先端食トレンドを斬る- 多様化するアメリカのテーマレストラン(柴田書店 月刊食堂2004年10月号)

<多様化するアメリカのテーマレストラン>

何度か述べてきたように、アメリカと日本のレストランの状況はよく似ている。バブル崩壊後、高級レストランが崩落し、マーケットがカジュアル化しているという話は以前に触れたが、その傾向は今でも進行している。
カジュアル化がもたらした影響を挙げてみると、まずレストランの単価が落ちている。そして料理そのものも変わってきている。つまり低価格でリーズナブルな料理、しかも社会の老齢化に向けて油を使わない健康志向の料理が主流になってきているのだ。さらに低価格化はさまざまな業態を生み出すことになった。例えば、リーズナブルであまり手をかけないさっぱりした料理、つまり加工度の低い料理はスーパーやコンビニエンスストアなどでも導入しやすい。ボストンマーケットのロティサリーチキンなどは、スーパーやコンビニエンスストアでも手がけやすいのである。あるいはエスプレッソにしても機械が進歩してくればどこでも提供できるようになる。こうなるとレストランとしては、その付加価値を何に求めるかということが問題になってくる。

その回答のひとつが「プラネット・ハリウッド」などのテーマレストランなのである。テーマレストランの場合、客単価は高くても30ドル程度。これはお酒を飲んでの話だから食べ物だけだったら10ドル台、20ドルもあればたっぷり料理を食べることができる。しかも家族で行って楽しめるというのが大きな特徴だ。

以前にもプラネット・ハリウッドが繁盛しているという話をしたが、現在もそのマーケットを狙って新規参入が相次いでいる。しかもこれまで以上にターゲットの多様化とセグメントの明確化が顕著になってきている。プラネット・ハリウッドや「ハードロックカフェ」が登場した当初は、ターゲットは10代後半から30代前半の比較的若い客層、しかもトレンドを追っている客層が中心だったが、現在は裾野を拡げ、大衆向けのビッグビジネスとして次々に多様なテーマレストランが生まれているのである。

ニューヨークのタイムズスクエアに行けば、テーマレストランの多様化はすぐに実感できるだろう。ライダーやオートバイに関心を持っている人々のためのテーマレストランとしては「ハーレー・ダビッドソン」がある。あるいはホラー趣味やお化け屋敷が好きな人々に対しては「ジキル&ハイド」が、スポーツとスポーツ選手のファンのためには「オールスターカフェ」があるというように、さまざまなテーマを持ったレストランが誕生している。こうしたテーマの多様化傾向は、今後ますます加速化していくだろう。

ちなみにオールスターカフェはプラネット・ハリウッドの新業態である。同社はITTシェラトンと組んでカジノを出店する計画もあり、エンタテイメントの世界でも大きな注目を集めている。

ひとたびは地盤沈下したタイムズスクエア周辺も、マリオネットのマーキーができた頃から再び活性化しており、いまやテーマレストランの宝庫となっている。先述したハーレー・ダビッドソン、ジキル&ハイド、オールスターカフェ以外にも、お馴染みのプラネット・ハリウッド、ブラックミュージックをテーマにしたモータウンカフェなど最近のテーマレストランが揃っているのである。ニューヨークは全米の中でも特殊な街であり、ここで成功したからといって全米で成功するかどうかはまだ分からないとはいえ、アメリカ最新のテーマレストランを視察するには、タイムズスクエアは絶好の場所だといえよう。

アメリカのトレンドについてもうひとつ触れておくと、マイクロブリュワリーのビールがどんどん普及している。しかも濃いビールが増えている。アメリカのビールといえばバドワイザーのように薄口の軽いビールしかなかったが、現在はボストンビールやアンカースティームなど、エール系の濃いビールが出てきている。これもコーヒー人気と同様に、ハードリカー離れに起因するものだ。ハードリカー離れを起こした人々のうち、ある層はスターバックスのような濃いコーヒーに、そして別の層はビールに流れたのである。しかし、これまでのような薄いビールではもの足りず、コクのあるビールが飲みたいということでエール系の濃いビールが注目を集めだしたのであろう。 スーパーを見てもビール売場は拡充されているし、並んでいるビールも3分の1程度は輸入ビールとマイクロブリュワリーの製品になってきている。この傾向はテーマレストランにも波及しており、ジキル&ハイドでは100種類を超えるビールの品揃えが売り物になっているし、ほとんどのレストランが濃いビールをメニューに加えている。

