(商業界 飲食店経営2002年2月号)

これからの新入社員に求められる資質

先日、年に70店舗、年率50%と言う急成長をしている企業の中途採用面接を見学しました。20名ほどの方の前で社長は就職希望者に質問を開始していきます。まず、この会社に入ったらどんな仕事をするかと言う質問です。この会社はもう150億円を超えようと言う規模になりますが、和洋中と言う10種類以上の店舗形態を持っており、業態開発力ではダントツの力のある企業です。その為か、彼らの殆どの希望職務は企画でした。就職希望者の多くは女性の方で、外食企業以外の職に就いている方も多いようでした。

Aさんという女性の方は店舗設計の仕事をしており、この企業で新店舗の店舗設計をしたいという希望でした。社長は「では、いま外食店舗の設計で有名な方を3名挙げてください」と質問をしました。彼女は応えられませんでした。社長は「いまの外食のトレンドを引っ張っているデザイナーは3名しかいません。それをしっかり知らないとデザインなんか出来ないですよ」と丁寧に説明していました。

社長は東京の最先端のファッショナブルな店舗のデザイナーをそらで言えますし、それぞれの過去の仕事もさっと出てきます。筆者と前日は、夜に新業態の立ち飲み屋でばったり出会い、その日も、朝から一緒にパン屋を見ようと数軒のお店を歩いていました。察するに一日に5件以上の新店舗を見学し、料理の味見だけでなく、それぞれのデザイナーの仕事を見ているのでしょう。

Bさんという女性は、スペイン料理の新業態の企画をやりたいと言いました。同社は来年早々に大型の300席のスペイン料理を開業するからです。社長は彼女に「何故スペイン料理が良いのですか?」と訪ねました。答えは「スペイン料理は魚も多く、日本人になじみやすいし、フランス料理のように洗練されていないけれど、素材が素晴らしいからです」と応えていました。確かにスペイン料理は魚が多く、日本人に馴染みのある味です。でも社長は「スペイン料理と言うと町の魚料理の一般的な料理を紹介する場合が多いけれど、これから目指すスペイン料理は違うんですよ。いま、世界のフランス料理のお店はスペインのある有名なお店を目指して料理を変えつつあるのですよ。スペイン料理というと魚しかない原始的な料理だと思うのは大間違いです。」と指摘しました。そして「世の中、情報が氾濫して、テレビ,本などであたかも自分で食べたかのように錯覚し、全て分かったと思う人が多いけれど、やはり現地を歩いて本当にそうなのか自分の目、舌で確認しなければいけませんよ」と実際に食べ歩く重要性を強調していました。そういえば2ヶ月ほど前にその社長はスペイン食べ歩きをして、新規店舗を開店し、洗練された料理の実験を開始していたのです。

Cさんという女性もやはり、スペイン料理をやりたいと言いました。社長の質問は「例えば、30坪のお店があるとすると、総投資額はおおよそ幾らで、利益はどのくらいですか?」と質問を投げかけました。その女性の方は全く費用を言うことが出来ませんでした。次に社長はでは「貴方はそのお店を自分の親の家を担保にしても開業しますか?」と鋭い質問を投げかけました。答えは沈黙でした。社長は「よく、会社でこの業態をヤリましょうという人が多いのだけれど、実際に自分で投資してやるかと聞くと殆ど黙ってしまう。自分で投資できない新業態をどうして会社で出来るのだろうか?」と厳しい経営者の視点を紹介してくれました。

男性のDさんは米国で寿司職人をしていました。質問の「どんな寿司屋を経営したいのですか?」に対して「寿司だけでなく、つまみのおいしい料理を出したい。米国のNOBUのような格好の良いお店を希望します」と応えました。社長は「最近、ある気合いの入った寿司屋を気に入っています。そこは小さなお店ですが、従業員のサービスが良いのです。最近は脱マニュアルという言葉は良いのですが、気の抜けたサービスが気になります。気合いの入っていない寿司屋はわさび抜きの寿司と同じなのです。でもこの店は大きなハキハキとした応対をします。さて、この親父が言ったのですが、自分が死ぬ前に出す寿司は****だと言いました。その寿司は何ですか?」その人は「大トロ」他の数名も、高価なネタを言いました。

