先端食トレンドを斬る- アメリカとマクドナルドでわかる日本外食業界の将来(柴田書店 月刊食堂2004年6月号)

<CVSに伸びる隙を与えてしまった日本の外食産業>

今年の外食業界を振り返るとき、やはりファーストフードの動きを取りあげなければなるまい。その中心はマクドナルドである。確かに狂牛病の余波やO157の影響は大きかった。特にO157が、一番の稼ぎ時である夏場に起こったのが痛かった。小型店を含めて積極的に出店し、いよいよ本番という時期に受けたダメージだけに、まさに追い打ちであった。その影響もあって、ハンバーガー80円のプロモーションが1週間延期されたが、それを指して「マックの低価格路線は成功だったのか」という声があがっているのも事実だ。それを含めて3,000億円が達成できるのか、あるいはそれ以上のマーケットはあるのかという議論も出てきている。結論から言ってしまえば、低価格路線は成功であり、年商も3,000億円を超え、今後もマーケットはさらに伸びていくだろう。
根拠はコンビニエンスストア(CVS)との比較である。セブン-イレブンが1兆5,000億円という空前の売上をあげ、イトーヨーカ堂の利益を超えようとしている事実は、アメリカからみれば異常な事態である。アメリカのセブン-イレブンの売上は、マクドナルドの半分程度だ。なぜ日本ではセブン-イレブンをはじめとするCVSがこれほど突出し、外食のマーケットを侵食しているのだろうか。その答は、外食が商品価格を上げ過ぎたからにほかならない。

万博以降、レジャーブームなどの影響もあって外食は急成長した。2回の石油ショックで食材コストが上がったとき、外食は価格を引き上げたが、ブームとあいまって客数が落ちることはなかった。これが前例となり、その後も単価は上がる一方であった。つまり、現在の価格は高すぎるのである。アメリカのファーストフードが一斉に日本に入ってきたとき、いちばん原価が高かったのがケンタッキー・フライド・チキンで50%弱。逆に低かったのはミスタードーナツで原価率は25%程度だった。マクドナルドはその中間で40%前後というのが定説だった。しかし、ディスカウント戦争に突入する直前のマクドナルドの原価は20%台にまで下がっていた。その理由は円高である。かって360円だったのが3倍も高くなり、関税も安くなったからである。これはマクドナルドだけでなく全般的に言えることで、他のほとんどの産業でも価格は上がりすぎていたのである。

マクドナルドの低価格路線は、高く振れていた価格を前の値段に戻しただけなのである。もしマクドナルドを含めた外食全体が当たり前の価格設定を維持していたなら、CVSにここまで侵食されることはなかっただろう。CVSは損益分岐点が高いので、価格を下げることができないのに、これほど伸びたというのはマクドナルドだけでなく、外食全体の価格が高くなりすぎたからだ。だから1日3回も配送する高コストな商売に伸びる隙を与えてしまったのである。しかし、マクドナルドはいち早くそれに気がついた。低価格路線は外食を意識したものではなく、CVSやスーパーとの競争なのである。CVSなどでは実現できない低価格の商品でもってCVS以上の伸張を目指すわけである。マクドナルドは5,000店舗想を打ち上げているが、セブン-イレブンが5,000店を超えている現実をみれば、それは充分達成可能である。決して荒唐無稽なことではないのだ。問題があるとすれば円安になったときにもあの価格をどこまで維持できるかということ、そして大量出店したことで不採算店を出す可能性がある点だろう。店舗開発部隊を増員したとはいえ、年間に500店以上も出店するのでは、立地選定の眼は粗くならざるをえない。最近の出店をみていると疑問を感じる部分もあるだけに、来年の収益性でどうなるかは注意して見守らなければならないだろう。

さて、マクドナルドが一気に全面制覇を図っている現在、他のチェーンはもはや伸びる余地はなくなってしまったのだろうか。実はアメリカのマクドナルドは現在苦戦中である。マクドナルドと業界第2位のバーガーキングとの間には店舗数で倍の開きがある。しかし、伸び率では断然バーガーキングが上回っている。食中毒で一次瀕死の状態だったジャックインザボックスも好調で、伸び率で言えばマクドナルドはサンドイッチ業界でも下位に低迷している。正直な話、バーガーキングはもう駄目だろうと私は思っていたのだが、再び蘇った姿を見ると売上の差があったとしてもやり方ひとつでいくらでも挽回できることがわかる。これは日本についても同じことが言えると私は思っている。

<マックの小型店戦略はどのように生まれたのか>

この連載で私はアメリカの話と日本の話を交互に繰り返してきた。なぜかというと、アメリカのフードビジネスをみていれば日本の外食業界の行き先が読めるからだ。フードビジネスだけでなく、経済にしても何にしてもアメリカはいい意味でも悪い意味でも日本よりも進んでおり、日本に与える影響も大きい。従って、現在のアメリカを理解することは日本の数年を見通すことになる。
現在の日本マクドナルドの戦略にしても、アメリカを見ていればかなり早く推測できたはずだ。マクドナルドは決して独創的な企業ではない。むしろ他社の優れた点を徹底的に研究し、自らのシステムに取り入れていく努力型の企業である。

例えばマクドナルドが6~7年前から研究していたのはタコベルのマネジメントシステムと小型店舗である。それがあのローコストのサテライト店に生かされているのだ。あるいはバーガーキングである。マクドナルドは20数年来バーガーキングのオペレーション、厨房のシステムを研究してきている。両者は全く異なるのだが、システムの流れについて研究してきたのだ。

