食品の危機管理(商業界 飲食店経営2001年11月号)

米国マクドナルド社は経済低迷に悩んだ80年代にリエンジニアリング革命の理論に基づいて確立されたタコベルの低価格戦略を徹底的に研究し、バリューミールという低価格戦略を編み出し、日本の平日65円ハンバーガーを生み出した。 マクドナルド社はグローバルパーチェシングという全世界から最も価格の安い商品を仕入れ、サテライト店舗をアルバイトだけで運営させるなどの低人件費の手法、等、徹底した合理化により低価格を実現した。そして、現在世界の外食チェーンのトップ企業として君臨しているわけであるが、その巨大なマクドナルドの経営に変調の兆しが見えてきた。それは数年前からヨーロッパ特に、イギリス、フランスで発生している狂牛病による、牛肉離れによる売上と利益の低下である。日本でも狂牛病の発症のニュースが伝えられ、それがヨーロッパと同様な売上の低下を予測させ、米国マクドナルド社の株も低下してしまった。勿論日本企業でも、吉野家等の牛肉を扱う会社の株価に影響を出している。

マクドナルドなどのファーストフードは1982年以来、食中毒等の食品安全問題で困難に直面しているが、その食品関係の事故の歴史を振り返ってみよう。

1982年にオレゴン州やミシガン州のマクドナルドで販売されたハンバーガーによる食中毒が発生した。CDC(米国防疫センター)ではその原因が腸管出血性大腸菌o-157による物であると発表し、翌日からマクドナルドの売上は30%も低下し、当時の牛肉離れというトレンドも影響し、本格的に売上が快復するのに10年ほど必要であった。しかし、当時はまだ、o-157による食中毒は本格化しておらず、その後の外食産業での発生は少なかった。

この事件以後は食中毒と言うよりもハンバーガーなどの脂肪の多い食事は健康に問題があるのだという消費者の抗議の方が増えてきた。特にマクドナルドはフレンチフライの揚げ油に牛脂を使用しているがそれが、体に良くないのだという消費者の非難を浴び、揚げ油を植物油脂に変更したり、各商品のカロリーや、塩分、脂肪分の表示を行うようになってきた。 1993年にはワシントン州シアトルでジャックインザボックスのハンバーガーを食べて発生したo-157の食中毒では、700人以上が感染し、200以上が入院し、4名が死亡した。これを契機にo-157による食中毒が注目を浴び、外食産業でHACCPと言う衛生管理システムを導入し、衛生管理を強化するようになった。衛生強化の中でもo-157による食中毒は多発し、97年7月にはバーガーキングにミートパティを納めていたメーカーのハドソン社の食肉がo-157に汚染しており世界的なリコールに発生したのは、食肉加工業の集約化が一度問題を引き起こすと大規模な事故になると言うことを再度認識させたのであった。

このように米国における外食企業の問題は、栄養問題と食品衛生であったが、数年前よりヨーロッパで発生しだした狂牛病と言う新たな問題を抱えるようになった。マクドナルド社では欧州での牛肉消費の停滞による売上の減少に悩み、牛肉を使わない業態の開発に着手した。それが、スターバックスに対抗するマックカフェだ。しかし、自社ブランドだけでは弱いと最近英国で100店舗のコーヒーショップを展開している、Pret A Manger(プレタマンジュ) 社に米国マクドナルド社が33%出資し、米国での展開も開始した。

2000年末にウオール街証券取引所の横60 Broad Stに、床がアルミの板、全体がステンレス、スチールの洒落た造りの一号店を開店し、年内には2店の新店舗を開店予定だ。

http://www.mong.demon.co.uk/%5C/Default.htm

しかし、先日のニューヨークのワールドトレーディングセンターに対するテロで証券取引所周辺は大きなダメージを受けたのは、マクドナルド社の戦略に暗雲が漂っていることを暗示しているかのようだ。

