体験的SV業務 -マニュアルはチームプレイの賜物だ

(商業界 飲食店経営1998年12月号掲載)

SVになって2年ほど経過した頃には、色々な開発業務に関与するようになってきた。そして、体で理解したのは自分一人では何もできない、チームプレイが必用なのだという事だった。

「品質向上にはチームワークが不可欠だ」

マクドナルドの生命線であるハンバーガーの品質を左右するのはミートパティの品質だ。ではその品質に関連する要素と関連の部署を見てみよう。

  1. 原材料:資材部原材料である牛肉そのものの品質が重要だ。どんな部位のどの位のグレードなのかというスペックを明確にしなくてはならない。また、工場では大きな固まりの肉をフレークにして、それを、2段階のメッシュで挽肉にする。次にその挽肉を綺麗に攪拌し、全体の脂肪率が一定であるように調整する。その挽肉を成型器に入れ、パティ状に打ち抜くわけだ。簡単なようだが、その工程一つ一つの数字をちょっとでも間違えるととんでもないことになる。例えば挽肉を攪拌する工程では、攪拌による摩擦熱で温度が上昇し、細菌が増加する危険がある。そこで、温度を計測しつつ炭酸ガスを噴射して温度をコントロールする。温度があまり低すぎると攪拌が均一でなく、肉を焼くときに焼けムラを生じる。パティの成型器も綺麗に平らにムラなく成形が出来ないと、肉の内部に綺麗に火を通すことが出来なくなるし、焼いたときの肉が堅くなってしまう。パティを平らにすると言うのは2つの条件があり、パティ自体が平らで、且つ周辺にバリがでていないことだ。パティ自体がでこぼこしていると平らなグリドルに載せても温度を均一に伝えられないからだ。パティ自体が平らでもパティの円周部分にバリがでていると、やはりグリドルとの密着が悪くなる。ここで重要なのは機械自体の性能だけでなく、チェックをする人間のモラル、基準だという事だ。どんな性能の良い機械でも使う人間により左右されるからだ。

    次に大事なのは成形後のミートパティを急速冷却することだ。急速冷却することで細胞膜を壊さずに肉の旨みを維持できることになるし、危険な食中毒菌の増殖を押さえることが可能になる。また、急速冷却しないでミートパティを重ねて段ボールに包装すると、パティ同士がくっついてしまい、作業性が大幅に低下する。

    急速冷却したミートパティは金属探知器を通し異物混入をチェックする。外国の農場ではカーボーイが退屈しのぎや毒蛇退治に散弾銃を打ち、それが牛に当たり肉に散弾の鉛の玉などが混入していることがあるからだ。金属探知器の性能と定期的な性能チェックを行う。性能チェックは金属のテストピースを使用するのだが、その大きさと機械の感度の設定で左右される。

    次に段ボール箱に一定数量入れ、冷凍庫に保管し、各店舗に配送する。ここで重要なのは工場での保管期間と温度管理だ。保管冷凍庫の温度管理が悪いと冷凍焼けを起こし、肉の表面が乾燥し、味が悪くなるだけでなく、内部に火が通らなくなると言う問題を引き起こす。配送も同じだ。複数の店舗を配送するわけだから扉の開け閉めの頻度で内部の温度が上昇する。配送途中に解凍が進み店舗でまた、凍結されると、品質が大幅に低下するのだ。

  2. 調理機器:施設部調理機器は米国の基準を満たしていなければならないわけだ。輸入できればよいのだが、出来なければ国産のメーカーに開発を依頼しなければならない。依頼するに当たり、スペックと図面を書いて指示を具体的にしなければならない。さらに、開発途中の性能検査の基準を作成するなど、技術的な開発をしなくてはならない。
  3. 小道具:資材部ハンバーガーパティを美味しく焼くには、原材料のパティやグリドルの品質が良いだけではだめだ。小道具もきちんとしなくてはいけない。冷凍のミートパティをグリドルに並べて、20秒ほどしてグリドルの接する面が解凍を開始したら、ミートの上からミートプレスで押さえつけて、ミートがグリドルと密着するようにする。そうしないと、グリドルに多少でこぼこのミートパティは密着せず、火の通りが悪くなるからだ。そうすると、そのミートプレスの大きさ、重量、材質を明確に決めなくてはいけない。

