特集『ホテル、旅館経営における最適な調理システム』(オータパブリケーションズ 週刊ホテレス2003年3月号)

1)ホテル、旅館、レストランの抱えている問題

デフレ経済の影響を強く受けている、ホテル、旅館、レストランにとって、コストのかかる調理場の見直しは必要不可欠だ。しかし、コストダウンと同時に魅力のある料理を開発しなくてはならないし、中毒の多発により衛生対策にも取り組まなくてはいけない。調理場に求められるのは、衛生的で、生産性が高く、美味しい料理ができると言うことになる。

2)食中毒の現状

今まで問題なくても急に問題が発生する時代だ。労働厚生省のHPでは最新の食中毒のデーターを公表している。(食中毒の発生件数)
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/jokyo/nenji.html

これによると平成7年までは減少気味であった食中毒感染者が8年の堺市の集団給食による大規模な食中毒発生以来、増加現象に転じているのが分かる。発生件数をグラフにしているのが、
http://www1.odn.ne.jp/‾cak40870/poison.html  だ。

食中毒が増加している原因は、病原性大腸菌o-157による牛肉汚染、小型球形ウイルスによる生ガキの汚染、鶏に起因するカンピロパクター、等の新型食中毒菌の出現と、サルモネラ菌、腸炎ビブリオなどの従来の食中毒菌のパワーアップだ。
従来、牛肉の生食は可能であったが、病原性大腸菌o-157は少量の菌で中毒を引き起こすため、火を完全に入れないと危険になった。腸炎ビブリオによる食中毒は平成4年には99件まで減少していたのだがそれ以後増加して、平成10年には839件となっている。従来の腸炎ビブリオ菌は7℃以下で保管すれば菌が増えないと言われていたが、新型菌は4℃以下に保管しないと菌が増殖するようになった。つまり、昔の知識の7℃で保管していると危険だと言うことになる。
愛知県衛生研究所のHPでは4℃以下に保存するように述べている。
http://www.pref.aichi.jp/eisei/tudkbiseibutu.html

サルモネラ菌も同様で、従来、卵の外側だけが汚染されており、内部は大丈夫だと言われ、冷蔵庫で保存しないで生食していた。しかし、新型菌のサルモネラ・エンテリデュス菌は卵の中を汚染し、冷蔵保存をしないと食中毒菌が繁殖し加熱して食べないと危険と言われるようになり、常温保管でなく冷蔵保管の食品となった。
食中毒菌の種類については社団法人食品衛生協会の以下のHPを参考。
http://www.jfha.or.jp/saikin/index5.html

食中毒の発生が多い状況の中日本医師協会もHPで注意を呼びかけている。
http://www.med.or.jp/kansen/index.html

3)食中毒への対応が望まれる厨房の改善

これらの情報を元に危険度を分析し、従来の調理方法を見直す必要がある。従来は食品衛生と言っていたが、最近はHACCPと言うより高度な衛生管理の手法に脚光が浴びている。HACCPと言うと難しく聞こえるが、従来の衛生管理の「菌をつけない、ふやさない、殺す」基本的な考え方に厳格な温度と時間の管理を組み合わせた物だ。
まず、つけないと言う点では、手洗いの遵守とそれぞれの食材がもっている固有の食中毒菌を他の食材につけないと言う考え方だ。調理場で言えば、魚、肉、野菜、の調理場を分けるか、使った俎板や手を洗って別の食材を加工すると言うことだ。そのためには、食材毎に俎板や包丁を色分けして使うなどの工夫が必要だ。
次ぎに増やさないであるが、これは冷凍や冷蔵食材をキチンとした温度管理をすると言うことだ。簡単に言うと食中毒菌が増殖しやすい危険温度帯、5℃~60℃の間に累計で4時間以上放置すると食中毒を起こすに十分な菌数になるという考え方だ。
特に大型のホテル、旅館ではゴールデンウイークや年末年始の繁忙時や婚礼の重なる祭日に早めに調理をした料理を、高温の調理場に放置して食中毒事故を起こす例が多い。冷蔵庫や冷凍庫は場所もとるし、投資金額も高いので、余分に設置しない場合が多いが、年間を通して、の最大ピーク時に合わせて購入をしないといけないだろう。

4)厨房の見直しはまず、厨房全体の問題点を観察することから始める。

ホテル、旅館、レストランなどの大型の厨房における衛生管理、味の向上、コストダウンをはかるには単なる調理機器の入れ替えだけではすまない。まず、現在の仕事の流れ、調理の流れがどうなっているのか、無理無駄がないのか、どこかで時間が食っているのではないか、調理人がやらなくてならない作業か、アルバイトやパートタイマーでもできる作業ではないかと言う事を観察し分析しなくてはいけない。
観察により、作業の無理無駄、調理工程の品質のばらつき、調理時間、等を観察する。そして、どの部分での調理作業の見直し、調理機器の並べ替、新型の調理機器導入、が必要かをリストアップする事を調理人自ら行うことにより使いやすい厨房を実現できる。