社長は「答えは、コハダです。7種類位の近海物のネタを出すのが江戸前寿司で、その中でもコハダを食べるとそのお店の評価が出来るのです。それが寿司屋の親父の心意気なんですよ。大体マグロ、大トロなんてつい最近寿司に加わった物です」と寿司の蘊蓄(うんちく)を語ってくれました。

その中途面接の前に社長とベーカリーカフェ業態の勉強をして、数軒のお店を見て回っていました。ベーカリーをスクラッチ(粉から)作るのは大変時間と労力が必要です。そこで最近ではS社のベーカリーレストランのように、冷凍パンを使いアルバイトでも簡単に焼きたてパンを作ることが出来るようにしたチェーンが増えてきました。しかし、冷凍パンを供給する企業が少ないので、原材料コストが高いと言う問題があります。また、ベーカリー機器は飲食業の厨房機器と異なり値引率が低く、実質的な総投資額は大変高価な物で小型のベーカリーカフェは採算が合わないのです。また、厨房の規模もある程度必要で小型のベーカリーカフェを作ると客席がなくなります。

冷凍パンと言っても、全く職人が不要なのではなくある程度の経験のある職人が必要なのです。冷凍パンは冷凍生地を解凍、発酵させ、オーブンで焼くのですが、生地の種類、パンの大きさ、具の量により、発酵の条件やオーブンの温度時間を変更しなくてはなりません。種類ごとの焼き上げ温度などを変更するために、一度にある程度の量を焼き上げます。そのため、店舗に並ぶパンの種類が少なくお客様をがっかりさせることになるのです。そこで、ある食品メーカーが低価格の発酵器と焼き上げる際に使用する小道具を開発し、複数の大きさや、異なる生地も同時に焼き上げられるように工夫を凝らした、低価格で、小型のパートのみで運営できるお店を開発しました。

その食品企業が開発し密かに実験をしている、低投資店舗の見学に連れて行ったのです。チェーン展開を考える場合にはパートアルバイトでも出来るシステムが必要不可欠だからです。社長はお店を訪問すると店舗を一瞥し、全ての商品を買い込みました。帰りの車の中で全ての商品を食べながら、「商品はまあまあだけど、商品の見え方、デザイン、彩りが悪いね。スコーンもきめが細かくて素晴らしいのだけれど、あまりきめが細かすぎて、手作り感がありませんね」と鋭い指摘をしました。そして、「大手ベーカリーレストランなどの冷凍パンの仕組みは素晴らしいのだけれど、いったんお客さんが冷凍パンを使っていると知ってしまうと、それだけで離れてしまうんですよ」と顧客の心理を分析してくれました。勿論、既存のスクラッチのお店の欠点は規模が大きくなることは十分承知の上の発言でした。そして、帰り道に最近開店した新しいパン屋を見学に行こうと言うことになりました。それはなんと15坪ほどの小さなお店で、スクラッチで作っているパン屋です。ベーカリーショップというとフランスやヨーロッパから来たというイメージを出すために、洋風の格好の良い造りにするのが普通です。味もフランスパンをターゲットにしていますが、パンも日本にそろそろ根付いて、和風のパンも人気が出てきています。そのお店はなんと、和風の暖簾を掲げ、店内入り口に設置してある猫の額ほどのショーケース(寿司ネタのケースを流用)で少量他品種を並べていました。味もフランス風の小型のパンをベースに高菜、ひじき、ゴルゴンゾーラチーズ、ウインナーソーセージ、等和洋折衷の独特の味付けです。

店内を除いてびっくり、厨房にはカッティングテーブル、計量器、ミキサー、簡易型の発酵器、中古のオーブン、が並んでいるだけ。それでこれだけの種類のパンを作るとは、びっくりしました。そして社長は「お客さんは洋風の造りと味に飽き飽きしているんですよ。こんな格好の良い暖簾の入り口と、鉢巻きとサムイを着こなしたまるで寿司屋の職人のように気合いの入った職人が活気を出している店に惹かれるのですよ。」とデザイン面からその店の魅力を語ってくれました。そして社長の目を惹いたのが、低コストで狭くても済むお店作りです。更に大きなポイントは「社員を集める場合、冷凍パンでは集めにくいのですよ。最近は本格的な料理にあこがれている人が多く、彼らはチャレンジのし甲斐のある調理方法に魅力を感じるのですが、それが冷凍パンではがっかりしてしまうんですよ。勿論、パンをスクラッチで作るのは経験が必要なので、パン道場を作って、研修をしっかりさせることが必要ですが、それも格好が良いじゃないですか。最近は学校でちゃんと仕事のあり方を教えていないから、パンの作り方だけではなく、礼儀作法、挨拶の具体的なやり方迄教えたら面白いじゃないですか」とさらさらと、事業計画を練り始めました。数ヶ月後にはこの新業態のコンセプトが出てくることでしょう。

