チェーン本部をサポートする 飲食業の技術革新(商業界 飲食店経営2001年8月号)

「チェーン化の技術」

「メイドフォーユーの技術開発に協力したパートナー」

マクドナルドのメイドフォーユーの調理技術開発においてはパートナーとして、優秀な調理機器メーカーが必要であった。

1)パートナー選択

マクドナルド社がメイドフォーユーの技術開発で選定した調理機器メーカーの内の一社がEnodisと言う複合企業だ。

http://www.enodis.com/

マクドナルド社が何故、その会社をパートナーに選んだかを見てみよう。Enodisは英国の持ち株会社であり、傘下にはフライマスター(フライヤー)、ガーランド(レンジ、オーブン、クラムシェルグリドル)、ジャクソンディッシュウオッシャー、リンカーン(エアーインピジメントオーブン)、ベルショー(ドーナツ機器)、コンボサーモ(スチームコンベクションオーブン、クリーブランド(大型クックチル)、アラジン(病院用調理保温システム)、アイスオマティック(製氷器)、スコッツマン(製氷器)、デルフィールド(冷蔵機器)、その他、合計で35社がある。グループの年商で1.5ビリオンドル(120円換算で、1800億円)で、調理機器メーカーグループとして最大規模である。ファーストフードだけではなく、ファミリーレストラン、カジュアルレストラン、病院給食、等幅広い顧客を持っているのが特徴だ。

2001年5月にシカゴで開催されたNRAレストランショーの後に、Enodis社がフロリダ州タンパに所有している、Enodis Technology Centerを訪問し、米国外食レストランのメニュー開発と調理システムの動向のレクチャーを受けることが出来た。

http://www.enodis.com/tour/tour1.html

Technology Centerでは、自社の調理機器のみならず世界中の調理機器を集め、性能比較を行うなど、品質向上、高速調理、省人件費の自動化機器の研究を行っている。通常は非公開であり、日本人でここを訪問できた方は数名ほどしかいない厳重な秘密研究所だ。

筆者が以前、ピザ用高速オーブンの開発の際にこの研究所で、世界中のオーブンを集めて、専門のコックに目の前で色々なタイプのピザを山の用に作らせ、調理機器の性能評価をさせた事があり、それ以来12年ぶりの訪問だ。

ここでは単なる調理機器の開発のみならず、将来の動向まで予測し、開発する研究所であり、5~10年先を想定して調理システムの開発を行っている。具体的にはマクドナルドの最先端技術であるメイドフォーユーなどの調理技術や、マクドナルドで使用している、クラムシェルグリル、トースター、保温庫等を開発している。

では、その研究所の開発方針と手法を見てみよう。

(1) 研究所の歴史

1986年にガーランド社の工場内で設立された。しかし、ガーランド社の社内にあると言うことで、ガーラーンド社の開発や、工場の製造工程の些細なことの研究も要求されるという問題を抱えるようになった。そこで、傘下の調理機器メーカーと均等な立場を保ち、且つ、独立した組織で長期手金視野に立った活動が出来るようにするべく独立をした。研究開発に最適な環境を求め、気候が温暖で優秀な人材を集めやすい、フロリダ州タンパに研究所を開設した。

(2) 研究所のビジョン

  1. 新しい料理方法と調子システムの開発
  2. 品質と安全性の追求
  3. 早い調理とサービスの実現
  4. 作業を簡素化し、トレーニングを容易にする。

大事なのは新しい調理機器は客の問題解決の一部であり、全てでないと認識することである。

(3) 研究所のミッション

客の問題を解決することである。

  1. 客と一体になって問題解決に当たる
  2. 調理機器の改良と、新規調理機器の開発の両方を行う。
  3. 客の秘密を厳守する。

(4) 研究所のフィロソフィ

  1. 客の考え方、希望に従うこと。
  2. エンジニアはフードサービスを経験していること。
  3. エンジニアは新しい調理機器の開発は調理技術行程の一部であると認識すること
  4. エンジニアは開発チームの客だけでなく、傘下の自社企業の問題解決を助ける。

