吉野家の値下げに学ぶ(商業界 商業界2001年9月号)

8月1日より吉野家が並盛りを400円から280円に価格を改定し本格的価格戦争に参入した。価格を下げると言う戦略は、品質を下げるか、利益を下げるかと言う選択になるのだが、吉野家は周到な準備を積み重ね、品質と利益の両方を得ることを目指している。ではどうすれば品質を維持しながら利益を維持出来るのかを分析してみよう

1)吉野家の価格戦略の流れ

故松田瑞穂氏が築地に牛丼屋として創業後、70年代にチェーン展開に積極的に取り組んだが、極端な品質の合理化による客離れで、1980年会社更生法申請、セゾングループ入りし会社更正を6年8ヶ月で達成した。店頭公開を1990年に果たし、東証一部に2000年に上場した。 会社更生法申請の苦い経験から、低価格戦略に抵抗のある同社は最後まで参入しなかったが、マクドナルドの65円ハンバーガー、同業の松屋290円牛丼などの成功により、2001年4月に期間限定の150円引きセールス実施を実施せざるを得なくなった。しかし、来店客数は3倍になったが店舗オペレーションが混乱し、システムの再構築を開始し、期間限定でない価格改定、並280円を行った。

2)食材原価

吉野家の牛丼の主な食材とコストダウンの内容を分析してみよう (資料の元は 日本経済新聞、日経流通新聞、飲食店経営、その他月刊誌、テレビ放映、他社社内資料、専門家意見、等)

客単価は500円から390円に低下するが、客数は150%へ、売上高は110%になるという物だ。食材の内容は米、牛肉、タマネギ、ショウガなど12品目である。では、削減コストの構造が具体的にどの様になっているか見てみよう。

  1. 肉 肉は米国産冷凍ショートプレートで、中規模の牛丼チェーンの購入価格はスライスコストを入れ、400円/kgである。使用する肉の重量は70g。(吉野家同業他社の並のスペックは吉野家と同等と推定されるのでその数値を使用する。米、汁、タマネギ、の使用量も同様)推定コスト28円

    これらの改善で、合計2億円のコスト削減される。 <食肉関係者による業界状況> 現状、米国産のショートプレートは急激な値上がりを続けている。昨年10~12月の大口需要家への渡し価格は約280円/KGであったのが、今年1月には330円、8月には450円と26%と上昇。さらに上昇中であるが、末端にたいしては、500円をこえる価格はなかなか受け入れられない。この価格上昇の理由は、日本のショートプレートの需要上昇と米国の生体重量が下がり、構成比の高いショ-トプレートの生産量ダウンだ。吉野家の場合は、今年12月までは、昨年契約の価格で、約300円~350円で仕入れられていると思われる。但し、来年1月からは、上記の価格は当然超えると思われる。 現状、来年からの価格交渉をされているため、業界もこの価格に注目している。吉野家の使用数量は、2万トンから2万5千トンであり、米国からのショートプレートの約20%の使用量となり、吉野家の販売状況は市況を大きく左右する。

  2. 御飯 御飯は従来3種類のブレンドであったが、ブレンド数と種類、構成比を見直し(推定であるが、一部中国産の米などを使用しているのではないかと思われる:米飯関係専門家意見)した。現時点での推定価格は250円/kgである。一杯当たりの重量は260g。米1kgで炊飯すると2.3倍になる。推定コスト28円 合計5億円のコスト削減
  3. <3>副食材、タマネギ、汁 タマネギは現時点の市場価格で800円/10kgであり、1人前20g使用する。 汁の原価は不明であるが、1人前30gを使用する、その他ショウガ、七味等も加えた余裕を見た金額で合計20円と見る。

<総合食材コスト>

吉野家の発表している原価コストは従来の183円から170円になったとしている。原価率は43%となる。しかし、上記のコストを積み上げた牛丼並の食材原価率はおおよそ76円であり、売価280円に対して、27%の食材原価である。発表の原価率との差は、箸、爪楊枝、ナプキン、お茶、等の副食材、店舗の水道光熱費、工場での加工費、店舗への配送費、受発注の情報コスト、及び、フランチャイズチェーン向け価格設定、などが原因と思われる。外食企業が通常使用する食材原価という概念であれば、原価率は高く推定しても30%前半であると思われる。その証拠に価格変更前の期の業界で格段に優れた営業利益率がそれを裏書きしている。いずれにせよより一層の値下げをしても原価的にはまだまだ余裕を持っている物と思われる。

