チェーンストアのここに学べ 第3回目「和食にも使えるか?」(日本食糧新聞社 外食レストラン新聞1998年6月1日・6月5日)

ファーストフードなどに見られる調理の合理化によるチェーン展開は簡単な調理だから出来るので、和食のように職人が必要な世界では無理だと思っている人が多いようだ。出来ないと思うことは可能性をつぶしてしまうことになる。和食の職人の世界に調理の自動化と味付けにノウハウを導入しチェーン化しているてんやを見てみよう。

てんやは、職人芸の世界であったてんぷらの作業を分析し、コンベアーフライヤーで品質を高めながら作業を自動化する方式を考案した。そのノウハウ開発の手法を見てみよう。

てんや社長の岩下氏は日本マクドナルドの創業のメンバーで建設部の次長を務めていた。そこで米国流のチェーンオペレーションを身につけた氏は、複数の同僚とサンドイッチハウスのチェーンを作るべく独立をはかった。しかしながら、サンドイッチという進んだコンセプトは日本では早過ぎ,数年で事業を解散した。その後,氏は和食店の経営に長らく携わり、難しい職人芸を機械化で補ってチェーン化することを考え出した。そのコンセプトを考えるに当たって,天ぷらがの歴史、調理法、特徴と問題点を分析し独特の調理法を編み出した。

「てんぷらの歴史と調理方法」
てんぷらは戦国時代の末期にポルトガルから長崎を経由し日本に伝来した料理であるといわれている。キリスト教徒の多いヨーロッパでは金曜日に魚を食べるが、魚の生臭さを消すためにてんぷらバッターをつけフライしたのである。てんぷらは江戸にきて江戸湾の近海魚の美味しい調理方法として発展したのである。てんぷらの命は揚げ立てのあつあつのものを衣がカリットしているうちに、天つゆにつけジュッという音がするのを食べるのがもっともおいしいのである。そのためお座敷てんぷらとして現在に至り、庶民の食べ物からやや高級な食べ物になっていったのである。


お座敷てんぷらは近海魚や海老などの具を食べる物である。新鮮な具をさっと油をくぐらせあつあつの状態でカウンター席で食べるのである。揚げ立てのてんぷらであれば衣の量は少しでよいのである。衣が厚くては味がしつこくなり数多くのてんぷらを食べることができず売上が上がらない。お座敷てんぷらの海老天は棒揚げといい、衣を薄くつけ軽く揚げているだけである。一般的な衣は薄力粉と卵、水のみである。衣は魚などの具の回りに付着し揚げられるときに含んだ水分が蒸発し油におき変えられる。衣が具の水分の蒸発を妨げ、乾燥せず柔らかく調理できる。

天丼は高級なお座敷てんぷらから発生した物ではなく、そば屋などでの丼ぶり物から発生した物である。そば屋の天丼は具の海老を食べるのではなく、海老の周りについた衣を食べるのである。これは2つ理由がある。一つは値段を抑え価値を出すため。もう一つは、ご飯を食べるためにタレの味をよく染み込みやすくするためである。衣を十分につける為、華を咲かせることが必要になってくる。華とは海老に衣をつけて揚げたとき、さーっと衣が広がり、カリットした歯ざわりになることを言う。

てんぷらの衣をカリットさせ華を咲かせるには薄力粉をとぐときに、タンパク質のグルテンの粘度を出さないように、冷水で手早くとぐことが重要であるが、さらに、ベーキングパウダーを入れたり、デンプンを加えタンパク質の比率を抑えた専用のてんぷら粉を使用する。さらに、海老を油にいれてから、その上に菜箸に衣をつけ糸のように垂らし、きれいに華を咲かせるのである。また、棒揚げの場合であれば海老などを単にてんぷら鍋に投げ入れれば良いのであるが、花を咲かせるためには海老の形を整える必要がある。最初は衣をつけた海老を鍋の縁の浅いところで形を整える。浅いところを丘という。形を整えながら、華を咲かせる。形が整ったら油の深いところ(海)にもっていき火を通すのである。