(5)研究所の研究エリア

  1. 調理システム全体
  2. トーストとスチーミング
  3. ホールディングとステージング(加湿保温保管)
  4. ベイキング(焼き上げ調理)とブロイリング(あぶり焼き調理)
  5. グリル調理とフライ調理
  6. コンベクション調理とマイクロウエーブ加熱(電子レンジ)

(6) 発プロジェクト進行

  1. プロジェクトは客のニーズに沿うこと
    現在の調理機器の改良
    新規調理機器の開発コンセプト
  2. 客との共同開発体制を作り上げる
    客とは、外食チェーンだけでなく、傘下の調理機器会社も含む
    エンジニアはプロジェクト全体の進行管理だけでなく、調理機器開発後、傘下の工場での生産立ち上げから生産開始後4ヶ月まで、工場に駐在し、完璧な調理機器を出荷する責任を負う。

(7) 開発内容

  1. 新技術開発に必要なあらゆる技術情報を収集する
    あらゆる先端技術を持ち、外食の現場を熟知しているエンジニアを集める
    最先端の設計能力を集める。例えば3DのCADシステム。空気力学の最先端のソフトウエアーの開発等。
  2. 完璧な耐久力テストを行う
    単なる性能だけでなく、忙しいチェーン企業の現場の酷使に耐える耐久力テストを完璧に行う。
  3. 必要なら研究の外部委託を行う
    現在のように開発を短時間で行う要望が強い時代では、研究所だけで全ての開発を行うのは現実的でない。そこで、食品工学、バリューエンジニア、金属工学、化学工学、電気工学、等の専門知識を持っている大学の研究期間やその他の専門の研究機関を使い、開発内容の完璧性を高めると同時にスピードアップを図る。

(8) 研究所に求められる、開発に必要なエンジニアリング能力

  1. 機械と電気工学の知識
    これは調理機器開発エンジニアに要求される最低限度の知識である。
  2. 3D CAD (立体的なコンピーター支援設計ソフトウエアーを使える)
    研究所の12名のエンジニアに全て最先端のワークステーション(パソコンベースであるが、より能力と安定性の高い仕様とソフトウエアーを備えている。場合によっては安定性の低いマイクロソフトのウインドーズでなく、性能の安定しているユニックスマシンを装備する)を与えている。
  3. 電子回路設計能力
    最新の調理機器を開発する上で必要不可欠である、制御機器は機械式から電子回路設計になっている。電子回路設計を外部の会社に委託すると、その会社が持っている製品を売りつける場合が多いので、自社で設計と製造能力を身につけた方が、開発時間が短く、最適な性能を出し、且つ、コストも低くなる。

    また、最近の調理機器の性能を左右するのは電子回路の設計であり、特許を申請し、自社の製品のコピーがでないようにするためにも独自の電子回路設計能力を身につける必要がある。
  4. 板金設計能力
    調理機器を試作するにあたり、研究所で骨組みや板金設計技術がないと開発速度が遅くなるし、工場で効率よく製作するように設計をすることが出来ない。試作に当たっても、ワークステーション上で設計した図面をLANの回路で流し、自動的に板金を作成する事が可能にすることにより、試作速度が格段に早くなる。
  5. ガス燃焼技術
    世界各国に進出するチェーン企業をサポートするためには米国で使用しているLPGや天然ガスだけでなく、コークスガスや石油ガスなどの品質の悪く、圧力の低いガスでも燃焼できるような設計知識が必要になる。米国内のガスだけで開発を行うと、海外の異なるガスのために別途燃焼機器の設計をしなくてはならず効率が悪く、かつ、コストアップとなってしまう。
  6. 電気加熱
    基本的には調理加熱にはガスを使うのが最も経済的であるが、世界各国に進出すると、国によってはガスの供給が出来ない場合がある。例えば中国のように広大な国ではガス配管が間に合わないし、人口等の増大にガス供給が追いつかず、電気を使用しなければならない場合がある。また、フランスのように原子力発電が多い国やカナダのように水力発電が多い国では、国策上電気代を安くする場合がある。そのような場合には電気加熱調理機器を使わざるを得ない。そのためには加熱調理機器はガス燃焼加熱でも、電気加熱でも同じ性能を生み出すように設計しなくてはならない。電気加熱は簡単に思われるが、電気ヒーターの熱容量が高く、普通のサーモスタットを使用すると設定温度より大幅に上昇しすぎ品質の違いを生じやすい。また、電気加熱の場合大容量の電気を流すので電気をON、OFFするためのコンタクターの接点が溶着し、火災事故を発生する場合があるので、トライアックやマーキュリーリレーを使用するなどの特殊な設計知識が必要になる。
  7. マイクロウエーブ技術
    これからの調理技術で必要なのは高速加熱調理と再加熱調理技術である。その場合にはマイクロ波を使った加熱技術が大変重要になる。最近はコンベクションオーブン(加熱した空気を食品の横から当てる)やエアーインピンジメントオーブン(加熱した空気を食品の上下から刺すように当てるので高速調理が出来る)のオーブンにマイクロウエーブ技術を加えて高速調理をする調理機器がでているが、品質に問題がある場合が多い。
    それはマイクロウエーブオーブンとコンベクション/エアーインピンジメントオーブンでは設計が異なるからだ。マイクロウエーブオーブンの加熱原理はレーダーと同様なマイクロ波(電波)を食品に当て、食品中の水分を高速振動させその摩擦熱で食品内部から加熱をするという仕組みだ。そのためにはマイクロ波を発生するマグネトロンの位地と庫内の板金の精度が大変重要だ。従来の厨房業者の作るコンベクション/エアーインピンジメントオーブンでは、板金の精度が桁違いに低く、庫内の寸法が微妙に異なる。そうすると庫内に放射される電波が均等に食品に当たらず、機械による温度のばらつきを生じる。