3)単品絞り込みが原価を下げることに成功

  1. 単品売上が上がると食材のロスが減り、味が向上する 上記のような驚くべき原価構成を達成した秘密が、単品への絞り込みと、徹底した原価の洗い出しだ。

    米の原価削減は上記のように品質の見直しである。客に品質の低下を気づかせずにコストを下げたのが牛丼並に集中した価格低減策だ。並の値下げ率を最も大きくしたため、相対的に、鮭定食、けんちん定食などの比率が低下した。また、並の牛皿と牛丼並の価格差も従来よりも大きくした。その結果、御飯だけを提供する定食から、牛丼並の比率が45%から65%へと大幅に上がった。品質のやや低いぱさついた種類の米でも、汁をかけた牛丼が中心であれば客の評価に問題がないと言うことが、ブレンドの変更を可能にした大きな理由である。つまり、メニューを絞り込むことにより、品質低下を感じさせることなく原価の低減を可能にしたのだ。

    牛肉のコストについては規格変更、スライサーを2台平行設置、大型マイクロウエーブ解凍機の導入による解凍時間の短縮と歩留まりの向上、等のコストダウンを実施し、上記の400円/kgのコストよりも低いコストを実現していると見られる。 更に並に商品を絞り込むことにより、従来よりも大量に販売することが可能になる。牛丼は家庭で作るように煮込むのではない、温まった汁に短時間つけ(沸騰しては肉が縮まるのでいけない)提供する。売上が高く、回転率があがれば汁に浸かっている時間はより短くなり、肉の歩留まりが向上する。 汁を長時間加熱しておくと煮詰まり味が低下するが、食数が出て常に汁を追加する状態であると、汁の煮詰まりや蒸発がなくなり、味が向上しコストも下がる。同じことはタマネギにも言える。売れることにより、歩留まりが良くなり味も向上するわけだ。

  2. 配送コストも減少する 食肉、米、野菜等を加工した状態で業者から仕入れ、業者に配送をさせるわけだが、売れ筋を絞り込み、1業者当たりの取り扱い量が増えると、従来とは異なる加工費、配送費、マージンとなる。業者の納入価格は、仕入れ値段+加工費+利益である。加工費を考えてみると、変動費と固定費に分かれる。納入量が増えると変動費である、人件費や水道光熱費は増加するが、工場設備、建物、金利、固定資産税などの固定費は増加しないので損益分岐点を越えると利益は、従来のマージン比率+固定費額と大幅に増加する。増量による利益の増額は吉野家の価格戦略によることが大きいのであるからそれを還元させることにより、より原価率の低下が可能になるのだ。それがメニューの絞り込みによる、1業者の取扱量を増大させる大きなメリットでもある。

  3. 海外調達 原材料コストダウンのもう一つの原動力が海外からの購入だ。マクドナルドが65円ハンバーガーを成功させたのが、グローバルパーチェシングと言う世界市場からの購入だ。吉野家の原価を大きく左右する牛肉と米飯を考えると、牛肉は価格の安定した米国のショートプレートを使用、関税の低減という大きな追い風を受けているし、従来、閉鎖的であった米のマーケットも限定であるがよりコストの低い外国産の使用という方法も可能になりつつある。米以外の食材で言えば、タマネギ、ショウガ、七味、箸、キャベツ、白菜、に至るまで殆ど海外調達を行わないとコストだけでなく、量的にも調達が不可能だ。この海外調達の多さが原価を下げる原動力となっている。

4)単品絞り込みと作業見直しが人件費コスト低減

8月1日の価格改定の前に並250円のキャンペーンを実施した際に3倍も売れ店舗のオペレーションが極端に乱れ、品切れや提供時間の遅れという問題を生じた。値下げしても利益率を確保するには客数の大幅増加が必要である。今回の価格改訂に置いては客数が1.5倍にならないといけないと言う。そのためにより多くの人を配置するのでは人件費を上げ利益率を低下させてしまう。そのために徹底した作業の見直しが行われた。

その結果、客一人当たりの人件費は従来が113円に対して、79円への大幅な削減を実現した。

<具体的な対策>

  1. 作業の集中

    ピーク時には全員が接客に当たることが生産性を向上させる基本だ。しかし、従来は丼が不足し、ピーク時には1名が洗浄作業に当たらなくてはいけなかった。そこで丼の数を席数の3倍にして、ピーク時には洗浄する必要がないようにした。全商品の値下げをすると全商品の食器を増加する必要があるが、並に絞り込むことにより格納スペースを大幅に増加することなく可能になったのだ。