油の品質
てんぷらは近海魚を揚げるため生臭さを消す必要があり、油の匂いの強い胡麻油などを使用したのである。当時はてんぷらは庶民の食べ物といってもやはり、しょっちゅう食べれる物ではなく、食べたときの満足感が必要であり、胡麻油のくせの強い味が好まれたのである。

しかし、しょっちゅうてんぷらを食べるようになると、余りくどい油では胸焼けを起こすのでだんだんさっぱりした精製度の良い油を使用するようになった。現在では菜種油や大豆油などの白締め油をてんぷら油として使用しているが、最近ではそれをさらに精製しさっぱりさせたサラダ油などが使用されている。

油の品質でもう一つ重要なことは、新鮮な油を使用しているかと言うことである。新鮮とは油が酸化していないかと言うことである。日本は油の酸化に対する基準が最も厳しい国である。保健所は最近、使用している油の酸化度の抜き取り検査を実施している。日本で油の酸化に対する基準が厳しくなったのは、揚げ物が多いせいである。最も油を使用する業界は、インスタントラーメンである。インスタントラーメンの麺を油で揚げアルファー化しているのである。油で揚げた麺をすぐに食べるのなら問題はないが、揚げた麺を袋詰めし、小売り店の店頭に何ヵ月も並べて常温で販売すると、店頭で太陽の直射日光を浴び、あっという間に酸化する。それを食べるとお腹をこわすなどの食中毒が発生するのである。そこで日本独自の厳しい油の酸化基準が定められたのである。現在では使用する油の酸化度は2.5以下でなくてはならないのだ。これは店舗で油を毎日加熱すると、たいして量を揚げていなくても、3~5日位でその数値に達してしまうほど厳しい水準である。この基準を越えた油は廃棄処分にするほかはない。油の味に対する影響は大変強い物がある。毎日油を捨てるようであるとコストに与える影響は高い。てんぷらでコストが高いのは海老などの具であるが、油はその次に高いコストなのである。

てんぷらの場合衣重量の10~50%が油である。そこで毎日揚げるてんぷらの量が多く十分に油を吸い取ればその分、さし油をしなければならない。これを油の回転率という。毎日鍋の揚げ油と同じ量のさし油をする場合、油は1回転するという。1日に1回転すると油の酸化度はあまり進まず常に新鮮な状態を保つことができる。

香りなどの味の秘訣
てんぷらの好ましい香りは、小麦粉中の遊離アミノ酸と、揚げ油のリノール酸が加熱されることにより発生する。そのため、タンパク質を含んだ小麦粉でてんぷら粉をつくり、リノール酸を多く含んだ大豆油、菜種油、胡麻油などで揚げるのである。

「チェーン化に当たっての問題点」
この歴史を見てみると天ぷらや天丼は元々庶民の食べ物であり、安く提供できれ大きなビジネスチャンスがあるのではないかと考え出した。しかし、天ぷらを安く調理することでチェーン化を成し遂げるには3つの問題点があった。

油っこい味
安くして経営を成り立たせるには客の来店頻度が高くなくてはいけない。毎日食べても飽きない味を出なくてはいけない。天ぷらは油で揚げるという宿命から,衣に油が余分に吸い込まれ胃にもたれるという欠点があり、毎日食べることは出来なかった。

天ぷら職人
毎日食べられるようにするには値段も安くしなくてはいけないし、チェーン化をするに当たり人材育成が容易でなくてはならない。従来のように育成に何年もかかる職人を使っていてはできない。何とかアルバイトでも出来るようにしようと考えた。

美味しい天ぷらを揚げる上での技術は、油の温度と時間のコントロールだ。揚げる食材によって温度を変えたり、時間を調整するわけだ。あまり一度に食材を入れると油の温度が下がり、衣が油を多めに吸収し脂っこくなる。温度が高かったり、時間が長すぎると、海老などの食材に火が入りすぎ,身が縮み堅くなって美味しくない。

安定した安価な食材の確保
てんぷら定食や天丼では日本人の大好きな海老と野菜を使わなくてはいけない。新鮮な海老は高価であり従来の天丼は1000円近くもしていた。天然の海老を使えば美味しいが、天候などにより相場が上下し、適正な原価率を維持できない。養殖の海老でも市場を通していてはやはり値段の変動はさけられない。そのため安い蕎麦屋の天丼は華を咲かすといって衣を大きくして海老の小ささをごまかなくてはならなかったわけだ。

