「第2特集<企業スタディ>」(オフィス2020 AIM1999年2月号 VOL.165)

マーケティング大賞選考委員会 Part2
「外食サービスの部」
戦国時代のフードビジネス
いま地力を持つ店や企業はどこか?

もう小手先のアイデアや話題づくりだけではごまかせない。本格的なイノベーションが問われる時代がきた!

参加者

(株)柴田書店 取締役編集部長 神山 泉
(有)清晃 代表取締役 王 利彰
(株)マガジンハウス 企画開発チーフプロデューサー 島田 始
オフィス・アトランダム 松坂 健
“キワモノ”的感覚の店に新しいパワー

――昨年、外食で何が話題になりましたか?

神山) これまでは、吉野家を乗り越えてやろうとかマクドナルドを追い抜くぞというように、チェーンストアオペレーションの土壌で飲食業に従事する人が多かったが、最近はメンタリティが全く違う経営者が生まれています。具体的にはオライアンの岡(秀行)社長、ちゃんとフードサービスの岡田(賢一郎)社長、際コーポレーションの中島(武)社長、月川産業の月川(蘇豊)社長、グローバルダイニングの長谷川(耕造)社長など。彼らは皆、30代後半から40代の年齢層で、チェーン展開の発想から離れたところで、自分のやりたいことを思い切り楽しみながらやろうとしている。そこから新しいエネルギーが生まれています。

松坂) 僕はレストランが観光地化しているという意見です。昔もカフェバーなどがありましたけど、いまはもっと手が込んできている。特に夜の闇が似合うダイニングシートでは面白いところがたくさん出てきています。例えばひらまつがやっている「シンポジオン」(東京・代官山)では、小顔で綺麗なオネーサンやスーツの似合う格好いいオニーサンが揃っている。要するに”キワモノ”なんです。”キワモノ”はよい言葉ではないのですが、そこにスリルというか魅惑もあるわけです。「ロイズ」も「ゼスト」も街の”キワ”に店を出しているわけでしょう。

また、フレンチの「ひらまつ」(東京・広尾)でやっているレストランウェディングなんかも、ハワイで結婚式を挙げるリゾートウェディングと同じようなエンターテイメント性がある。人々はファミリーレストラン(以下FR)なんかとは違う形で外食の「シーン」を求め始めているのではないでしょうか。

島田) バブル崩壊の前と後で消費者側のマインドは変わりました。バブル最盛期は大テーブル主義で比較的大勢とコミュニケーションをとろうとしていましたが、バブル崩壊後は反対に二人きりになろうとする。僕はそれを”フェロモン現象”と呼んでいるのですが、バーやレストランでも「二人にしてあげたい」的演出がありますね。

これに和分化の復活も絡んでいます。今年の最大ヒットは和風演出のレストランがたくさん出てきたこと。四谷3丁目の「カルミネ エドキャノ」という店はイタリア料理を日本のしもたやで食べさせるような演出だし、広尾の「無名狼」や銀座の「ジャポネ」もはやり始めている。照明は暗く、二人きりでいるような雰囲気に浸れる。

例えばひらまつでは、夜中の2時、3時でも店員が多い。これは大事なことです。個の時代といわれますが、これは二人きりにして誰も近寄らないお忍びの個ではない。個を演出するが細かい要望にもきちんと対応してくれる。夜中に来店したお客が誕生日ならば、すぐに名前やメッセージの書いたケーキを出すことができる。そのために従業員数が多くなっているのでしょう。

松坂) そこにトータルな体験を楽しむ、ある種の観光気分があるのだと思いますよ。ただし、こういったニーズに応えるには経営者のセンスが問われますね。 王)アメリカも全く同じ状況です。アメリカではFRは衰退産業で、これに替わってカジュアルダイニングが出てきた。いわゆるエンターテイメント性の強いものがここ20年ぐらい伸びています。「アウトバックステーキハウス」などもそろそろ日本に進出してくるようです。
ただしカジュアルダイニングを成功させ得るのは、FRから出た人ではないでしょう。アメリカでは「チリーズ」をつくったブリンカーインターナショナルなどがその原型です。日本でも、神山さんのいわれた方たちのような新しいジャンルからの成功者が現われています。

