価格競争時代に打ち勝つ連載 第0回(商業界 飲食店経営1994年1月号)

低価格シュミレーション損益分岐点

「シュミレーション」ファーストフードのケース

品目数を半減(50から26品目へ)、売価を20%OFF(主力商品250円を200円)にして、コスト構造はどう変わる?

「メニュー削減による経費的効果」

本来限定メニューで生産性を追求する筈のファーストフードが、商品開発競争の課程で失ってきたものは大きい。メニューの種類がドンドン増え、効率的オペレーションとはほど遠いものになっている。カンフル剤的なディスカウントプロモーションという堂々めぐりの悪循環を断ち切るためにも、いまこそ、本当の安さ作りに取り組むべきだ。絞り込みでどういう変化が起きるか、シュミレーションを試みた。

今、ファミリーレストラン業界では、すかいらーくグループのガストとバーミヤンの話題で持ちきりである。ガストではメニュー数を料理で35品目、その他で32品目、合計で67品目。バーミヤンは料理が32品目、その他で27品目、合計で59品目に絞り込み、コストダウンをはかり値段を下げ、客数を向上させ、売上を上げている。特に売れ筋のハンバーグステーキ、ラーメン、餃子の販売個数が一日当たり、150‾300個も出るのである。こんなに売れ筋がはっきりしたのはファミリーレストランでは初めてである。売れ筋が決まっている為に、作業効率が上がり、メニュー提供時間は早くなり、客席の回転も良くなっている。

販売品目を売れ筋の物に絞り、作業を単純化し、それにより可能になるコストダウンで、売値を下げたお値打ちメニューを出し、売上を大幅に延ばすというのは、ファーストフードの定石なのである。40年ほど前にそれを具体化し、12、000店の巨大チェーンを作り上げたのはマクドナルドなのである。

1971年5月に銀座に第1号店をオープンしたときのマクドナルドのメニューは表1、2のNO.1である。メニュー数は19品目にすぎない。それが現在ではNO.2の様に約50品目に増加している。品目数は店舗によって異なるが、ある実験店舗では何と70品目以上もあるのである。つまり、現在のファーストフードはメニューを絞り込んだファミリーレストランよりメニュー数が多いのが現状である。この状況は米国のマクドナルド社も同様であり、メニュー数は年々増加している。

お客様のニーズに答える為にメニュー数が増加したのであるが、その結果どうなったであろうか?ガストに行くと530円でハンバーグステーキとご飯が食べられる。そして後180円出すと、コーヒー等の飲物が飲み放題になるのである。710円で腹一杯になるのである。マクドナルドに行って腹一杯になろうと思ったら、380円のビッグマックとMサイズのコーラ170円、フレンチフライ240円合計790円必要なのである。

現在では完全に値段が逆転しているのである。お客様はどちらに価値を感じるのであろうか?あなたはどちらに行くのだろうか?勿論、マクドナルド等のファーストフードはディスカウントクーポンを実施しており、15%程安くなるのは事実である。しかし、ガストでは誰でもいつでもその値段で食べられるのである。ファーストフード業界は数年前に390円セット等のディスカウントを実施した。しかし、競合が追随し、結局売価を下げる事を中止し、メニューの多角化に走ったのである。これは、ディスカウントその物が失敗したのでは無く、ディスカウントしても利益を出せるコストダウンを実施しなかったからである。

調理作業の標準化とメニューの絞り込みは、従来ファーストフードチェーンの最も得意とする所であり、それにより、メニューを絞り込み、売価を下げ、数品のメニューで売上の殆どを占める事により、効率を上げ高収入を上げていたのである。メニューを絞り込む事により、売れ筋の商品の売上に占める比率は最も高い商品で、20%を占めるまでになっているのである。その為、商品を事前に作り置きする事が出来、商品の提供時間が早くなり、テイクアウトのビジネスが成り立つのである。マクドナルド社の平均売上は月間2000万円といわれているが、ファミリーレストランより狭い店舗でそれを達成出来るのは、メニューを絞り込む事により、商品の作り置きが出来、お客様を待たせないからである。

ハンバーガーチェーンの厨房内では熟練した調理人は全く必要がない。食材は全て、原材料メーカーで必要なポーションサイズに加工され、店舗では全く加工する必要がなく、グリドルやフライヤーで加熱調理するだけである。包丁やまな板は存在しないのである。レタス等の野菜も洗浄殺菌され、カット後袋詰めされ店舗に搬入される。ソース類も事前に調合され、カートリッジに詰められており、店舗ではソースガン等で、ワンポーションづつディスペンスするだけである。

