本当のOJTを学ぶ

(商業界 飲食店経営1997年4月号掲載)

体験的店長実務ステップアップ講座第8回目

フロアーコントロールに必要な適材適所とOJT

1.やる気を出させるポジショニング
店長から学んだフロアーコントロールの極意は、

1.5感を働かせて問題点をしっかり把握する。
2.気がついたことをすぐにメモし優先順位をつけ、優先順位別に解決する。
3.朝晩、メモを整理する。
4.調理機器のメインテナンスの知識、棚卸しなどの数字を把握し店舗の問題点を明確にする。
5.問題点を予測し、事前に対策を立て実行する。

等だった。さーこれさえわかれば完璧だ。店長と同じくらいフロアーコントロールが旨くなるぞ、と張り切って日曜日のピーク時を迎えた。今まではピーク中に食材を切らしたり、釣り銭がなくなってパニックになっていたが、ピーク前に問題点を発見し対策をすることでそんなアクシデントはなくなったし、ピーク後に休憩の出し忘れをすることもなくなった。これで店長と同じくらいフロアーコントロールが出来るはずだったがどうも雰囲気が違う。

日曜日の同じくらいの売り上げで、同じアルバイトのメンバーでありながらスムーズさが違う。最も違うのが従業員の表情だった。筆者はピーク時にはスムーズに行くように、アルバイトを叱咤しながら(怒鳴り散らしながら)フロアーコントロールをやっていた。筆者の立場はファーストアシスタントマネージャーであり、店長を補佐する仕事だ。

この店の課題はモラルだったから、厳しくする必要があり、軍隊でいう鬼軍曹の役割をしなければいけないと思い込んでいた。「こらがんばれ、グリドルが汚い綺麗にしろ。ケチャップがはみ出しているぞ、何見ているんだ。こら、サジェストをしろ。この馬鹿、笑顔がねーだろ。」とこんな調子だった。アルバイトはこんなに怒鳴られるわけだから、楽しくなさそうに嫌々働くわけだ。そして暫くすると「マネージャー、俺疲れたよ、朝からグリドルばっかりで汗ぐっしょりだよ。」おい外の掃除をしてこいと言うと。「またですか、さっき外を掃除したばかりですよ」等の不平が続々と出てくる。

ところが店長がフロアーコントロールをしていると、みんなにこにこしながら働いているではないか。時には笑い声まで聞こえて楽しそうな雰囲気があふれている。店長は小柄な何時も笑みを絶やさない優しい性格だったから、最初は店長がアルバイトを甘やかして、しょうがないな、と思っていた。ところが店長がフロアーコントロールをしているときは、みんな必死に働いているわけではないのに、筆者の場合と異なり、綺麗だし、商品の品質やサービスも数段優れている。ピーク中も仕事がきついにも関わらず従業員から文句の一つも出てこない。

筆者と店長がいるとアルバイトは筆者のところには一人も集まらないばかりか、店長のところに全員集まってくる。アルバイトに何故店長のフロアーコントロールの最中に楽しいのか聞いてみると、ピーク時のアルバイトの担当部署(ポジショニング)が適切で疲れないと言う。ポジションとはグリドル、フライヤー、レジ、等の担当の仕事を指す。 新人の従業員にはトレーニングチェックリストを使用して一定の仕事を教えるのだが、仕事を覚えてもそれぞれ得意不得意、好き嫌いのポジションもでてくる。本来は仕事に好き嫌いを言ってもらっては困るのだが、ピーク時には好きなポジションで得意な仕事をさせると、幾らきつい仕事でも疲れないし、文句も出てこない。

よく樽とか桶の原理という。樽や桶は一定の長さの木の板を組み合わせ「たが」で締めて水や酒などの液体を貯める。一本でも長さが短い木があると水位は一番短い木の長さで決まってしまう。フロアーコントロールで言えば、幾ら優秀なアルバイトで店舗を運営しても一人の熟練していないアルバイトが混ざることにより、彼の低いレベルの仕事のペースに全体の効率が落ちてしまうということだ。

熟練のアルバイトでも得手不得手、好き嫌いがあるからそのポジションを間違えると、ピーク時に最大の効率を上げることが出来なくなる。店長はアルバイト一人一人の仕事ぶり、得意不得意、好き嫌いを把握してピーク前になると、最大の効率が発揮できるようにポジションを変更している。筆者の場合はそんなことを考えずにポジショニングをしているから、最大の効率が出ないだけでなく楽しくない。

