AV店の経営手法 第15回「社員評価制度」(エーブイデータ出版 AVデータ)

社員評価制度

体験的社員教育

第14回目で科学的な社員教育という難しい話をした。読者の中には自分の店舗とかけ離れた内容と思われたかもしれない。今回は、筆者の実体験から学んだ社員教育をお話ししよう。

1)現在の部下の能力でチェーン化が出来るのだろうか?
皆さんの悩みは現在の部下の店長や社員の能力でチェーン展開が出来るかという事だろう。「彼らの能力で大丈夫だろうか。大手チェーンの店長のような仕事を出来るだろうか。高校しか出ていないが、大卒が必要なのではないか。チェーンが大きくなれば外部の優秀な人材をスカウトする必要があるのではないか。」等だろう。
まずはっきりしているのは、店舗の営業には学歴は一切関係ない。これは筆者の25年間の実務経験でいえることだ。大卒が高卒より、優秀であることもない。大卒でも国立の方が私大より良いと言うこともない。学歴は全く関係ない。いや学歴が邪魔になることがあるくらいだ。

稼ぐのは店舗だ。店舗の営業は理論ではない、お客が来ればいらっしゃいませと言い、商品の問い合わせがあったら的確に答え、おいてある場所に案内する。在庫がなければ取り寄せにかかる日にちを直ちに答える。店内は居心地がよいようにきれいにする。何処をとっても体を動かさなければならない。理論より先に体を動かし客を満足させなければいけないのだ。

理論を言うよりまず、目の前の客を満足させることの出来る実行力のある人材が必要なのだ。そして何より大事なのは接客業が好きで、お客様に「ありがとう」といわれることが最大の楽しみに感じる人間であるということだ。

まず部下の能力の可能性を信頼し、育成する努力が必要だ。完成された人材などこの世に存在はしない。自分で人材を育てることがチェーン経営の基本なのだ。どのチェーンを見てもはっきりしていることは、巨大なチェーンほど人材育成を自分自身でしっかりと行っていることだ。スカウトばかりしているチェーンは必ず行き詰まる。専門職をスカウトする必要があるのは100店舗を越えてからだ。第一、小規模のチェーンに優秀な人材は集まらないのだ。

2)部下の教育の方法
現在の貴方の店舗で一番必要なのは現場での実地教育だが、店長として必要な知識は単なる店舗運営だけではない。数店舗のレベルでの店長は将来の本部の幹部候補生なのだ。チェーンの幹部として学ぶ必要のある専門知識とは、商品、購買、品質管理、開発業務、新商品開発、新業態開発、機器開発、建設、メインテナンス、経理、財務、フランチャイズシステム、広告宣伝、コンピューター、POS、店舗開発、英語等だ。でもこれらの知識を最初から持っていないし、専門教育も受けていない。ではどうやって教えるのだろうか、筆者の経験をお話ししよう。
現状に問題を感じた者しか解決できない。
筆者がマクドナルドに入社した26年前はハンバーガーがきちんと焼くことができなかった。最初は売れすぎかと思ったが実は機械とか食材に問題があったのだった。当時筆者はスーパバイザーであった。当時、QSCを向上するために米国で開発された店舗総合チェックリストを実施していた。店舗を3日間かけて隅から隅までチェックするのだ。それを何回か繰り返していく内に、品質面で解決できない問題があるのに気が付いた。それは米国製の調理機器の調整が不十分で日本に合った改善が必要なこと。食材も米国とやや異なる品質であること等だった。しかしなかなか改善されないのでしょっちゅう、本部の問題だといって上司に文句を言っていた。ぼくの文句にあきれた上司はそれなら米国から専門家を呼んでやるといってオペレーションの副社長を呼んでくれた。文句をたっぷり言ったら、彼に「それは君が解決しなければいけないよ」と一言言われた。「そんなこといったって、筆者は専門家じゃないからできないよ」といったら、彼は「みんな最初は専門家じゃないんだ。勉強をすればいいんだ。」と軽く言うではないか。そして、バンズの問題、肉の問題、ケチャップの問題の解決方法を具体的に教えてくれるではないか。
そこで「何で運営の専門家のあなたがそんなことを知っているんだ。」と聞いたら、「必要に迫られて勉強したんだ。現場で最も必要性を感じている人が改善するのが最も短時間に解決できるんだ。」と答えが返ってきた。