<レインフォレストカフェが支持される理由>

さて、続々と誕生したテーマレストランの中で、現在最も影響力があると目されているのが「レインフォレストカフェ」である。全米最大といわれているショッピングセンター、モール・オブ・アメリカに1号店を出店したのを皮切りに、大型SCに次々に出店している。先日NRAのレストランショーを視察するためにシカゴを訪れたのだが、すでにシカゴ最大のSCであるウッドフィールドショッピングモール内にオープンしていたし、ガーニーミルズアウトレットモールにもエリア2号店の建設が進められていた。
レインフォレストカフェは子供をターゲットにしたテーマレストランである。レインフォレスト(=熱帯雨林)の名の通り、店内はアフリカのジャングルをイメージしたデザインが施されており、像やワニの動く模型がいたるところに配されている。まさにジャングルの中で食事をしている雰囲気だ。もちろん子供がターゲットだとはいえ、インテリアに手を抜いた部分はみじんもない。Tシャツやグッズを販売する物販コーナー、バーコーナー、そしてレストランコーナーと、テーマレストランの基本はしっかり押さえている。インテリアは造形的にもすばらしく、ハリウッドの技術が巧みに生かされているといえよう。だからこそ、子供たちは大喜びで食事のひとときを楽しんでいるのだ。

フードの単価は10ドル前後、チルドレンメニューでも5ドル程度だから、ファーストフードなどに比べればはるかに高い。それでも親子で平均すれば客単価は15ドル以内で収まる。親子で楽しむことができるわけだから、リーズナブルな価格といっていいだろう。

料理は他のテーマレストランと同様にカンファタブルフードが中心だ。カンファタブルフードを直訳すると快適な料理となるが、これでは何のことだかさっぱりおわかりいただけないと思う。あえて日本語に翻訳すると「おふくろの味」というのが一番適切であろう。なぜいま、おふくろの味がもてはやされているのかというと、現在40代後半から50代となった団塊の世代が老齢化を意識しはじめているからだ。老齢化につれて人は、昔食べていた味を求めるものだ。いわば回帰現象が起きるのだが、バブルが崩壊して以降も、消費の動向を握っているのは団塊の世代である。

その彼らが老齢化を意識しはじめたときからアメリカの消費性向には回帰現象が起こっているのだ。この傾向は世界的なテーマだといっていいかもしれない。日本の中食マーケットで煮物などの惣菜が支持されているのも同じ理由であろう。

ではアメリカ人にとってのおふくろの味とは何だろうか。それはミートローフであり、マッシュポテト、フライドチキン、ラザニア、スパゲティミートソースなどである。アメリカのテーマレストランのほとんどは、これらのカンファタブルフードに加えて、豆を多用するヘルシーフードと捉えられているカリビアンフード、人口動態の変化から馴染みの味になっているメキシカンフード、そしてピザ、パスタのイタリアンフードでメニューを構成している。ネーミングやプレゼンテーションは、それぞれ意匠を凝らしてはいるが、メニュー構成そのものはどのテーマレストランも一緒であり、売れ筋はあくまでもカンファタブルフードなのである。

先述のレインフォレストカフェにもカンファタブルフードがラインアップされている。したがって、レインフォレストカフェがヒットした理由は、まず子供に受ける店であること、そしてトレンドに則ってカンファタブルフードを提供していることが挙げられる。ただし、もうひとつ見逃してならない理由がある。それはアメリカの特殊な社会事情である。

<コンセプトは直訳せずに翻訳しろ>

日本でも最近は安心していられなくなっているようだが、アメリカの場合は子供の生活環境が日本と比べて非常にシビアである。まず誘拐の怖れがあるために、子供を一人で遊ばせておくことなど考えられない。しかもアメリカの法律では自宅であろうが、12歳以下の子供を一人にしてはならないと定められている。もちろん事故や誘拐される可能性があるからだ。
したがって、子供は必ず親、又はベビーシッターが見ていなければならない。どこかへ行く場合も子供を連れていくことが前提となる。だから子供連れで行くことができるレストランが必要なのである。

また、アメリカの場合は離婚率も高い。しかし、離婚したとしても親権を主張して週に1回別れた子供と会うことも多い。その限られた時間の中で親は子供と楽しく時間を過ごす必要があるのだが、家に呼ぶのも大変だし、新しい家族もいる。だからこそ、たとえファーストフードよりも単価は高くとも、レインフォレストカフェのような店が必要となってくるのだ。

日本でもこれからテーマレストランがどんどん増えてくるはずだ。特にレインフォレストカフェの繁盛ぶりに刺激を受けて、同じようなコンセプトを考える企業も出てくるだろう。しかし、アメリカのコンセプトをそのまま日本に持ってきても成功するのは難しいだろうと私は思っている。

というのは、レインフォレストカフェという子供向けのレストランが支持されている社会的な背景がそもそも異なるからだ。但し、日本人は子供に対してお金を欠ける傾向もあるので、案外受けるかもしれないという見方もあるのだが。

問題はどう翻訳するかということであろう。メニューにしてもアメリカのカンファタブルフードをそのまま日本に持ってきても、まず支持されることはないだろう。日本人にとってのカンファタブルフードとはどのようなものかというところから考えていかなければならないのである。

そのためにはマーケットリサーチをきちんと行う必要がある、プラネット・ハリウッドをはじめとしてアメリカのテーマレストランはどういう消費者がどのようなものを求めているのか、実によく調査している。たとえばフランチャイジーとしてアメリカのコンセプトを持ってくる場合も、マーケットリサーチに基づいた翻訳を忘れてはならないだろう。

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