<狂牛病とは> 先日、千葉県白井市において、狂牛病の疑いのある牛一頭発見され大騒ぎになっている。狂牛病とは正式には牛海綿状脳症と言い、牛の脳味噌がスポンジ状になり死亡してしまう症状を言う。本来は羊や牛の病気で人間には感染しないと言われていたが、 1996年3月に英国政府は牛海綿状脳症が人間へ感染して、クロイツフェルト・ヤコブ病、いわゆる痴呆症様症状を発症することは否定できないと発表して大騒動になった。その後、牛海綿状脳症は極めてまれながら人間に感染し,クロイツフェルト・ヤコブ病として発症することがほぼ確実となっている。2001年8月31日現在,99人のクロイツフェルト・ヤコブ病が報告されているといわれるが,その潜伏期間,これから予想される患者数ともにわかっていない。当初は英国の問題と思われていたが、同様の症状を示す牛がフランスにも発生し、ヨーロッパ全体の問題となっている。狂牛病の原因は狂牛病で死亡した牛や羊を、加工して動物性飼料として、飼料に配合しそれを食べた牛などが発症する物と思われている。発症の原因物質はプリオンというタンパク質で、プリオンは耐熱性が高く、130℃以上の高温で1時間殺菌しないといけないと言われており、通常の加工をされた動物飼料を食べると発症する危険性が高い。また、潜伏期間は7年ほどであると言われているが、発症に至るまでの過程は解明されておらず、よけいに不安感を招いている。日本でもヨーロッパなどから動物性飼料を輸入しており、狂牛病が大規模に発生する可能性があると言われている。 但し、フランスや英国における発症した牛の頭数は現在までのところ、100頭づつと言われ、実際にはパニックに陥る必要はないのだと政府筋は懸命に説明をしている。欧州の狂牛病の実体を見てみると、マスコミが実際の発症頭数や人への感染数が少ないに関わらず、大げさに報道するためにパニックを招いて、牛肉の消費を大幅に減らし、畜産農家や関係業界、外食企業に大きな経済的な被害を与えていることであろう。 注:上記データーは下記のHPを参考にした。

<狂牛病 参考HP>

東京大学名誉教授山内一也氏が人獣共通感染症について色々な機会に行ったお話をまとめた。詳細な情報が網羅されている。

http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jsvs/prion.html

狂牛病の知識(医者の個人HPで冷静な分析をしている)

http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/bse.html

日経BPの狂牛病サイト 国内外の状況を網羅している

http://biotech.nikkeibp.co.jp/BSE/INDEX.html

厚生労働省の狂牛病サイト 正確な情報提供に努めるため、Q&Aが載っており、定期的に追加されています。

http://www.mhlw.go.jp/topics/0103/tp0308-1.html

家畜伝染病予防法の説明

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1743/

財団法人 食品産業センターによる食品企業各社の狂牛病に対する見解リンク集

食品産業センター

HACCPの権威加藤先生のページ

http://www.foodesign.net/tuiseki.htm

<企業の実務対策>
狂牛病は牛の脳味噌や髄液を食べなければ発症しないので、乳製品、肉などは安全であると言われており、実際には大きな問題は発生しないはずだ。但し注意しなければいけないのは牛を解体時に骨を切断するが、その際に汚染された髄液が肉につかないように、屠殺後の解体作業に注意をする必要がある。

また、狂牛病への対策は汚染された地域の牛を使用しないようにすることが一番であり、現在汚染されていない地域は、米国、オーストラリア、ニュージーランド、等で、国産肉からそれらの肉への切り替えが外食産業で進んでいる。

日本では生産団体への保護という側面から、監督官庁の農林水産省や厚生省からの正確な情報が少ないことが危機感をあおっていると言える。関連の監督官庁が情報を正確に伝えないのは風評被害をおそれているからだ。過去の事件でもあるが、マスコミが過大に報道することにより、該当する食品以外やその他の産地に不要な被害を生んでしまうことだ。そのため情報は最小限にしているのだが、インターネットの発達した世の中、秘密を隠し通すことが出来ず、その結果、事件後の対処が遅れ消費者の危機感を余分にあおり、かえって消費を減少させる危険がある。外食業界も同様で業者に不要な規制や衛生対策を要求したりして、余分なコストをかけてしまうことが多い。外食関係者は正しい知識を持って、狂牛病へ対処し、必要であれば消費者に説明をする必要があるだろう。

