嚥下障害と介護食「近頃の外食・中食事情」  第10回目(日本厨房工業会 月刊厨房)

前回は大きな都市ホテルや百貨店などの商業施設のレストランが使いやすいと申し上げたが、毎日となると、時間的にも経済的にもそうはいかない。また、味になじんで気楽に行けるB級グルメも食べれる大衆的なレストランに行きたくなる。家で料理をしてもらえばよいように思われるが、外食で親しい友人や家族との食事と団欒が貴重な楽しみなのだ。
筆者は退院後の外食を写真として時系列にしているので、退院後どのようなレストランに行ったか見てみよう�入院時は食堂で皆と食べていたが�会話には加わらず�食事に専念できた�退院後�たまの外食は退院直後、慣れて広いホテルが一番多かった。
そのほかは、ファスト・フード、総菜屋�コンビニ�食品スーパーの総菜や弁当を持ち帰り、家で一人で食べていた。楽しい食事というより、生命維持の栄養補給という味気ないものであった。筆者の住むのは、山手線主要駅から私鉄3駅目の学生町である。周囲には大学が3つもあり、都心に近いため単身者用のマンションが多い。そのため、高級な飲食店は少ない。多いのはコンビニ、ラーメン屋、ファスト・フード店(和の丼チェーンは大手3社がそろっているし、洋のハンバーガーも大手2社がある)、低価格居酒屋、低価格中華料理店、総菜屋、パン屋、食品ス-パーなどである。
退院後しばらく重宝したのはコンビニであった。コンビニでいうと、家の周囲には最大手のS社が2店舗、2位のF社系が3店舗、3位のL社系が3店舗もある。L社系ではイートイン客席を備えた店舗もある。最近のコンビニは弁当の種類が多いだけでなく、ケーキや和菓子などのスイーツや、エスプレッソ系の珈琲も充実しているので助かる。写真① ちょうど数年前から、コンビニで生寿司を取り扱うようになったり 写真②、総菜も種類が増加し冷凍・冷蔵の両方があり便利になっている。写真③ コンビニの食品は添加物が多いという批判があるが、カロリーなどの栄養表示もしっかりしているので、筆者のようなカロリー制限をしている人には便利だ。写真④
筆者にとってご飯類は誤嚥しやすいし、飲み込みも困難であったので退院後しばらくはサンドイッチやケーキをよく購入した。サンドイッチで食べやすいのが、日本的なツナサンド、卵サンドなどだった。また、洋風のケーキ類は口どけがよく食べやすいので良く購入していた。和菓子はどら焼きなどの口どけがよいものを食べていた。
ファスト・フ-ドは丼チェーンの利用頻度が多かった。以前申し上げたが、牛丼は食べにくいので豚丼や、うな丼、かつ丼を持ち帰りした。持ち帰ると料理の温度が下がるが、熱い料理が苦手な筆者には好都合だった。嚥下困難の場合には熱い料理を冷ますため、ハアハア言いながら空気を料理とともに大目に吸い込み冷却したり、麺類の場合ずるずると音を立てて食べるが、それができない嚥下困難者には持ち帰り料理の温度はちょうどよいのだ。
ハンバーガーなどの洋風ファスト・フードはパンがぱさぱさしているのでちょっと難しく、最近まで食べられなかった。また、片手しか使えず、最近の具材の多いハンバーガーは、一口噛むと崩れ落ち難しいのだ。写真⑤ 持ち帰ってお皿に乗せ片手でナイフとフォークと格闘して食べた。現在もハンバーガーは苦手な食材だ。パンの場合、アンパンなどの菓子パンが食べやすいので間食用に常備している。