    ミートをひっくり返す(ターニング)にはスパチュラ(ターナー)が必用だが、その先は刃物の用にシャープでないと肉を傷つけ肉汁が流れ出てパサパサになってしまう。また、幾ら研いでも刃が柔らかいとすぐに使えなくなるので一定の硬度と弾力性が必用だった。また、肉を焼いた後のグリドルの表面に付着した肉汁などはそのまま放置しておくとカーボンとなって、熱伝達を妨げたり、焦げた味がミートに付着する。そこでそのカーボンをスクレーパーで削り取るのだが、堅い鉄板を削るからその刃はシャープで耐久力が必用だ。あまり堅すぎる刃だとグリドルの鉄板を削り取ってハンバーガーに混入し、異物混入のクレームとなる。

    スクレーパーで綺麗に清掃しても十分ではない。多少の油分が残っている。すぐに次のミートパティを焼くのであれば、問題ないが、しばらく時間が経過すると油分が焦げてグリドルの表面に薄いカーボンが出来る。そうすると次に焼くミートパティが旨く密着しなくなる。そこで、グリルクロスという布地に水を含ませて、グリドルの表面の油をぬぐい去る。よく、水や、氷を撒いてカーボンや油を落とすが、蒸気が濛々と立ちダクト内に水分が付着し、垂れてきたり、厨房内が暑くなる。また、グリドルの温度が急激に低下し、次にミートを焼くことが出来なくなる。そのために最小限の水をグリルクロスにかけて清掃するのだが、普通のダスターなどではすぐにぼろぼろになるし、油分や水分の吸収が良くない。そのために専用のグリルクロスの開発が必用になる。

    グリドルの清掃もそうだ。専用の洗剤を使用しないと、異物混入のおそれがあるし、重労働でアルバイトの定着率が低下する。

  4. 内装設備レイアウト:施設部マクドナルドは外食産業でも最も高い時間当たり売上高を誇っている。薄利多売がFFの原理原則だからだ。そのためには能力の高い調理機器だけでなく、生産性の高い動きやすいレイアウトが大事だ。動きやすいと言う意味で最も重要なのは床の材質だ。当初は日本のレストランの厨房で使用する凸凹のノンスリップタイルを使っていたから滑りやすいし、歩きにくかった。後に米国のタイルと同じ物を日本で作り使用したが、形や色だけ同じで肝心のノンスリップ性が悪かった。タイルには色々の種類があるのだが、釉薬をかけたタイルは滑りやすいし、長年使用すると色がはげてきてみっともない。厨房はアルカリ系の強い洗剤を使用するので、釉薬などあっという間にはげてしまう。

    厨房のレイアウトでは前々回に書いたが、客席の能力も必要不可欠であり、テーブルと客席の大きさ、テーブルレシオなどのマニュアルを開発する必用があった。

    生産性を左右するのは人間が働きやすい環境を作ると言うことだ。環境で一番大事なのは厨房の温度だ。冬は暖房が効かなくてもグリドルやフライヤーをがんがん稼働させているから問題ないが、夏は、かなり冷房が効かないと動くことが出来ない。筆者がアシスタントマネージャーの頃のSN店は百貨店が休みの時には冷房が全く効かないから、厨房の温度は43℃くらいになってしまう。そんな温度でマクドナルドの高い生産性を要求することは不可能だ。従来の日本の厨房は冷房が効かないのが当たり前だったが、プロのコックであれば我慢が出来るが、普通のアルバイトでもモラルがあっという間に低下してしまう。

  5. トレーニング:ハンバーガー大学ハンバーガー大学は全てのマニュアルの元締めであり、マニュアルを作成し、それに基づいたトレーニングカリキュラムを作成し、スライドなどの教材を作り、教えるプロフェッサーにトレーニングをしなくてはいけない。