島田) 彼らはチェーン志向を否定しているわけでもないんですよね。今までの標準化したチェーン志向ではなくて、それぞれの街に合った個性的な店舗をつくるというものです。「カフェ・ラ・ボエム」も「ゼスト」も「モンスーンカフェ」もチェーン展開をしているけど、白金に出店する場合はどんな雰囲気にするか、代官山の旧山手通りなら、原宿では、とエリアによってモチベーションが違う。これまでのように「ガスト」なら全部同じ「ガスト」というのではなく、エリアに立地していくという強い志向がこの1、2年で出てきた。

神山) これらの店は、街に合わせてつくると同時に、街をつくっていますよね。街の潜在性を引き出して街を変えていく。「NOBU」(東京・青山)なんかも車でなければアクセスしづらい立地だけど、店を中心に周囲を変えていく絶対の自信を感じますね。好立地の認識が全く変わった。その辺りも彼らの創造性ではないかと思います。

松坂) だから、観光地づくりといっているのね。

島田) 若者の免許取得人口は200万人を超しているぐらいで、国産車も外車もほとんどが19~20歳をメインターゲットにしています。つまり、電車に頼らず夜中でも明け方でも車で動く若者が明らかに増えた。たとえそれが酒を飲む場所でも、誰かの車に同乗するなど、ここ数年、若者の行動半径が急激に広がった。

王) 立地はよく考えられていますよ。必ず交通量はさほど多くない広い車道沿いで、パーキングメーターがある。旧山手通りも代官山も白金もこの条件に当てはまります。『東京いい店やれる店』という本がありましたが、あの立地条件の選定の仕方が全部そうです。

島田) それだけ車で出かける若者が増えたということでしょう。「ドンキホーテ」が明け方まで若者でにぎわうのも同じですね。

神山) 山手通りなら「モンスーンカフェ」、恵比寿の「ゼスト」、代官山の「シンポジオン」、白金の「ラ・ボエーム」、六本木の「タトゥー」など、これらの店に行く若者は、車でのアクセスをものすごく意識しています。彼らは「車停めがいい」といいますが、それは違法駐車しやすく2時間ぐらいは車を置いておけるということ。そう意味での立地選定はものすごくシビアですね。

王) こういった立地はファミリーレストランとも違うし、郊外型、都市型という枠にも当てはまらない。

松坂) 例えば横浜クイーンズスクエアには「ハードロックカフェ」も入っているけど、日常の買物の環境の中に「ハードロックカフェ」のような非日常を持ってきてもうまくいかないと感じますね。これまでいいといわれてきた商業立地と外食がミスマッチしてきた。いまはむしろそうでない立地がトレンドをリードし、繁盛している。

神山) おしゃれな店は、ファーストフードとコンビニとキャッシュディスペンサーがある場所を避ける。要するに日常性を払拭し、店全体を非日常のステージに高めていく。夾雑物を取り除いていくとおのずと街の”キワ”にいくのでしょう。

松坂) 夜の西麻布や白金は東京の中の”キワ”なんですよね。どこか東京の”魔界”みたいな雰囲気がある。

島田) 郊外エリアではどこに注目していますか?

王) ゼストは港北ニュータウンや横浜の展開を考えているようですが、都心以外で成立する業態なのかどうか。「ベリーニ・カフェ」も港北ニュータウンに店を出したけど、いまいちのようです。カジュアルダイニングが今後のトレンドだとしても、東京のマーケットは限定されてますから、1社で100億円規模までいけば飽和するでしょう。それを郊外でどう展開していくかが課題でしょうね。