「てんやの開発コンセプト」
油っこい味
「衣の品質」
衣に対する油の吸油を抑え、さっぱりさせる。特に衣の開発に力をいれ、吸油を抑えながらかつ衣がカリット揚がるという矛盾を解決した。従来の衣では、完成品重量に対して12~20%の重量の油分を含んでいたが、衣の改善で、7%に抑えるようにし、毎日食べても油っこさを感じさせないようにした。

「油の品質」
天丼は毎日食べる物であり、くどい味では毎日食べることが出来ない。てんやでは店で売る天丼の味付けを最高に美味しいものでなく毎日食べても飽きのこないさっぱりした味を目指した。

そこで味をさっぱりすることが重要なのである。そこで胡麻油にこだわらず、なるべくあきのこないさっぱりした油を使用し、さらに衣への吸油を少なくするようにしている。

天ぷら職人
誰でも調理できるように、自動化のコンベアーフライヤーを開発し、アルバイトでも出来るようにマニュアル化をした。昼の忙しい時でも2人で天ぷらを連続で揚げることが出来、ファーストフードのようにサービングタイムを3分間くらいと短くする事も可能になった。

安定した安価な食材の確保
味の品質を統一するために,てんぷら粉、油、機械、オペレーションを開発し、指定商品しか使用しないようにした。次に大手商社の丸紅と提携し、タイなどの東南アジアで海老の養殖を行い、美味しい食材を産地から管理するようにした。KFCと同じく原材料のインテグレーションを行ったわけだ。これが天丼490円という相場の半分の値段を決定したと言えるだろう。

「コンベアーフライヤーによる調理方法」
てんやのてんぷらの調理方法の最大の特徴はコンベアーフライヤーを使用し調理を自動化し店舗や従業員による品質の差を無くしたという点だ。大型の給食や旅館などの調理で使われていたコンベアーフライヤーを研究し,色々改善を付け加えて完成した物だ。どんな改善をしたか見てみよう。

コンベアーフライヤーの改善
ヒーター容量を大型にした。
当初設定より売上が高く、能力が必要になり、ヒーター容量を上げた。当初は大型の海老や、かき揚げなどのサイズの大きいものを揚げるとやや生揚げであったが、ヒーター容量を上げ、揚げ方を工夫することにより改善した。

ヒーターの加熱方式をシーズヒーターと、遠赤外線を出す赤外線ランプヒーターを併用している。種を投入する所と最後の部分はシーズヒーターを使用し、中間部分に赤外線ランプヒーターを使用した。赤外線ランプヒーターは遠赤外線を出すので、揚げものの内部に温度がよく入る。

投入口のヒーターの上部に放熱タイプの穴開きのバッフル板を置き、ヒーターの熱がきれいに上昇し、種に加わるようにした。

正確な温度コントロールを可能にした
全体の温度コントロールが±1℃になるようにした。また、設定温度より3℃以下になるまでは、全部のヒーターが加熱するが、それ以上の温度では、赤外線ランプヒーターで加熱するようにし、温度の上昇過ぎを抑えるようにして、常に一定の温度で上げることを可能にしている。

かき揚げを揚げるために、投入の油の中にステンレスの板を置き、リングを置く。その中にかき揚げの種を入れる。1分30秒位かき揚げの形を整えて、それからコンベアーに流す。

大型の海老は、投入個所の油に入れ入ったん沈み、上がってきてから、コンベアーに流すようにする。これにより火が十分に入るようになる。

油の量を少なくするために、電気ヒーターで加熱するタイプである。そのため油の量を少なくすることができ油の回転率を1日一回転以上保つことが可能になっているのである。油量は42リットルであり、一般的な店舗では1日に油を36リットル程使用するようで、ほぼ1日で油が一回転する。そのために油を捨てる必要がないのである。