    たたき台になる米国のマニュアルを先ず翻訳し、その内容の検討を加えるという大事な作業を担ってもいるわけだ。

  6. 予算管理:財務部以上の色々のマニュアルを作成し、それを遵守するためには、製造工場をより能力の高いメーカーに変更したり、配送機能を持つディストリビューターも選定し直す必用がある。工場の機械もマクドナルドで指定すれば、そのコストを原材料に賦課した場合の損益分岐点はどうなるかも検討しなくてはいけない。

    優れたグリドル、小道具、レイアウト、設備、を開発してもそれが投資額を増大させたり、改造する際にメリットがあるかどうかを検討しなくてはいけない。筆者が店長時代にやっと損益計算書の導入を行ったが、予算管理はまだ店舗では行っていなかった。よりよい設備や機器に変更するには、それによる財務的な影響を検討する必要がでてくるのだ。

  7. オペレーション:運営部幾ら良い原材料を使用して、良い設備、調理機器の元で調理しても、肝心の店長や社員の知識がなくては宝の持ち腐れだし、アルバイトのトレーニングもしてくれないといけない。そういう意味では店舗回報時のチェックリストや、指導の方法、社員への評価内容への検討を加える必用がある。

    店舗への指導はマニュアルを配布したら終わりではない。その意義や背景を説明し、全員に理解させなくてはいけないので、全体会議を開いて説明をする。会議と行ってもマクドナルドの場合一方通行ではない。必ず参加者全員の理解度を測定しながら、期待するレベルまでの知識を習得してもらわなくてはいけない。そのために、関東と関西に分けてマネージャーコンベンションを開催する。コンベンションではワークショップなどでプレゼンテーションで学んだ内容を自分なりに消化し発表やディスカッションをして、理解を深めていく。本来はトレーニングのハンバーガー大学が主催するのだが、実際のマンパワーがないので運営部でその手伝いを一緒にやったり、実施のコンベンションでのプレゼンテーションを行わなくてはいけない。

「新製品の導入がマニュアル見直しのきっかけ」

    • 従来のメニューのままであれば以上の検討を早急に行う必用がなかったが、そこに新商品の導入という神風が吹いた。

当時、レギュラーのミートパティは1枚45グラム(1/10ポンド)であったが、一枚113グラムのクオーターパウンダー(1/4ポンド)のミートパティを使用する大型サンドイッチのクオーターパウンダーを販売しようと言うことになった。クオーターパウンダーのミートパティは直径と厚さが大きくなるので、熱負荷が大幅に増すという問題から先ず、グリドルの改良と、入れ替え工事が急務になった。また、ミートの工場のミート成型器もクオーターパウンダーの火の通りがよい機種に変更しなくてはならなくなった。そうすると厨房の見直しや入れ替えなどの大改造が必用になる。このプロジェクトを成功させるには機械だけでなく全ての部門の協力が必要になった。

マクドナルドの良いところはマニュアル至上主義だと言うことだ。水戸黄門の葵の御紋の印籠ではないが、問題が発生するとではマニュアルはどうなっているという声がでる。藤田社長は米国マクドナルドのノウハウはマニュアルにあると思っているから、必ずマニュアルはどうなっているんだと聞く。

しかし、米国のマニュアルのまま応えると「どうしてそうなるんだ。どんな原理原則からそうなるのか?自分で確認したのか?」と厳しいつっこみが入る。どんな優れたマニュアルであっても日本で適応するのか検証してから返答しないと激怒する。米国サイドもそうだ。日本で米国と同じマニュアルを使用しなくてもそんなに気にしない。自分たちで検討し、すこしづつマニュアルを整備すれば良いではないかと、すこぶる現実的なアプローチをとっている。出来なくても、それ相応の理由があれば待ってくれていたのだ。

そんな、背景を利用し、米国のマニュアル、オペレーションマニュアル、エクイップメントマニュアル、の検討会を開催した。従来は金庫の奥底に厳重に管理してあった原材料スペックにも日の目をあて、現実とどう違うのかの検証を開始した。幾ら、大事な原材料スペックだと行って、肝心の関係者が知らなくては困るから、大反対の総務部長を説き伏せて検討を開始した。

