嚥下障害と介護食「試行錯誤の嚥下食」  第5回目(日本厨房工業会 月刊厨房)

嚥下困難でリハビリ病院入院4か月半退院後3年半苦労した、筆者独自に試行錯誤している嚥下食をご説明しよう。

1)姿勢

嚥下で大事なのは食事時の姿勢だ。よく犬食いがマナー違反だと言われるが、正しい姿勢は嚥下困難な人に大切だ。第一回でも申し上げたが、喉の下部には食道と気道がわかれる分岐点があり、そこに喉頭蓋という弁があり、食品と空気を正確に判断し分別する。気道は体の正面、食道は背中側に隣接している。その為、犬食いで前かがみで食べると、気道に誤嚥しやすくなるわけだ。
筆者は若いころ禅寺で修業をしたことがある。食事の作法が厳しかった。背筋を伸ばして食べる。口に食物を入れたまま話さないで食事に集中する、一度に口に入れる量は少なめでよく噛む、ご飯は麦飯、などだ。
厳しくて途中で逃げ出したが、実はこの厳しい食の作法こそ、嚥下困難者に向いた食事の作法そのものだ。禅寺の修行者は長命の方が多く、この食事の作法は実に体に良い。特に姿勢と、一度に口に入れる量を少なくする、食事に専念し、口に食物を入れたまま話さない、ということは、嚥下困難な患者にきちんと教え、介護をする人も知っておいてほしい。

さて今回は、難しい飲み物と主食を見てみよう。

2)飲み物
病院で入院中に苦しんだ食品は、飲み物と主食だった。特にお茶や、水、みそ汁は頻繁に飲むので苦労した。入院したての場合、飲料は慣れるまでとろみ剤を使うのが基本だろう。飲み物では病院食で必ず出される伝統的な牛乳で苦労した。最初にとろみ剤の使い方を詳しくしないで提供されたのでむせてしまった。とろみ剤を混ぜれば粘度が増すのだが「ダマ」ができて美味しくない。ドリンクヨーグルトだと適当な粘度がありむせないし、慣れた味で抵抗がなかった。この時に感じたのは、とろみ剤を使うよりも食べなれた天然素材を食べるほうが患者に抵抗が少ないのではないかということだった。
牛乳とバナナは病院の朝食によく出てくるが、牛乳とバナナを一緒にミキサーで攪拌すると、ちょうどよい粘度になり飲みやすいのだ。
その他、飲みやすいのはトマト・ジュースとトマト・ジュースベースの野菜ジュースだ。トマトの成分であるペクチンが天然のとろみ剤として働くのだろう。トマト・ソース、トマト・ピューレを使ったスープも適度な粘度で飲みやすい。トマト・ピューレやホール・トマトを使うビーフ・シチューやカレー(甘口でないとダメ)も食べやすい。
トマト・ジュースをもう少し粘度をつけたいときはミキサーで納豆と一緒に攪拌すると、ちょっと変な味だが粘度のあるジュースとなり、同時に重要な栄養素のたんぱく質も摂取できる。その他のジュースで飲みやすいのはマンゴージュースだ。
子供のころに風邪などで寝ているときに母親が作ってくれるリンゴのすりおろしであるが、意外なことにざらついて飲みにくい。ジューサーで攪拌してもだめだ。ジュースでよく入れる人参もざらついてだめだ。パルプ質の多い野菜や果物はジュースにしても、嚥下困難者には向いていないようだ。
