先端食トレンドを斬る- 今こそ外食業は衛生管理体制の確立を急げ(柴田書店 月刊食堂2004年9月号)

<今回の食中毒は人災>

残念なことに食中毒の猛威は依然としてやみそうにない。豊かになり、衛生管理もいき届いているはずの現在の日本でこれほどの被害者がでること事態、信じがたいことだといえよう。今回のO157の問題に関しては厚生省が後手に回っているのははっきりしている。厚生省だけを責めるわけではないが、全般的に省庁の予測が甘かったということができる。しかし、今度の件が予測できなかったというのは言い訳に過ぎない。6年前に起こった埼玉県の幼稚園の食中毒はやはりO157が原因であったが、その時既にこの新しい食中毒菌はトレースしにくい、原因を特定しにくいということがわかっていたのである。それにも関わらず対策がとれなかった責任は重大だ。
たしかにO157は従来の検査方法では検出しにくい。発症までに時間もかかるし、菌も変成しやすい。それがトレースを難しくしているわけなのだが、しかし6年前にそれはわかっていたはずである。しかも93年には日本だけでなくアメリカでもO157による被害がでている。ジャックインザボックスでの食中毒事件だ。こちらも死者がでるという深刻な事態を招き損害賠償だけで15億~16億円もの費用がかかっており、それ以来ジャックインザボックスは低迷を続けている。

さらにアメリカではO157は肉関係からだけから感染するのではないということもわかっていた。というのはサラダバーからも検出されたからだ。先日破産法を申請したシズラーはサラダバーからO157食中毒を出し、その後処理がまずかったことが今回の破産に影響しているのではないかといわれている。つまり、3年前からアメリカでは病原性大腸菌がクローズアップされ、ACCPの飲食店への導入をはじめ、次々と衛生管理に関する対策が立てられていたのである。

私は日米両国でチェーンの経験があるが、かつてのアメリカは案外無神経なところがあった。しかしそれ以来ものすごく神経質になり、食品には直接手を触れてはいけないというくらいの状況になっている。もちろん、病原性大腸菌以前からエイズなどの感染症の問題もあったが、ジャックインザボックスの事件以来、完全に衛生管理体制がタイトになった。例えばニューヨーク州では寿司店でも手袋をしなければ寿司を握れなくなっているし、マクドナルドもサラダを作る時はまず手を洗ってそれから手袋を着用し、さらに殺菌するというぐらい厳しくなっている。

また、アメリカでは事件をきっかけに調理温度ががらりと変わってしまった。FDAなど政府がルールを作っただけでなく、NRAのような民間団体も一緒になってHACCPの基準を徹底させるように教育に努めてきた。教材にしても本だけでなく、テープ、VTR、スライドと様々な形で徹底を訴えているのである。内容も温度チャートの作り方をはじめ、非常に具体的で中小の飲食店でも導入できるように工夫されている。

アメリカにおいてこれだけの対策が進められているのに、今回日本の厚生省はそれに学ばず、具体的な対策を示すことができなかった。日本で致命的なのは温度管理がないことで、厚生省も食品関係者に対してこの食品は何度で調理しろと具体的な数字はあげていない。またJFをはじめとする民間団体もこうした状況を予測した準備を行っていなかった。要するに日米のこの差が今回被害を拡大しているのだということができる。だから現場段階では今何をしたらいいのか分からないというところも多いのではないだろうか。こうしたことを考えていくと、今回の事件は起こるべくして起きたといえよう。その意味では完全に人災なのである。

<「付けない」「増やさない」「殺す」の3原則>

今のところ、具体的な指導がでていない以上は、外食産業個々が自ら対策を立てていくしかない。それを以下に述べていく。
まず知っておかなければならないのはO157は少ない菌数でも発症する点では危険なのだが、熱にはそれほど強くないという点である。つまり温度をきちんとかけて調理すれば発症の心配はない。

但し、大腸菌だからいろいろなところにいることはいる。大事なのは菌がいても食中毒を起こさないということだ。そのために必要なのは食品中に菌がいたらそれを不活性化させる。要するに殺すことであり、次に二次感染を防ぐということだ。例えば食品別にまな板を変える。使用後は完全に殺菌消毒する。これを守れば二次感染は防ぐことができる。

もうひとつ感染の原因と考えられるのは、経口伝染、つまり調理中に食べたことで保菌者となり、その人が感染源となり発症するケースだ。前回紹介したサルモネラ菌の例がこれだ。テレビ番組などでよく調理人が鍋に指を突っ込み味見している場面を見るが、とんでもない話である。調理人が保菌者であった場合、こんなことをしたら食中毒を広げてしまうことも考えられるのだ。

では具体的な対策として何をすればいいのであろうか。O157だけでなく、全ての菌についていえることだが予防の3原則は「付けない」「増やさない」「殺す」である。これを徹底させれば食中毒は未然に防ぐことができるのだ。

[対策1 付けない]