また、狂牛病だけが食品を扱う上で危険な要素ではない。何か問題が起きてからパニック状態になり対処するのではなく、現在の食品を取り巻く環境はどんな問題があり、海外の例を見て、どんな危険性を持っているのか、それが日本や自社に影響を及ぼす場合の代替え策はどの様にするのかを考えておくべきだろう。

今回の狂牛病対策においては信頼された仕入先から、産地を明記した原材料を仕入れると言うことが重要になる。以前、大繁盛していた回転寿司屋が安いイクラを仕入れ、それがo-157に汚染されており、大規模な食中毒を引き起こしていたことがある。その原因は安かろう悪かろうの責任感のない業者から仕入れたイクラが原因である。仕入れは必ず自分の目で産地まで確かめたり、信用のおける業者から仕入れるということが基本であろう。 また、USMEF(米国食肉輸出連合)がつい最近アメリカンミートセーフティガイドブックと言う本を発行した。ここでは牛を取り巻く食関連の危険性とその対処が明確に述べられているので、食肉を扱う外食の方は読むことをお勧めする。

http://www.usmef-ja.org/

この本では化学物質の安全性評価、飼料への農薬残留規制、動物用医薬品規制、ホルモン剤規制、ダイオキシン規制、PCB規制、口蹄疫、狂牛病、疑似狂犬病、炭疽病、豚コレラ、腸管出血性大腸菌o-157、サルモネラ菌、リステリア菌、カンピロバクター、クリプトスポリジウム、遺伝子組み替え植物飼料、オーガニック、など、あらゆる食肉に考えられる品質管理について述べている。特に、米国政府の食肉への品質管理のあり方をわかりやすく述べているので品質管理に当たる方には大いに参考にしていただきたい。

なお、CDC(米国中央疾病センター)は最新の疾病情報をメールで送付してくれるので、 申し込んで参考にしては如何だろうか。その情報は厚生労働省や農林水産省が手に入れるのと同時に無料で入手できるのである。

http://www.cdc.gov/mmwr/

<企業の広報対策>
マクドナルド社ではここ15年ほど、イギリスグリーンピース(環境保護団体)による、環境破壊の非難を浴びており、グリーンピースなどに対する訴訟を起こしたりしてそれらを解決しようとしているが逆効果で、かえってマイナスイメージを広げてしまっている。

そのような厳しい環境の中で、「ファーストフードが世界を食いつぶす」草思社発行:2001年8月14日:著者エリック・シュローサー:訳者楡井浩一、と言う本が発行された。そこではマクドナルドが低価格を実現するために行った、低価格の食材調達、特にフレンチフライのポテトや牛肉を低価格で購入するために、農業や牧畜業の集約化を進めさせ、それが中小の農家や牧畜業の経営を圧迫し、農地の荒廃や、食肉工場での低劣な労働環境を生み出した。また、大量に牛肉を購入することにより病原性大腸菌o-157による食中毒を生み出したと非難している。

消費者のために徹底した合理化による低価格戦略が、農業や牧畜業の荒廃を生み出すと言ういわれのない非難中傷にさらされているマクドナルドは大変困惑をしているだろう。 企業の規模が大きくなり、広告宣伝を大量に使うとそれに対する反発が必ず誕生する。マクドナルドやKFCはあたかも米国を代表する企業と認識され、開発途上国に進出する際に現地住民の米国に対する反対などがあると真っ先にテロの対象とされる運命を背負っている。