次にびっくりしたのは途中でよった自社の新コンセプト店舗。昼時で大繁盛、開店したてで従業員の料理が間に合わず、お客さんの熱気に押し負けていました。社長はそのまま厨房に入り込むとフライパンを振り、あっという間に料理を作り出しました。従業員が社長が急に厨房に入ってきたから迷惑がるかと思いましたが、リーダーが突如現れ忙しい中を手伝ってくれるので、うれしくなったのか急に元気になりお店に活気があふれてきて、お客さんの勢いの負けないようになりました。

中途入社希望者とのそんな和やかな質疑応答やベーカリーショップ見学、新店舗の調理指導から分かるのは経営者の求めている社員像です。経営者は自分に取って代わる優秀な人材を求めているのです。社長のように、ファッションから、店舗デザイン、レストランのトレンド、外国料理のトレンド、食の文化、サービスとは何か、そして必要なら調理場で何時でも陣頭指揮できる調理能力、迄、幅広い実務経験をもつ人を企業は求めています。これからの外食企業に必要な社員の能力は料理やサービスは勿論のこと、バランスのとれた経営者としてセンスなのです。具体的には人、物、金を管理し、店舗のQ(品質)S(サービス)C(クレンリネス)を最大限に高めて売上を上げ、最大限の利益をもたらすことです。そのためには幅の広い知識を身につけなくてはいけないわけです。

新卒の皆さんはこれからそれらの知識、技術を身につけなくてはいけません。その際に必要な注意点を幾つか見てみましょう。

1)明確な目標とキャリアプランと自分の知識の棚卸しをする
これからの社会は学校を出てから一つの企業に勤めきるという終身雇用の時代ではありません。今年は、不景気や狂牛病の発生の為に老舗企業が脱落を始めるという外食チェーンの淘汰の時代にさしかかっています。例えば、小売業のジャスコの子会社であったレッドロブスターが親会社の不振等により、最近店頭公開をして元気いっぱいのレインズインターナショナル(牛角等を経営)に買収、カスミストアー子会社のココスが事業再編の為に、牛丼のゼンショーに買収、小売業長崎屋の倒産により子会社のIHOPが焼き肉のビストロゼンショクに買収、中堅のハンバーグレストランハングリータイガーは殆どの店をタスコシステムズに売却、そして老舗中の老舗、西洋フードシステムズ(元、レストラン西武)がファミリーレストラン部門を売却するだけでなく給食部門をイギリス資本の大手給食会社コンパスに売却、と言う大きな変換期です。

皆さんも転職せざるを得ないことを予測して、自らの価値を高める能力アップを心がけなくてはいけません。まず、何年でどの職位につくか明確な目標を立てます。先輩がどの位の期間でその地位に上がったかを調べ、必要な技術知識を明確にしてそれを積極的に学びます。そして常に自分のたてたゴールに予定通りの時間で到達しているかこまめにチェック。もし予定より大幅に遅れていたら、自分のやり方が悪いのか、会社が貴方をきちんと教える気がないのかを判断し、後者であればなるべく早くトレーニングをしっかりしてくれる会社への転職を検討しましょう。そのためには常に業界の動向にも目を配っておく用意周到さが要求されるのです。

2)会社で学ぶこと
店のマニュアルをじっくり読ましょう。マニュアルというと、無味乾燥な文章が印刷された面白くもなんともないものと思うでしょう。しかし何度も読むと、スルメのように”味が出てくる”ものです。マニュアルというのは、その会社の創業者、あるいは数多くの先輩が過去から積み上げてきた、経験則の集大成だからです。いまマニュアルに載っている、たった1行の文章のために、数年の期間を費やしている場合だってあるのです。

しかし、会社の規模が小さくマニュアルの整備が出来ていないから勉強できないとがっかりすることはありません。マニュアルは印刷していなくても、社長や先輩の頭の中に入っているのです。先輩や経営陣の一言一言をメモに取り整理をしましょう。そして分からないことがあったら積極的に聞き、それを整理していきます。生きたマニュアルの方が死んだ立派なマニュアルよりも有益な場合が多いのです。