5) 調理機器の分類と原理

厨房における衛生管理の基本は厳格な温度と時間管理だが、それは同時に、味の向上、コストダウンを実現する。そのためには温度管理の優れた調理機器を導入しなくてはいけない。では新型の調理機器を見てみよう。

(1)<焼く>

<1>コンベクションオーブン
焼き物は、従来、食品の上下のヒーターで焼いていたが、この方法では、食品が空気に囲まれている状態のため、空気が食品の表面に沿って境界層という断熱材の役割をする層をつくってしまい、加熱にどうしても時間がかかる。高速で焼くために、この境界層を破壊しなければならない。そのために、加熱した空気を食品に吹きつけて焼くコンベクションオーブン(Convection oven)が開発された。コンベクションオーブンは、食品の上下ではなく横から風速2-4メートルの熱風が吹き出し、オーブン内に多段で並べた大量の食材を加熱調理する。しかし、食品の形状により焼けむらが出やすいと言う欠点がある。

<2>エアーインピンジメントコンベアーオーブン
焼けムラの問題を改善して性能アップしたのが、エアーインピンジメントオーブンである。インピンジメントというのは突き刺すという意味である。細い穴をオーブンのプレートに空け、食品に突き刺すように上下から風を吹き付けながら、入り口から出口までコンベアで移動させ、食品に熱風を均等に吹き付け焼けムラを解消した。
また、コンベアーで自動的に調理されるので、人件費の削減というメリットがあり、大型の旅館やホテルで採用されるようになっている。便利な調理機器であるが、食材により調理温度や時間を頻繁に変えることはできないので、食材の大きさなどの工夫が必要になる。

<3>スチームコンベクションオーブン
オーブンの中で最も高速で調理品質が高く、多用途にも使えるのがスチームコンベクションオーブン(Steam convection oven)だ。スチームコンベクションオーブンは密閉型であり、加熱蒸気を使用する。スチームコンベクションオーブンは、スチームジュネレーターで蒸気を発生させ、庫内に送り込み、庫内のヒーターまたはガスパイプでさらに熱を上げるシステムになっている。水蒸気をさらに加熱して調理することにより高カロリーの蒸気潜熱が食品に集中して伝わる。庫内を水蒸気で満たしているため、熱伝達が最も速い厨房機器である。また、正確な温度管理や調理プログラムを設定できるので、レシピーをキチンとすればアルバイトやパートタイマーでも美味しい料理を簡単にできる。
温風はコンベクションオーブンのように横から吹き付けるため従来は焼けムラを解消することができなかったが、高精度のスチームコンベクションオーブンはファンの回転速度の調節や回転方向が切り替えられるため焼けムラは解消している。
また、蒸気で加熱するため、焼け焦げが付きにくいというメリットがあり、宴会などのように事前に調理を済ませた料理を冷蔵庫にラックに入れたまま保管し、必要なときにラック毎スチームコンベクションオーブンに入れ再加熱ができる。
スチームコンベクションオーブンはメーカーによる品質の差が大きいのが現状で、実際に使用して確認してから購入しなくてはいけない。

<4>小型の高速オーブン
ホテルなどでルームサービスなどの要望に早く答えるためにサテライトキッチンに調理済み食材などを置き,小型のオーブンで高速加熱する。電子レンジと温風を組み合わせた機器や,上下の加熱をクオーツランプで高速に加熱する機器、それに電子レンジを組み合わせた機器、数十秒で400℃まで加熱する新型のガス機器などがある。24時間のルームサービスをシェフなしで実現するためには有効な機器となる。この分野では小型のスチームコンベクションオーブンも開発されており、サテライトキッチンの強力な援軍となっている。食品に適した機器を選定すると良いだろう。

<5>煙のでない焼機
焼くという調理では、魚を両面同時に焼けるという注目すべき技術革新がある。もともと焼き物機はバーナーに汁が垂れると焦げつき,目詰まりを起こしてしまうため、上火で焼いていた。下火から焼くのは電氣ヒーターでないとだめだと言われていた。電氣ヒーターの表面は900℃ぐらいまでに上がるため、汁が垂れてもパシッと飛んでしまい煙が出ないからである。しかし、電気ヒーターでは食材が乾くという欠点がある。
その欠点を解決したのが、新型のガスバーナーを使う両面焼き器だ。100%の新鮮な空気を入れて完全燃焼させて高温にする技術が開発された。これを下火に使うことによって、備長炭のように800-900℃まで上げることが可能になり、煙が出ず、高速に焼き物を調理できるようになった。購入する際には実際に焼いてみて煙を確認すると良い。

(2)<煮る>

<1>スチームケトル
ローレンジにおいた大鍋で煮る場合が多いが、煮物をとりだしたり、出汁をくんだりする際に重量物を持たなくてはいけないが、チルト機能の付いた大型のスチーム加熱ケトルを使えば、調理時間を短縮できるだけでなく、重量物を持つことにより従業員が腰を炒めることもなくなる。

