異才の料理人- 第3回 京都菊の井 村田吉弘氏(柴田書店 月刊食堂1996年7月号)

村田吉弘氏 (株)菊乃井代表取締役

インタビュアー 王利彰氏

京料理、そして日本料理という伝統的で堅牢だが、極めて狭い枠組みをつき崩しつつある村田吉弘氏。真空調理やフレンチの技法なども積極的に取り入れ、かつ料亭菊乃井の料理に昇華させる手腕は見事だが、何よりもこれまで高級すぎた京料理を「大衆が食べる料理」と位置づけたことこそが、異才のなせる功績といえる。


村田さんは、フランスで修行したという面白いご経歴をお持ちですね。フランスにいた意味というのは日本料理を論理的に考える上で大きかったですか。

村田
それがすべてみたいなもんです。僕は日本にいるときは日本人やともおもわんかったし、日本料理は世界の三大料理の一つやと思っていましたから。フランスに行って初めて日本人だということが分かり、日本料理も極東のエスニック料理だということも分かったんです。


極東のエスニックですか。

村田
極東のエスニックですが、文化的レベルは彼らのものには負けていないと。もちろん、人の育て方、組織の作り方など彼らの方が優れている面もたくさんあります。まあ、日本料理を極東のエスニックだけでは終わらせたくないなというのはありましたね。それに僕らがフランス料理をやってもフランス人には勝てんなと。最終的には料理はDNAが作ると僕は思ってますから。


つまり、先天的な部分が大きいと。

村田
彼らは鹿を捌きながら滴った血をパンにつけて、ワインを飲みながらそれを食べますからね。僕らにはできないじゃないですか。ひょっとしたら味覚的には彼らより美味しいものが作れるかもしれないけど、何代も前からそこに居てないと分からない部分がある。僕らが松茸や筍に特別な感情を抱くように彼らにもそれはあるんです。ホワイトアスパラの季節になれば嬉しいし、なくなる時期にはさびしいと思うわけです。


日本料理が謳うような四季の情感もあるわけですね。

村田
日本人は日本料理が四季の情感を唯一反映させることができると思うてるわけです。だけど、頭の程度も文化性もそんなに変わらへん四季の巡ってくる国の中で、日本人だけがそれをできるという考え方そのものが、すでに極東のエスニックなんですよ。彼らの皿には彼らの文化からすると季節感があるんです。それを皿が同じやからとか、盛りつけがシンメトリーで立体感がないから四季の情感を盛り込んでいないなんていうのは、僕らが勝手に思ってるだけです。


それこそ島国根性ですね。

村田
香港の友人が生まれたばかりの二十日鼠に密をつけて食べるという話をしたとき、僕はなんて野蛮なと言うたんです。そしたら彼は「君がそんなことをいうのは意外や」と。というのは、その国の食べ物というのは、その国の文化を背負っている。その国の食べ物を食べんでもいいけど、理解しようという姿勢がない限り、その国の文化は理解できない。それを自分たちの文化に照らし合わせて、鼠食う奴は野蛮だと決めつけるのはおかしいというわけです。全くその通りなんですね。人間というのは何でも食べるんです。何でも食べるということを前提として人間のための料理を僕らはつくらんとだめなんです。


なる程、フランスでずっとそういうことを考えて、それで日本に帰ってきて和食を始められたのですか。

村田
そうですね。僕は和食系の食べ物を世界に向かって紹介していきたいと思いましたから。


ちょっと待って下さい。和食ではなくて和食系なのですか。

村田
どこまでが和食かというのは難しいんです。例えば、僕らの料理法で新生姜を甘く炊いたべっ甲生姜という料理がありますが、これをチョコレートでコーティングすると、どこの国の料理になりますか。それは僕らが今食べて美味しい料理ですよね。それを日本料理というのか。でもヨーロッパ人が食べても美味しいと思うはずですから、人間のための料理ということになる。現代は世界が狭いから、いろんなところから材料が入ってくる。どんな料理でも自分のフィルターを通して自分がうまいと思うものを自分が食べさせたい人に食べさせていけばいいんです。僕は和食のフィルターしか持っていないから和食系のものを作るしかないわけです。


その場合、他の料理との線引きはどうなるのですか。

村田
日本料理、フランス料理、イタリア料理という線引きはない、まして京料理なんていう線引きはないんです。みんな実体のないものですから。


えっ、京料理って実体がないんですか。

村田
これをやらなくては京料理ではないという規範はないですから。何をやってもええんです。結局は食べて側の問題です。だから僕は店でジュレも出しますし、ソルベも出します。それは紙一重のところですから、お客さんの顔色を見ながらですよ。ただ、それがフランス料理と同じものだったら僕が作る意味はないんです。