多ブランド展開する注目の外食企業

社名 (株)オライアン 際コーポレーション (株)月川産業
代表者 岡 秀行 中島 武 月川 蘇豊
本社所在地 東京都渋谷区 東京都福生市 東京都渋谷区
主な店舗ブランド
フレンチカフェ
「オーバカナル」
イタリアン
「イル・ボッカローネ」
「ラ・ビスボッチャ」
「ラ・ベンズィーナ」
「ペルバッコ」
中国専門料理「胡同四合坊」
鉄鍋餃子「紅虎餃子房」
麺飯専家
「紅龍」(ドラゴンラーメン)
中国家常菜
「虎萬元」
「万豚記」
イタリアン「ソホーズ」
中華「青龍門」
パンパシフィック料理
「ロイズ」
創作和食「NOBU」
社名 (株)グローバルダイニング (株)ちゃんとフードサービス
代表者 長谷川 耕造 岡田 賢一郎
本社
所在地 東京都港区 大阪府大阪市
主な店舗ブランド
イタリアン「カフェ・ラ・ポエム」
メキシカン「ゼスト」
エスニック「モンスーンカフェ」
カリフォルニアキュイジーヌ
「タブローズ」
「ステラート」
創作洋風居酒屋「ちゃんと」
中華居酒屋「熱烈食道」
和食居酒屋「橙家」
創作洋風居酒屋「ちゃんとケンズダイニングバー」
ニューヨーク風和食居酒屋「daidaiya」
社名 富士汽船(株) (株)ひらまつ
代表者 浦野 昭 平松 宏之
本社
所在地 東京都新宿区 東京都港区
主な店舗ブランド
和風居酒屋「三四味屋」
しゃぶしゃぶ・すき焼き「モーモーパラダイス」
イタリアン「ベリーニ」「イルパスタイオ」
ショットバー「ラヂオホール」
シュラスコ「バルバッコア グリル」
フレンチ「ひらまつ」「シンポジオン」
イタリアン「ASO」
「カフェ・デ・プレ」
「メゾン・ド・オペラ」
「カフェ・ミケランジェロ」
ライフスタイル提案力の弱まった老舗チェーン

島田) 若者トレンドを知ることは大切で、若者は飲食文化の一部をややリードしているというだけの話にしてはいけない。いまの若者にとっては食べ物だけが飲食店のメインのファクターじゃない。もちろんおいしいのは当たり前だが、それに加えて原宿でも青山でもカフェバーにしろクラブにしろ、そこに自分がいることの格好よさが大事。つまり飲食店をファッションとしてとらえている。昔も「マキシムに行く」「レカンに行く」というファッション的志向はあったが、あくまでメインはその店の食べ物の味だった。だが、今そこに置かれた自分自身が一番大事。レストランにそれを求める世代が10代、20代です。

昔は西麻布のあのレストランに行くだけでよかったのが、今はそこへ車で行く自分、店での自分、車で帰る自分という、トータルな自分が格好よくなければならない。豪華で高価である必要はないが、自分の美的センスにかなうものでなければならない。だから従業員もおしゃれでなければならないし、ファッションにも凝っている。

ここ数年、プリクラやインスタント写真がはやっているじゃないですか。我々の世代はレストランで写真を撮るなんて恥ずかしい、みっともないという印象を持ちますが、若い世代は自分の記録としてどこでも当たり前のように写真を撮る。すると、若者が集まる店は写真に写る絵としての空間の必要性も出てくるわけです。

王) 自分が参加して楽しみたいという、参加型になってきたのではないでしょうか。昔ほど高級感は必要とされず、そこそこの料理と酒があれば、あとは見せ方。オープンキッチンで中までよく見えるような一体感のある店がいま非常に受けています。

神山) メニューそのものを褒めるのはもう古いんですよ。商品を核として店の空気感、お客との一体感をどうつくるか。「スターバックス」なんかはそれを意識的にやっていると思いますよ。全店禁煙だから文字通り「空気」が違う(笑)。

島田) マクドナルドで180円のコーヒーを飲んでいた人たちが、スターバックスの250円のコーヒーを飲むようになる。それは70円多く払ってスターバックスで過ごす1時間の快適さを選んでいるということですね。スターバックスの成功によって、こういう店も増えていくでしょう。昨年の12月には「セガフレード・ザネッティ」というイタリアの本格的なエスプレッソを飲ませるカフェが渋谷にできましたね。マクドナルドもこの流れを意識して「マックカフェ」というのを始めているようですが・・・。

王) マクドナルドにはスターバックスのような雰囲気は絶対出せないでしょうね。いい悪いは別として発想の次元がまるで違います。

島田) 「ドトール」も銀座にスターバックスを意識した店をつくったが、やはりスターバックスのようにはなれない。

王) 昔はマックよりもドトールが格好よかったが、今はドトールよりもスターバックスが格好いいという位置づけです。

島田) 5年前スターバックスの本拠地シアトルに行って店を見てきましたが、店もお客もおしゃれで格好いい。毛皮を着た高齢の婦人が街角で立ってスタンドカフェのコーヒーを飲んでいる。路面店ではコーヒー文化の提案をしながら飲ませている。テクニックじゃなく、思想的基盤の上で展開している強味を日本に持ってきたことが、スターバックスの成功要因でしょう。