カフェの場合、ホット珈琲が熱く飲みにくいので、最初のうちはアイスコーヒーを飲んでいた。珈琲とケーキを食べたいのだが、最初は食べやすいアイスコーヒー・フロートやアイスコーヒーとアイスクリームを頼むようにしていた。写真⑥ ハード系のアイスクリームよりもソフトアイスが食べやすいのだ。現在もホット珈琲は苦手で、熱いコーヒーを冷ますため、ソフトクリームを入れたり、牛乳を入れて飲みやすい温度にしている。外資系のハンバーガーチェーンのM社はMカフェという業態で美味しいエスプレッソ系コーヒーとケーキを置いているのでよく利用した。写真⑦
最近郊外型のゆったりくつろげる珈琲店が出てきて、焼き立てで柔らかいホットケーキやスフレなどを売り物にしており、筆者には食べやすく助かる。スフレやホットケーキは冷ましてから口に入れ、アイスコーヒーを飲むと口中で適度に溶けて食べやすかった。写真⑧
郊外型の珈琲店は通路や客席をゆったりとっているので歩きやすいし、身体障害者用の多目的トイレも備えている。高齢者への配慮で老眼鏡も備えるなど配慮が行き届いている。写真⑨写真⑩
持ち帰りで当初よく利用したのが、カレーのC社だ。辛さも調整できるし、辛みのないハッシュドビーフソース(ハヤシライス)もあるので食べやすい。具材も肉やトンカツはちょっと飲み込むのに苦労するが、柔らかいスクランブルエッグ(卵焼き)があるので助かった。写真⑪
持ち帰り弁当では、お惣菜と弁当のOチェーンをよく使った。和風料理や野菜は苦手なので克服するため、総菜を少量で多種類買い、弁当とともに食べていた。写真⑫
持ち帰り弁当類の利用は退院後2年ほど続き、いろいろな料理にだんだん慣れてきた。そうすると外食したくなってきた。しかし最近の新しいお店や業態は筆者のような歩行困難者に向いていない。OのフレンチやIステーキが典型的だが、現在繁殖しているのが、立ち食い業態だからだ。
そこで利用するようになったのが、チェーン店のファミリーレストランであった。チェーン店の場合、身体障害者への対応がしっかりしており助かる。ファミリーレストランは、米国のコーヒーショップを原型としており、客席は固定式でゆったりして、通路も広い。もともと米国企業と大手流通企業が技術提携してできた業界3位のDファミリーレストランは米国風のゆったりとした座席配置で利用しやすい。ただし6年ほど前から展開している小型店は狭く使いずらい。ファミリーレストランは基本的に平屋であり、駐車場を備えており足の悪い筆者には便利だ。Dは入口の段差をなくしたり、滑り止めのついたタイルを使っているので便利だ。古い店のトイレは狭く車椅子は入れないが、手摺を取り付けている。写真⑬写真⑭写真⑮ ただ30年ほど前のバブル時代は土地が高騰し、一階に駐車場、2階に客席のピロティ形式の店舗があり、手摺の整備もない場合が多く使いずらい場合がある。
ファミリーレストランも洋食、和食、中華と種類があるが、嚥下困難な筆者に最も食べやすいのが洋食のメニューが多い店舗だ。洋風のチェーン店舗で愛用しているのが、低価格のイタリア料理のSチェーンだ。低価格で一皿のボリュームが少ないので、いろいろ注文できるのがよい。私が注文するのは、パスタ、ドリア、ハンバーグだ。ドリア(Doria)は、ピラフやバターライスの上にベシャメルソース(ホワイトソース)をかけてオーブンで焼いたものでベシャメルソースがご飯に絡んで嚥下しやすい。パスタもクリームソースやトマトソースが絡んでいると嚥下しやすい。洋食で一番難しいのはレタスなどの葉物を使った生サラダである。慣れるまで避けたほうがよいだろう。次に難しいのは、ステーキなどの肉類だ。チェーンのファミリーレストランは料理の価格の観点から、米国や豪州の輸入業肉を使わざるを得ないので、ちょっと堅くて難しい。難しいというのは、左手が麻痺しコントロールが効かないので左手にフォーク、右手にナイフで切り分けることができないし、同行者に細かく切ってもらっても硬くて嚥下しにくいからだ。やむなくナイフ無しでフォークだけで切り分けられるハンバーグを注文する。Sは食べやすいプリンやアイスクリームなどのデザートも安価なので、食後に食べて栄養補給ができる。写真⑯ ただ筆者の良く利用していた店がピロティ形式で、階段の手摺が片側しかなかったり、階段のタイルがはがれたままで補修しなかったのは困った。同店はつい最近閉店したので数年前から補修をほとんどしてこなかったようだ。写真⑰ 車椅子に難しい段差を解消する方法としてリフトを設置する場合もある。写真⑱