  2. 効率を上げる

    生産性を上げるためには従業員がなるべく動かないようにするべきだ。例えば会計を考えてみよう。吉野家の場合には食後に精算をするわけだが、その際にレジが一台しかないと、レジまで歩いてまた、戻らなくてはいけない。そこで、特別な小型のPOSを開発し、それを各カウンターに置き、歩かないでも会計を可能にしている。松屋は会計の手間を省くために券売機を使用するが、券売機は一台しかないと待たないといけないし、売りたいメニューの訴求が難しいという問題がある。すきや(ゼンショー)の場合はPOS一台であり、ピーク時には同じく行列が出来てしまう。

    動かないで済ませるためには両手に料理を持つというのが基本であるが、それを徹底して指導した。客が並と玉子を頼むと従来は別々に持ってくるのを同時に持っていくとか、2名の客に2つの丼を持っていくなどを徹底した。

  3. カウンターサービスの効率

    吉野家は徹底して馬蹄形のカウンターサービスを行っているが、ランプ亭では生産性を向上するために、セルフサービスを取り入れている。客がレジに並び注文をし、料理を自分で客席に持っていくという洋風ファーストフードスタイルだ。効率がよいように思われるが、ピーク時には客が列を作り、客が逃げるというチャンスロスが発生する。また、セルフサービスを行うとトレイを使用する必要があり、その洗浄の手間と洗浄作業が増加する。吉野家では定食を値下げせず、トレイを使わない丼に集中させることにより洗浄作業を減少させることにも成功した。馬蹄形カウンターのメリットは食後ゆっくりすることが出来ず、回転が速くなるという副次的なメリットもあるのだ。

5)吉野家スペック

さて、上記の生産性の向上というと誰でも出来るように思えるがそうではない。実は高い売り上げが単品に集中するため調理システムで特別な工夫が必要で、厨房業界では吉野家スペックと呼ばれている。

  1. 丼 例えば丼だ。吉野家のようにシビアな原価管理をすると従業員は食材コストを精密に管理しなくてはいけない。その一つが盛りつけの精度だ、御飯や牛肉をg単位の精度で盛りつけしないと原価が大きく変わってしまう。同じ作業を毎日行うと牛丼の盛りつけの精度は1g単位の正確さを実現できる。実際に筆者が吉野家の一部門であったダンキンドーナツでドーナツを作っていた際には一個45gのドーナツを±1gで製造することが可能であった。単品に絞り込んで徹底した原価管理と訓練を行うことにより人間はそこまで精度が向上する。ところが、そこで大きな問題が生じた。それが丼の重量だった。従来の丼は焼き物であり、厚さが微妙に代わり、数gの重量の誤差が生じるのだ。手に持って盛りつけをしたときにその丼の重さの誤差は原価を大きく左右してしまう。そのために大変な苦労をして、丼の誤差を1g以下になるようにしている。

  2. 洗浄時間 飲食店のピークを考えると調理とサービスだけでなく、後かたづけと食器洗浄に時間をとられる。一般的な洗浄機を購入すると一定時間洗浄時間をとられる。食器洗浄で一番困難なのはこびりつきで、特に乾いた米のこびりつきがやっかいだし不衛生である。そこで、通常の合成樹脂で出来ている市販の洗浄ラックの代わりに、丼別に設計した金属製の特製洗浄ラックを使用し、洗浄効果を最大限に出すようにしている。さらに、定期的に丼にこびりついた米の洗浄効果を抜き打ちにチェックするという厳しい衛生管理も行っている。

    洗浄時間であるが、汁をかけている牛丼は汁がコーティング材となり、米が丼に付着するのを防ぎ、洗浄時間が短くて済む。そのため、60秒の洗浄サイクルのうち、わずか5秒ほどであるが一般の洗浄機よりも洗浄時間を短縮しているのが吉野家スペックの洗浄機だ。しかし、その苦労も、けんちん定食や、牛鮭定食などの定食の導入により使えなくなってしまった。現在のように並に絞り込むオペレーションが定着するようだと生産性のためには定食をやめる可能性も出てくるだろう。

  3. 炊飯器 吉野家が地方で開店する際は日商300万円以上も売れるという大盛況だ。売上が高い際に一番能力が不足するのが米の炊飯器だ。最近は米の炊飯器はロボット型という自動炊飯器が普及しているが吉野家では使用しないで、簡単なガス炊飯器を使用する。自動炊飯器のテストを行ったが耐久力に問題があったからだ。通常の自動炊飯器は1日に1回か多くても3回の炊飯しか想定していない。ところが吉野家の場合は24時間営業、フル回転している。そんな過酷な使用状況に繊細な自動炊飯器は耐えられなかったのだ。

