嚥下障害と介護食「味気なく物足りない嚥下食」 第1回目(日本厨房工業会 月刊厨房)

2016年7月に共同通信が『農林水産省は介護食品の「JAS規格」制定を決め、噛むことに問題がある人に配慮した食品で、食べやすさの度合いを食品のかたさに応じて4区分で表示し、高齢者が選べるようになる。』と報じた
http://this.kiji.is/120787358577360904?c=110564226228225532
高齢化とともに嚥下障害を持つ人が増えている事に対応した加工食品の基準を定めようという趣旨だ。
日本生活習慣病予防協会によれば、脳卒中の総患者数は117万9,000人。そのうち脳梗塞による死亡数は年間6万6,058人。厚生労働省発表の「人口動態統計の概況」によると、平成26年1年間の死因別死亡総数のうち、脳血管疾患は11万4,207人で全体の9.0パーセントを占め、全死因の上位から4番目で、老齢化とともに増加している。
 脳卒中とは脳出血や脳梗塞などの脳血管の病を言い、このうち脳梗塞は6万6,058人で、脳血管疾患で死亡したうちの58パーセントが、脳梗塞が原因で亡くなっている。
(厚生労働省「平成26年 人口動態統計(確定数)の概況」より)

と人ごとのように思っていた筆者であるが、実は4年ほど前に脳梗塞で倒れ、重い嚥下障害などの後遺症で苦しんでいる。

2012年9月28日有名急性期病院J系列の会員制人間ドックA病院で健康診断後、大腸ポリープの内視鏡手術を行った。手術後下血が多く体の痺れが進行し、救急車で急性期病院Jに担ぎこまれた。
発症後16時間以上経過したため、脳幹梗塞という致命率が高い病であった(致命率40~70%)。幸い判断や記憶力に関係する大脳は無事だったが、体のコントロールに重要な役割を果たす小脳部分に大きな被害を受けた。急性期病院Jで45日治療し、Hリハビリテーション病院に転院し2013年3月末までリハビリを余儀なくされた。

さて退院から3年半経過した現在の状態は、体の左半分が麻痺(小脳がダメージを受けている)し、バランスがとれず歩行が不安定。杖が必要で、健康時の1/4の速度でやっと10分、数百メートル歩行可能で要介護5である。介護の7段階のうち一番重い状態である。

 以上筆者の病気を長々と述べたが、これから述べたいのは厨房に関係のある食事だ。筆者が後遺症で一番苦しんでいるのは嚥下障害だからだ。

医学的な説明は難しいので、筆者の理解の範囲で簡単に説明しよう。嚥下とは食品や水分を(以下食品と省略)口から摂取し、喉経由で消化器官に届けることだ。難しいのは口や鼻からは空気を吸い込み、同じ喉経由で肺に届けるという複雑な仕組みだ。空気と食品を喉の奥にある弁が見極め、空気は気道、食品は食道に仕分けるのだ。
食品を口に入れると、飲み込みやすくなるように(消化しやすいようにという目的もある)歯で噛んで柔らかく砕く。噛むには、歯と、顎を動かく顔の筋肉が必要だ。食品を均等にかみ砕くために、舌で食品をかき回す。舌はさらに、柔らかくなった食品を飲み込みやすいようにまとめ、スクリューポンプのように食品を喉に送り込む。口の上には鼻から空気を取り込む際に食品が鼻に逆流しないように軟口蓋という弁がある。
食品の撹拌や喉を嚥下する際に、潤滑剤として唾液が出る。喉仏を触りながら、唾を飲み込むと、喉仏が上下に動くのがわかる。この時に喉が上下し広がったり狭まったりして、食品を下に押しこむ。喉の下部には食道と気道がわかれる分岐点があり、そこに喉頭蓋という弁があり、食品と空気を正確に判断し分別する。気道は体の正面、食道は背中側に隣接している。
脳梗塞などで神経が麻痺し、歯と、顎を動かす顔の筋肉、重要な舌、喉、軟口蓋という弁、唾液線、喉頭蓋、が機能しなくなり、食品と空気を分別できなくなり、気道から肺に食品が入ってしまう。健康な状態であれば強い咳で痰と一緒に食品を体外に排出できるし、免疫力もあるので肺炎にはなりにくい。脳梗塞でそれらの筋肉や弁が麻痺すると、強い咳で食品を排出することができない。そうすると食品中や口中そのものに存在する雑菌が肺炎を引き起こす。脳梗塞や老齢化で体力や免疫力が低下すると、肺炎が悪化しやすい。肺炎の炎症が悪化すると空気から酸素を取り入れらなくなり、死に至るのだ。
新聞の高齢者の死亡報道を見ればわかるが、死亡原因で多いのは肺炎だ。癌や、脳卒中、心臓病に罹患し、最終的に肺炎で亡くなるというパターンだ。
実は筆者も脳梗塞後、急性期病院で誤嚥による肺炎を引き起こしてしまった。通常、脳梗塞などの病気は症状が安定する2週間後には、リハビリ病院に転院し、リハビリによる運動機能回復を目指す。早めにリハビリに着手することが、運動機能回復に効果があるからだ。