日本料理って、若い人にはあまりおいしさが分からないといわれることも多いけれど、村田さんの料理は若い人も美味しいと言いますね。

村田
若いお客さんは多いですね。僕は年寄りのための料理は作らへんと言うとるんですよ。うちの対象年齢は30代から50代。そら、年寄り来はってもよろしい。でも、僕は70代の人が何食べて美味しいのかわからへん。僕はその経験がないですから。僕は何かの記念日に菊乃井に行きたいな、という若い夫婦や女の人同士のお客さんのために、言うてみれば身銭を払って食べる人達に日本料理を食べてもらいたいんです。日本料理の発展とみんな言うけれど、ピラミッドの頂点にいるような一部の人達を対象にしていたってだめです。ボトムアップをしていかないと、食べ物というのは大衆が支えていくものなんですから。大衆は身銭を払うから真剣です。真剣な人達を相手にして評価を受けていくというのが当たり前のやり方なんです。


それにしても、村田さんのお店はよく繁盛されていますよね。お客さんを呼ぶ秘訣って何ですか。

村田
料理屋というのは不合理な商売なんです。500円のラーメンを食べても腹一杯になる人間が2万円も払うわけですから、これは合理では考えられません。木屋町の店にしても40坪が2フロアあるわけですから、合理で考えれば100名は収容できるのに、1階に18席、2階に3つの座敷しかない。空いているところがいっぱいあります。でも、お客さんは京都で一番地価の高い木屋町でゆったりご飯が食べられると喜んでくれはります。


不合理な部分にこそ価値を見出しているわけですね。

村田
僕が売っているのはファンタジアです。お客さんは芝居見に行こうか、美味しいもの食べようかというところで選択している。芝居もコンサートも料理屋も同じランクで考えているんです。何がしたいのかというと、2時間なら2時間をエンジョイしに来ているわけです。だから、その2時間は異空間に離脱でき、美味しいものを食べて気分よく帰らせてほしい。それをするのが僕ら料理人の仕事です。美味しいものを作るのは仕事のすべてではないのです。


村田さんを見ていて感心するのは真空調理を始め、新しい技術を非常によく研究されていることです。

村田
向こうはフランス料理だからそういう技術を知っているけれど、俺は和食の料理人だから知らなくて当然というのは、同じ料理人として恥ずかしい。料理人という枠に入ったら、その中の最前線のレベルの技術は常にできるぐらいでなければと思っています。だから新しい技術はいつも見ていますし、すぐにやってみます。新しい機械が出てくれば、どんなメリットがあるのか、コストのバランスはどうなのか。それを考えていいものならば使います。


和食の世界は技術革新の部分で遅れをとっているという印象もあるのですが、村田さんはそれに対する抵抗ってないんですね。

村田
例えば、今の時代、炊飯器が壊れたからといって、薪と釜でご飯を炊く技術が必要ですか。それよりも早く炊飯器を買いに行く方が賢いやろ(笑)。世の中はそういう方向に動いているんですから。機械ばかりに頼っていると機械がなくなったら料理ができなくなる、と先輩方はおっしゃいますが、今日本で炊飯器が手に入らないところってどこにありますか。


となると、料理人の技術の生かしどころも変わってきますよね。

村田
ものを早く刻んだり、魚を下ろせるというのは技術ではないんです。必要なのは素材をどう組み合わせると美味しくなるのか、それをどういう方法で調理すれば美味しくなるのかを考えることです。素材、機器類、そして調理方法に関するあらゆる知識が頭の中にあって、それらをどう組み合わせていけば自分が目標とするものにしていくか考えるのが料理人です。 <技術は見て覚えろ、というのでは下の人間が育たない>


人の教育においても、これまでの日本料理の封建的なやり方では人が育たないというのは持論だとか。

村田
僕らは料理を作る前に人を育てなければ仕事にならないですから。昔のような職人社会ですと、下の人間が上の人間の仕事を覚えてしまうと、上の人間の存在価値がなくなってしまうから、技術は見て覚えろ、盗むものだといってそれを守ってきた。だけど、教えた方がいいに決まっているし、早く成長するわけです。いち早く人材を育て、会社の役に立ってもらうというのが本来のあり方なんです。ただ、人を育てるというのは技術を教えることではなく、これが美味しいという一つの真理に向けて考え方を導いていくということです。それを僕以上に考えてくれる人間がでてきたら、それに勝ることはないし、その人間が僕に代わってすべての料理のコンセプトを作ればいい。その方がお客さんも喜ぶし、店にも来てくれるし、いいじゃないですか。