ハンバーガーチェーンは厨房機器が進んでいるだけでなく、厨房機器の特性に合わせて、精度の高い食材の品質管理をしているのである。例えば、ミートパティの設計誤差は何と±0.1mmなのである。それを焼く両面グリドルの間隔調整誤差は同じく0.1mmなのである。この、機械と商品の品質管理をしっかりしないとどうなるかと言うと、昨年の3月に米国のジャック・イン・ザ・ボックスで発生した食中毒になってしまうのである。

これらの原材料と、厨房機器の開発によりファーストフードの生産性は大変高くなり、商品の販売価格を抑える事が可能になったのである。ところがバブルの時代に、メニューの多角化という事が言われだし、洋の東西を問わず、各ファーストフードチェーンはメニューの多角化に乗り出したのである。また、新メニューの開発に当たって、販売価格の低い物でなく、利益の高い、売価の高いメニューを目指したのである。その為、バブルが去り、お客様が商品の価値に目を向けるようになると、前年の売上を達成出来ず、苦戦するようになったのである。これは、ハンバーガーチェーンのみならず、フライドチキンやドーナツチェーンも同様である。バブルの時代に、メニューの多角化と、メニュープライスゾーンを上げた事による反動が出ているのである。

では、ハンバーガーショップで、ある仮説の数字をいれて、メニューの絞り込みと値下げをするとどうなるかシュミレーションしてみよう。

<1>設定条件

絞り込み前絞り込み後
立地条件駅前一等地駅前一等地
月間平均売上1800万円1800万円
店舗面積50坪40坪
厨房、倉庫面積25坪15坪
客席面積25坪25坪
保証金(坪80万円)4000万円3200万円
家賃(坪3万円)150万円120万円
内外装費坪当たり80万円70万円
4000万円2800万円
厨房機器2000万円1500万円
金利6%6%

メニューを絞り込む事により、客席面積は変わらないが、厨房の機器を減らせる事と、原材料の種類が減少する事により、厨房、倉庫面積がが大幅に減少する。そこで、厨房と倉庫を10坪減少出来る事とした。また、客席も現在のファーストフードは過剰設備であるが、お客様はそれによって満足感を得ているのではない。お客様にとっては、十分なスペースと、清潔な店舗、心地の良い、空調設備があれば十分なのである。内外装費を坪当たり10万円下げる事とした。

<2> メニューを絞り込む事と、値下げによる原価率の数値の変化

表3が値下げ前、表4が値下げ後である。

合計原価率とは各アイテム(売上構成比×原価率)の合計に100を掛けた物である。条件サンドイッチは平均20%の値下げをする。デザートは値下げをしない。飲物は8.3%値下げをする。値下げ後のメニューの構成比は変わらない物とする。 メニューの絞り込みにより、商品の作り置きの保管時間オーバーや、原材料の保管期間オーバーによる商品ロスが1%減少する物とする。結果原価率は31.91%から、35.93%に上昇する。

<3>値下げ前後の損益分岐点の試算、表5が値下げ前、表6が値下げ後

損益分岐点の算出は、損益計算書の各経費を、毎月売上に関係なく固定的に発生する固定費と、売上に比例して発生する変動費に分ける。次に固定費の総額と、変動費の総比率を計算する。100から変動費を差し引くと固定費率が出る。固定費総額を固定比率で割った物が、損益分岐点である。損益分岐点が低い方が売上が延びたときの利益高が高く、低くなっても赤字額が少なくなるのである。

表5の値下げ前の損益分岐点試算では固定費合計は、6,900,000円、変動費合計 54.95% になるので、損益分岐点は 6,900,000円÷45.05%=15、316、315円となる。

次に値下げ後の損益分岐点を見てみよう。

表6の値下げ後の損益分岐点試算では、固定費合計は、5,980,000円、変動費合計 55.43% になるので、損益分岐点は 5,980,000円÷44.57%=13、417、096円となる。

<4>値下げ後の各経費の条件

1)人件費、P/Aメニューの種類を絞り込みした事で、P/Aに対するトレーニング時間の短縮が可能になる。在籍のP/Aの人数を50人とすると、退職率による回転数を2回転とし、年間100人のP/Aのトレーニングが必要になる。メニュー数を24品目絞り込んだと仮定すると、一人当たり、1メニュー、1時間のトレーニング時間が必要として2、400時間のトレーニング時間の短縮になる。時給900円とすると、216万円のコスト削減となる。これは売上1800万円にすると、1%の削減になるのである。また、メニュー数を絞り込む事で、作業の生産性が向上するので、2%の人件費が削減出来るとすると、合計3%の削減が可能である。

