先端食トレンドを斬る- 真空調理とクックチルは別物と理解して使い分けよ(柴田書店 月刊食堂1996年2月号)

<クックチルと真空調理の混同はなぜ起きたのか>

クックチルは食品の保存法としては優れたシステムである。だが、日本ではそれを正しく理解している関係者は少ない。その原因は、ひとつには真空調理とクックチルの違いを理解していないため。もうひとつはクックチルの中でもブラストチラーとタンブルチラーというふたつの方法があり、その違いを理解していないためである。
しかも、真空調理もクックチルも明確な定義づけがなされていない。人によって定義がまちまちなのだ。というのは、両者には調理法という側面と保存法という側面があり、どちらから見るかで捉え方が異なってくるからだ。

そこで今回は、まずそれぞれの違いを明確にするところから話を進めていくことにしよう。

クックチルと真空調理の間で混乱が生じた最大の原因は、両者の起源が同じであったからと考えていいだろう。クックチルも真空調理も、スウェーデンのある病院がおいしい食事を安全かつ安定的につくるために開発したナッカシステムからスタートしたものなのだ。では、そもそも起源となったナッカシステムとはどういうものであったのだろうか。

食品を効率的に生産しようとするならば、保存の技術は不可欠になってくる。今でこそさまざまな保存法があるけれども、1960年代当時は食品の保存法といえば添加物を入れるか、冷凍する以外になかった。病院食ということを考えると、保存料を添加することはできない。そこで調理後すぐに冷凍し、後に再加熱するという方法を選択せざるをえなかった。しかし、周知のように食品は冷凍と解凍の過程で細胞が変化し、味が落ちる。

それを解決するために、研究を重ねた結果生まれたのがナッカシステムと呼ばれるクックチルだ。つまり、食品を真空パックして加熱調理し、そのまま急速に冷却、食品の冷凍点のやや上の温度帯、具体的にはマイナス2℃から0℃で保存するという方法である。必要なときはパックされたままの食品をそのまま再加熱し、開封して盛りつけるだけとなる。これにより、おいしい病院食を合理的につくることが可能となったのだ。

こうした技術を開発する手助けをしたのが、真空パックのためのプラスチックパックを開発したクライオヴァックという包材メーカーだ。真空パック調理という方法に将来性を感じた同社は、安全かつ大量に調理し、保存するためにはインダストリアルな取り組みが必要になるとの結論に達し、米国の厨房機器メーカーのグローエンに協力を求めた。そこでナッカシステムに味の低下を防ぐための低温調理など新しい技術が加えられ、現在のクックチルが開発されたのである。もちろん、その技術は基本的に保存のために開発されたものだ。

しかし、それは同時に真空調理の構成要因である真空パックと低温調理という技術を生み出したことになる。クライオヴァックは、同じように真空パック調理に可能性を求めていたG・プリュー氏にプラスチックパックの技術を伝え、プリュー氏とともにフランスで真空調理法という技術も確立していった。しかし、それは保存法のための技術としてではなく、肉などのジュースを損なうことなく、しかも柔らかく仕上げる調理法ということで注目され、定着していったのである。フランスで発達した真空調理は調理法であり、アメリカで発達したクックチルは保存法と、単純に分類できるならば、両者はそれほど混同されることはなかったかもしれない。しかし、実際にはフランスでも真空調理が保存法としても使われている。

厳密にいえば、保存法としての真空調理は、認定工場で厳密な衛生管理、温度管理のもとで生産されたものだけであり。この場合は2週間まで保存が認められている。この方法はクックチルとほとんど同じ考え方である。これに対して、調理法としての真空調理では、コックのハンドリングが行われたり温度管理の厳密性に欠ける部分があるため、使用日を含めて5日間の保存期間しか認められていない。 簡単な定義づけをするならば、レストランとして個店単位で行う真空調理は調理法であり、工場できちんとした管理のもとで行われる真空調理は保存法だと捉えておくべきであろう。

だが、保存法としての真空調理であっても、基本的には素材をおいしくするという発想で改良されていったため、食品ごとに温度設定は変えている。一方、クックチルの場合はあくまで保存法であるから、どんな食品であっても中芯温度は82℃と厳格に規定されている。この点が真空調理とクックチルの保存法の差となっているのである。

