嚥下障害と介護食「宿泊施設のバリアフリー」  第11回目(日本厨房工業会 月刊厨房)

<宿泊施設の場合>
筆者にとって宿泊施設の利用が困難だ。施設のバリアフリー対策や規制を過去に執筆しているがもう一度見てみよう。政府は高齢者、障害者の増加に伴い、公共性のある建物を利用しやすいようにするため、平成6年にハートビル法を制定。平成15年4月1日(2003年)に法改正。平成18年12月に同法(不特定多数利用の建物が対象。)と交通バリアフリー法(駅や空港等の旅客施設が対象)を統合し、バリアフリー新法として施行している。
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.html

外食や宿泊業は、面積により、新築時、改造時に法の対象となる。大きな規制は車椅子と人がすれ違える廊下通路巾の確保(1.2m)。トイレの一部に車椅子用のトイレがひとつはある。目の不自由な人も利用し易いエレベーターがある、車椅子用のトイレが必要な階にある
。床はなるべく段差を設けない。床の段差はスロープとし、1/12以下の勾配とする。(16cm以下の段差の場合は1/8以下)。床仕上げは滑りにくいものとする。階段やスロープに近接する床には点状ブロックを設ける。出入口巾は80cm以上にする、身障者用駐車場を設ける
などだ。
ハートビル法とは、《heartful+buildingから命名》公共性の高い建築物に対して、高齢者や身体障害者らに利用しやすい施設整備を求めた法律。平成12年(2000)施行。正式名称は、「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」。平成18年(2006)、同法と交通バリアフリー法を統合したバリアフリー新法が施行された。
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.html
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.files/12panfuretto.pdf
http://www.mlit.go.jp/barrierfree/transport-bf/explanation/kaisetu/kaisetu_.pdf

さらに、2020年開催予定の東京五輪・パラリンピック大会を控え国内外の身体障害者が円滑に旅をできるよう宿泊施設のバリアフリー化が迫られている。身体障害者への対応は欧米が進んでおり、遅れている日本は対応を迫られている。そのため政府は追加の対策を今年にも発表している。
毎日新聞2017年3月25日 によれば『「政府は車いすの人にも配慮したホテルや旅館など宿泊施設のバリアフリー化を推進するため、国土交通省はすべての客室を対象にした設計の指針を策定する。これまで車いす利用を想定していなかった広さの客室でも、バリアフリー対応の目安を示すことになる。
国交省の設計基準では、客室が50室以上ある宿泊施設は、車いす用客室(バリアフリールーム)を1室以上設ける義務がある。バリアフリールームは、通路の幅や転回するスペースを広くとるため通常の約1、4倍の面積が必要となる。施設側にはバリアフリールームを多く設置すれば全体の部屋数が少なくなり、売り上げが減るとの懸念があった。
そこで国交省は、バリアフリールームの要件を満たさない一般的な客室でも、車いすの利用者に対応できる指針を示すことにした。車いすで室内を移動できる最低限の目安として、部屋の入り口とユニットバスの入り口は段差をなくし、間口を80センチ以上確保する。通路は1メートル以上とし、転回スペースを設ける。
ユニットバスには、便器と浴槽の近くにそれぞれ手すりを設置。視覚・聴覚障害者の利用も想定し、部屋の外側の客室番号は浮き彫りにして、テレビは字幕放送に対応した機種を求める。これらの新指針は、4月以降に新築や増築する施設が対象となる見通しだ。
一方、2020年東京五輪・パラリンピック大会に向け、既存の施設には改修方法を提案。隣り合う2室の間の壁を一部取り壊し、1室につなげてバリアフリールームに改修することとする。1室につなげることで、車いすの移動スペースを十分確保でき、スロープを設けて段差も解消できる。
従来の設計基準は、バリアフリー化に必要な玄関や廊下の幅、エレベーターの広さなどを定めているが、バリアフリールーム以外の通常の客室に関する規定はなかった。このため、バリアフリールームが満室だった場合、「車いすでは利用しにくい」と訴える声が上がっていた。」』とバリアフリーに積極的だ。

<国土交通省調査研究>
https://www.mlit.go.jp/pri/houkoku/gaiyou/pdf/kkk130.pdf

規制によるバリアフリーだけでなく、政府は対策企業向けに褒章(バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者賞,内閣府) も用意している。
http://www8.cao.go.jp/souki/barrier-free/bf-index.html

以上の法整備に伴い、大手のホテル旅館は2003年ころから積極的な取り組みを始めている。しかし、日本の問題として、財務の弱い中小規模の地方旅館が多いことがある。嚥下食のところで申し上げたが、和食が一番難しいのと同様に、和風旅館の施設が一番問題である。大型のホテルは対応が進んでいるが、古い中小の旅館は、多額の費用が掛かる改装に直面している。多目的トイレの設置と、部屋の狭さ、畳や大浴場などの和風生活が主な問題だ。