店長はポジショニングを決めた後、慣らし運転をして各アルバイトの仕事ぶりをチェックする。そして適切なアドバイスする。そしてそれが最も重要なのだが、仕事ぶりが正確で早いと褒め、アルバイトから笑顔を引き出していると言うことだ。

アルバイトを始める動機は最初はお金であるが、働き出すとだんだん変わってくる。アルバイトであっても仕事を店長に認めれられることはうれしいし、他のアルバイトの前で褒められると凄く気分が良くなるわけだ。そしてそれを聞いた他のアルバイトも店長に褒められたいから、一生懸命働き出す。つまり褒め言葉一つで店の雰囲気が変わるし、仕事内容も大幅にレベルアップしてくる。

2.アルバイトとのコミュニケーションの取り方
店舗の改装後も百貨店のテナントという立場から独自の休憩室を持つことは出来なかった。そのためアルバイトと休憩時間コミニュケーションをとったり、ミーティングを開いて意志疎通をすることが出来なかった。筆者は場所がないからコミニュケーションが出来ないと思いこんでいた。ところが店長は各アルバイトの学校の状況や、個人的なこと、家庭生活、仕事の能力まで完璧に把握しているではないか。何故場所と時間がないにそんなことを知っているのかと見ていたら、仕事をしながらアルバイトと話している。

当時のマクドナルドのポリシーは、ドント・ストップ・ザ・モーションと言って無駄口を利かずに動き回れと言うものであり、私語は厳禁であった。私語をしている最中客がきて待たせれば感じが悪いし、ハンバーガーの調理中に話をして唾が食品にかかったら衛生的でないからだ。だから話をするのは厳禁だと思いこんでいた。無駄話でなくコミュニケーションをとったり、アルバイトの家庭環境、学校の状況、仕事の進捗ぶりを聞くことは重要な情報収集手段であると言うことに気がついていなかったのだった。

情報収集であるからと言って、尋問形式で聞くのでは本当に欲しい情報を素直に語ってくれない。まず、こちらが何を考えどうしたいかという、生身の人間としての率直な考え方を真剣にアルバイトに伝えることが必要になる。良く勘違いするのだが、仕事に厳しい社員はアルバイトに嫌われると思いこむことだ。アルバイトが最も嫌がり、当惑するのは、社員や店長が何を考えているかわからないことだ。社員や店長の考え方、方針がわからなくてはアルバイトは何をすればよいのかわからなくなる。アルバイトも仕事上の達成感が欲しいから店長たちの方針に従おうとするのだが、肝心の店長たちの方針がわからないと当惑してしまうことになる。

店長は仕事中に気楽にアルバイトと自分の過去の経歴、これからの抱負、会社の方針などを話している。店長の考え方を聞いたアルバイトは、店長に自分たちの悩みや考え方を短時間の内に素直に話すようになっていたのだった。

この仕事中にアルバイトと短時間でコミュニケーションをとる技術は後に店舗の状態を短時間で把握するのに大きく役に立った。後に運営部長になった時の話だ。マクドナルドの運営部長というのは3名の統括SVを管轄し、約100店舗を管理する。店舗を訪問するのもごく短時間でしかない。だからといって店舗は店長、SV、統括SVに任せきりではいけない。統括SVの店舗掌握に問題ないかという事にも注意を払う必要があるからだ。

運営部長の仕事で重要な仕事に部下の評価がある。アシスタントマネージャーの評価は店長、店長はSV、SVは統括と言う段階で一時評価を行い、その一段階上の上司が2次評価を行い評価にばらつきや依怙贔屓がないかをチェックする。最終の調整は運営部長が行う。

その評価会議の席上だった。あるSVがファーストアシスタントマネージャーの評価を最低のランクでつけていた。次回も同じ評価であればタイトルダウン(降格)になる評価だった。その理由は目標を与えても実行せずやる気がないとのことだった。統括に意見を聞いてもSVと同じ厳しい評価であった。筆者が気になったのはその統括の厳しい評価振りだった。その晩、問題の店舗を一人で訪問し、仕事が終わってからファーストアシスタントマネージャーと話し合った。筆者が評価の話をし出すと彼は思わず泣き出してしまった。理由を聞くと与えられた目標を達成しようとしても、何時も閉店業務にさせられて時間がないので出来ないと言うことだった。どうも新任の店長と旨く言っていないようだった。過去のスケジュールを見てみると彼の言うとおりだった。

そこで、次の日の朝から、仕事中の全アルバイトと面談をした。面談と言っても仕事をしている最中に立ち話をしながらだった。こういう難しい話は座ってきちんと話そうとするとかえって聞き出すことが出来ないからだ。一人当たり数分間話をし、一番問題点を把握しているベテランのアルバイトとじっくり座って話をした。