<限られたエリアの中で生きるブラストチラー>

クックチルで混乱を起こしている原因は、ブラストチラーという方式が出現したことによる。
もともと、クックチルは真空パックが前提となっている。真空パックされた食品を加熱調理した後に冷却漕で水冷するタンブルチラー方式が本来のシステムである。しかし、この方式は包装設備はもちろん、加熱調理のためのクックタンク、さらに冷却漕といった大がかりな設備が必要だ。また、真空パックをするため、フライヤーで揚げたり、オーブンで焼いたりといった調理法は使うことができず、メニューの組立も限定される。 そこで生まれたのがブラストチラー方式だ。これは従来の調理法で調理した食品をホテルパンなどに移してからラックに入れ、ラックごと冷風で急速に冷却し、氷温帯で保存するというものだ。この方式ならば、たとえばフライなど衣のある食品やステーキなど焼き目が必要な食品も保存できる。ただし、空気にさらされるため細菌汚染の可能性があり、保存期間は5日間とタンブルチラー方式の30‾45日間に比べて極めて短くなっている。

強い冷風で冷却、冷凍するブラストフリーザーという機器そのものは食品業界では一般的なものであり、技術も普及していたことから、それを応用しようというのがブラストチラー方式のクックチルなのである。

しかし、日本に伝わるときにはここで誤解が生じた。タンブルチラー方式、ブラストチラー方式にはそれぞれ守備範囲があり、正しくはその特性を踏まえて使い分けていかなければならないのだが、それを正確に把握できなかったのである。

クックチルが最大のメリットを発揮するのは、給食施設がいくつもの場所に分散し、それぞれが調理設備を持っているような場合である。一カ所で集中的に加工、冷却、保存し、各施設に配送すれば、大幅な省略化が図れる。また各施設にも調理人は必要なくなり人件費の節約にもつながる。

この施設の分散の度合いによって、タンブルチラー方式とブラストチラー方式のどちらを選択すべきかが決まってくる。ひとつの構内にセントラルキッチンそして給食施設が分散している場合は、ブラストチラー方式で十分カバーできる。しかし、日本の経営者には、設備投資が少なく従来の調理法で済むということから、ブラストチラー方式を選び、このシステムで集中配送、しかも遠距離まで配送したいと考える人が多かったのである。

ブラストチラー方式はホテルパンなど特殊な容器に入れて冷却し、そのまま運ぶことになっているので、配送は容器の回収を伴い、必ずツーウエイになる。さらに、それらの容器の洗浄という問題も出てくる。また、従来の調理機器で調理するだけでなく、再加熱の時にも同じ調理機器が必要となる。厨房設備の合理化はできないのである。

しかも、先程述べた理由から保存期間は5日間である。製造日と消費日を含めての期間だから、実際には保存法としてのメリットはそれほどない。

ブラストチラー方式でもっともメリットが生かせるのは、エアケータリング、つまり機内食である。彼らがそれをクックチルと言っていないのは、保存を目的にしているわけではないからだ。なぜブラストをかけるのかといえば、細菌をコントロールするためだ。機内食は調理から消費されるまで十数時間、場合によっては20時間近くかかる場合がある。冷凍すると味が落ちるから冷凍は避けたい。しかし、機内で食中毒が起こったら大変危険だから細菌管理はしなければならないということで、ブラストチラーというシステムを利用しているのである。

確かに投資は少なくて済むのだが、厨房コストも人件費も大きく下がることはないなど、ブラストチラー方式は案外、金がかかる。しかし、従来の調理法が使えるので料理のバラエティは限りなく広がる。ブラストチラー方式のクックチルに取り組もうという方はこうしたメリット、デメリット部分を十分に検討しておくことが大切だ。

<それぞれの特徴を組み合わせた導入がベスト>

タンブルチラーの場合は、調理に工夫が必要となってくる。調理の方法はシチューや煮物などの流動物と、肉や野菜などの固形物では異なってくる。
流動物の調理では、まずケトルの中で加熱調理し、82℃の状態を維持したまま真空パックする。それを冷却漕に入れ、冷水により1時間以内に4℃まで冷却する。一方、固形物の調理ではまず肉なり魚なりを真空パックし、それをお湯のタンクに入れて中芯温度が82℃になるまで加熱してから、冷却漕で同じように急速冷却する。

ケトルで加熱する流動物の場合はそれほどではないが、固形物の場合は真空調理と同じ手法で調理することになるため、レシピの開発が大変になってくる。そのため普及に時間がかかっているのだ。

専用の設備やレシピ開発などが必要とはなるが、クックチルに本格的に取り組むというのであれば、タンブルチラー方式は絶対に必要になってくる。

アメリカのクックチルシステムではタンブルチラー方式とブラストチラー方式の両方を組み合わせて使っているケースが多い。そして、大きな施設になるほどタンブルチラーの比率を増やしている。生産量が大きくなるとタンブルチラーでなければ生産性が悪くなるからだ。逆に小規模の施設ほどブラストチラーの比率が高まってくる。

