現場で待ち受ける難題- 新人諸君!現場で待ち受ける難題をこうしてクリアせよ(柴田書店 月刊食堂1996年4月号)

新人諸君!
現場で待ち受ける難題をこうしてクリアせよ

外食産業に入ってきた新人諸君。私はいま、皆さんに対して「おめでとう」と言うべきか、「ご愁傷様」と言うべきか、迷う気持ちがあります。

もし皆さんが、外食業が本当に好きで、お客様に「おいしかったよ、また来るからね」という言葉を聞くことが生き甲斐になるのなら、おめでとうと言いたい。しかし、何とか定年まで勤めて、のんびり暮らしいたいと考えているのなら、あなたの選択肢は間違っていたとしか言いようがないからです。

外食業はサービス業なのですから、土曜日曜に働くのは当たり前です。また夜も仕事が終わって家にたどり着くのは午前様、というのは日常的なこと。普通の会社に勤めるサラリーマンとは、勤務態系が根本的に異なるのです。

しかし、一般のサラリーマンとは異なるメリットがあるのもこの業界です。それは、外食の仕事は手に職がつく専門職である、ということです。

皆さんもご承知のように、現在の日本の厳しい経済環境は、ここ10年はそう改善されることはないでしょう。特に、日本の産業の特徴であった終身雇用制は、もはや崩れ去ってしまっている。いま必要なのは、働く一人ひとりが自分の力で、自身の能力をいかに高めていくか、ということです。

鉄は熱いうちに打て、といいます。皆さんのように頭が“新鮮な”入社直後の段階から、どれだけ学ぶか。それが皆さんの将来を決定するのです。最初に出遅れると一生影響します。特に入社後3カ月が勝負。そこで、皆さんは現場で何に直面するのか。その壁をどう乗り越え、そこで何を学ぶべきなのか、外食産業の一先輩として、お教えしたいと思います。

ステップ1 会話についていけないと職場の一員にはなれない
まずは“符丁”を覚えよう
この業界に入って最初にぶつかるのが、業界ならではの専門用語、いわゆる“符丁”でしょう。どの会社でも、仕事に使う独自の言葉を持っているものです。その専門用語の多さ、それを駆使した会話の難しさに、皆さんはまず度肝を抜かれることでしょう。しかし、そんなことでびっくりしていてはいけません。覚えればよいのです。

なぜ専門用語や符丁が多いのか。それは、仲間意識をつくりたい、という人間の自然な発想からなのです。同じ言葉を話す人間を仲間として認め合う。わからない人は排除しようとする。だから、わざと他の業界や他社の人にはわからない言葉を使うのです。

最初はわからなくても安心して下さい。しかし、それは必ず覚えなければいけないものです。自分なりの単語帳をつくり、毎日その意味を聞き、メモをこまめにとる。3カ月ですべて覚えられるようにしましょう。それがすべてできなければ「同じ言葉を話せない人間」として職場から排除されることになってしまいます。

会社の歴史を知るのも大事
もうひとつ驚くのが、先輩の知識の多さでしょう。専門用語はもちろん、会社の歴史や業界の動向など、実に良く知っている。会話に専門用語は飛び交うし、過去のいきさつも知らない下手な質問をすれば怒られる、と頭を抱えてしまうのではないでしょうか。

しかし考えて見れば、彼らは皆さんより1年以上前から会社にいるのですから、知ってて当たり前です。この時間差、経験の差、知識の差をどうやって埋めるかがポイントなのです。

そのためにまず、会社の歴史を知ることからはじめましょう。大きな会社であれば社史というものがあるし、その会社のことが書かれた本も出ているでしょう。それをまず読むことです。特に社史は、会社の歴史だけでなくポリシーなど重要なことが書いてあるので、繰り返し読むことが大事です。

社史などがなくても、労働組合があれば必ず組合の資料があるはずです。また社内報を読むことも重要。どんな行事がいつあるか、人事異動の社告や通達なども貴重な情報源になります。それらをこまめに読むことで、社内の人間模様が浮かび上がってきます。

社史や労働組合、社内報がない場合でもあきらめてはいけません。先輩の中には必ず、社内の歴史に通じた語り部のような人がいるはずです。そういう人を探して、じっくり話を聞いてみましょう。人間は誰でも、自分の知識を人に話したがるものですから、聞けば喜んで教えてくれるはずです。皆さんが積極的にアプローチすることが大事なのです。

業界動向にも目配りを
同様に、業界の歴史や動向を理解しておくことも大事です。会社がなぜこの方向に進むのかわかるからです。業界の歴史を知るには、まずあなたが手にしている「月間食堂」など専門紙誌のバックナンバーを読むことです。会社にはない場合は図書館などで探す。もし図書館になければ、本誌の発行元である柴田書店の本社にショールームがありますから、そこで過去2年分くらいのバックナンバーを自由に読むことができます。ここには、月間食堂だけでなくホテル・旅館や料理関係の雑誌、またすばらしい料理書などもありますし、必要ならその場で購入できますから、遠慮なく活用すべきです。

