チェーン本部をサポートする 飲食業の技術革新(商業界 飲食店経営2001年7月号)

「チェーン化の技術」

「調理技術革新に必要なパートナーの選択」

前回までマクドナルドメイドフォーユーの調理技術開発の歴史を述べたが、いくらマクドナルドの優秀な技術者といえども、自社で全ての開発を行うことは出来ない。開発にはパートナーとして、優秀な調理機器メーカーが必要であった。

優秀は調理機器メーカーを選択すると言うと、エンジニアリングの知識がない方には難しく感じるかもしれないが、外食産業に必要な技術革新は全く新しい調理機器を開発したり、発明をすると言うことではない。店舗のオペレーションがやりやすくなる、調理機器の能力が上がり料理が美味しく出来る、サービス時間が短くなる、生産性が向上し人件比率が下がる、効率の良い機械で水道光熱費が下がる,などの店舗のQSCと人物金に直結する事が目的なのだ。エンジニア出身の人は店舗の業務効率を向上させるよりも、新規調理機器開発や特許をとる本格的な開発を望む欠点がある。エンジニアの夢は世界に名を残せる発明をすることであり、現場の改善をすることではないからだ。店舗のQSCを改善するのは店舗運営の経験のある人が担当しなければいけないのだ。

店舗運営の知識だけで優秀な技術を持った調理機器メーカーを選択するのは難しいように思えるが、実は優秀なアルバイトを選択するのと全く同じだ。皆さんも最初にアルバイトや社員の面接をした際にはずいぶん迷ったはずだ。この人が言っていることは本当だろうか、本当にやる気があるのだろうか、入ってからこちらの期待する働きが出来るだろうか?等と迷った経験があるだろう。しかし、何人も採用して、その人をトレーニンング、評価して長期間働いてもらっている内に、だんだん、面接のポイントがわかってくるはずだ。アルバイトの採用でも、優秀な調理技術を持った調理機器メーカーを選択するのも同じ事だ。経験が必要なのだ。

さて、筆者の経験からその選択のポイントを見てみよう。

1) 思想、フィロソフィが合うこと

調理機器メーカーの選択で最も重要なことは、会社同士の思想が同じかと言うことだ。さらに言えば情熱を持ったエンジニアがいる会社かと言うことが重要になる。調理機器メーカーは米国でもそんなに大きな会社は多くないから、少ないエンジニアしか存在しない。調理機器メーカーに依頼すると言っても結局はメーカーのエンジニアとつきあわなくてはいけない。そのときのポイントは調理機器メーカーがきちんとして思想を持っており、社員全員がそれを理解し実行できるかだ。そして、その思想と依頼側の外食企業の思想とがぴったり合わないと本当に良い技術は誕生しないのだ。

2) 嘘をつかない会社か?

調理機器の開発を任せるのであるから、依頼者の情報やノウハウ、商品開発情報、店舗展開の情報などを全て公開しなくてはならない。そうするとそれらの情報を他に漏らさないと言う信頼の置ける会社でないといけない。もちろん秘密保持契約などを締結して開発するのだが、それでも他の会社の開発内容を漏らしたりする場合がある。それを見抜くには普段から、仕事を通じて嘘をつかないかどうか判断しなくてはいけない。

筆者が以前、ある飲料ディスペンサーメーカーと開発を行ったことがある。どうもその機械の性能がカタログデーターよりも低く感じたからだ。まず、その開発技術者に機械のレクチャーをしてもらった。ところがどうも計算が合わない。それを詰めていったら、機械の能力アップの際に一カ所の能力のアップを忘れていることが判明した。それが原因で機械の能力がカタログデーターよりも低く、且つ、壊れることがわかった。筆者のような素人でも明白な設計ミスなのにその技術者はそれを認めようとはしなかった。やむを得ず、一社独占の体制から、他社を入れて技術力を競争させるようにした。

また、ある洗剤メーカーと独自の洗剤を開発したことがある。その際には4社ほどに開発を依頼し、競合をさせ、選択をすることにした。ある大手メーカー系列の会社3社と、小さな会社1社だ。ところが、最初に開発をスタートした大手洗剤メーカーに開発をさせた専用洗剤が同業他社に販売されていることが判明した。そこで、担当の営業にそれを確認したところ、そんな事実はないと嘘を言った。筆者は同業他社の厨房には自由に出入りしていたので、どこの会社がどんなオペレーションをしているかは全て把握している。嘘をつかずに正直に言ってくれれば済んだ話であったが、嘘をつかれたことで激怒した筆者は先方の社長名での詫び状を書かせ、その洗剤以外の開発をうち切ってしまった。