さて、嚥下障害の人への対策は20年ほど前から当時聖隷三方原病院栄養科長だった(現・金谷栄養研究所所長)金谷節子先生が、嚥下食という講演をなさっており、知ってはいたが人ごとのように感じ、単に飲み込みやすい加工食品などを出せば良いくらいにしか思っていなかった。
しかし、2016年7月3日の日本経済新聞 朝刊「患者の目(3) 楽しみな食事でがっかり」で近畿大学長 塩崎均氏が
 「がん闘病をきっかけに入院して食事に不満を抱いた。食事は患者にとって数少ない楽しみだ。だが入院した近大病院で出された料理はひどいもので盛りつけは乱雑で全くおいしそうに見えない。栄養面は管理されているとはいえ、見た目や彩りは軽視されていた。」
と改善への取り組みには患者の視点でのソフト面の重要性を述べている。
筆者も入院中全く同じ体験をした。これから6回の連載で外食・宿泊産業・介護施設などの嚥下食とバリアフリーなどを患者の視点で述べてみたい。
ただ、筆者は医療関係者や栄養学の専門家でないということをご承知おき頂ければ幸いである。

脳梗塞で倒れ、緊急入院した急性期病院(脳梗塞の治療では日本でもトップクラス)では2週間ほどベッドの上で、栄養剤を経管輸液で静脈から取り入れて生き延びた。私は楽でよいと思ったのだが、重大な副作用があった。筆者は倒れるまで健康で、血糖値は正常であった。ところが輸液を開始したとたん血糖値が上がり、毎輸液前にインシュリン注射が必要となった。
 輸液による栄養補給は長期間できない、腸管が委縮してしまうからだ。医者は胃瘻という胃袋に穴をあけ、チューブで食物を送る手術が必要かもしれないという。しかし、体の負担が大きいし、チューブ人間になるのは嫌だと主張し、嚥下食を取ることを選んだ。しかし、これが長い茨の道の始まりだった。
嚥下食の最初は、ペースト食であった。何を食べているかわからないので献立をもらうことにした。しかし、何と手書きであった。
献立上は色々書いてあるのだが,どんな食材もペーストでは同じに見える。味気ないこと。しかしリハビリ病院転院前の2週間で血糖値は正常に戻り,インシュリン注射の苦行から開放された。正常に食事をできる重要性に気がついたのだった。
急性期病院にも立派なリハビリ施設があり、ベッドに寝ている状態からでもリハビリを始めさせられた。
 やっと嚥下食(ペースト食)を食べられるようになったが,健康的な時は五分で食べられる量が,口腔内麻痺のために一時間かかった。
 急性期病院の45日間は個室であり、ペースト食は当初はベッド上で摂り、車椅子に乗れるようになって個室のベッド横で一人で食べるという味気無さであった。