これが、筆者が機械、食材、洗剤等の勉強を開始した理由だ。専門家は問題意識を持っていないから、自分しか解決できないと言う全く当たり前の事だった。

QSCなんて格好をいいことを言っても、機械、食材までの解決をすることが出来なければいけないのだ。その具体的な改善活動により自分の知識が高まり、会社としての総合能力を高めることが可能なのだ。

こんな事を言うと簡単なようだが、すごかったのは筆者の上司だろう。素人の筆者が機械を分解して壊しても文句を言わずに金を払ってくれたし、勉強をしたいといったら本を買ってくれたり、米国につれていったくれた。後で言われたのだが、「お前があまり機械にのめり込むんで他の部から文句を言われていたんだよ。」と言われた。他の部門のクレームを黙ってカバーしてくれた上司の忍耐力が筆者の勉強に最も効果があったのだろう。

部下のトレーニングは忍耐だ、お金で買える失敗には目をつぶらなくてはならない。細かい失敗は成功への投資だという温かい目で部下の育成を見守ろうではないか。

本人が勉強をしたいと思わせる環境作り「英語」
例えば英語の勉強であるが、日本にいては幾らお金を使っても、英語は一向にうまくならない。たとえ米国人に毎日習っていてもうまくならない。日本にいる米国人は、日本人と話すのが慣れており、相手が分かりやすいようにゆっくり話す。そのため、幾ら個人レッスンを受けていても、米国に行く話すスピードが早く全くわからないのだ。筆者も上司に、常に英語を勉強しろといわれていた。そのたびにやっていますよと調子の良い返事をしていたが、とうとう怒り出し、お前は本当に勉強する気があるのかといわれたのである。当然やる気がないといったら大目玉を食らうので「勿論やる気がありますよ」と、返事をしたのである。その2週間後には米国に駐在員として強制連行されていたのである。当然、英語を話さないと飯も食えないから真剣に勉強に取り組まざるを得なくなった。単に英語を勉強するだけでは実生活での真剣味がないというので、現地の店舗を購入しその経営もまかされたので、米国人の従業員を使わざるを得ず、英語も生きた英語の勉強ができた。毎日英語の学校に行きながら働くわけであるがそれでも実際のビジネスでは、困ることがある。それは、裁判などで弁護士と打ち合わせる時だ。米国では、入り口で転んだといってはその店を訴えるのは日常茶飯事であり、弁護士とは常に連絡をとる必要がある。この場合英語を話せるだけではなく、専門用語がかなり必要であるし、米国の法律体系も詳しくなくてはならない。その交渉で本当に悩んでいるときに、上司がひょこっと現れてフォローをしてくれたのである。いつもはうるさい上司だなーと思っていたが、そのときは本当に地獄に仏で感謝したのである。
本人が本当に助けを必要としているタイミングを見計らって、教えるのが本当の人材教育になるのだろう。

習うより教えることが重要だ
まだ英語が分からないころ香港にハンバーガーの焼き方をトレーニングにいかされたことがある。英語がしゃべれないからトレーニングといったって、完璧なハンバーガーの肉をどれだけ早く、数多く焼けるかを実証しなければならない。そこで、当時日本で最も忙しかった江ノ島店の日曜日のピーク時に一生懸命肉を焼く練習をした。おかげで1時間に500枚のハンバーグパティを一人で完璧に焼くことが可能になった。そして、肉をひっくり返すスパチュラなどを砥石で削り、さらしで巻いて持っていった。まるで包丁一本さらしに巻いての板前の世界だった。
現地の店長と忙しい店で、肉の焼き方を競争して、筆者のやり方の方が完璧なのを実証してみせたら、言葉が全く通じなくても彼らは筆者を先生といって尊重してくれるようになった。トレーニングは言葉だけでないということを教えられた経験だった。

筆者がここで学んだのは店舗のQSCと格好を良いことを言うのも大事だが、実際のどうやるのかを見せることが必要だと言うことだ。日本では説明だけのきれい事で済ませることが出来るが、言葉の通じない香港では体で実証せざるを得ないと言うことだ。教えるためには自分で作業を見せられなければいけない、自分が最も理解していなければいけないと言うことだった。香港に教えに行くことで逆にトレーニング方法を自ら学ぶことが出来た。これが、香港に勉強に行って来いと言われたら、受け身で何の準備もしないでぼーっと時間を過ごしただけだろう。教えなければいけないと言うことで、自己研鑽をし、相手にわかりやすいように作業を理論的に説明できるようになったのだ。

