先端食トレンドを斬る- 多ブランド化よりも主幹業態の維持が優先だ。(柴田書店 月刊食堂1996年4月号)

<多ブランド化で体力を維持できるか>

このところ、次々と決算が報告されている。ここで見る限りはキープコンセプト、つまり主幹業態をきちんと守り続けている企業が利益を上げているようだ。吉野屋ディー・アンド・シーでいえば吉野屋が、ロイヤルでいえばロイヤルホストが収益に対する貢献度は高い。マクドナルドにしても、かつてのメニュー多角化を止め、本来のコンセプトである低価格路線になったからこそ、収益構造を取り戻したのであろう。
すかいらーくでいえば、好調なのはジョナサン、バーミャンで、すかいらーく、藍屋は減益である。この違いはどこから生じたのであろうか。私は主幹業績の解体、そして多ブランド化にその一因があるのではないかと考えている。多ブランド化は体質を弱めてしまうのではないかと懸念しているのだ。もちろん、すかいらーくのように、経験も体力もあるところは、現在は厳しいかもしれないが、いずれは確固としたブランドに育てていくことができるだろう。しかし、体力や経験のない企業が、すかいらーくと同じことをするのは危険ではないかと思う。

業績転換による多ブランド化は一種の劇薬であり、当初は絶大な効果をもたらす。お客は常に新しいものを求めているため、表面的には売上が上がるからだ。しかし、その後必ず反動がある。

どこがいちばん問題かというと、過去の財産を潰してしまう点にある。ひとつのブランドを通じて蓄積してきたすべてのノウハウが水泡に帰してしまう可能性があるのだ。ノウハウとはすなわちオペレーションマニュアルや教育システムである。

オペレーションも教育も蓄積がすべてだと言っていい。同じようなファミリーレストランであっても、調理レシピやサービスの方法など、細部ではすべて異なっている。それを構築するだけでも大変な時間と労働量を必要とするし、教える方法もまた長い時間をかけて改善されていったはずだ。

トレーニングシステムを例にとってみよう。店内オペレーションの中心はアルバイトである。アルバイトに対して最も有効な教材は視聴覚教材だ。要するにVTRを使った教育である。経験のある方はおわかりだろうが、このVTRのメンテナンスが、実に大変なのだ。

撮影料や配布コストを考えると大変なコストになることはもちろんだが、それ以上に大変なのが製作のための作業だ。教材としてのVTRは外部に委託すればできるものではない。外部の製作会社はあくまでも台本に添って作るだけである。内部の人間が台本を作り、撮影に立ち会わなければならないから、大変な作業となる。私の経験でいえば、専任の人間をおいても年に6本できればいいほうだろう。

普通のチェーンでは、少ないところでも10本、多いところでは30本以上のテープを教材としている。テープのメンテナンスをきちんと行おうとすれば、最低2年から5年は必要となる。そう考えると、いくつものブランドを持ったなら、テープのメンテナンスは不可能に近くなる。

すかいらーくが多ブランド化を実現できるのは、ひとつのチェーンで100店を超えるだけの規模があるからだということもできる。スケールメリットを生かすことで、システム作りのための資金を確保できるからだ。逆にそれだけの力がないところは、多ブランド化はいたずらに混乱を引き起こすことになる。

多ブランド化するということは、いったんは売上げが上がるものの、すぐにオペレーションが低下するということを常に頭に入れておかなければならない。オペレーションが低下すると、QSCが下がる。QSCが下がると、そのための人員を投入しなければならなくなり、生産性が下がる。QSCを下げるか、生産性を下げるか、どちらかを犠牲にする覚悟が必要なのである。

店舗オペレーションだけの問題ではない。販売品目数の変更はPOSや電算システムの変更を伴う。例えば使用食材の種類が増えたなら、電算システムの桁が変わってくる。それだけで組み直しが必要となるし、場合によっては現行のPOSが使えなくなることもある。

さらにセントラルキッチンの生産性も下がる。セントラルキッチンの目的は、なるべくメニューを絞って、少ないメニューを大量生産することで生産性を上げることだ。工場の設計、工程管理もそれを基に行われている。ところが、多ブランド化によりメニュー品目数が増え、しかもチェーンとしての規模が小さいと、他品種少量生産せざるを得ない。つまり、当初のコンセプトと相反するわけだから生産性は下がって当たり前なのだ。だからセントラルキッチンも狂ってくる。これを修正するには、10年かけて構築してきたシステムを壊して、一から新たにしていかなければならないのだ。配送システムについても同様のことが言えるだろう。

つまり、商品やサービスなどの目に見える部分はもちろん、目に見えない部分まで変わってくるということを覚悟しなければ、多ブランド化はできないわけである。名前を変えるだけ、あるいはメニューを変えることだけで多ブランド化に走ると、とんでもない落とし穴にはまることになるだろう。

<お客に見えるところは標準化してはならない>

多ブランド化に走る原因として考えられるのが、コンセプトの老朽化であろう。たしかに、何十年も経過すると、コンセプトが色褪せて受け入れられなくなるというのは事実である。しかし、そこで料理からブランドまでを一気に変えていいのだろうか。
とくにファミリーレストランの場合、コンセプトが色褪せる原因は、標準化という点で誤りを犯しているからではないだろうか。チェーンレストランの仕組みを考えた場合、標準化すべき部分と、してはならない部分がある。標準化してはならない部分とは、店舗デザイン、メニュー、サービスの仕方である。これらを標準化という名の下にひとつの形に押し込めてしまうと、極端な話、十数年前の店と現在の店がほとんど変わっていないということが起こる。