王) スターバックスでは煙草を吸わせない。匂いのする食べ物も駄目で、調理品はない。それはコーヒーの匂いを消すといけないからです。ドトールではホットドッグやサンドイッチは売上の3割ぐらいを支える大切な部門ですが、スターバックスは儲かることが分かっていても、コーヒーの匂いを消す商品は売らない。そのこだわりが受けているんでしょう。実際、ドトールへ行くとホットドッグの匂いでコーヒーの匂いがしないが、スターバックスは近くを通るとコーヒーのいい香りがしてくるので、つい立ち寄ってしまいます。

松坂) 旧山手通りや白金のダイニングバーには夜の闇が似合うといったけど、スターバックスには昼のブレイクが似合う。ランチタイムが終わった後の午後1時半とか2時というものすごい半端な時間帯。いまは時間帯による演出にセンスが出る店が非常に流行りますね。

島田) 雰囲気が大事なのでしょうね。

ライフスタイル提案力の弱まった老舗チェーン

王) いま居酒屋も大きく変わってきています。いわゆるおじさん世代がよく行っていた「天狗」などは苦しいようです。昔は安いなりに格好よかったんですが、最近では天狗はどうかなあと思うようになりました。

今、安さだけでなく雰囲気のある居酒屋が増えていますね。昔の商人街をイメージしたテーマ居酒屋の「土風炉」(東京・六本木 、高田馬場)もすごいですよ。

松坂) 映画館を改装した店ですね。もともと天井が高いことを利用して中2階をつくったり、変化のある店内になっている。鍋物なら2,000円ぐらいで、適当に飲んでも3,000円強とリーズナブル。

王) 生ビールなんかはむしろ天狗よりも安い。洋風のメニューなら「和民」などと同じくらいの値段で収まります。

神山) 最近はテーブルサービスのチェーンの集客力が落ちています。

王) FRやチェーンは商品にこだわりすぎですよ。例えば国立に「すかいらーく」ができたころ(1970年、現在は「ガスト」として営業)、おいしくなくても格好よかったから、みんなその雰囲気を食べに行ったわけです。しかし技術が上がっておいしいものが出せるようになったから、それで繁盛していると勘違いして雰囲気を忘れているんでしょう。

「サイゼリア」が成功したのは、商品の要素も大きいが、”ちょっと変わったイタリアン”という独特の格好いい雰囲気があったからでしょう。あれでサービスがよければ、ものすごく評価するのですが、あの値段なら仕方ないでしょう。

島田) 商品にこだわるが故に時代に追いつかない一方で、商品にこだわらないから時代に取り残されるという部分もあります。 チェーン店のオーナーはよくアメリカに行ってオペレーションを勉強しますが、時代の変化をメニューに入れ込むことへの努力は足りない。例えば昨年、若者の間で大流行したスムージーにしても、街中では大きなチェーン業態ではなく、小さな専門店が昨夏に大繁盛した。大手FRチェーンは対応が遅い。ただしデニーズは速かった。デニーズが春に話題になったスムージーを取り入れたのが5月、フルーツのカムカムを入れたのも日本ではデニーズが最初でした。

商品にこだわりすぎるのもよくないが、もっと別のこだわり方があるのではないでしょうか。

王) こだわりが消費者とずれてしまったら駄目だということですね。

松坂) FRは昔よりもライフスタイルの提案が薄まってきたんです。メニューが全く普通のものになってきた。その意味ではまさにマーケットコンシャスが薄い。

王) 商品開発の手法が間違っているのです。お客を分析しないでトップダウンでやっているから、チェーンが古くなるとお客とトップの年齢が開くので、その分ずれてくる。それをどれだけ合わせられるかが課題です。

松坂) ここ数年盛り上がっているHMRを外食業がどう取り込んでいくかも気になるところですね。

王) 外食業が競争相手としてとらえているのはコンビニですからね。最近コンビニで惣菜の売上が落ちているという話を聞きますが、これはマクドナルドの65円バーガーやスーパーマーケットの総菜など、他の反撃が始まっているということでしょう。

松坂) 数は少ないけれど、最近は小さな路面店で展開する専業総菜チェーンなども増えていますよ。「きゅうりの花」(東京・葛西)という店も「100円総菜登場」という触れ込みで出てきて話題になっています。主食が200円で総菜が100円の極めて単純な価格設定です。主食類が4~5品目、副菜が7~8品目、全部で12~13品目が日替わりで提供される。量は多く野菜類も豊富です。400円で食事がすんじゃいますからね。一方でこのアンダー400円の日常食の分野にも注目しておきたいです。