ちなみに月間食堂の編集部はその2階にあり、本の内容や業界動向について質問があれば気軽に応えてくれます。もちろん電話なりでアポを取るのは礼儀上当然のこと。またギブアンドテイクで、皆さんも業界や会社のことについて知っていれば、差し支えない範囲で情報交換することが必要でしょう。

その他では、味の素の本社にある食関係の図書館が活用できます。また、東京ガスが芝浦に、外食関係のユーザー向けに「TASK」というショールームを設けています。入場は無料。ほとんどの雑誌を揃えているし、最新の調理機器を常に展示しており、使うこともできるというすばらしい施設です。この施設は横浜の鶴見にもありますから、ぜひ行ってみて下さい。

さて、ここまでが先輩との会話についていくために習得すべきことです。これで職場は、あなたをグループの一員として認め、会話に入れてくれるでしょう。しかし安心してはいけません。これでやっと門をくぐったところ。これから本当に仕事に役立つことを勉強しなければならないのです。

ステップ2 勉強の場は店にこそある。毎日の積み重ねが大事だ
マニュアルをじっくり読もう
まず最初にやるべき勉強とは、店のマニュアルをじっくり読むことです。マニュアルというと、無味乾燥な文章が印刷された面白くもなんともないものと思うでしょう。しかし何度も読むと、スルメのように“味が出てくる”ものです。マニュアルというのは、その会社の創業者、あるいは数多くの先輩が過去から積み上げてきた、経験則の集大成だからです。いまマニュアルに載っている、たった1行の文章のために、数年の期間を費やしている場合だってあるのです。

もちろんマニュアルは小説ではありませんから、誰でも楽しく読めるようにはなっていません。経験のない皆さんには理解できない単語もたくさん載っているはずです。またそうでなければ、意味のあるマニュアルとは言えません。あきらめずに、じっくり取り組む辛抱強さが必要です。

仕事を自分で順序立てる
毎日、定刻より30分早く来て、今日1日の仕事の段取りを頭の中でまとめておき、自分なりのチェックリストを作成しましょう。これを「TO DO LIST」といいます。昨日先輩に注意されたこと、命じられた仕事内容などを、優先順位をつけてまとめておく。そして、その優先順位に応じて仕事を効率よく行っていくのです。また、仕事が終わったら、今日習ったことを記入したメモに目を通して、それをまとめておきましょう。あとでやろうと思っていたら、一生できません。その場でまとめることです。

これをきちんと行えば、先輩から注意されたことを繰り返すことがなくなり、だんだん職場で認められるようになります。特に朝早く来て、メモをしっかり整理するといった態度を見せれば、先輩も一目おいてくれます。もっとも先輩によっては「そんなことをする暇があったら早く手伝え」というかもしれません。しかし、優先順位をつけないで仕事にはいると、頭が混乱して同じ失敗をしたり、先輩に命じられたことを忘れて、また怒られるという悪循環になりかねません。こんな場合は、喫茶店でコーヒーでも飲みながらチェックリストをまとめ、それから店に入るようにするとよいでしょう。

自分なりのマニュアルを作る
こうしたことをこまめにやるには、毎日の仕事の中でメモをとる習慣をつけることが大事です。先輩の話す言葉を聞き漏らさず、こまめにメモをとる。人によっては、メモをとると怒る人もいるでしょうが、そんなときは席を外した隙にとるとよいでしょう。

これを積み重ねていけば、自分なりのマニュアルが出来上がってきます。会社のマニュアルというのは、あるべき姿を書いてあるのですが、実際の店舗現場では違う手順でやっていたり、マニュアルが新しいメニューに対応していないこともままあります。そこで、現場に即した自分なりのマニュアルを作る必要があるのです。

それに、マニュアルというのは、仕事の手順を時系列で追った段取りを書いてあるのではありません。ですから、例えば開店作業ひとつとっても、朝、店に来たらどんな順番で、どんな仕事をするのがもっとも効率がよく、ミスも少ないのかといったことを、自分の経験が作り上げていくことが必要なのです。

失敗を重ねて身体で覚えていくものだといいますが、それでは効率が悪いし、1年後に皆さんが先輩の立場になったとき、後輩に合理的に教えられなくなってしまします。自分なりのマニュアルを持つことで、ノウハウの蓄積もできるし、先輩よりも効率の良い仕事ができるようになるのです。

ただ、私がいっているのは、マニュアルを守らなくてもよい、ということではありません。マニュアルに書いてある事柄は厳守すべきものです。要はその一つひとつの事柄を、作業を進めやすくするために並べる、つまり作業の手順書をつくることなのです。この点をくれぐれも間違えないで下さい。

新人の皆さんがまず配属されるのは、ほとんどの場合が店の現場です。現場の仕事に追われて勉強できない、と泣き言を言う人もいますが、それこそ本末転倒というものです。外食業においては、勉強する場は現場以外にないのですから。結局のところ、仕事が勉強になるかどうかは、皆さんの心がけ次第なのです。もっとも実際の仕事の中では、人付き合いや様々なトラブルもあるはずです。そこで気をつけるべき事柄を以下に述べてみましょう。