汁もので難しいのは、日本人に不可欠なみそ汁だ。みそ汁が難しいのは、さらさらした粘度のないことだけではない。温度が熱いことと、細かい具材があることだ。熱い味噌汁を飲むときは汁と一緒に空気を吸い込み冷却をする。嚥下困難者にとってはできない作業だ。汁物と具材を一緒に食べるのも誤嚥しやすい。慣れるまで、具材を入れないで60°以下に冷まして、とろみ剤を混ぜるのが良いだろう。因みに欧米ではスープでも60°以下の温度で提供するが、日本の場合熱々の料理が多いのも難しくしている。
とろみ剤の種類によっては、温度やPHによって粘度に変化があるので注意が必要だ。とろみ剤を好まない場合には具材の変更をするとよい。ジャガイモや玉ねぎを一緒に長く煮込むと、溶けて粘度が出て飲みやすくなる。
トマト・ピューレやホール・トマトとブイヨン、玉ねぎ、ジャガイモ、ビーツを組み合わせたスープがロシア料理のボルシチで、玉ねぎやポテトが溶けてどろりとした粘度になり飲みやすい。既製品のスープにとろみを簡単につける方法として、乾燥粉末ポテトがある。このように汁物や飲み物は組み合わせにより粘度が出て飲みやすくなるのでいろいろ試すべきだろう。缶詰やレトルトのスープを使ってひと手間かければ飲みやすくなる。
飲み物で一番難しいのはアルコール飲料だ。医者はアルコール摂取を推薦はしないが,禁止もしない。適度に飲むのは構わない、といわれるがそれが難しい。焼酎やウイスキーブランデーなどのアルコール度数の高い蒸留酒は、喉頭蓋を刺激し激しくむせるので避けた方が良い。日本酒やワインも退院直後は刺激が強いので、水割りにして少しづつ飲む練習をするとよい。アルコール度数が低くても炭酸を含む、ビールやスパークリングワインは、喉頭蓋を強く刺激し激しくむせ誤嚥しやすいので特に注意が必要だ。アルコールを含まない、コーラやサイダー類も咽るので要注意だ。またアルコール飲料は飲みなれても、カロリーが高いので筆者のように摂取カロリー制限がある場合は注意しなくてはならない。筆者はリハビリ病院を退院する際に管理栄養士から、食事の注意を勉強させられた。その中で覚えているのはアルコール飲料は飲みやすいが、カロリーが高いということだった。筆者は退院後、体重管理をきちんとするように言われ、朝晩体重計に乗るようにして一喜一憂している。筆者は退院後すぐは、大好きだったビール・スパークリングワインが苦手で苦労した。それを克服するため、筆者の好きな温泉ホテルに通い(主たる目的は、温泉治療だが)フリードリンクタイムを利用して飲む訓練をした。ところが最近、食事の量が少ないにもかかわらず、体重が微増始めた。原因は夏場のビールの飲みすぎだった。慌てて現在はビールの摂取量を削減している。朝晩体重計に乗り、体重の増減と、飲食物を比較し自己管理することの重要性を学んだ。病気以前は食事量が少ないにもかかわらず(といっても現在の3倍も食べていたが)体重が増加して何が原因だろうかと疑問に思っていた。理由は簡単だった、カロリーの高いアルコールの摂取量が多すぎたのだ。