お客へのサービスに徹した店が話題に

神山) 個別の店の評価はいかがでしょうか。「NOBU」はどうです。

松坂) 3、4人でアラカルトをいろいろ注文して取り合って食べるといいです。2時間くらいはあっという間にたつ。そういう意味では居心地のいい店ですね。

王) 私はあの料理が日本で成功するとは。アメリカ人から見れば純日本料理だけど、日本人からすると洋食だといったほうが分かりやすい。

神山) 日本人が知っている本格的な日本料理とはかなり差があるけど、そのズレを意識的に出していますね。NOBUの料理は、日本料理がアメリカや世界の料理になっていく一つのプロセスだと思うんです。

王) 従業員のサービスもすごくいいですよ。メニューについて尋ねてもよく答えられていた。特に女性のサービスレベル、教育、モチベーションがすごく高く、よくトレーニングしている。

島田) 最近のレストランで画期的だと思うのは「代官山・三宿食堂」(東京)です。座敷数はフランスのビストロ風で、40~50席ほどがぎっしり詰まっています。炭火の地魚料理の店で、入口に魚を並べているんです。三浦海岸にも店があるらしく、三浦半島で獲れる魚介類が揃っていて、お客が選んだものを焼いてくれる。

それがキャッシュ・オン・デリバリーで、赤ワインはデカンターで1,500円、蟹は一パイ1,000円、海老や帆立は500円、消費税とサービス料は込み。夜中の4時まで開いています。

キャッシュ・オン・デリバリーのよさは、グループで来た時に遅れて来た者も会費の心配はいらない。途中で帰る人も料金の心配はいらない。すべてその場で完結するんです。また、接待の場合にはトータルで払うこともできますし、ツケにもしてくれる。さらに店の中心に寿司の台を出してきて握り始めたり、チャージもなくて突然ジャズやインド音楽のライブが始まったりする。

松坂) 何が起こるか分からない楽しさですね。先の展開が読めないミステリー小説みたい。

神山) 福岡に「クッキン」というワインバーがあります。薄汚い3階にあるんですが、大繁盛しています。入口に並んでいるワインにはそれぞれ口上が書いてあり、お客は好きなワインを自分で選んで席に持っていくのです。これもある種の参加型の店です。

島田) 昨年はワインの企画には面白く印象的なものがたくさんあったけど、画期的なのは横浜ロイヤルパークホテルの地下にあるレストラン「カフェ・フローラ」です。 この店ではワインの持ち込みができます。店にとっては薄利になるという問題もあるのでしょうが、お客にとってはとてもいい企画です。持ち込みのチャージも一切ありません。店側にはグラスを出したり洗ったり、冷やしたりする手間やコストがかかるのに、一切無料。来店する一週間前からボトルを預かることもしてくれるし、予めいっておけば持ち込むワインに合わせた料理も出してくれる。

松坂) ワイン持込でそれに合う料理をつくるのは、他のホテルのレストランでもよくやっていますね。

島田) しかし、この店は無料ですからね。そこを大きく評価したい。もちろん、ハウスワインも置いてあるんですよ。ところがそれと同じものを近くの売店で安く売っている。お客が持ち込んだワインを全部飲んで、もっと欲しいときは店のワインを注文するわけですが、売店が開いていれば一応そちらを薦めるそうです。

松坂) すごいですね。仕組みの透明性がここにきわまりだ。

島田) 経営にとって問題がないとはいえないのでしょうが、しかし、これも一つの方向として示唆するものがあるでしょう。

松坂) 多少売上が停滞しても、リピーターを生むからいいんでしょうね。

王) パブリシティ効果も高い。

松坂) 「ここまでやるのか」とか「そんなことまで?」、「笑っちゃう」とか、そういうのがあると店に行ってみようという気になりますからね。予定のものが予定通りに出てきても、ちっとも楽しくない。