ステップ3 よい人間関係を築くには、仕事で頑張る以外にない
アルバイトと“友達”になるな
大学や高校を出て職場に入ったとき注意しなければならないのは、皆さんと年齢の変わらないアルバイトの存在でしょう。彼らとうまくチームワークを組んでいくことは大事なことです。しかし、年齢が近いからといって、一緒に遊んではいけません。なれなれしい口調で話をするのも慎んで下さい。休憩時間に趣味の話をすることもあるでしょうが、仕事が終わって一緒に飲みに行く、あるいはカラオケに行くなどは無用なだけでなく有害です。友人関係になったからといって、アルバイトがあなたの言うことを聞いてくれるわけではないのです。

あなたより前から職場にいるアルバイトは、仕事をよく把握しているし、あなたよりはるかに仕事ができるでしょう。先輩は仕事になれないあなたより、アルバイトを優先してしまうかもしれない。仕事で失敗するあなたをアルバイトが馬鹿にするかもしれません。

しかし、ここで怒ったり、腐ったりしてはいけません。わからないことがあれば、アルバイトにでも素直に聞く。そして、同じ失敗は2度と繰り返さないことです。いくら経験が長いといっても、アルバイトはしょせん仕事に真剣に取り組むという姿勢はないもの。あなたに真剣に仕事に取り組む姿勢があれば、すぐに仕事をマスターできるし、その気迫にあるバイトは圧倒され、あなたを尊敬するようになるでしょう。

そう、アルバイトとは友達になるのではなく、尊敬される存在にならなければならないのです。最初にも述べたように、外食の仕事は他産業と比べて不規則だし、遠方の店に配属されると学生時代の友人にも会えず淋しくなるものです。そこで年齢の近いアルバイトと遊びに行ったりするのですが、それでは仕事にけじめがつきません。自分に厳しくなることが大切です。

賭けごとは絶対やるべからず
それでは、先輩とどうつきあうか。これはちょっと難しい問題です。基本的にはあまりつきあう必要はありませんが、たまに飲みに行くことも必要でしょう。先輩から、あなたに対して何かコミュニケーションをとりたいという場合もあるからです。しかし、度の過ぎたつきあいは不要です。

また、絶対にやってはならないのは、賭けごとです。外食産業と呼ばれるようになっても、この業界にはまだまだ古い体質や習慣が残っています。「飲む、打つ、買う」の三拍子という人もいるのが現実の姿です。そんな悪い習慣に染まってはいけません。仕事の妨げになるだけです。波風立たないように、丁重に断ることです。

先輩とのつきあいに関しても、基本的にはアルバイトと同じです。仕事の上で認めてもらうことが、もっとも効率のよいつきあい方でもあるし、それがあなたにとっても役立つはずです。

“いじめ”は仕事で見返せ
案外多いのが、職場でのチームワークをめぐるトラブル、有り体にいえば“いじめ”の問題です。いじめは学校だけに存在するのではありません。多くの人間が集まれば、気が合う、合わないが出てきますから、これは必然的に発生します。まして毎日顔を合わせるのですから、会社を辞める原因にもなるほど深刻な問題になるのです。

職場においていじめに遭うのは、仕事を覚えるのが遅い、仕事の段取りが悪い、そのくせ理屈っぽい、というような人間です。ですから、この問題の克服策は、仕事に真剣に、そして素直に取り組むことしかありません。

よくいるのが、失敗をして叱られたときにニヤニヤする人間。こういうのは絶対にいけません。失敗をすると、人は恥ずかしいので照れ笑いをするものですが、これは真剣味がないと受け取られてしまいます。失敗したら、素直に、そして真剣な顔で「すみませんでした」と詫びる。言い訳はしない。そして同じ失敗は繰り返さない。これさえ守っていれば、あなたはいじめに遭うことはありません。もし、いじめに遭っても、仕事で見返してやるという意気込み、気迫を持って下さい。

以上、皆さんが外食産業に入ってやるべきこと、現場で直面する出来事と克服策について述べてみました。おそらく、あなたは数多くの同期生がいるでしょう。いまはスタートラインに立ったばかりですから、みんな横並びの状態ですが、私が述べたようなことを守るか守らないかで、いずれ大きな差がつくはずです。早く店長になれる人、そうでない人がはっきりと分かれてくるでしょう。

どうしたら、同期の中で早く頭角を現すことができるか。これは仕事に積極的に取り組むこと、わかりやすくいえば、“便利屋になる”ことです。

同期の仲間より仕事が早く、完璧にこなせるようになると、仕事は山のようにくるし、先輩から仕事以外の用事を頼まれることもあります。すなわち、“こき使われる”わけですが、ここでいやな顔をしてはいけません。笑顔で限界まで頑張ってみることです。

同期の仲間と差をつけるには、秘策といえるようなものはありません。ひとつあるとすれば、他人より早く仕事を覚え、それを完璧にするということ。そのためには、数多くの仕事をこなすしかないのですから。

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