この急性期病院での入院時の嚥下食で気がついたことは以下のとおりだ。

① お粥が固くつぶつぶが残っていると飲みにくい。時間短縮の目的でお粥をミキサーで細かくする場合でも、良く煮ていないと表面がざらざらして食べにくい。
② 鶏肉や卵焼きなどをミキサーで細かくしても、表面がざらざらして食べにくい。
③ サトイモ、ブロッコリなどを良く煮てミキサーに掛け、クリームと混ぜたものが食べやすい。
④  白粥は味が付いてないので飽きる、味付け海苔の佃煮のようなペースト状の味付け剤がほしい。ただし、味付け海苔の佃煮の場合、高級な生海苔の多いものは喉に絡むので要注意だ。牛豚肉の佃煮の煮凝り、魚煮物の煮凝り、などを用意しお粥に入れて味付けしてほしかった。また粥は粘度があるか粒があるかの、調理のばらつきが多く、食べにくい。安定した調理が望ましい。
⑤ 朝ご飯、初日と二日目、牛乳が出たが、誤嚥するので飲めなかった。病院食には牛乳がつきものだが,嚥下困難な患者への配慮が必要だろう。最初はドリンク・ヨーグルトなどとろみのあるドリンクがよい。
⑥ デザートは黄色い桃や白い桃の缶詰のペーストが出てきたが、酸味が強くて、喉に入ると咽る。三日目はりんごの缶詰のペーストが出たが、酸味が少なく食べやすい。フルーツは酸味のチェックが必要だ。
⑦ デザートでミルクゼリーが食べにくい。口に入れたときにすぐ解けて水分が分離して誤嚥して咽る。ゼリー状に加工する食品は分離がしにくいようにする必要がある。
⑦ 食品、とろみをつけた食品は全部同じとろみ(粘度)に調整してほしい、食べる時、同 じ粘度だと喉が学習する必要がないからだ。
⑨ お粥はよく煮ても粘度が高くなって、喉に入りにくい。よかったのはマッシュポテトだった。米のおかゆに代わる主食の検討が必要だ。
⑩ 嚥下障害の一番の課題は誤嚥だ。私にも,適切な指導がなく個室で自己流に食べていたので,誤嚥し肺炎となってしまった。

さらに、嚥下食への誤解が以下のようにあると感じた。

1)「咀嚼能力がなく、喉が飲みにくいので、刻み、柔らかくする。喉を通りやすくするため,とろみをつける」は誤解だ。正解は、「喉を通る速度をゆっくりさせる。水分と固形分が分離しないようにとろみをつける。」だ。

2)「とろみ剤を使ったり、ペースト状にした食事は食べやすい」は誤解で、
正解は、「見た目になんだかわからないと食欲を低下させるので、なるべく見た目に通常の食事で、食欲をそそるべきだ。」だ。

3)「嚥下食は治療食であり、献立は不要」は誤解で、正解は「ソフト食のように原形をとどめないから、献立もきちんと提供した方が食欲が出る」だ。

通常脳梗塞に倒れて入院する急性期病院での入院治療期間は2週間くらいで、その後早めにリハビリ病院に移るのが一般的であるが、筆者の場合45日も入院を余儀なくされた。
それは、嚥下食の誤飲による肺炎治療のためであった。
しかし、食事も飽きたと上記のように文句を言っていたら、ようやくリハビリ病院への転院がOKになった。ブートキャンプのような厳しいリハビリと食事の良さが人気のHリハビリテーション病院だった。食い意地の張った筆者は食事の良さにひかれたのだった。1ヶ月ほど個室であったが、個室といえども食事は食堂まで車椅子に乗って行き、皆で食べなくてはいけない。