3)情報収集のコツ、整理の仕方について
情報の収集の方法は、紙、インターネット、現場、人、の4つです。外食の現場は労働時間が長くてなかなか勉強が出来ませんが、寝る時間を惜しんでじっくり勉強をするかどうかで10年後の貴方のキャリアと年収が変わるのです。

<1>紙
紙とは、まず新聞です。新聞は経済面に強い、日本経済新聞、日経流通新聞、を最低限読みます。新聞により情報収集量は大幅に変わります。記事の内容だけではなく、新聞広告の多くは雑誌、書籍であり、新聞社により広告に載る雑誌、書籍が異なるので情報量が大きく変わってくるのです。

次に飲食店経営などの専門誌。その他に週刊や、日刊の外食情報誌がありますが、比較してどの専門誌が自分の仕事に適するか判断します。入社後にはこれから発行される専門誌を読むだけではなく、過去のバックナンバーを見て必要な情報を勉強すると先輩の話についていけるようになります。

<2>インターネット
インターネットを駆使しましょう。飲食店に就職すると朝早くから、夜遅くまで働くことが多くなかなか自分の時間をとることが出来ません。夜遅く情報を集めたり、意見交換をするにはインターネットは必要不可欠ですね。この分野では筆者のHPを有効に活用しましょう。

<A>http://www.food104.com/ は週刊Food104 フードビジネス総合マガジンのサイトです。

このホームページは色々なジャンルを網羅してあるのですが、今回は情報の収集という観点で見てみましょう。最初のページ http://www.food104.com/ を開けてみましょう。

ここでは食ビジネスサイト総合リンク集 をクリックし、移動したページに外食イベントと言う項目があります。

http://www.food104.com/event/index.html には

国内情報、 日本フードサービス協会、大阪料飲経営協会、専門雑誌各社、フードケータリングショー、ホテルレストランショー、東京ガスの外食支援ページTask、等を網羅しています。日本フードサービス協会のホームページには最新の外食業界の売上げ動向が出ていますので、時々見て参考にしてください。

Taskは写真入りの詳細な米国情報や調理機器情報を掲載しています。国外情報では米国を中心としてNational Restaurant Association米国レストラン協会やRestaurants Institutions、Nation’s Restaurant News、を閲覧すれば米国情報は完璧です。

<B> http://www.sayko.co.jp/ は私の原稿を載せた物です。

http://www.sayko.co.jp/search/index.htmlでは

検索ができ、わからない言葉を入力すれば関連の記事を検索できるようにしています。

また、単なる用語であれば外食用語辞典を用意しています。

http://mm.food104.com/dic/index.html

ここではマネージメントと調理機器の分野で400語ほど網羅しています。

私の長い外食の経験から新入社員の勉強方法を詳細に述べたのは

http://www.sayko.co.jp/article/shibata/95/95-04.html
http://www.sayko.co.jp/article/shibata/96/96-04-1.html
http://www.sayko.co.jp/article/shibata/98/9804.html
http://www.sayko.co.jp/article/syogyo/insyoku/98/98-05-2.html

です。

なお、筆者へのご質問は oh@saykonet.or.jp にメールを出してください。

<3>店舗見学
次に、自社チェーンの他店や、競合店舗の見学が必要です。訪問するだけでなく必ず現場の責任者の話を聞くという積極性を持ちましょう。外から見るだけではわからない、とっておきの話を聞けることがあるからです。そして社外の友人を作りましょう。社内の同僚はある意味では競争相手です。同僚と愚痴などで慰め合うのは無駄です。社外の情報交換相手を開発しましょう。

<4>人:専門家
人とは、専門知識を持った人のことです。専門誌や繁盛店を見てもよくわからないときがあります。その時には専門家に聞きます。専門家とは難しい話をする人ではなく、難しい話を素人でもわかりやすく相手に会わせて説明できる人のことなのです。筆者は何か新しい事を勉強するときには、まず自分でやってみて、本を読んで悩んでから専門家の話を聞くことにしています。自分で実際に悩んでから専門家の話を聞くと解決方法を見いだせることができるからです。何にも下調べをしないで専門家の話を聞いても親切に教えてくれませんが、こちらが真剣に悩んでいると懇切丁寧に教えてくれる場合があるのです。

著書 経営参考図書 一覧
TOP