6)広告と広報のコンビネーション

価格改定と同時にまず、SMAPの中居君を使ったコマーシャルで高品質と低価格を訴えと言う会社の方針を告知した。また、安部社長が自ら新聞、雑誌、テレビなどのマスコミの取材に熱心に丁寧に応えた、パブリシティの重視が話題を呼んだもう一つの原因だ。社長の積極的な取材対応が消費者に大変良い印象を植え付け、サラリーマン層などの客層を増やすことに成功している。

7)吉野家から学ばなくてはいけない低価格戦略の理論

吉野家は徹底して牛丼並に集中するという戦略により、並の原価構成から作業分析まで集中して科学的に取り組み原価を下げることに成功した。価格を下げるという問題点解決に向けて全社一致になって対応した経験は、より一層のオペレーション能力の向上を可能にするだろう。

しかし、同社の原価構成、厨房レイアウト、内装、建物を見てもまだまだグローバル購買を徹底したマクドナルドのように世界の価格を把握するまでに至っていない。現時点ではまだ商社などの専門家に頼っている面も見られるが、この低価格戦略の経験により、自社の人材でそれらに正面から対応すれば、さらなる原価低減と品質向上が可能になるだろう。

吉野家の戦略を見て学ばなくてはいけないのは、低価格戦略は値段を安くすれば良いという単純な物ではなく、主力商品を値下げして利益を出すには周到な仕組みを構築しなくてはいけないと言うことだ。低価格戦略を取り入れてそのジャンルでナンバーワンにならないと生き延びられないのであり、それには理論に裏打ちされた科学的な手法を取り入れなければいけないと言うことだ。

低価格戦略の理論は経済低迷に悩んだ80年代の米国において確立されたリエンジニアリング革命だ。リエンジニアリングとは、M.ハマーによってつくられた言葉で、彼は著書の中で「リエンジニアリングとは新しい競争に備えて自らの企業を徹底的に立て直すために必要な、新しいコンセプトによるビジネス・モデルと、手法である。」(日本経済新聞社刊、リエンジニアリング革命、M.ハマー、J.チャンピー共著、1993年11月18日発行)と言っている。簡単に言うと「大会社の官僚的で非生産的な組織を排除し、無駄を省き、本当にお客様が何を望んでいるかを、0から見直し、解決する手法である。」

文中でのケーススタディーの一つとして、米国のタコベルが取り上げられている。従来、中規模のメキシカンファーストフードのチェーンであったタコベルを、1983年以来リエンジニアリングの手法を使い、米国有数のファーストフードチェーンに仕立て上げた。

タコベルは、まず、お客様が何を欲しがっているかを調べた。その結果お客様は、大きな店舗や、装飾などではなく、おいしい食事を早く、温かいうちに、きれいな店内で、安く食べたいということであった。そこで、全ての経費を見直し削減した。店舗での食材加工を極力無くし、店舗での必要な最終調理も自動化し、店舗面積に占める厨房の面積を縮小し、同じ建物で客席数を2倍にしたのである。それらの結果、商品の販売価格を大幅に下げることに成功し、ファーストフードチェーンで最初にバリューミール(低価格で価値のある食事)戦略を打ち出し、大成功したのである。バリューミールは1980年代の終わりに開始したもので、セットメニューを59セントや69セントと言う低価格で打ち出し、メシキカンフードの健康イメージもあり、大成功を納めるのである。そのため、競合のマクドナルドもバリューミール戦争に突入せざるをえなくなった。80年代の終わりは米国の景気は最悪であり、現在の日本の状況と似ており、すべて価格指向になっていたのである。また、タコベルは商品戦略だけではなく、従来の出店戦略にとらわれず、スーパーマーケット、学校、小売店など、従来ファーストフードのマーケットでない場所に出店を拡張し、売上を大幅に上げたのである。

小売業でも価格破壊は進行しているが、細かいコストダウンを積み重ねて、低価格と品質と利益の向上を目指すと言う、論理的な取り組みを学ばなくてはいけないだろう。

<資料> 同業M社牛丼の重量と構成

70g
260g
たれ30g
タマネギ20g
大盛り
90g
350g
たれ40g
タマネギ30g

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