3)主食
次に主食を見ていこう。日本食で一番難しいのが主食の米だ。日本米の短粒品種 (ジャポニカ米)は大変デリケートだ。美味しく炊いたご飯は一粒づつが分かれていながら、艶があり甘みと粘度がある。しかし、ご飯を口に入れ、みそ汁やお茶を含むとご飯がばらばらになり、誤嚥しやすい。といって、口中で噛んで食隗にして飲み込む際には逆に粘度が出て飲み込みしにくい。お粥にすればよいかというとそうでもない。米粒が壊れやすくなり、細かいので誤嚥しやすいし、軟らかくしすぎると粥が糊状になり、飲み込みにくいし、喉頭蓋に残り誤嚥しやすい。お粥のタイプで食べやすいのは、韓国の参鶏湯や、中国のお粥だ。丸鳥などを使って、骨のコラーゲンや油脂が混ざっているので喉越しが良いようだ。筆者は日本米よりタイ米などの長粒品種(インディカ米)のほうが粘りがなく食べやすいと感じるが、米好きの方には難しいだろう。
筆者のおすすめは麦飯(押麦)だ写真①。麦飯はパサつくというイメージがあるが違う。米の場合は米の容量の1.2倍の水で炊くが、麦は2倍以上の水を加える必要がある。米の場合の水の分量で炊くと麦が水分を吸い取りパサつくのだ。上手に炊くと麦は表面がつるつるして喉どおりが良いし、繊維質が多いので細かく砕けず誤嚥しにくい。更に食べやすくするのにとろろ飯にすると喉どおりがよりよくなる。昔の方の生活の知恵だろう。
米以外の穀物では栄養価に優れた粟(あわ)・黍(きび)・稗(ひえ)などがあるが、米粒より小さく誤嚥しやすいのでお勧めできない。
筆者が米飯や粥で苦労したので管理栄養士がパン粥という変な主食を考案してくれた。耳を切り取り4つ切りにした食パンスライスに牛乳を浸して食べるというものだ。味付けが甘いジャムであったのは、おかずとあわず苦労した。退院してから試行錯誤したが、ポタージュスープや、クラムチャウダースープに浸すとおいしかった。ただしクラムチャイダーの貝は喉を通りにくいので避ける必要があるが。クラムチャウダーのポテトは粘度が出て大変飲みやすい。ポテトを使った冷たいビシーソワーズは大変飲みやすいし、パン粥にピッタリであった。最近は、アスパラガス、カボチャ、ポテトなどを使った粘度のあるレトルトスープがあるので試していただきたい。ただしカロリーが高いので管理栄養士の指導が必要だ。
強力粉をイースト発酵したパンは繊維質が強く残り、スープや牛乳に浸しても水分を吸収しにくいし、口中で水分と混ぜるにも時間がかかる。小さなブドウ、パンプキン、セサミ、黒糖、アンパンの生地などのロール・パンは繊維質が短く食べやすかった写②。
水分を吸収しやすく、口中で溶けやすいのが、薄力粉をベーキングパウダーで膨らました、パンケーキやホットビスケット(スコーン)だ写真③。市販のものは、甘みをつけているが自分で調合すればおかずに合う味にすることができる。また、自分で調合すれば市販品のように油脂分を入れずに低カロリーで健康的になる。
ご飯に代わる主食では麺類もある。麺類は日本蕎麦、ウドン、中華麺があるが、いずれも温度が高く、汁も多いので食べるのに注意が必要だ。筆者はリハビリ病院で麺類の食べる訓練を受けた。最初は細い素麺を温かい汁に入れて食べる練習からスタートした。それから、日本蕎麦、きしめん、ウドン、中華麺の順で練習した。素麺や、日本蕎麦は汁を吸いやすいので、十分に汁を吸わせて温度を下げれば食べやすい。ウドンは種類によりコシの強さが異なり、食べやすさが異なる。麺のコシの強さとは、水分勾配率のことだ。麺の中心の部分の糸くらいの部分が、乾燥していて、周囲に行くにつれ水分が多いのがコシのある麺といわれる。この差が多いほど、麺のコシを強く感じるのだ。この研究は多分日本が1番進んでいる。食品メーカーK社の冷凍讃岐うどんはコシがある。これは水分勾配率を研究し実現した。最適の麺のコシの状態のちょっと手前で茹で上げを止め、急速冷凍するため素人でも最適の麺に茹で上げられる。ツルッとした喉越しはタピオカでんぷんを混ぜることにより実現している。しかし、讃岐うどんといわれるコシのあるうどんは固くて嚥下が難しいので注意が必要だ。一番食べやすいのは細い稲庭うどんだ。細くて表面がつるつるし食べやすい。関東や関西、九州のうどんは柔らかで食べやすいが、料理用のはさみで短く切るとより食べやすい。
きしめんのような平麺は柔らかく食べやすい。じっくり汁を吸わせて軟らかくし、料理鋏で細かく切る。
一番難しいのは中華麺だ。温度が高いし、塩分油脂類が多いからだ。人気店のラーメンは要注意だ。以前、札幌で人気店の札幌ラーメンを食べた。大変おいしかったのだが、食後にうっかりコップの氷を丼のラーメンスープにこぼしたら一瞬に澄んだスープが真っ白になって驚いた。氷でスープの脂分が固まったのだ。有名店のラーメンは油脂が多いので要注意だ。中華麺でいうと昔ながらの、卵麺が汁を吸いやすく柔らかく食べやすいが、外食での中華麺は避けた方が良いだろう。
麺類で食べやすいのは、中国のビーフン(米粉)だ。日本で食べるビーフンは細い物だけだが、中国はきしめんのように幅広い米粉もあり、汁麺にしたり、焼きそば風に炒めて食べる。表面がつるつるして軟らかく食べやすい写真④。
麺といえばイタリアのパスタもお勧めだ。パスタは讃岐うどんのようにアルデンテというコシの強いのが好まれるが、これは食べにくい。ちょっと長めにゆでてソースは簡単な具なしのトマトソースやクリームソースが喉越しが良い。イタリア在住の友人に問い合わせたら、短いショートパスタも一般的で、米状のパスタ写真⑤、や耳たぶのようなパスタ(オレキエッテ)写真⑥を送ってくれた。トマト・ソースを絡ませるとより食べやすいと自家製のトマト・ソースも写真⑦送ってくれた
小麦粉系では、すいとん、山梨のホウトウ、大分のだんご汁、などのすいとんも食べやすい。ただし、野菜などの具材はないほうが食べやすい。