初対面の相手から難しい話を聞き出すにはまず、自分の立場、感じている問題点を率直にぶつけるという事だ。曖昧に聞くと曖昧な答えしか返ってこないからだ。その結果悪いのはファーストアシスタントマネージャーでなく、店長だと言うことがわかってきた。新任の店長は何時も事務所に閉じこもり仕事をせず、ファーストアシスタントに全ての仕事を任せているという事だった。

新任の店長はまだ能力がないし、事務所に閉じこもっているから、仕事の課題を旨く達成することが出来ず、SV、統括から怒られたわけだ。しかし、新任の店長は自分の評価が下がるのが怖いからファーストアシスタントが仕事が出来ないからだと人身御供に仕立て上げてしまった。それをわかっていながらSVも自分が怒られるので尻馬に乗っていたわけだ。問題だったのはその統括SVだった。

もし評価を下げるのなら自分でそのアシスタントマネージャーが何故その目標を達成できないのか、周囲のアルバイトはどう思っているかを聞く必要があったのだが、短時間でアルバイトから情報を聞き出すテクニックがなかったので聞き出せなかったわけだ。

3.コミニュケーションをするには相手を理解しなければならない
(アルバイトを個人的に尊重し、興味を持つ必要がある)

このS店ではアルバイトを解雇しようとして対立関係に発生した結果、筆者はアルバイトを管理する対象のみとして見て、個人的に悩みや問題点を理解しようとしなくなってしまっていた。

店長は優しく気さくに話すだけでなくアルバイトの表情、状態を常に観察している。ある夜間閉店作業をするアルバイトが手にやけどをしていた。筆者は「どじだから火傷をしたんだろう」位にしか思っていなかった。優しい店長は「どうしたの?何時どうやって火傷をしたんだい?」と優しく聞いていた。火傷をしたのを慰めているだけかと思っていたら、彼のクロージング(閉店作業)のやり方を聞き出していた。

当時のグリドルの清掃は肉体労働であり、閉店後まだ熱いグリドルに油をまき、それから研磨剤と煉瓦をおいたステンレスの金タワシで研磨するという原始的なやり方だった。その熱い油を利用して汚れを流すわけだが、当然の事ながら跳ねて火傷をする。それを防ぐために火傷防止の手袋をはめてやるわけだが、火傷をした当日はその手袋が在庫切れで、装着しないで作業を行ったために火傷をしたのが判明した。消耗備品を発注する役割の筆者にその責任があるわけで、店長がアルバイトにそのけがの理由を聞くまでわからなかったのは筆者の至らないところだった。

そこまでアルバイトの状態に注意を払い、清掃作業のオペレーションを確認し、消耗備品の発注状態まで一貫して管理、監督しなければいけないのだと深く反省させられた次第だ。

このように店長はアルバイトのちょっとした仕草、表情、けが等まで配慮しているのがわかるから、アルバイトに信頼され、人気が出てきたわけだ。決して優しいばかりではないと言うことだ。

4.効果的なオンザジョブトレーニングとは
店長のフロアーコントロールが優れているのはコミュニケーションの取り方とポジショニングだけではなかった。アルバイトの熟練度や好き嫌いでポジショニングを行うのはあくまでも緊急避難だ。そのアルバイトがやめたり、休みだったら店舗の運営はスムーズに行かないから、いつかはトレーニングをきっちり行い全員のオペレーション能力を高め均一にする必要がある。しかしながら、コミュニケーションと同じく「場所がない、時間がないからトレーニングが出来ないのだ」と思いこんでいた。

店長のフロアーコントロールをピークだけでなくスローな時間もじっくり観察してみた。ピークに向けては適材適所で最も得意なポジションに割り振っていたが、暇な時間になると不得意なポジションを聞いて、そのトレーニングをしている。トレーニングというと特別な時間を作り、マンツーマンでやらなければいけないように思うが、その仕事を経験するのが一番のトレーニングになる。勿論つきっきりでトレーニングできればよいのだが、店長も仕事をしながらトレーニングすることは出来ないので、そのポジションのベテランと組ませて仕事をさせる。そして時々見ては短いアドバイスをする。そしてだんだん上達すると少しずつ売れる時間帯を経験させ、上達したら褒めている。

カウンターの女子の販売のトレーニングで必要なのは、笑顔とサジェストセールスだ。サジェストセールスとはお勧め売りで、ハンバーガーと飲み物を買いにきた客に、「ご一緒にマックフライポテトをいかがですか?」と言うものだ。ファーストフードのように単価の低い商品を売るには不可欠な販売促進手段だ。このサジェストセールスを実施すると当然の事ながら10回やっても1回くらいしか成功しない。顧客に嫌な顔をされるからアルバイトはだんだんやらなくなると言う悪循環が起きる。