その他のファミリーレストランでは、ハンバーグやステーキを中心とした、ビュッフェ形式のお店を利用することが多かった。ビュッフェは食べ放題で大食漢向きだと思われがちだが、筆者のような嚥下困難者にとって、いろいろな食材を食べられるので、嚥下練習に向いているのだ。ファミリーレストランR社のビュッフェ形態のKは食後にソフトクリームも食べ放題なのでよく利用した。また、ファミリーレストランのカレーライスは子供連れも多いので比較的甘口であるが、嚥下問題を抱える筆者には喉には難しいが、Kにはビュッフェにパスタ用のトマトソースがあるので最初はカレーソースとミックスし、辛さを緩和していた。
次に愛用しているのは最大手S社の中華業態だ。以前も申し上げたが、中華の点心(水餃子やシュウマイ)や、ビーフンが食べやすいし安価でいろいろな料理を食べる訓練に向いている。中華料理のデザートの杏仁豆腐やマンゴープリンはのど越しもよく必ず注文する。
使いやすいファミリーレストランであるが、和食業態は筆者にはちょっと難しく、最近まで利用していなかった。S社の和食業態のAには天ざる(天ぷらとざるそば)があり、とろろもついているので利用するようになった。和食業態が苦手なのは、料理だけでなく座敷があることだ。座敷の座椅子をちょっと高くしたいすなどの工夫を凝らしているが、筆者には座るのが困難だ。(正確には立ち上がるのが困難)和食と言っても、しゃぶしゃぶと寿司食べ放題のお店を利用するようになった。3チェーン程あるが、低価格だし、野菜も食べられてよい。生の葉物野菜はビタミン豊富だが、食べにくい。しかし鍋で軽く湯?くと食べやすい。低価格なので、牛肉は輸入肉であるが、薄切りなので食べやすい。写真⑲写真⑳
和食ではチェーンの回転寿司もよい。食べやすい寿司を低価格で学べるし、アイスクリームなどのデザートもある。イクラの軍艦巻きの海苔が喉に絡むが、回転寿司では海苔を使わないイクラもあって食べやすい。写真? また子供が多いのでワサビも入れない場合が多いので食べやすい。筆者は回転寿司で訓練しやっと普通のすし屋で食べられるようになった。
個人店のレストランで一番利用するのが多いのは地元の低価格中華だ。筆者の自宅は在日中国人の多い池袋に近いので、中国人の方が展開する低価格の中華料理が多く、柔らかい料理で食べやすい。注文するのは嚥下しやすい水餃子や、牛バラ肉煮込み蕎麦、牛ばら肉ご飯、などだ。牛バラ肉を煮込んでとろみをつけているので嚥下しやすい。写真? 嚥下しやすいとろみのある料理でベストは鱶鰭の姿煮であるが高くて気軽に食べられないのが残念だ。安い中華料理でもとろみをつける料理が多いので嚥下しやすい。筆者の食べにくい野菜炒めもとろみをつけると嚥下しやすい。ただし、四川料理や中国東北料理は辛い料理があるので注意が必要だ。
日本蕎麦も好きであるが、熱い蕎麦は苦手なので、最初は冷たいザルそばから食べるとよい。とろろと一緒に食べると食べやすい。写真23 温かい掛け蕎麦は、時間をおいて冷まし、蕎麦にだし汁を吸わせて、蕎麦だけを食べるとよい。美味しい蕎麦の食感からはかけ離れるが、徐々に慣れるほうが安全だ。