<日本旅館の問題>
嚥下食でも述べたが和風の生活が難しさを生んでいる。玄関で靴を脱いでスリッパに履き替える。畳に座ること、畳の部屋で座って食事をすること、布団に寝ること、温泉の大浴場で入浴するなどだ。写真①~⑦中国や台湾、ほとんどの先進国の生活は、テーブルとベッドだ。床に座り食事をしたり、布団に寝るのは後進国以外では、日本と韓国だけだ。また海外には大浴場で裸で他人と一緒に湯あみする習慣はない。
脳卒中の場合、畳に敷いた布団に寝ることと、畳に座っての食事は不可能だ。また和風旅館は、石を敷き詰めた風情はあるがでこぼこの床(飛び石)が多く歩行が困難である。写真⑧ 特に大浴場は岩風呂が多く入るのは極めて困難だ。写真⑨また旅館は増築している場合が多く、段差が多いのが問題だ。大手の場合数段の段差対策としてスロープを付けたり、エレベーターを設置するなどの対策をとっているが、中小の旅館は対応できていない。写真⑩⑪
さらに、一部の部屋を改装し、バリアフリーの部屋としている。バリアーフリーとは車椅子の使用を前提とした段差をなくすこと、ベッドの設置と座椅子でなく高めのソファーや椅子の設置、トイレの手すり、部屋に専用の露天風呂を設置などだ。写真⑪~⑮
旅館は入口で靴を脱いで1段上がらざるを得ず難儀だ。また履き替えるスリッパでの歩行が困難だ。筆者はかかとのある上履き(リハビリシューズ)などを用意し持参する。部屋食の場合、畳での食事 であり難しい。 写真のように畳で座っての宴会は高めの座椅子にしても無理だ。写真⑯ ちょっと高めの座椅子も立ち上がるのが難しく、料亭方式として畳に絨毯を敷き、テーブルとイスを設置するのが望ましい。写真⑱⑲
大浴場は難しい。浴場の入口は引き戸があるが、段差がありバランスを崩しやすい。残念ながら、手摺を備えているのは皆無だ。出入り口の壁に縦型の手摺がほしい。浴槽の出入口には段差があり、滑り止めに足ふきが置いてあるが、かえって足に絡んで苦労するので、頻繁に揃える配慮が必要だ。写真⑳またフローリングの床に足ふきマットを直接敷くと滑りやすいので、このように滑り止めを使う必要がある。写真? また浴槽に入る際には頑丈な手摺がほしいし、左右で掴まえられる、プールに備え付けのようなステンレス製手摺がほしい。写真? 一つしか設置しない場合は壁付でなく 写真? 浴槽の真ん中に設置し左右から掴まえられるようにしてほしい。写真? 浴場で体を洗うにはちょっと高い椅子の設置がほしい。写真? どこの施設も椅子を備えているが、基本的に1台であり、自分で移動させる必要があり苦労する。洗い場に数台置いておいてほしい。風呂場は滑りやすいので、壁に手摺がほしいが、ほとんど設置がないので困る。写真??

筆者はリハビリ病院から退院後、週に3日ほど、デイサービスでマシンを使ったハードなトレーニングを2時間ほど行い、そのあとマッサージで体をほぐすが、体が硬直してくる。その硬直した体と気持ちをほぐすために月に1回は温泉に湯治に行っている。当初色々な旅館やホテルに行っていたが、現在は3か所のホテルと旅館に行く。料金を考えて、箱根の低価格チェーンを使ってみたが、部屋が狭いし写真?、朝食が貧弱で写真? 現在の3つのホテル旅館を定宿としている。基本的にはホテルのほうが平らで使いやすいが、ホテル形式の旅館であれば使いやすい。ホテルも旅館もベッドがあり、部屋面積が70平米以上の部屋にし、食事はビュッフにしている。たくさん食べたいのでなく食べやすいヘルシーな野菜を食べれるからだ。写真?

温泉もあまり遠隔地だと時間がかかるので、近場の箱根、小田原、熱海の温泉に決まっている。車で筆者の自宅から2時間以内で行けるからだ。筆者の気に入りは、箱根強羅の外資系ホテルH(非上場)と写真?、小田原の外資系ホテルH(上場)写真?、熱海大型旅館のHリゾートだ(日本の大手旅館)。身体障害者への対応という点では、海外のホテルチェーンのほうが進んでいる。熱海のHリゾートは国内企業であるが、企業再生や海外の情報に詳しい経営陣が身体障害者や幼児への対応をきちんとしてくれる。
筆者が一番気に入っているのが、箱根強羅のHホテルだ。虎の門中心にオフィスビルを展開しているMが十数年前に高級な会員制リゾート施設として開業したが、うまくいかず投資ファンドに売却し、投資ファンドがHホテルチェーンに運営を委託したものである。Hホテルチェーンの新宿にある最高級ホテルのフロントの女性マネージャーN氏が支配人となり、ユニークな顧客サービスを行い、Hホテルチェーンの稼ぎ頭となっている。ロビー下にラウンジを設置し、有名デザイナーのS氏が改装し、設置した暖炉がある。写真?ここでは全宿泊者に対して、午後4時から7時までシャンパン(スパーリングでなく)、ワインを飲み放題で振舞う。写真?また通常のホテルは、浴衣でロビーやレストランの利用は禁止だが、ここは浴衣でフレンチレストランや和食レストランを利用できるようにしている。