王) それがないと逆に駄目です。NOBUも、メニューを見ただけではどんな料理が出てくるか分からないところに意外性や楽しさがあるでしょう。

松坂) 日本料理の「御蔵」(東京・銀座)もびっくりしました。昼の懐石コースだけど、刺し身が入っていなかったりする。それがとても斬新なんですよ。

神山) コースが3,000円ぐらいからですから、お客にとってもリーズナブルです。

王) 赤坂アークヒルズにできた回転寿司「UOKI」はどうですか。回転寿司のデザイナーズブランドといった印象ですが。

神山) 同じアークヒルズに入っている日本料理の「バサラ」をつくった坪井優二さんがデザインした店で、料理のアドバイザーは京都の割烹料理屋「菊乃井」の村田吉弘さん。ワインセレクションのプロデュースは田崎真也さん。「SAKANAYA」という魚料理の居酒屋が併設されています。回転寿司といっても立ちの寿司屋と全く同じ雰囲気ですよ。個性的でお客の惨めさをなくすメッセージが象徴されている店です。

松坂) しかし、儲けるには設備投資がかかりすぎでしょう。

神山) そうですね。それだけでなく回転率も低いから、経営面では本来の回転寿司のメリットは期待できないでしょう。トレンディを追及する商売は、マーケティングコンシャスでお客をつかまえて新しいトレンドを生み出しても、それで儲かるかというとなかなか難しい。なんだかんだいってもガストの人件費率は21%なのに、こちらは35%もかかっている。問題は高収益を生むしたたかな仕組み作りをトレンドとどうドッキングさせるか。この面でまだまだトレンディグループは弱いと思いますね。

島田) したたかな経営構造をもった飲食店はたくさんあるけど、うまくいっていないケースも多いじゃないですか。その調合の割合はどうしたらいいんでしょう。

神山) いかに羊の皮をかぶった狼になりきるか、ということでしょう。

松坂) しかし、ついつい狼の黒い手が出てきて、それをお客に見破られるとそっぽを向かれちゃうこともありますよ。すると持続力もなく、どうしてもコンセプトの多産多死になるでしょう。

神山) それでもいいという割り切り方もできますね。例えば3年くらいのサイクルで新しいものにどんどんスイッチしていくやり方もあります。そこでやはりしたたかさは必要で、駄目になったからそろそろ変えようか、というのではなく、最初から時間限定のスキームとプロジェクトがあるべきです。

島田) 私は狼の気持ちをもった羊のほうが大事だという気がしますね。

松坂) 「狼だぞ」といって、しっかり売って儲かっているのはマクドナルドだけ。

神山) 私の言うしたたかさとは、管理の仕方やモチベーションの与え方がきちんとした方程式に組みいられたとき、よりお客に寄った形でいろんな提案ができ、それを持続できるということです。収益が上げられなければ、お客・ニーズに近づけませんからね。絶えず革新していくことのできる人的、資金的余裕をキープできるビジネスにしないと、泡沫ビジネスに終わってしまう危険性があります。

多ブランド展開に見える新しいマネジメント

――今までとは違うマネジメントの時代がきているのではないかと感じますが、それにチャレンジしている事例はありますか。

王) 最近注目されている業界後発グループは、新しいマネジメントを模索しているといえるでしょう。彼らは一つの企業でいろんなブランド展開をしていますから、それぞれの店ごとに規模やサービスのやり方は違うが、裏ではそれをきちんと統一している。例えば、ちゃんとフードサービスでは、それぞれの店ごとに好きなようにやらせているが、経営者会議では売上と利益の管理を厳しく行なっている。つまり、本部はお釈迦様の手の平です。これから業態の違うブランドを多店舗展開させていくやり方が増えていく中で、マクドナルドのような巨大チェーンとは違う経営技術が出てくるでしょう。それがないと生き残れない。彼らはそれを意識していますよ。 アメリカでも同じ傾向があって、西海岸の「カリフォルニア・カフェ」は「ビクトリア・ステーション」の創業者たちがつくったのですが、それまでの反省からチェーン展開をするにあたって店ごとにメニューを変えたんですよ。店名も三つぐらいあり、店に出した地域に溶け込もうとしている。その代わりお客から見えない部分で、経営管理を標準化しようとしています。問題はまだ成功の方程式がないことです。

――若い人は店を情報として消化しています。だからその情報が古くなったらつまらなくなる。企業経営にかかわるには、そのスピードについていく覚悟が必要でしょう。徹底的に新鮮な情報的インパクトを追求するやり方もあるし、長く続くことを考えて、時流にあったものをうまく取り込みながらやっていくとか、いろんな経営のあり方が考えられるんじゃないでしょうか。