部下を教育するには外部研修などに出す場合があるが、勉強してこいというのではなく、教えてこいというのがかえって本当の勉強になるのではないだろうか。仕事を教えるためには自分の能力を高める必要があり、かえって勉強になるのだ。そう、勉強に行くのではなく教えること、つまり武者修行が大事なのだ。

トレーニングの神髄
筆者が店長の時アルバイトのトレーニングで苦労したことがある。当時は営業時間後アルバイトが徹夜で掃除をするのであったが、重労働だし、誰も見ていないので、手を抜いてクレンリネスに問題が出るようになった。いくら文句を言っても改善できないので頭にきた筆者は一ヶ月間店舗に入り、店内を徹底することを宣言した。その結果良く解ったのは深夜の清掃というのは大変な作業で、それをやってくれるアルバイトは偉いと言うことだ。次にどこの清掃が最も大変で、どこを手抜きしやすいかという事がよく理解できた。筆者は真剣に徹底的に清掃した、床なんかなめられるくらいに綺麗にしたのだ。
本当は一ヶ月続けたかったのだが、1週間立ったときに上司があわてて来て「馬鹿、いつまで夜中に遊んでいるんだ。昼の売上どうするんだ。」と偉くおこられ、中止した。しかし、店舗の隅々まで完璧に清掃した筆者に清掃のアルバイトは尊敬の眼を向けるようになった。そして次の日から朝の清掃チェックの際、手をかけて清掃した箇所を見つけてほめることが出来るようになったのだ。勿論手を抜いた箇所も筆者の目をごまかすことは出来なかった訳だが。

本人が一生懸命やった箇所を見つけほめられる事で、清掃のアルバイトはやる気をだし、筆者を尊敬するようになった。清掃のレベルを大幅に上げることに成功したのだ。

でもこんなやり方は昔から当たり前のやり方だ、山本五十六が良く言っていた言葉に

おしえてみて
やってみせて
やらせてみて
ほめてやらねば人は動かじ
という名言がある。その言葉が本当に正しいことを体で感じとることが出来わけだ。

北風より太陽だ、徹底した誉め言葉がやる気を出す
体育会出身の筆者が日本で店舗の指導をしていたときには体育会系のしごきのトレーニングだった。しごきこそが本当にやる気がある人材を育てられると思っていた。しかし、しごけばしごくほど部下はかえってめげていくのだった。悩んでいたときに2年間米国に駐在した。米国で習ったことは日本式のスパルタトレーニングは通用しないと言うことだった。相手を納得させ、やる気を出すモチベーションが大事だと言うことだった。
日本に久しぶりに帰ってきて、ある地域を担当した。担当した部下にとんでもないのがいた。人と旨くやるのが取り柄で、上司に旨く取り入ればいいんだというタイプだった。そして更にある、モラル上の事件を起こした。筆者の上司はカンカンになり止めさせろと言った。そこで筆者は懲罰的に深夜の店舗機械メインテナンスを担当させた。

当時エアコンディションのメインテナンスに問題があり、業者も旨く清掃できない状態だった。それを彼に担当させ清掃方法を開発させ、各店舗を自分で清掃させた。その結果店舗のエアコンの効きが向上し、かえって電気代が大幅に下がるという結果が出た。それをSV会議で発表したら、その他のSVが驚いた。すごいじゃないか、と各SVが褒め称えたのだった。それに自信とやる気を得た彼は、それから機器のメインテナンスにすっかり自信を持ち、専門家としての道を歩むようになり、更に尊敬を受けるようになった。

面白いことに機器にすっかり自信を持った彼の他の仕事内容も良くなり、問題のあったモラルも大幅に改善するという効果があった。その後、彼が昇進したのは言うまでもない。がんがん怒るよりも仕事に自信を持たせ、のびそうな箇所を伸ばす方が、失敗の箇所を攻めるよりも効果があるという例だろう。北風より、太陽のほうが有効なのだ。

経営者より優れた部下というのは殆どない、経営者から見れば部下は頼りないし、何であんな失敗ばかりしているのだろうと思われるだろう。しかし、部下の欠点しかみれない経営者は失格だ。部下の数少ない長所を見つけそれを育てて自信をつけさせるのが経営者としての最大の仕事だろう。

最後に
教育や人事管理システムというのはすぐに売り上げや利益に響いてこないが、これを怠るとボディーブローのようにじわじわと企業の体力が衰え、気がつくと、会社が倒産するという事になる。人材こそが企業の財産であり、その人材を育成するのは教育なのだという事を忘れてはならない。

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