到着後,直ちに待望のランチであった。食堂は病棟の真ん中にある外光が差し込んで明るい部屋で、木製のテーブルにはテーブルクロスを敷いて花を飾ってある。外食レストランの暖かい雰囲気だった。車椅子から木の椅子に乗換えて食事をする。味気ない白い皿ではなくカラフルな食器で,それだけで興奮した。

メニューは
 全粥 250g
 鯛味噌
 肉団子の生姜あん(久しぶりの固形食で美味しかった)
 キュウリの磯あえ
 南瓜の煮物
 白ワインゼリー
 ソフト主菜
      386kcal
      塩分1.9g

 であった。久しぶりにおいしい食事で、ガツガツ自己流で食べていたら,何回も誤嚥し、咽てしまった。このリハビリ病院では看護師・看護補助の方々が患者の食べ方を詳細にチェックしていた。そして即座に食事時は特殊な車椅子に乗るように指示された。体を仰向けに30度くらい傾けて食べるようになっている。喉を食品が通る時間を長くし、食道と気道が分岐点にある喉頭蓋がうまく働くようにするのであった。また仰向けになることで体の前面側にある気道に誤嚥しにくいのであった。
翌日はVFというレントゲン撮影で、動画で撮影した嚥下状態を見せられながら、自分の嚥下状態をチェックさせられた。自分の画像を見ることで体機能の問題点を認識させるのであった。
そのレントゲン撮影の際にバリウム入り食品を摂取させられたが、その味のひどいこと。
お粥は石膏のようで寒天はぼろぼろであった。まともなのはパンケーキだけで、2度と行いたくないレントゲン撮影であった。

 2日目も嚥下で苦労した。問題はお粥だった。1食に370gもでてくるので食べきれない。元々ご飯は食べないし、低塩分のおかずでは飽きてしまうのだ。
 また、お粥は粘度が高く喉越しが悪い。味がないので海苔の佃煮が付くが、海苔の繊維質が喉にからむ。山芋(トロロ)とご飯を混ぜると嚥下がしやすいことを発見した。

 文句をいっていたら管理栄養士が出てきて作ってくれたのが、パン粥という奇妙な料理だった。耳を切った食パンスライスを4つ切りにして牛乳に浸したものだ。味付けはジャム(3食とも)と言う奇妙な主食だ。スープなどに浸してほしかった。
続く
食事記録の写真入りの詳細な記録は筆者のfacebook(https://www.facebook.com/toshiaki.oh)に詳細にアップしてある。9月29日から10月23日まではアップしていないが、それ以降は急性期病院から、リハビリ病院の嚥下食の推移、入院中の車椅子での外出・外食までアップしているので、アクティビティ・ブログをご参照いただきたい。

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<参考資料>

1)介護食品の「JAS規格」 農林水産省資料
http://www.maff.go.jp/j/jas/kaigi/pdf/h280229_jas_tyou_bukai_siryou4_ver2.pdf#search=’%E4%BB%8B%E8%AD%B7%E9%A3%9F%E5%93%81+%EF%BC%AA%EF%BC%A1%EF%BC%B3%E8%A6%8F%E6%A0%BC’

2)嚥下障害の図解
日本気管食道科学会
http://www.kishoku.gr.jp/public/disease04.html

3)厚生労働省「平成26年患者調査の概況」
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/14/index.html

4)日本生活習慣病予防協会
http://www.seikatsusyukanbyo.com/statistics/2009/003482.php

王利彰 略歴

立教大学卒業後、レストラン西武(現・西洋フード・コンパスグループ株式会社)、日本ダンキンドーナツを経て、日本マクドナルド入社,運営統括部長、機器開発部長、などを歴任後,コンサルタント会社清晃を設立。
その他、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授、関西国際大学教授、などを歴任。現在(有)清晃 代表取締役
E-MAIL            oh@sayko.co.jp
会社HP           http://www.sayko.co.jp/

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