王) 例えば、最近「ジロー」は新規出店が少ないと思っていたら、違う名前で出店しているという。同じ名前は3~4店しか使わない。材料は一緒でも店の名前を変え、メニューの名前を変えるのです。会社更生法を申請した「京樽」も、「京樽」の名前を出さずに「三崎港」「銀座 粋」という寿司の新業態をやっています。これがすごくいい。昔は同じ名前でたくさん展開するのが主流だったけど、最近はそうじゃない。

島田) 難しいのは、名前には憧れと安心感がある一方、数が増えていくと飽きてしまうというマイナスの要素があること。ほとんどの食文化は1~2年で変わる。だから名前の拡散によるマイナス面は大きい。いまはまだ安心感以上に新しいものへの期待感のほうが、モチベーションとしては強い。しかし、中高年はある程度安定性を求める。この世代向けに安心感をネームバリューに入れることも必要ではないでしょうか。

神山) 以前、ある雑誌で45歳ぐらいの団塊の世代250人に「どんな店が欲しいのか」のアンケートを取ったことがあるんです。そうしたら、まず純喫茶、それから寿司屋、蕎麦屋、うどん屋、総菜屋、安い割烹という結果が出た。これはみな衰退ビジネスだといわれています。駄目だといわれている分野に意外に分厚い市場があって切り口を変えて新しいフォーマットを提示することで、かなり面白いビジネスを形成する可能性ってあるんですよね。特に50歳以上の男マーケットは狙ってみる価値があると思う。

島田) 事業の始め方でも新しい世代が現われていますよ。97年に銀座の晴海通り沿いにできた「タリーズ・コーヒー」というカフェがあるのですが、このカフェは三和銀行から独立した30歳と29歳の男性がインターネットを情報源にしてつくったのです。インターネットで、スターバックスの本拠地のシアトルにあるノードストロームで食品部長をしていた男性が店を辞めてつくったコーヒーメーカー「タリーズ」を知った。また、ノースウェスト航空の機内で売っているアイスクリームを作っている会社もインターネットで探し、同じシアトルにあることが分かった。そしてインターネットでいっしょに事業をやろうと呼びかけた。これはものすごい行動力です。思いつきではなく、味もクォリティもきちんと調べた上の行動です。日本の若者が世界中からの共同事業者を探してつくったこの店が開店して2年が経ちますが、繁盛していますよ。

彼ら二人はコーヒーもアイスクリームも好きだからやっているのではなく、ビジネスチャンスとしてやっているからでしょう。今後ボーダーレス社会になっていくとき、事業を起こすのは必ずしも文化をもった人間である必要はないと思います。経営的に冷徹な計算のできる者、あらゆる手段を使って不可能を可能にできる者と、文化や情熱をもった者が組めばいい。これからはインターネットがそれを大きく後押しするでしょう。

松坂) でも、繁盛の核には店づくりや製品についてクレイジーになれる人間がいるのだと思うな。そのクレイジーを孵化させるのに”狼”のビジネスマンの登場は必要だけれど。スターバックスもシュルツという男が創業者のクレイジーさを真面目に受け止めて理解し、それをきちんとしたビジネス論理に乗せたから、ここまできた。事業を起こすのはやはりクレイジーだと思うな。

王) 私の会社でフードサービスのメーリングリストを運営していますが、そこにも行動力のある人たちはたくさんアクセスしてきます。OLをやっていたある女性は、ニューオリンズのケイジャンスタイルのレストランをやりたいといってインターネットで私のところに問い合わせをしてきた。そこでニューオリンズのレストラン協会の情報を紹介したら、早速留学手続きをしてニューオリンズに行ってしまいましたよ。ニューオリンズで料理学校へ行き、大学で英語を学び、レストランでインターンをやり、日本に帰ってきて店を開くのだそうです。

またシンガポールでたこ焼きをやった人、ニューヨークでレストラン経営の修業をしている人など、インターネットを使ってビジネスチャンスをつかむ新しい世代が出てきました。彼らが育ち、それを資本家がバックアップしてくれば面白くなるでしょう。若い人の行動力にはびっくりしますよ。

――外食業は流動的でパワフルな世界です。その中で新しいベンチャラスな店や企業や経営者が次々と出てくるともっと面白くなりますね。

著書 経営参考図書 一覧
TOP