その例を挙げてみよう。バーガーキングのいちばん成功したシステムはホールディングといって、焼いた肉を温かいまま保管し、お客のオーダーによって組み立てるというものだ。いつでも温かいものが食べられるという非常に優れたシステムだが、マクドナルドがこれを研究し、同社なりに消化して組み立てたのが現在一部の店舗で投入されているステージングシステムである。これを具備したからこそ、小型店の展開が可能となったのだ。

また、小型店のマネジメントもマクドナルドはタコベルのリエンジニアリング改革を忠実に実行している。タコベルは損益分岐点を引き下げるために小型化により店舗投資を抑え、さらに固定人件費もなくしている。つまりサテライトには社員はおかず、母店となる店の店長が周辺のサテライト店を管理するという形にしたのである。マクドナルドのサテライト展開もこれと全く同じ手法である。そして、タコベル同様にフードコート内に出店したわけだが、これが成功したことから様々なアレンジが生まれた。例えばガソリンスタンドとの併設店、都心の独立型サテライトといえるエクスプレス。さらに最近ではマックスナックというハンバーガーを置かず、クッキーやパイといった軽食と飲物だけの小型店もある。サンディエゴの空港でこれを見たときはさすがに驚いた。これなどはスターバックスの影響も考えられるだろう。

マクドナルドのことを「マネチルド」と揶揄する人もいるが、実はそれこそがマクドナルドのすごいところなのだ。オリジナリティにこだわらず、他社で成功したものがあったらそれを徹底的に研究・分析し、自分のものとして取り入れていくのである。そして、日本マクドナルドはアメリカのマクドナルドの成功事例を導入している。しかし、ただそのまま入れているわけではない。必ず日本向けに翻訳している。しかもさすがに25年以上の歴史があるだけに、翻訳力も素晴らしい。特にサテライトの考え方は日本の方が成功している。

実はアメリカではサテライトが苦戦しており、マクドナルド低迷の原因となっているのだ。日本ではサテライト競争はないが、アメリカではマクドナルドは後発である。タコベルやピザハットだけでなく、バーガーキング、ダンキンドーナツなどが、サテライトの市場にひしめいているのだ。競合すれば家賃はつり上がる。その結果、損益分岐点も上昇してしまう。また、サテライトはその施設利用のお客に限定されるため、プロモーションが効かず売上も伸びない。思ったよりも利益率が低いのである。たしかに出店してすぐに採算は合う。しかし、そこから売上が伸びないというジレンマが生じているのだ。

これに対して日本では今のところマクドナルドに対抗できるサテライトを開発した企業はほとんどない。例えば、ガソリンスタンド内に出店できるチェーンはマクドナルドだけであり、今後セルフサービス型のガソリンスタンドが加速度的に増えていくことを考えると、マクドナルドは強力な武器を手にしたと言わざるをえない。

<アメリカを見よ、そして翻訳せよ>

では、マクドナルドに対抗するためにはどうすればいいのだろうか。私はアメリカの外食の動向に常にアンテナを張り巡らせておくことが先行する秘訣だと思う。小型店にしてもガソリンスタンド内出店にしても、アメリカを見ていれば、すでに開発が進められていたはずだ。もちろん方向性が見えてくるのはファーストフードに限ったことではない。今日のイタリアンやオープンキッチンスタイルのレストランのブームもウルフギャング・バックやスパーゴ、カリフォルニアピザキッチンなどの人気をつかんでいれば予想はできた。
また、来年以降日本で流行りそうなのが、サムチョイズのようなハワイ料理だろうと予測することもできる。アメリカでは10年くらい前から注目を集めているからだ。ハワイ料理はフランス料理、中華料理、東南アジア料理のコンビネーションであり、カリフォルニア料理とも近しい関係にある。日本でいえばキハチの料理をイメージしてもらえばわかりやすいだろう。

最近、何度めかはわからないが、アメリカのコンセプトの移植がブームになっている。サムチョイズを経営する徳寿は、アメリカのスペシャリティピザチェーンと技術提携して、日本で20店舗ぐらい展開するとアメリカサイドで発表している。同社はロサンゼルスに店舗を持っているが、ここが大きなアンテナになっているのだろう。ただし、アメリカのトレンドを輸入する場合、肝心なのはいかに翻訳するかだ。何度も繰り返してきたようにアメリカのものがそのまま日本で受け入れられるとは限らない。

この点でさすがだなと思うのは、ダスキンだ。ミスター飲茶はまさに翻訳の妙であろう。下地になっているのはアメリカのダンキンドーナツのサンドイッチだ。冷たいサンドイッチを食べる習慣がない日本人に向けて、温かい飲茶に翻訳したわけである。ダスキンは昔からアメリカのコンセプトを導入しているが、失敗したことも多かった。例えば、スチュード・ベーカーズやエド・デベヴィックスである。アメリカではいまだに大繁盛店であるエド・デベヴィックスをダスキンは忠実に再現した。しかし、ハンバーガーという商品、そしてあのフレンドリーなサービスは日本には早すぎた。つまり、コンセプトをそのまま持ってきたゆえに失敗したのである。

これにたいして、やはりリチャード・メルマンのヒットコンセプトであるツチ・バヌーチはずいぶん料理を変えている。パスタ、ピザを中心にして価格を下げているし、味も日本人の味覚にあうものにした。雰囲気は忠実に再現しているが、中身は日本人向けなのだ。ダスキンの翻訳力は格段に向上した。だからこそ、ツチ・バヌーチは成功しているということができよう。

アメリカをよく観察すること、そして自分なりの翻訳ができるようにすること。日本の外食産業の方々には、常にこれを心がけていただきたい。

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