もちろん、店舗やメニューを少しずつ変えているのだろうが、基本的な部分は変わっていないはずである。とくに内装は根本的な変革がないと、ある日急に飽きられるということになる。標準化すればコストが下がるという内装資材もたしかにあるのだが、飽きられるということを考えると、こうした部分は標準化しても意味はない。まして、内装資材は2年、ないし長くて3年ごとにモデルチェンジされている。ひとつの資材を維持しようとすると、逆にコストアップするということも考えられる。

デザイン、色彩などには必ず流行り廃りがあるように、世の中には常に流行というものがある。ファミリーレストランだから流行に無縁でいいということはない。逆にどんどん現在のライフスタイルを取り入れていくべきなのだと思う。

メニューについても同様だ。盛りつけにしても古くさいままでいいわけがない。アメリカの傾向を見ると、最近は見映えをよくするために皿が大きくなってきているし、皿の中のカラーコーディネートも重視されている。ハンバーグならハンバーグでいいから、見せ方を変えるべきなのだ。

それに対して、店舗のマニュアル、食材、キッチンレイアウト、調理機器、調理のオペレーションは、きっちり標準化しなければならない。要するにお客に見えない部分である。店舗やメニューなどお客から見えるサイドで標準化していいのは看板だけなのだ。

こうした裏側の部分がきちんと確立されていれば、後はどのようにもなるのだ。しかし、ひとつの業態の解体、そして多ブランド化という現在の流れでは、この裏側の部分が置き去りにされている気がしてならない。だから私は危険ではないかと感じているのである。

<マーケティングを無視するな>

こうした多ブランド化の動きで浮かび上がってくるのは、日本の外食業のブランドに対する執着心のなさ、あるいは重要性を理解していない点である。多ブランド化とは、すなわちそれまでに築いてきたブランドを捨て去るということだ。ブランドを確立するために投じてきた年月や費用を無駄にするということでもある。
ブランドを大切にするというのは、食品の世界では当たり前のことだ。しかし、それを実践している外食産業は、今のところマクドナルドや吉野屋といったファーストフードだけである。

セブンイレブンがなぜ売れるかといえば、ブランドやマーケティングに長けているからだ。具体的にいえば、テレビの有効活用だ。それも2つの異なるアプローチで消費者に訴求している。

セブンイレブンのテレビ広告というと、自社のイメージCMか、弁当そうざいのCMしかないではないかという人もいるだろうが、店内に並ぶ商品を思い出していただきたい。弁当そうざいを除いた商品はすべてナショナルブランドなのである。ほとんどの商品は一流メーカーがテレビで宣伝しているから、セブンイレブンとして宣伝する必要はない。しかし、その宣伝効果は確実にセブンイレブンの売上に現れている。だから、セブンイレブンのオーナーが新商品を導入する際に参考にするのは、テレビの広告宣伝投入量とブランドの浸透度ということになるのだ。

もちろん、テレビなどのマス媒体を使った広告宣伝については、これまでも様々な議論が行われてきたはずだ。ファミリーレストランの場合、いちばんの課題となるのは、費用対効果が見えにくいという点であろう。

というのは、メニュー数が多く、訴えるべき商品を絞り込めないからだ。その点、ファーストフードは限定メニューであるだけに、集中して訴求することが可能であり、効果測定もしやすいという利点がある。

ブランドの問題だけではなく、現在の外食、とくにファミリーレストラン企業はマーケティング理論を軽視しているように思われる。例えば、新しいブランド、商品を投入するときにテストマーケティングをきちんと行っている企業はどれだけあるのだろうか。

食品や化粧品、そしてファーストフードの世界では、新商品を導入する際、必ずテストマーケティングを行っている。地域を決めてまず新商品を投入し、さらに別の地域でもデータをとって、地域間の差を必ずチェックしてから全国発売となる。新たなレストランチェーンを作る場合も同様だ。まず最初の店でオペレーションを確かめ、次に数店舗で実験し、その次に特定地域に拡大するというのが順序である。特定地域に拡大したときには、テレビのマス媒体を使って、広告宣伝の効果測定も必要だろう。そこでのデータを基に、いよいよ拡大戦略に移るわけである。

マーケティングの世界では、リサーチという方法も重要である。マクドナルドなどのファーストフードは、リサーチ会社を使って、常に自社のポジショニング、他社に対する優位店、あるいは弱点を調査している。消費者が自社に何を望んでいるのか、どの部分に魅力を感じ、どの部分を快く思っていないのかなどを把握して、常に軌道修正しているわけである。

では、現在多ブランド化で不振から脱しようとしている企業は、新しいブランドを立ち上げるにあたって、消費者のマーケティングを行っているのであろうか。リストラ云々がいわれる以前から、外食の新規事業は経営者の独断でスタートすることが多かったことを考えると、本格的なマーケティングを行った企業は少ないと推察せざるを得ない。

本来、新規事業は既存のブランドではとらえきれない新しいニーズが生まれたときにスタートすべきものだ。そうでないのならば、先ほど述べたように、内装デザインやメニュー面のリフレッシュで十分対応できるはずだ。いずれにしろ、その判断の基になるのはマーケティングである。

マーケティングといえばファーストフードという考え方がこれまではあったが、ファミリーレストランも体型だったマーケティングに取り組まなければならない時期に来ているのではないだろうか。

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