考える訓練というのが人材教育のキーワードになっているようですね。

村田
和食の料理人は、火が通ったら火から下ろせという言い方をする。でも火が通るってどういうことと聞かれても誰も答えられない。料理というのは科学であり、論理でできていますから、きちんと説明できるものなのです。しかし、それは教えないと分からない。火が通るというのは熱によってタンパク質が凝固することだと教える。すると何度で熱するのかと聞かれる。そしたら中芯温度が何度になって、それを何分間維持するんだと伝えれば分かるわけです。まず「何でや」という疑問を発することが考えることにつながるのです。料理人の差は何でできるのかといえば、考え方の上等さ加減です。その素材をどうしたら美味しくできるか、この食べ手にはどうしたら美味しく食べてもらえるか、という考え方の優劣が差を決定するのです。


そうやって人を育ててくると、店舗展開も楽しみになってきますね。

村田
基本的には動いたらあかんと思ってますが、東京には行きたい。その時は東京支店ではなく、関東の本店という考え方です。僕はアジアに行きたいんですよ。そのためにも東京に店は必要なんです。


なぜヨーロッパではないのですか。

村田
ずっとそう思ってきましたけど、何で一足飛びにヨーロッパだったのかと今反省してる。文化が違うのを僕が一番よく知っているのに、気負ってしまったばかりに7~8年前打ち上げた花火的にイベントをやったりしました。だけど、彼らは米食と違いますから、いくら頑張っても漬物とか塩昆布は食えへん。けど、アジアは米食ですからそれが理解できる。ということは日本料理を紹介していくべきはヨーロッパではなく、まずアジアです。ヨーロッパに行くにはそこから歩いていくつもりでなければ無理です。


その場合、京都菊乃井を持っていくわけですか。

村田
実は、6月に渋谷西武に外販の店舗を出すことになっています。半年後には池袋にでる予定で、3年間で10店舗にしていきたい。うまくいけばその段階で別会社にするつもりですが、ここの商品は真空調理などでもいけますから、これをそのまま東南アジアに持っていこうかと思っています。そして菊乃井の名前では出店しませんが、それらを皿に盛りつけて提供する店も今は考えています。


本体は動かないけれと、デリ惣菜の中食部分で展開していくというのは、アメリカのベストテンにランクされているザ・グリルと同じ考え方ですね。

村田
外販を伸ばしていくと夢の部分はふくらんでいきますよね。外販できちんと利益がでれば、本体の料理にはもっと原価をかけることができる。それで評判を呼んでくれれば、また外販も伸びる。そういう、ええサイクルを作りたいですね。

インタビューを終えて

和食の世界はまだ前近代的な考えが根強いのだが、そこに新しい風を吹き込み続ける村田氏の存在はやはり大きい。料理は化学的なものと言っていたが、彼は科学や合理一辺倒の人間ではない。本店の格式と伝統のためには多額の金額を投じても立派な門を作ったり、お客にファンタジーを売っていると言ったり、ソフトの部分を大切にするバランス感覚に優れているから、人が自然とひきつけられるのだろう。高級惣菜という中食分野でどんな活躍をするのかとても注目している。

グローバルな視点から日本料理を考える

料亭「菊乃井」の3代目、村田吉弘氏は日本料理界の異端児だといわれている。料理を科学として捉え、日本料理の調理方法や食材を論理的に分析、さらに真空調理法やマイクロウェーブなどの新しい技術も積極的に取り入れていくという姿勢は、これまでの日本料理の料理人像とはかけ離れたものだ。また、人材育成にしても従来の徒弟制度的なあり方を否定し、徹底して論理的かつ合理的な教育を実践している。

こうした思考方法が生まれた背景には、インタビューにもある通り、フランスでの体験にある。フランスに行ったこと、すなわち外側から日本料理を見つめることで、村田氏は日本料理の全体像を冷静に捉えた。

その結論は「日本料理は極東のエスニック料理である」といういささか過激なものであったが、だからこそ村田氏は日本料理を極東のエスニックで終わらせたくないと、フランス料理に負けない世界に通用する料理にしていくことを決意した。

つまり、村田氏はグローバルな視点から日本料理を捉えた数少ない料理人だといえよう。そして、日本料理に対する深い愛情ゆえに、あえて異端児に徹し、因習を一つ一つ打ち壊し、新しい日本料理のあり方を模索していったということができる。

村田氏が常に意識しているのは、食べ物は大衆が支えているという点だ。

日本料理はごく一部の人々だけが楽しめるような象牙の塔であってはならない。大衆が支えるからこそ、パワーを持ち続けられるという思想が菊乃井の価格設定には現れている。「一生に数度しか行けないような価格の店は博物館と同じで、料理屋としてはすでに死に体だ」という考えから、木屋町の露庵菊乃井では12,000円のコース、東山の本店では15,000円のコースを絶対にメニューからはずさないでいる。若い人達でも少し頑張れば食事を楽しむことができる価格帯の店として日本料理の裾野を拡大している。

6月中旬には、渋谷西武に外販店「トレトゥール京都菊乃井」を出店する予定。現在、多店舗展開に耐えうる商品の開発を進めている。

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