<2>低温調理
煮るという分野は、従業員がつきっきりで行わなければならず、煮崩れの問題もあったが、低温で調理を行えるクックチルや真空調理により品質の良い煮物を自動的に調理でできるようになった。食材をラップなどで包み込み低温で調理しており、歩留まりもいい。
煮物は、この低温調理技術をつかえば、深夜の無人の厨房で人手が入らず調理でき、沸騰することもかき回すこともなく、食品は包装されているため、煮崩れすることはない。

(3)<揚げる>

<1>コンベアーフライヤー
コンベアタイプのフライヤーが天丼チェーンように開発され、大型の旅館やホテルなどで採用されている。2人の従業員が約1分30秒で約300食分を揚げられる能力がある。コンベアオーブンと同様に入れる係と出す係の二人でオペレーションが成立するためである。多量の調理を素人でも一定の品質で行えるのが大きな特徴だ。

<2>天ぷら専用小型フラヤー
部屋出しをしなくては行けない旅館では離れた調理場から温かい天ぷらを出すのは不可能だ。そこでパントリーなど部屋に近い場所に天ぷら専用小型フライヤーを設置すると良い。しかし、調理人が必要では困る。そこで、電磁調理を利用し、小物に工夫を凝らし、素人でも綺麗な天ぷらを揚げられるようにした機器が出ている。パントリーやオープンキッチンのバイキングなどで使用され、客の料理に対する評価が大幅に向上している。

(4)<蒸す>

従来の蒸し器は温度管理ができず、茶碗蒸しなどはできあがりを見ながら注意して調理しなければならなかったが、大型のスチームコンベクションオーブンを導入すれば、焼き物だけでなく、蒸し工程の品質が向上する。

(5)<コーヒー,汁物>

<1>温かいディスペンサー
宴会のように大量のコーヒーを瞬時に提供する必要がある場合に液体のコーヒーディスペンサーを使用すると品質が安定する。ただし、大型の施設では、大量の湯を供給する装置を付け加える必要がある。その原理を元に、味の良いルー味噌を使用するみそ汁ディスペンサーがでており、作り置きにより味噌汁の味の劣化を防げる。
また、エスプレッソマシンを活用し、入れ立ての鰹出汁を自動で抽出する機械も誕生しているので、本格的で美味しいうどんやそばを提供しようとする場合には検討する価値があるだろう。

<2>ジュースディスペンサー
朝食では新鮮なジュースが求められるが、アメリカやブラジルの濃縮のフローズンジュースをディスペンサーで希釈して使う方法が一般的になっている。美味しい本格的なジュースを安価に飲めるというメリットがある。

ビッフェのためのオープンキッチンと保温庫とウオーマー>

大規模な宴会料理を短時間で配膳するためには事前に調理し、冷めないように保温庫に入れておく必要がある。宴会などのピーク時に対応した保温庫を設置しよう。和食の場合は乾いてしまうので、蒸気加熱保温庫を導入するとよい。宴会所が離れている場合には移動型の保温カートを使い、調理場から宴会場まで運びそのそばで保温しておくと便利だ。

人件費の削減のために朝食、場合によっては夕食にもビッフェが取り入れられるようになっている。ビッフェで美味しい料理を出すには、合理的なオープンキッチンと保温機器が必要になる。
オープンキッチンではパートでも調理ができるようにスチームコンベクションオーブンや、温度と時間管理のできるフライヤーやグリドルの備えをしないと美味しい料理ができない。そして、ビッフェでは客にセルフサービスで料理を提供するので、ウオーマーを設置するが、ウオーマーは機種により大幅に性能が異なる。最近は遠赤外線を出す性能の良いウオーマーと、乾燥を防ぐカバーができているので、実際に料理を保温し、乾かないで温度を2時間ほど保たれるか確認するとよい。

<真空調理とクックチルシステム>

真空調理やクックチルは、食品を真空パックして加熱調理し、そのまま急速に冷却、食品の冷凍点のやや上の温度帯、具体的にはマイナス2℃から0℃で保存するという方法である。必要なときはパックされたままの食品をそのまま再加熱し、開封して盛りつけるだけとなる。衛生的なメリットもあり、賞味期限を5日に延ばせるため、平日に土日の繁忙時の料理を作っておき、土日や宴会の入った日に暖めるだけですむので、人件費の削減に大きな威力を発揮する。

プラスチックバックに食材を入れ、真空状態にして低温で加熱調理すると歩留まりも減少し、味も良くなると言うメリットがあり、フランスで開発されたという歴史をもっており、外資系のホテルや大型のホテルで採用されている。
クックチルにはブラストチラー方式と言う空冷方式もあり、カート式の大型スチームコンベクションオーブンと組み合わせて使うと大量調理を簡単にできるので、料理や施設の大きさにより検討しても良いだろう。

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