならない。食材は信頼のおけるメーカー、業者から仕入れることだ。信頼のおける業者とは、食品メーカーなどの場合、その工場が厚生省の指導に基づいたHACCPの認定工場か、あるいはそれに準拠するシステムを導入していることである。
また、そうしたシステムを持っていないメーカーから仕入れる場合には、その工場の製造工程を実際に見て、どのような管理をしているかチェックしておかなければならない。

バブル崩壊後のコスト削減運動の中で、外食業がこぞって「食材は安ければいい」という方向に進んできたが、まずは「食材そのものの安全性」を確保することである。

もちろん、食材が店舗に届いたときの検品、検質のチェックリストをつくっておく必要がある。店舗の入口部分で危険のある食材はシャットアウトしなければならない。

また、店舗段階での管理体制も重要になる。決められた保管温度と賞味期限をきちんと守る。すなわち、温度と時間の管理を徹底させることである。冷凍食材などでも、長期間保管しておくと酸化の問題が出てくる。ごく当たり前のことだが、先入れ先出しという原則を守ることだ。

アメリカの外食業界団体である全米レストラン協会(NRA)では、独自の衛生管理基準を定めているが、そこでは「常温保存の食品でも4.4℃以上で4時間を超えて放置してはならない」と定めている。これに準拠した食材管理体制をまず確立することだ。それに合わせて、冷凍・冷蔵庫などの設備機器も揃えておかなければならない。

* 加熱調理の基準をつくる

衛生管理を含み込んだマニュアルづくりを

次に問題になるのが、店舗での調理段階である。ここでも温度と時間が重要になるが、これについては厚生省が「中心温度75℃で1分間加熱する」という指針を打ち出している。もっともこれは議論のあるところで食材によっては、この加熱条件では加熱のしすぎで商品にならないものもあり、必ずしも現実的でないという見方もある。
そこで参考にしてもらいたいのがやはりNRAが独自につくっている加熱調理の基準である。別表に示したように、きわめて細かく加熱温度と時間を定めている。

これ以外にも、例えばクックチルシステムなどで調理済み食品を保存する場合には60℃で2時間まで、またソースなどをホテルパンに入れて急速冷却する場合には、2インチ(約5cm)以上の深さに入れてはならないといった規定もある。深く入れすぎると冷えにくいためだ。

さらに、食品の再加熱については中心温度73.9℃で15秒間と定めている。特に電子レンジを使う場合は「中心温度は別表の加熱温度よりそれぞれ14℃高くすること」となっている。電子レンジは食品中の水分を振動させて加熱する仕組みのためオーブンなどと比べて温度ムラができやすいためである。

これらはいずれも罰則規定のある強制的なものではないが、アメリカのチェーンレストランではどこもこれに準拠した調理マニュアルを作っている。日本の外食業は調理マニュアルと衛生管理マニュアルは別物という捉え方をしてきたが、これからは味や分量の面からだけでなく、衛生管理対策の側面も含み込んでレシピや調理マニュアルを整備していく必要がある。

また、それに合わせて厨房設備機器を見直すことも大切だ。文部省が学校給食に対して、芯温センサー付のオーブンを導入する場合は50%の援助金を出すという対策を打ち出しているが、安全性保持のためのハードへの投資は欠かせない。

もちろん、機器を入れればこと足りるのではなく、それが正常に作動しているか、定期的なチェックとメンテナンスは徹底させなければならない。それは、自動車を運転するすべての人に車検が義務付けられているとのと同じことである。

* 従業員への意識の徹底

最終的にはトップの経営姿勢が問題になる

そして、最も重要なのが従業員のモラールの部分、すなわち衛生管理についての意識を徹底させることである。よくきれいな身だしなみ、といったことが言われるが、その内容をさらにつっこんで明確なルールを確立する必要がある。
最近とくに言われているのが、細菌を持っていても本人には症状がない、いわゆる健康保菌者の存在である。サルモネラ菌の場合、3~5%の割合で健康保菌者がいると言われている。これが媒介となって食中毒を引き起こすことも多い。従業員の中に健康保菌者がいるということも予測される危害である。

そういう前提にたてば、よくTV番組の「料理の鉄人」で見かける、鍋に指をつっこんで味を見る、といった行為がとてつもなく危険なものであることが分かる。きちんとした料理人は、小皿に少量とって味を見ているが、そうした昔から習慣づけられてきた行為には、それなりの理由があるのである。

厨房内でタバコを吸ってはいけないというのも、それが見苦しいからではなく、手にツバがつくなどの危険があるためなのだ。いずれにしても料理人は、芸術家ではなくエンジニアなのだという意識を徹底させる必要がある。

これらのことは調理担当者だけでなく、店舗にかかわるすべての従業員に同じことがいえる。店舗のクレンリネスを保つことも、ホール従業員が配膳の際に料理に手を触れないようにする、といったことも同様である。食器洗浄の作業についても「リンス温度を82℃以上に保つ」ということ、それが殺菌消毒のために不可欠なのだという意識を徹底させておかないと、作業員はすぐ温度を下げるといった衛生管理上危険な行為をとってしまうことになる。

結局のところ衛生管理問題は、経営者の意識、経営姿勢の問題にいきつく。外部業者も含めて、店舗にかかわるすべての人に対策を徹底させることは、トップがその重要性を理解していなければできることではない。また、現場サイドから衛生管理上不備な点があるといった声が上がってきた場合でも、それに耳を傾け、必要な投資は惜しまないという姿勢がなければ現場の意識はたちどころに低下してしまう。

自社で提供する商品に責任をもつこと。それは外食が商売として成立していくいうえで必要最低条件なのである。HACCPの考え方がアメリカで広まっていったのも、外食業が果たすべき社会的責任が大きくなっていったからに他ならない。そのことを認識することが、衛生管理対策の出発点になる。

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