*チェーン展開している場合、商品開発や、広告宣伝費、資材購入、資材の品質管理、新マニュアルの作成費等にかかる本社の人件費はかなりの物になる、メニューの絞り込みによりこれらの人件費も削減出来るとすると人件費の合計削減額はかなりの物になるであろう。しかし今回はこれらの費用は計上していない。

2)人件費、社員社員の人数は、3人。月額、それぞれボーナス、社宅、福利厚生費、社会保険料等込みで、50、40、30万円とする。合計で、120万円であるが、これにメニューの絞り込み前で20万円の残業、後で10万円の残業代が発生するとする。メニューの絞り込みで、発注や在庫管理、P/Aのトレーニング時間等の作業が短縮される為である。

3)広宣販促費テレビのコマーシャルをやっている時には、販売メニューの絞り込みにより、コマーシャルの作成費や、販売促進用の資材の削減が可能である。ここでは定額とし削減していないのは、メニューの値下げを訴求する為に、作成費の削減分をメニュー値下げ訴求用に使用する為である。メニューの値下げをしてもそれを告知し、値下げ分以上の客数を増加させないと、客単価が下がった分、売上が減少するだけなのである。値下げの時に大事なのは、値下げをより多くのお客様に告知し、新規のお客様を獲得し、客数を向上させる事なのである。

ファーストフードで最も大事なのは、広告宣伝と販売促進である。メニュー、運営方法、立地が如何に優れていても、テレビによる絨毯爆撃的な広告宣伝がなければ成り立たないのである。メニュー数を絞り込む事により、TVで売れ筋メニューのコマーシャルを頻繁に流し、メニューの知名度を上げ、売れ筋メニューを更に売れるようにする事が可能となるのである。

4)水道光熱費メニューを減らす事により、グリル、フライヤー、ドリンクマシン、の減少が可能である。調理機器は使用していなくても、一定の温度に保つように時々燃焼したり、通電して加熱と冷却をしているのである。機器を減少させる事により、無駄な水道光熱費を削減出来るのである。また、グリル、フライヤーを削減すると、排気風量を減少する事が出来るので、空調に対する負荷を落とす事が出来る。その為、電気代の削減と、空調機、排気ダクトの設備コストを下げる事が出来る。厨房、倉庫の面積を10坪削減する事により、照明と空調の電気代も更に削減が可能である。ここでは、合計で12万円の削減をした。

5)修理費厨房機器の数が減少する事により、4万円減額する。

6)消耗備品費メニュー数が減少すると、調理に使用する備品の数が減少し、さらに消耗品の数も減少するので、9万円減額する。

7)雑費メニュー数の減少により、雑費の費用も減額出来るはずであるが、ここでは変動費として減額しない。

8)家賃面積が減少する事で、30万円の減少となる。ここで大事なのは、メニューの絞り込みという合理化で、厨房倉庫の面積のみを削減し、客席は削減しないという事である。メニューの絞り込みと、販売価格を下げる事による効果で、客数が増加する場合には、客席の増加も考えなければならないかもしれない。客席を拡張する事を前提に、倉庫や厨房の構造レイアウトを、設計する事が必要である。さもないと、客席増設の際の費用が高額になるのである。

9)減価償却費店舗建設コストは、絞り込み前で坪当たり80万円、50坪。絞り込み後で坪当たり70万円、40坪とする。前4、000万円、後2、800万円となる。

厨房機器と設備の投下コストを前、2、000万円、後1、500万円とする。

仮に10年間の均等償却とすると、前50万円、後36万円となる。

10)金利年、6%とする。保証金坪当たり100万円とすると、前5、000万円、後4、000万円となる。合計の投資額は、前1億1、000万円、後8、300万円となる。月割り、前55万円、後、42万円となる。

<結論>メニューの絞り込みとコスト削減を同時に実現すると、上記の試算のように、利益で84万円増額し、損益分岐点は189万円も下がるのである。これは、メニューの絞り込みだけではなく、販売価格をメインのサンドイッチで20%も下げても可能なのである。勿論、メニュー価格の下げ幅がアイテム別に異なるので、構成費が変動する可能性もあり、その試算もしなければならないが、少なくとも損益分岐点が上昇する事はないように経費をコントロールする事は可能である。