何故、成功しないかというと、言うタイミングとさわやかな笑顔がないからだ。タイミング良くにっこりと可愛い顔をされると断り辛くて思わず「うん」と言ってしまう。その笑顔を出させるには女子アルバイトを楽しくさせなくてはいけない。女性だから日によっては気分が悪くて笑顔が出ない場合がある。そこで接客に当たる前に冗談を言ったりして笑顔を出させて顔の筋肉をほぐすわけだ。それには冗談や、簡単なコミュニケーションが必要になる。コミニュケーションの旨い店長がいるときの接客の笑顔が絶えない理由がやっとわかってきた。

こうした一寸したトレーニングを積み重ねることにより、特に時間をもうけたり場所をもうける必要がなくなり、実践的で効果的なトレーニングをすることが出来るようになってきた。

OJTとは母親が子供を育てるようなものだ。しょっちゅうがみがみ子供を怒ったりしているのに、父親より母親になつくのは3度の食事をやり、育て、病気になったら不眠不休で看病するからだけではない。単に食べさせるだけでなく、言葉を教える、本を読ませるという、知的な育て方を行うからだ。

同じ事はアルバイトとの人間関係にも言える。仕事を厳しく教えてもそれが社会勉強になるとか、達成感につながれば、厳しく指導されても感謝するようになる。大事なのは如何に真剣にアルバイトに仕事を教え達成感を感じさせるかという知的な働きかけなのだろう。

5.我々の誤り、ビヘイビアー・モディフィケーション(Bihavior Modification)
我々社員がS店で問題のあるアルバイトを解雇したのは大きな間違いだった。我々は人格と行動は異なるのだと言うことに気がついていなく、解雇したアルバイトの人格を多く傷つけてしまったのだった。

アルバイトの仕事ぶりが悪いからと言って解雇するのは誤りだ。仕事がマニュアル通りでない、モラルが低いという事で解雇するのは大きなエネルギーの消耗なのだ。仕事が出来ない、モラルが低いというのは人格上の問題でない。行動の問題なのだ。人格、性格というのは変えることが出来ないが、行動そのものは変えることは可能だからだ。

レジの女子の接客態度が悪いという場合を考えてみよう。接客態度が悪いと言って、あいつはどうしようもない、態度が悪いからやめさせろではいけない。まず、どんな接客態度が悪いのか明確にしよう。客が目の前にきても隣のアルバイトと話しをしたり、笑顔を出さなければ当然の事ながら感じが悪いのだ。そんな問題点を発見したらまず、何が問題かをアルバイトに理解させ、客の立場を経験させるという事だ。それを体験させ接客の大事さを理解させ、ロールプレイでトレーニングすればかなり良くなるはずだ。

我々は、その努力をせずに、前任の店長が甘やかしたお陰で、モラルの低いアルバイトが集まり、それを変えることは出来ないと思いこんでしまっていた。モラルは変えることの出来ない人格だと思い込んでしまっていたのだ。

これは今でも良くあることで、仕事上の行動が悪いとその本人の人格まで悪いと思いこみ解雇するということだ。当時我々もそれを理解していなかったし、マクドナルドもそれを理論的に解明することは出来ていなかった。しかし、世界中の店舗で我々と同じ問題が発生したためだろうか、数年後にビヘイビアーモディフィケーションと言う概念が出てきた。ビヘイビアーとは行動の事を指し、モディフィケーションとは修正だ。つまりアルバイトの人格と行動を明確に分け、行動そのものを変えなさいという指導だった。

日本では往々にしてその行動と人格を混同し、人を深く傷つけることがある。今でも社外の研修トレーニングであるのだが、受講者の全ての現状と人格を否定し、反省させるというやり方だ。このやり方を行うと本人の過去の実績を全て否定することになり、場合によっては人格まで否定する。素直になればよいのだが場合によっては自信まで失い、これから何をしたらよいのかまでわからなくなる。

米国式のトレーニングの基本は褒めることだ。問題があっても個人の人格を否定せず尊厳を失わないようにする。そして、その行動は変更出来るし、改善できると言うことを論理的に説明し理解させ、実行できるようにする。これが、マクドナルドなどの米国で成功した会社の人事教育制度の根幹である。この原理がこの当時にわかっていれば我々のような惨めな失敗をしていなかったことだろう。

続く
お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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