食品には少なからず雑菌がついているから、まず注意すべきは二次感染をさせないということだ。また、手からの感染を防ぐために洗浄殺菌の徹底を行わなければならない。大事なのは手洗いを実行しているだけでは不十分であり、殺菌が必要という点だ。
ここでは手洗い洗剤の知識も必要になってくる。ひとつは洗剤の希釈倍率が正しいか、常にチェックする仕組みが必要だし、もうひとつは菌の種類によって効果のある洗剤とそうでない洗剤があるということを理解しているかどうかだ。

次に洗浄殺菌した後に何でふくかである。手ぬぐいや前掛けでふいていては、かえって菌を付けているようなものだ。必ず使い捨てのペーパータオルかドライヤーを使用してもらいたい。但し過度の手洗いで手が荒れてしまうとブドウ球菌が発生するので注意が必要だ。後はまな板、包丁、調理器具、ふきんの洗浄殺菌である。洗浄だけですませている店も多いようだが、洗浄の後必ず殺菌することが大切なのだ。忘れてはならないのはタワシなどの洗浄器具も必ず洗浄殺菌しておくことである。

殺菌には次亜塩素酸ナトリウム溶液が使われるのが一般的だが、この場合も洗剤同様きちんと希釈倍率を守らなければ殺菌は不十分になる。また、汚れたり溶液にしてから2時間ほど経過しても殺菌力は弱くなるのできちんとした使い方をマスターしておかなければならない。

[対策2 増やさない]

食中毒菌は、どれだけ注意しても完全に防ぐことはできない。しかし、仮に食中毒菌がついていてもそれが危険レベルまで増殖しなければ食中毒は起こらない。増殖させないためには温度管理が大切になってくる。つまり5℃から60℃の間の危険温度帯に食品をおかないということだ。
ヨーロッパでもアメリカでも危険温度帯に2時間以上食品をおいてはならないと定められているのに、基準がないのは日本だけである。いずれ基準もできるだろうが、我々が今取り組むべきことは、この危険温度帯に食品をおかないということを周知徹底させるということだ。

[対策3 殺す]

菌を殺すという点では、食品別の調理温度を明確にしておく必要がある。アメリカのファーストフードチェーンでは、食材別に全ての調理温度が厳密に決められている。これはすなわちレシピ化ということである。例えば煮込みなどの場合、もし肉をはじめとした具材の大きさがまちまちだったらそれぞれの火の通り方が異なってしまう。だから食材を特定化するだけでなく大きさも揃え、加熱温度、加熱時間を厳密に決めたレシピが必要になってくる。レシピ化の手法と例(別表)をぜひ参考にしていただきたい。
<HACCPの導入は難しくない>

レシピ化というのは、HACCPの基本である。HACCPというと難しく考える人も多いと思う。しかしHACCPとは、要はいかに低コストで効率よく衛生状態を向上させるかという考え方だ。何も無菌室を用意しろなどと大げさな要求をするものではない。HACCP=Hazard Analysis Critical Control Pointというように、まず危険を予知し、その中でいちばん大事な点を管理しようという考え方なのだ。
食中毒における危険の予測では、まずどのような菌がいるのか知っておかなければならない。どんな食中毒菌がどこにいてどのような時に増えるかなどの状況を把握しておくことだ。例えば腸炎ビブリオは海水中に一般に存在する菌であり、魚を介して人に感染する場合が多いのだが、特にエラとハラワタの部分が汚染されているということを理解しておくことが危険の予測になる。

次にCritical Control Point(重要管理項目)としてどのポイントを重点的に管理していくべきか対策を立てることである。魚の場合でいえば、まず感染源となるエラと含めた頭を落とし、ハラワタを取り除く。それから水洗いして三枚におろす。そこまで処理した段階で包丁やまな板は汚染されている可能性があるから、刺身にする時は別のまな板や包丁にして加工させるわけである。

一般に加熱調理する食品が多いわけだから、重要管理項目は基本的には加熱調理になる。調理温度をきちんと押さえておけば菌は死滅するか、あるいは少なくなる。そして危険温度帯に長時間おくことなく急速に冷却すれば安全なのである。つまり、温度管理と時間管理が最重要管理項目ということになる。

危険の予測ができていれば、我々は具体的な対策を立てることができる。これがHACCPの考え方だ。だから事業規模の大小は関係なく導入できるはずだ。今回の食中毒の広がりは不幸な出来事であるが、だからこそこのような事態を2度と招かぬようHACCPの考え方に代表される食品衛生の向上を外食業全体で考えていかねばならないと思う。

なお、有限会社成功では、5月よりSAYKONETという名称でホームページをインターネット上に公開している。食中毒菌O157に関する情報も日本、米国のホームページの情報を全て網羅しているので詳細を知りたい方は閲覧していただきたい。

以下の図に関しては、月刊食堂96年度9月号をご参照下さい。
図1 食中毒事件数・患者数・死者数の年次推移
図2 病因物質(主な細胞)別にみた事件数の年次推移
図3 患者規模別にみた病因物質別患者数の構成割合(93年)
図4 主な食中毒菌一覧
図5 細菌と温度
図6 製品製造の流れと重要管理項目
図7 HACCP重点管理チェクリスト
図8 給食業におけるハンバーグ調理工程とHACCPの例

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