後発のスターバックスはマクドナルドの世界戦略を徹底的に研究し、ロケーション、人の使い方、マーケティングなどを分析し、真似をするべきところ、真似をしてはいけないところを明確にした。世界に進出するのはマクドナルドと同様であるが、1つ異なるのはマーケティングで、テレビなどのマス媒体を使用しないと言うことと、パブリシティを有効に活用することだ。環境保護団体のグリーンピースとマクドナルドの長い戦いを見ているスターバックスは、地球環境に配慮した企業イメージを確立するために後進国のコーヒー豆産地への援助を行い、産地と共に繁栄するのだというイメージの確立に配慮している。巨大な世界企業になると必ず環境問題を指摘されるのであるが、それを事前に防ごうという戦略だ。企業活動も単に利益を出すのではなく、社会に貢献する、地球環境に貢献するのだという姿勢が重要であるだけでなく、それを消費者に広く知らしめなくてはいけないのだろう。勿論マクドナルドは社会に貢献するのを忘れているのではない、ロナルドマクドナルドハウスと言う、難病の子供たちを看病する親族への支援する滞在型の家の提供を長年行っているが、今後、より幅の広い地球環境に至るまでの幅広い支援を明確に打ち出す必要が出てきたと言えるだろう。

今回の狂牛病などで批判にさらされやすい外食企業の広報活動は、是非スターバックス社の企業広報活動の手法を参考にしていただきたい。

<読むべき企業批判の本>
消費者や消費者保護団体の考え方や論理を理解するためには企業を批判する本を読み、今後どの様な問題が提起されるかを予測することが望ましい。そのためには外食関連企業の活動に対して批判的な以下の本を参考にしていただきたい。

タイトル 「ファーストフードが世界を食いつぶす」
著者 エリック・シュローサー 発行所
株式会社 草思社
2001年8月14日発行
タイトル 「食品汚染がヒトを襲う」
著者 ニコルズ・フォックス
発行所 草思社
1998年9月1日発行
マクドナルドやジャックインザボックスなどのファー ストフードが引き起こした、食 中毒事故を取り上げている。

タイトル 「マクドナルド化する社会」
著者 ジョージ・リッツア
発行所 早稲田大学出版部
1999年5月25日発行
タイトル 「危険な外食」
著者 コピー食品研究会編著
発行所 三一書房
1998年6月30日発行
タイトル 「外食店健康度ランキング」笑ってみシュラン’98
著者 監修 山田博士
発行所 三一書房
1998年7月31日発行
タイトル 「買ってはいけない」
著者 週刊金曜日
発行所 株式会社金曜日
1999年5月20日発行
注 <リエンジニアリング革命とは>
リエンジニアリングとは、M.ハマーによってつくられた言葉で、彼は著書の中で「リエンジニアリングとは新しい競争に備えて自らの企業を徹底的に立て直すために必要な、新しいコンセプトによるビジネス・モデルと、手法である。」(日本経済新聞社刊、リエンジニアリング革命、M.ハマー、J.チャンピー共著、1993年11月18日発行)と言っている。簡単に言うと「大会社の官僚的で非生産的な組織を排除し、無駄を省き、本当にお客様が何を望んでいるかを、0から見直し、解決する手法である。」

ケーススタディーで米国のタコベルが取り上げられている。 タコベルは、まず、お客様が何を欲しがっているかを調べた。その結果お客様は、大きな店舗や、装飾などではなく、おいしい食事を早く、温かいうちに、きれいな店内で、安く食べたいということであった。そこで、全ての経費を見直し削減した。店舗での食材加工を極力無くし、店舗での必要な最終調理も自動化し、店舗面積に占める厨房の面積を縮小し、同じ建物で客席数を2倍にしたのである。それらの結果、商品の販売価格を大幅に下げることに成功し、ファーストフードチェーンで最初にバリューミール(低価格で価値のある食事)戦略を打ち出し、大成功したのである。バリューミールは1980年代の終わりに開始したもので、セットメニューを59セントや69セントと言う低価格で打ち出し、メシキカンフードの健康イメージもあり、大成功を納めるのである。そのため、競合のマクドナルドもバリューミール戦争に突入せざるをえなくなった。80年代の終わりは米国の景気は最悪であり、現在の日本の状況と似ており、すべて価格指向になっていたのである。また、タコベルは商品戦略だけではなく、従来の出店戦略にとらわれず、スーパーマーケット、学校、小売店など、従来ファーストフードのマーケットでない場所に出店を拡張し、売上を大幅に上げたのである。

お断り

この内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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