米国のマニュアルを翻訳して終わりというわけではない。先ず、翻訳した内容を翻訳が適切か、一言一言内容をチェックするわけだ。マニュアルにはさりげなく機械の名前や、原材料の配合成分が書いてある。当然の事ながら日本とはかなり異なっている。そこで、その機械はどんな構造なのか、どうやって作動するのか、原材料の配合成分の理由は何なのかと言う検討を加えていく。各部の担当者が出席し、必用な改善を加えるという膨大な作業が待っていた。筆者は運営部からその作業の代表者となって参加した。

例えばケチャップがおかしいと言えばスペックを片手に、トマトの農場まで行って、トマトの採取から工場での加工工程、検査方法までマニュアル通りにやっているかをチェックして行くわけだから時間がかかる。

清掃のマニュアルもそうだ。米国の箒、ちりとり、モップ、洗剤、等全て取り寄せて、日本で使えるのかどうか検討し、使用方法まで検証を加えないと、米国の写真入りの詳細なマニュアルを使えないのだ。そのためには必用な資材を資材部に輸入してもらったり、米国出張に行く社員に担がせてこさせたりしたものだ。

各部の担当者は、このマニュアル検討会に参加することにより、明確に定められた基準の重要性に気がつき(社内全員が知るわけだから誤魔化しが効かなくなる)期間を定めて改善に取り組まなくてはいけなくなってきた。

丁度その当時は会社の規模が大きくなり、資材、施設、財務の責任者が外部から入ってきたので、全く新しい目で見直すという機運も生まれて、このマニュアル検討会は数年間継続された。

このように先ずマニュアルを解読し、分からない用語や機械がでてきたら、それを調査し、検討を加える。必用なら米国から取り寄せてテストを行う。そしてそれが日本で使えるか検討をする。それらを総合してスペックを確立する。そして、そのマニュアルを守ることによる対費用効果を測定し、メリットがあるかどうかを検討し、社内の稟議をとるという時間のかかるやり方だ。しかし、時間がかかるが社内全体のコンセンサスをとりながら行って行くから、社内全員のサポートを受けられると言うメリットがあるわけだ。

「SV本来の仕事」

    • このマニュアル検討会に参加するようになってから、仕事量は急速に増大した。週に3日は本社でのミーティングや業者との打ち合わせに追われるようになった。店舗でも、グリドルの性能チェックや洗剤の効果測定などにおわれ、実際のSVの仕事がおろそかになるようになった。

また、当時の都心出店に際して、KO店のように筆者の知り合いの物件が増えてきて、当時筆者の担当店舗の4店舗(5店舗中)が筆者が実質的に開発してきた物件となってしまった。その最大の店舗を開店するときに大型店だから工事が遅れ運営部に引き渡しを受けたのが前日の夜だった。それから清掃と、全ての機械の調整をやらなくてはいけない。その仕事はSVの仕事なのだが、とっても間に合わない。そこに駆けつけてくれたのは全SVだ(当時関東で10名くらいだったが)。彼らは困っている筆者を見かねて調理機器のカリブレーションを担当してくれた。チームワークの大事なことをしみじみと思い知られたのだった。この夜は店長を帰し、徹夜で清掃を行った。

マクドナルドのSVは単なる威張った存在ではなく、部下の仕事を詳細に観察し、必用なトレーニングを加えるという地味な、時間のかかる仕事を行わなくてはいけない。一番重要なのは人材管理であるが、それ相応の時間を割かなくてはいけないわけだ。

しかし、以上のように時間はないので、業務をチェックして問題を発見すると部下を怒鳴りつけるという状態に陥り、じっくり教育をすると言うことが出来なくなってしまった。そうすると、店舗のQSCはじわじわと低下していくのだ。それを気がついていながら、時間がないというジレンマだあった。

そんな筆者にタオルが投げ入れられた。軍事顧問からハンバーガー大学のプロフェッサーを命ぜられた。もう限界だと思われたのだろう。TKO負けのボクサーのような気持ちだった。当時のハンバーガー大学のプロフェッサーというのは日の当たる部署ではない。SVからではなく店長出身者が行く部門だったからだ。筆者が落ち込んだのは言うまでもないだろう。

以上

本シリーズ「体験的SV業務」は今回で終わり、次回から新シリーズ「運営部長、統括SVのための実力養成講座」を始めます。

お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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