もう一つの大手会社の殺菌剤を分析していたら、どうも欠陥商品であることがわかった。「門前の小僧習わぬ経をそらんじる」と言うことわざのように、素人の筆者であっても毎日、洗剤の開発でレクチャーをうけ、その内容を確認するために色々な本を読んでいれば、技術者の言っていることが本当かどうかわかってくるのだ。そこで、その欠陥を指摘したところ、その大手メーカーは正直に欠陥を認め即座に改良をしてくれた。そんな技術的に欠陥のある会社であっても正直に認め、改善に務めるような会社であれば信頼してつきあうことが出来るのだ。

洗剤の開発で4社のうち、最も信頼が置け、それ以来長くつきあったのは最も小さな洗剤メーカーであった。その理由は担当エンジニアが熱心で、レポートもきちんと提出するし、深夜の洗剤のテストにも嫌な顔をしないでつきあってくれたことだ。そんな信頼の出来るエンジニアがいる会社であれば良い会社であろうと、最も重要な洗剤の開発を任せることにしたのは言うまでもない。

3)素人を馬鹿にしないで、分かりやすく教えられるか?

筆者のような素人が調理機械等の開発をするのであるから、開発の途中でわからないことが一杯でてくる。そこで担当のエンジニアにわからないことを聞くことで、彼の能力と信頼度が良くわかることが出来た。話の途中でわからない言葉や単語、動作原理がでてくる。それを一々聞くわけだ。相手がエンジニアであれば簡単に説明が出来るのだろうが、筆者のように何もわからない人に教えるには、原理原則から分かりやすく説明しなくてはいけない。説明と言うよりも新人の学生に機械工学や電気工学、化学の授業をするような物だ。そうすると本当に基礎的な学問を理解している、頭の良い人かどうかがわかるのだ。人に分かりやすく教えるにはよほどの知識を持ち、自分で理解をして、相手の理解度を計測しながらより具体的で分かりやすい表現をしなくてはいけない。それは大学で授業を出来るレベルの知識と経験が必要になってくるのだ。

筆者が後に米国に滞在し、色々な人と接触して良くわかったのは、全く英語の分からない筆者に対して、丁寧にわかるまで表現を変えて説明し、筆者が理解したかどうか、確認しながらゆっくり聞き取れるスピードで話してくれる人はものすごく頭の良い優秀な人だと言うことだった。筆者が聞き取れなかったり、わからないで聞き返しても同じ表現を繰り返すことしか出来ない人は頭が悪いか、言語能力が低い人であったのだ。

4)お互いにメリットがないといけない

お金を出して機械を買うのだから言うことを何でも聞けと言う態度では、優秀な調理機器メーカーはついてこない。大手だから喜んで開発をするのではない。調理機器メーカーは基本的にエンジニアリング会社である。当座の売り上げだけでなく将来にわたって経営に貢献する技術を身につけることを最も重視するのだ。そのために外食チェーンの要求する新規調理技術が革新的であれば、利益を度外視して(もちろん将来はしっかり元が取れることは条件であるが)も開発に協力をする。その開発が仮に失敗に終わってもそれにより、大きい技術的な収穫があれば満足する場合もある。

調理機器メーカーは技術的な知識はあるが、調理にはどのような条件が必要か、良い調理とはどのような物かと言う、オペレーションの知識がない。そこで、調理機器メーカーに対して、機械の知識と、調理の知識を交換する事によりお互いのメリットが生じるのだ。

筆者が米国の天才エンジニアのジム・シンドラー氏に依頼をうけ、自動化グリドルを開発を担当したことがある。革新的な機械で特許は取得したが、機械は完成しなかった。その開発に協力をしてくれた会社は3社ほどあり、彼らの負担も相当な物であったが、機械が完成せず経済的な負担だけ残っただけであった。

数年前から米国のレストランショーで電磁誘導加熱を使ったフライヤーが出品されている。なかなか性能がよいので、感心していた。そして、誰がどのように開発をしたのかと思っていたら、ある時に先方の社長から電話があった。実はその社長は筆者と自動化のグリドルの開発を一緒に行ったことがあったのだ。

自動化グリドルの開発の当初は電気ヒーター加熱であったがどうも旨く作動しない。そこで電磁誘導加熱を使った機械の開発をした。その課程でフライヤーも電磁誘導加熱で出来ないかという実験も開始した。筆者はそこで電磁誘導加熱の作動原理、メリットデメリットを学んだのだが、先方もフレンチフライのおいしさの条件、最低温度、揚げ温度、温度回復能力、温度の安定性など、筆者の経験とノウハウを学んだのだった。そのノウハウを元に電磁誘導加熱のフライヤーを完成させ、米国に輸出するまでになったのだ。その社長には「当時の仕事は大変であったが、貴方が指導してくれたフレンチフライのノウハウは大変勉強になった」と感謝されたのだった。

このように仮に開発業務が失敗したとしても、技術的にメリットがあり、こちらが真剣に取り組んでいるのであれば、調理機器メーカーは開発に協力を惜しまないのだ。

お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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