熱海のHリゾートは、幼児への居心地を良くし、3世代で利用できるようにして人気だ。幼児への対応をきちんとしていることは筆者のような身体障碍者の老人にとっても使いやすい。破たんした熱海大型旅館を、約20億円をかけて再生したものだ。同行のスタッフが軽井沢の系列のHを希望したのだが、歩行困難の私には起伏があり広い敷地内を歩くことが出来ない。メインダイニングも階段状の客席で私には向いていない。同行してもらうスタッフには幼児がいるので、子供向けのR熱海にしたのだ。東京から車で2時間弱なので便利だ。ここは高台で,海と街を一望できる素晴らしい景観だ。玄関に到着するとVALET パーキングでホテルの従業員が駐車場に移動してくれるので動き回る子供の多いファミリーは助かる。部屋に到着すると。プラスチックのバケに入れたレゴが置いてあり、子供は大喜びする。浴衣や歯ブラシは子供用が置いてあるのは当たり前だが、トイレに幼児用のトイレアダプターを置いている。大浴場にも乳児用のプラスチックバスタブやベッドも設置してある。
食事はブッフェだが、子供用にミニハンバーグやマイルドカレー、ビーフシチューがあり嚥下困難の筆者にとっても助かる。驚いたのは,ABCクッキングスタジオ子供バージョンのようなカウンター調理台を用意して,有料ではあるが子供料理教室をやっていることだ。写真? 同行のスタッフの子供の女の子は興奮した。 朝食もビッフェだが、何と離乳食を5ヶ月7ヶ月9ヶ月12ヶ月の4種類無料で提供している。子供用に食品が滑らないフォークを用意しているのもすごい。写真?
館内には子供が遊べる施設が沢山ある。温水プール、ボールピット、ツリーハウス、絵本図書館、クライミングウオールなど盛りだくさんで、子供連れは大満足だ。極めつけはハロウイーンの時期には仮装コンテストをおこない、衣装を着て写真を出すと抽選で,宿泊券が当たるなどの演出を凝らしている。平日なのに結構混んでおり、3世代で訪問する家族が多く、比較的若い祖母と若い子供夫婦、複数の孫という大家族が多い。子供が満足する宿泊施設としてはダントツだ。宿泊費はそんなに安くないのだが、子供がこれだけ喜べば納得だ。

バリアーフリー旅館現状については 「バリアーフリー温泉ガイド」という本が発行され、情報HPで映像付きで紹介されている。
http://www.mapple.co.jp/mapple/column02/items/bfonsen.html

また、特定非営利活動法人 日本トラベルヘルパー協会が旅の介護について紹介している。
http://www.travelhelper.jp/

東京介護旅行センター
http://www.tkk.tokyo/index.html

バリアフリーホテル情報
http://www.fukushi-shiga.net/hotel/

最後に

設備的に身体障害者用に改装すればよいかというと違うのだ。筆者がサービスで有名な能登半島の大型旅館がバリアフリー改装で風呂に行く数段を解消するため、エレベーターなどを設置した後に支配人と話したことがある。支配人は「以前のエレベーターがない時のほうがお客様に感謝された。車椅子のお客様を乗せたまま2人がかりで数段の階段を運んだ時のほうが喜ばれた」という。
また筆者が入院中に最初に外食を楽しんだ古いホテルは、改装して作った多目的トイレが、離れて目立たない不便なフロアーにあった。筆者が食前にトイレを聞いたら、従業員が車椅子を押して案内してくれ、大変感謝したことがある。このように古い施設でも、従業員が心遣いをすれば、多額の改装費用を費やすより、顧客を満足させられるのだ。逆にバリアフリー対応に改装しても、従業員の心構えができていないと感謝されないといえる。

お断り

筆者は医療関係者や栄養学の専門家でなく筆者の体験を語っているだけであり、専門用語や内容に誤りがあることをご承知おき頂ければ幸いである。

食事記録の写真入りの詳細な記録は筆者のfacebook(https://www.facebook.com/toshiaki.oh)に詳細にアップしてある。2012年9月29日から10月22日まではアップしていないが、それ以降は急性期病院から、リハビリ病院の嚥下食の推移、入院中の車椅子での外出・外食までアップしているので、アクティビティ・ブログをご参照いただきたい。

王利彰 略歴

立教大学卒業後、レストラン西武(現・西洋フード・コンパスグループ株式会社)、日本ダンキンドーナツを経て、日本マクドナルド入社,運営統括部長、機器開発部長、などを歴任後,コンサルタント会社清晃を設立。
その他、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授、関西国際大学教授、などを歴任。現在(有)代表取締役
E-MAIL            oh@sayko.co.jp

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