その他の主食でお勧めなのは、水餃子やワンタンだ。おかずと思われるが中国では主食だ。
広大な中国は食文化も南北で異なる。温暖な沿岸部の南部では稲作に向いているので米文化だが、大陸北部は寒冷地で稲作に向いていないので主食は麦だ。
大学院で教えていた際に中国人留学生が多く、彼らは日本人の食生活は貧しいという。話を聞くと「日本人は主食をおかずにして、主食のご飯を食べる」という。よく聞くと、日本の中華料理店で人気の餃子定食を非難している。中国北部(昔の満州地区)では主食は餃子で、おかずを食べた後の締めの食事として餃子を食べるのだという。ただし日本の焼き餃子でなく水餃子だ。中国には焼き餃子はない。中国人はご飯やおかずを残すくらい出すのが一般的な、おもてなし文化だ。そして残った水餃子を翌朝フライパンで温めて食べる。その食べ方を満州鉄道関係の日本人が覚え、引き上げ後焼き餃子を考案したと言われている。なお水餃子はヨーロッパ大陸で幅広く食べられている。ロシアや、中欧では一般的だ。昔チンギス・ハーンが広めたようだ。イタリアのラビオリもその影響を受けているようだ。
水餃子は表面がつるつるし食べやすいし、肉や野菜の具材と一緒に食べるので栄養満点だ。肉の代わりに魚介類を入れる健康的な食べ方もある。焼き餃子はカリッと焼けた部分が喉に引っかかるので避けた方が良い。もう一つの食べやすい食べ物が雲?(ワンタン)写真⑧だ(日本のものより具が大きい)。スープと一緒に提供するので、冷ましてスープを皮に吸収させて食べると食べやすい。
ワンタンは中国では饂飩(日本ではうどんと読む)と書く。雲?は日語製漢字だ。中国人に饂飩を食べさせると怪訝な顔をする。具はどこと聞き、これがうどんだというと「日本食は貧しい」と必ず言い大笑いとなる。
このように嚥下食の範囲を歴史の古い中国やイタリア、中欧に広げるとより食べやすい栄養価の高いものがあるかもしれないと思わされる。
ジャガイモも欧州北部では主食として食べる。ジャガイモを蒸かしただけではちょっと喉越しが悪いが、マヨネーズを混ぜたポテトサラダが食べやすい。ビーフ・シチューのソースや、クリーム・シチューと一緒に食べると喉越しがより良くなる。トマトを使った、ボルシチなどもよい。
粉末のマッシュポテト写真⑨も便利だ。ジャガイモの乾燥粉末に温めたミルクや、スープストックを少しずつ入れながら混ぜると出来上がる。食べやすい固さを見つけて食べるとよい。

クックパッド 嚥下食用調理
http://cookpad.com/search/%E5%9A%A5%E4%B8%8B%E9%A3%9F?page=2&recipe_hit=96

お断り

筆者は医療関係者や栄養学の専門家でなく筆者の体験を語っているだけであり、専門用語や内容に誤りがあることをご承知おき頂ければ幸いである。

食事記録の写真入りの詳細な記録は筆者のfacebook(https://www.facebook.com/toshiaki.oh)に詳細にアップしてある。2012年9月29日から10月22日まではアップしていないが、それ以降は急性期病院から、リハビリ病院の嚥下食の推移、入院中の車椅子での外出・外食までアップしているので、アクティビティ・ブログをご参照いただきたい。

王利彰 略歴

立教大学卒業後、レストラン西武(現・西洋フード・コンパスグループ株式会社)、日本ダンキンドーナツを経て、日本マクドナルド入社,運営統括部長、機器開発部長、などを歴任後,コンサルタント会社清晃を設立。
その他、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授、関西国際大学教授、などを歴任。現在(有)代表取締役
E-MAIL            oh@sayko.co.jp

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