嚥下の問題で筆者の好きな牛丼屋の選択が変わった。筆者はもともと、老舗のY家が大好きであったが、嚥下障害を患ってから、最大手のS家などを持つZ社を利用するようになった。理由は、サイドメニューにとろろがあることとスプーンだ。牛丼の肉は硬すぎるので柔らかい豚丼や鰻丼にするが、Y家はサイドメニューにとろろがない(麦とろ定食はあるがサイドメニューのとろろはない)。S家はサイドメニューにとろろがある。また、箸ではご飯を食べにくいので、スプーンを利用するが、Y家は注文しないといけないが、S家はテーブルに置いてあるし、テイクアウトの際にもスプーンをくれるからだ。写真24 細かいことだが、店に置いているスプーンのサイズもS家のほうがちょっと細身で口腔麻痺で大きく開口できない筆者には助かる。Z社の系列に和風のうどんと親子丼、牛丼を売り物にしているNがあるが、最近海鮮丼(サーモンといくら、やウニとイクラ)を期間限定で出しており、嚥下しやすく重宝している。写真25 ただし、Nで使いにくいのは券売機だ。杖を離して不安定な状態でおぼつかない手つきで財布から金を出し、見にくい券売機を操作するのは大変なのだ。料理やスプーンの使いやすい筆者の家の近所にあるS家も欠点はある。入口の段差だ。たった3段であるが筆者にはエベレストのような障害に感じられる。写真26
最近の食のトレンドは、肉料理だ。特にステーキに人気がある。洋風料理レストランは煮込み料理が多く食べやすいが、たまにはステーキなどの肉の塊を食べたくなる。ステーキと言っても和牛のサシの入った肉でなく、米国系のドライエイジングの大きな骨付き肉に人気が出ている。ニューヨーク・ブルックリンに全米一と言われる創業130年以上の老舗ステーキ屋Pがある。そこで長年修業したWという人がマンハッタンで自分の名前を使ったステーキ屋を開業して瞬く間に大繁盛店となった。そのステーキ屋と日本のW社が提携して日本で開業し、やはり大繁盛店になった。写真27 にあるようなポーターハウスという骨付きのヒレとサーロインで食べやすいように、切れ目を入れているが、さらに細かく切るのが大変であった。同行者にお願いしてカットしていただいた。米国のステーキ屋の食べ方は、軽い前菜で一杯やりながら、分厚い肉が焼けるのを待ち、強大な肉塊をペロッと平らげ、デザートに同じく大きく甘いケーキを平らげて終わりというシンプルな食べ方だ。
しかし、最近はちょっと変わってきたようだ。サンフランシスコ・ベイエリア(サンフランシスコ湾を挟んだ広大なエリア、シリコンバレー)に2005年に開業し瞬く間に繁盛店となり、同地区に8店ほど展開している高級ステーキチェーンAがある。昨年11月に、汐留地区ビルの眺めの良いビル42階に株式会社 Mというレストラン企業と提携して開店した。
米国人は大きな肉をたらふく食べるので、ドライエイジングで旨みを増した脂肪分の少ない骨付きの赤身肉を好むのだが、少量の肉を食べる日本人は、サシの入った美味しくて柔らかい肉を好む。しかし、このAステーキハウスのメニューは、米国オマハビーフのドライエイジングビーフと和牛などのコース料理だ。コース料理は7種類ほどの、小皿料理が前菜で出て、米国人にとっては小さめの170gのステーキ、チーズとケーキ、最後になんと日本の縁日の綿飴が出る。写真28
オーナーシェフは日本人の母親を持ち日本で育った日系人だ。その経験からか神戸ビーフと日本的な懐石料理風・小皿コース料理が売り物だ。ここの売り物は、見事な夜景とゆったりした客席、充実したサービスだ。この店の最大の特徴はサービスだ。従業員は、中国系、韓国系、米国系と国際色豊かで、外資系企業の日本駐在員も満足させられる。筆者が感激したのが、テーブルセッティングだ。通常、座った左側にフォーク、右側にナイフを置くが、筆者は左手を使えない。それを見た従業員は写真のように使える右手側にフォークとナイフを置いてくれた。身体障害者対応として、段差の解消やトイレへの手摺取り付けというハード面の改善に目が行きがちだが、このような気づかいサービスがあれば、ハード面の不備もカバーするのだろう。写真29
杖を使ってレストランを利用する際に一番困るのが杖だ。写真はさりげなく杖ホルダーを出してくれたホテルの例だ。写真30 杖ホルダーがないと、ほかの椅子に立てかけないといけない。写真31
続く
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お断り

筆者は医療関係者や栄養学の専門家でなく筆者の体験を語っているだけであり、専門用語や内容に誤りがあることをご承知おき頂ければ幸いである。

食事記録の写真入りの詳細な記録は筆者のfacebook(https://www.facebook.com/toshiaki.oh)に詳細にアップしてある。2012
年9月29日から10月22日まではアップしていないが、それ以降は急性期病院から、リハビリ病院の嚥下食の推移、入院中の車椅子での外出・外食までアップしているので、アクティビティ・ブログをご参照いただきたい。

王利彰 略歴

立教大学卒業後、レストラン西武(現・西洋フード・コンパスグループ株式会社)、日本ダンキンドーナツを経て、日本マクドナルド入社,運営統括部長、機器開発部長、などを歴任後,コンサルタント会社清晃を設立。
その他、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授、関西国際大学教授、などを歴任。現在(有)代表取締役
E-MAIL            oh@sayko.co.jp

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