両者の分岐点は1日2,000食といわれている。2,000食以上生産する場合はタンブルチラー方式のほうが、2,000食未満ならばブラストチラーのほうが効率がよくなるわけである。とくに1万食規模になってくると9割以上はタンブルチラー方式にしなければ、効率的な生産は不可能だろう。

さて、クックチルを導入するときに気をつけなければならないのは、厳格な衛生管理が必要となる点だ。この連載の第7回に取りあげたHACCPの知識を同時に導入しないと、大変な事故を起こす可能性があるからだ。

だがタンブルチラー方式は厳密な温度管理が行われるのと同時に、記録も残るのでHACCPの適用ができる。いまアメリカでクックチルの専門家に取材するときは、HACCPを理解していることは前提となるほど、もはやクックチルとHACCPは切り放して考えることはできないのである。

従って、調理の知識は必要だがそれ以上に食品製造工程的な管理が必要になってくる。ところが、こうした製造業的な管理技術が欠けているのが我が国の厨房だ。日本の場合、温度計とストップウォッチがない厨房が実に多い。これではクックチルに取り組むことなど不可能である。

クックチルに対する誤解、そして衛生管理や製造管理といった科学的なバックグラウンドの欠如など、受け入れる土壌がなかったわが国の外食業だが徐々に変わりつつあるようだ。たとえば、関東のある中堅チェーンは今年からタンブルチラー方式のクックチルに取り組もうとしている。たぶんスパゲティのソースなどにそれが生かされていくのだと思う。

スパゲティソースなどは、タンブルチラー方式の特徴がもっとも生きてくる食品だ。本来はスクラッチがいちばんいいわけだが、保存はできない。チェーンレストランなどではレトルトのソースを使用しているが、レトルトは100℃以上で加熱するためスパイスのフレーバーが飛んでしまい味が落ちる。その点、タンブルチラー方式は100℃以下の温度で加熱調理するためフレーバーを保つことができる。もちろん、これ以外の調理ソースやスープについても同じことがいえる。実際アメリカでもソース、スープなどに利用されていることが多い。

結論を言ってしまうと、おいしい料理を提供するためにはタンブルチラーとブラストチラーの両方を組み合わせることが必要になってくると思う。レシピ開発が大変だとはいえ、タンブルチラー方式は真空調理と同じ仕組みなので、真空調理のレシピを生かすこともできる。調理方法としても確立されているだけに、実際おいしいものができるし、かなりの部分まで応用はきくだろう。しかし、焼いたり揚げたりという調理はできない。その点は、従来の調理法をそのまま生かせるブラストチラー方式でカバーしていけばいいということになる。

アメリカの厨房機器メーカーも、かつてはタンブルチラー派、ブラストチラー派に色分けされていたのだが、タンブルチラーのメーカーがブラストチラーの機器を製造したり、またはその逆の場合も起こりはじめている。

ひとつの方式ですべてをカバーできるということはありえない。客観的に見れば両方の方式が必要であり、何々派と色分けしてしまうことのほうが無理があるのだと思う。

表1
ブラストチラーとタンブルチラーの比較
. ブラストチラー タンブルチラー
調理方法 従来の調理機器で調理する為、生産性は余り変わらないる ケトルやクックタンクで、大量の食品を自動調理するので生産性が高い。
味 従来の調理方法と同じ。 フランス料理の真空調理と同じで食品の旨味が外に出ず品質がよい。
冷却と衛生 空冷で、包装していないため、保存可能期間が5日間である。 真空包装と同様の包装で冷却が早い為 30~45日間保存可能。
計画生産 保存期間が短いので工夫が必要。 保存期間が長いので月単位の計画が立てられる。
配送性 保存用のパンに入れ配送するので回収し洗浄殺菌しなければならない。 プラスチックバッグごと配送し回収の必要はない。
再加熱 再加熱するときに、容器を入れ替え加熱するかまたは、一般的な調理器具が必要。 プラスチックバッグごと加熱できるので簡単な湯煎でも可能。
人件費 調理方法が従来と同様であり冷却の手間を考えると余り削減できない。 大量の自動調理と、保存期間が長い為計画的な生産が出来、削減可能。
原材料費 従来よりも計画的に生産出来るのでやや削減出来る。 |保管期間が長い為、一回の生産量が多く出来、購買量が大きいのでかなり削減出来る。また食品の歩留が良いので原材料費のロスが少ない。
投資コスト 冷却設備で1000万円といわれているが、この他に従来の調理設備が必要。またサテライトキッチンの設備も比較的多く必要である。 5~6000万円で高いと言われていいるが、これには調理設備も含まれており、サテライトキッチンの設備が軽てすみ、ランニングコストが低い事を考えると十分コストに見合う。

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