こんな事をいうと、「それは机上の空論だ、実際の世の中はそんなに旨く行くはずがない」とおっしゃるであろう。しかしそれを可能にしようというチェーンが出現しているのである。

米国において、ファーストフードチェーンは日本と同様にメニューの多角化により損益分岐点を上昇させ、さらにどの客層をとるのかの、マーケットセグメンテーションを忘れてしまっていた。そこに出現したのが、徹底した低価格とメニューの絞り込みを実施して大成功したタコベルである。

そのタコベルが一昨年40店ほどの店舗数の小規模のハンバーガーチェーンのホット&ナウを買収し、昨年は120店ほど急速に展開をはかっているのである。そのメニューが表1、2のNO.5である。メニュー数は21と日本に進出したばかりのマクドナルドと殆ど同数である。そして、メニュー価格を見てもらいたい。マクドナルドの値段より30%も安いのである。

店舗の形態は、ドライブスルーのみで、客席はない。ドライブスルーはシングルブースのダブルレーンである。昨年ある田舎の店舗で昼のピーク時に購入してみて驚いた。10台くらい並んで、平均のサービングタイムが20秒なのだ。現在のドライブスルーチェーンの中でも最も早いと思う。マクドナルドでも平均40秒位がやっとなのである。厨房でも特別な機器を使用しているわけではない。秘密はメニューの絞り込みと、低価格で多くの客数を捌く。これだけである。今後急速にチェーン展開する物と思われ、目が離せないのである。その他、ラリーズ、チェッカーズ等のドライブスルーのみのチェーンが急速に展開しており、大手ファーストフードチェーンもその対応をせざるを得ない状態だ。

日本でも、低価格路線で、ドムドムがじわじわと売上を延ばしている。これはダイエーグループの、エブリデー・ロー・プライス路線の実践である。ドムドムの課題は、この低価格路線をどうやってお客様に伝えるかという、広告宣伝上の戦略ではないかと思われる。

また、昨年、西武グループと提携し日本に進出したバーガーキングの動きも注目する必要がある。特に、表1、2のNO.4の様に、メニューを22とマクドナルドが日本に進出した時と殆ど同じ数の絞り込みである。ワッパーの値段は380円とビッグマックと同じであるが、肉の量は25%程多く、更にトマトと生オニオンが加わっても同じ値段であり、お客様にはかなりの価値感を与えているようだ。実質的にマクドナルド社より20%位価格を低く感じさせるメニュー構成である。メニューを絞り込む事により、マクドナルドより厨房面積を小さくし、展開可能なロケーションを増加させる戦略は今後目を離せないのである。

このように、ファーストフードの業界も冷静に、数字を分析し、メニューの絞り込みと販売価格の低下を実現させ、これからの厳しい価格戦争の時代に対応しようとしているのである。「そんな事出来ないよ」と一言いう前に、冷静に数字を分析する必要があるのではないだろうか。

表 3 値下げ前
メニュー群平均売価売上構成比原価率原価構成比
サンドイッチ250円50%35%0.175
デザート200円20%30%0.060
ドリンク180円30%21.5%0.0645
商品ロス...0.02
合計原価率...0.3195
表 4 値下後
メニュー群平均売価売上構成比原価率%原価構成比
サンドイッチ200円50%43.750.2188
デザート200円20%30.000.060
ドリンク165円30%23.500.0705
商品ロス...0.01
合計原価率...0.3593


.

表5 損益分岐点試算表 値下げ前
固定費変動費 %
売上高18,000,000.
食品原価.31.95
紙製品原価.4.00
人件費P/A.16.00
人件費社員1,400,000.
広宣販促費740,000.
水道光熱費810,000.
修理費160,000.
消耗備品費360,000.
雑費.3.0
家賃1,500,000.
減価償却費500,000.
金利550,000.
その他費用880,000.
利益(1,209,000)( 6.72)
表6 損益分岐点試算表 値下げ後
固定費変動費 %
売上高18,000,000.
食品原価.35.93
紙製品原価.3.50
人件費P/A.13.00
人件費社員1,300,000.
広宣販促費740,000.
水道光熱費690,000.
修理費120,000.
消耗備品費270,000.
雑費.3.0
家賃1,200,000.
減価償却費360,000.
金利420,000.
その他費用880,000.
利益(2,042,600)(11.35%)
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