    Enodis社の傘下のL社ではエアーインピンジメントとマイクロ波の組み合わせでオーブンを製造したがそれが原因で完成することが出来なかった。そこで、英国の電子レンジメーカーを買収した。しかし、電子レンジメーカーのオーブンはコンベクション機能(熱風加熱)が弱いという欠陥がある。熱風加熱とマイクロ波加熱の複合機の場合、まず、熱風加熱による調理が完璧に出来ないといけない。それは、調理開発を行う場合、複合機の加熱条件を設定するのが大変難しいからだ。熱風加熱だけで調理温度と時間を設定し、その条件に対して少しずつマイクロ波を加えていくことにより時間短縮と美味しい商品を実現することが出来るからだ。そこで、熱風の流れを自社開発した空気力学解析ソフトを利用し、普通は1年ほどかかる開発機関をたった1月に短縮することに成功した。
  8. 空調、流体力学
    調理機器を開発する上で重要なのは、厨房の環境だ。ガス燃焼や、電気加熱の輻射熱、スチーム、は厨房の労働環境を悪化する。そこで、調理場の排気と新鮮空気の供給設計は大変重要になる。
  9. 冷却原理
    外食の調理機器というと加熱調理が多いように思われるが、冷蔵庫、冷凍庫、ドリンクディスペンサー、製氷器、空調機、等多くの冷却機器を使用する。特に最近は地球温暖化を防ぐために従来のフレオンガスを使えず、新しい冷媒やコンプレッサーの開発が必要不可欠でだ。
    エンジニアは上記の能力を身につけるために、具体的にはオーブンであればコンベクションオーブン、エーアインピンジメントオーブン、スチームコンベクションオーブン、スチーマー、マイクロウエーブオーブン、インダクション加熱(電磁誘導加熱)、 
    インフラレッド加熱(赤外線加熱)、冷却原理、等の調理機器を熟知しなくてはいけない。

(9) 開発のステップ

全ての開発のステップを明確にし文書化する

目標を明確にし、ステプバイステップで評価をして進行する。

コストは客に請求しないが、完成した商品を購入していただくことにより5年ほどで開発経費を消却できるようにする。

2)まとめ

Enodis社は実はマクドナルド社だけでなく、バーガーキング社、トライコン社(KFC、ピザハット、タコベル)等の競合の外食チェーンも大きな顧客である。それなのにマクドナルド社の将来を占う調理技術であるメイドフォーユーの開発の多くをゆだねたのは、上記のようなしっかりした思想を持っていると言うことがおわかりいただけるだろう。

お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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