大きい具に火を通すために、コンベアーは図のように2段になっており、上下のコンベアーに挟まれた具が油の中に浸かり、ひっくり返すことなく十分に調理されるのである。

下部には瀘過機をおいて頻繁に油を瀘過出きるようになっており、作業が簡単である。

コンベアーフライヤーのメリット
調理温度、時間が一定であり、品質が安定している。
作業が軽減され、調理時間が早い
常にてんぷらは1分30秒、かきあげは3分間で揚がり品質が他社より安定しサービス時間も短い。
揚げる量が一定であり、そのために温度が常に一定に保たれ、投入するてんぷらの量によって温度が下がらず、油を吸収しにくくさっぱりした味になる。
作業が自動化されているのでピークでも2名で調理でき、労働生産性が高く、人件比率が低くなる。
ピーク時に作業が簡単なので導線が混乱せず、厨房のクレンリネスも維持しやすい。
油カスも自動的にとれるので作業が軽減されるなど、従業員の労働が楽で定着性が高くなる。
トレーニングが容易である
調理の経験が無くとも機械が温度時間管理をするので、トレーニングが簡単であり、トレーニング時間、食材が少なくてすみ経費の削減が出きる。また、フランチャイズチェーンの展開が容易である。
フライヤーの表面積が大きいので大量に調理できる
「てんやと普通のフライヤーを使ったDチェーンとの差」
てんやはオーダーしてから出来上がるのに3分~5分間であった。揚げる時間は1分30秒である。海老も肉質が柔らかく、衣との結着もよい。むずかしいかき揚げ丼を注文したが、衣はカリットしており品質は大変よい。揚げる時間も3分間で早い。

D亭はサービング時間が9~12分間と長い。揚げ時間は3~4分間である。時間をタイマーでコントロールするのではなくビジュアルで判断している。そのため衣はてんやよりカリットしているが、中の海老は揚がり過ぎで肉質が堅く衣との結着性も悪い。これは何回か別の店舗で試食したが同じ傾向で、時間コントロールをしていない欠点が出ている。この点でてんやの方が品質の安定性は圧倒的に高く、店舗や従業員による味の差が全く発生しない優れたシステムである。

ピーク時間のオペレーションを見ると、てんやは7人の従業員がいるがそのうち3名が厨房で働いている。D亭は8名の従業員でそのうち4名が厨房で働いている。

両店とも。1名がてんぷらを揚げもう1名が盛りつけをするのである。てんやの場合1名はフライヤーに具を投げ入れるだけに専念できる。反対側の出口にもう1名(女性)がでてきた具を丼ぶりに乗せその上にタレをかけるのである。

D亭も同じシステムであるが、作業の負担がてんぷらを揚げる1人に大きくかかる点が異なる。1人で2台のフライヤーを担当し、海老に衣をつけフライヤーの型をつける部分に並べる。30秒ほどで型がきれいについたら、スパチュラで型からはがし、深い部分に移動する。海老の周囲の泡が大きくなってきたら出来上がりなので注意深く商品を見て、出来上がったら菜箸で取り上げる。商品を手渡しで、盛りつけ担当に手渡す。次にフライヤーの表面に浮いてきた揚げカスをすくいとる。温度を確認し、次に海老を揚げ始める。このように昼時のピーク時は獅子奮迅の働きであるが、てんぷら具の盛りつけ係やライス盛りつけ係はのんびり作業をしている。

昼時のサービングタイムの違いは客席数の全く同じ両店の売上を大きく左右するものと思われ,てんやはD亭の3割以上高い売り上げを上げる事が可能だ。

「競争力を付けるために」
この不況の世の中、昨年の10月頃からのてんやの売り上げは快調だ。不景気だからこそ天丼の味と490円という値段が注目されるからだろう。しかし、単にコンベアーフライヤーを入れたらてんやのように繁盛するのではない。独特の調理法と、衣と油の工夫、安定した海老の入手という,調理法と美味しい原材料の確保という料理の基本を守っているのが成功の秘訣だという事を忘れてはいけない。

チェーン展開をするのではなくても、てんやのように独自でノウハウを構築することにより、他店との競争に負けない老舗の味を築き上げることだろう。また、同じ売り上げでもより高い利益率を確保することが可能になる。是非ノウハウを構築し繁盛店になっていただきたい。

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