最新の衛生対策(商業界 飲食店経営2000年6月号)

従来の衛生管理はの基本は、

つけない、増やさない、殺す + 経験と気合い

と具体的ではありませんでした。 その具体性のなさにつけ込んだのが、食中毒菌の技術革新(新型の食中毒菌の発生)なのです。 ではその現状を観てみましょう。

1)食中毒の現状
表1 過去の食中毒発生状況(厚生省生活衛生局食品保健課発表データ)

年度  事件数 患者数 死者数
1983年 1,095 37,023 13
1984年 1,047 33,084 21
1985年 1,177 44,102 12
1986年 889 35,556 7
1987年 840 25,368 5
1988年 724 41,439 8
1989年 927 36,479 10
1990年 926 37,561 5
1991年 782 39,745 6
1992年 557 29,790 6
1993年 550 25,702 10
1994年 830 35,735 2
1995年 699 26,325 5
1996年 1,217 43,935 15
1997年 1,843 39,233 8
1988年 1,398 44,567 8
1999年 2,535 32,300 4
(注1 99年は1-11月の速報)

細菌別の発生件数
細菌名 93年 96年 97年 98年 99年
サルモネラ 143 350 521 757 785
ブドウ球菌 61 44 51 85 64
ボツリヌス菌 2 1 2 1 3
腸炎ビブリオ 110 292 568 839 641
病原大腸菌     37 179 176
腸管出血性大腸菌       16 7
その他の病原性大腸菌       269 221
ウエルシュ菌 9 27 23 39 20
セレウス菌 6 5 10 20 11
エルシニア・エンテロコリチカ     3 1 3
カンピロバクター 14 65 257 553 464
ナグビブリオ 1 3 3 1 3
その他の細菌 1 3 16 39 17
小型球形ウイルス       123 77
その他のウイルス       – –
(注2) 1998年より分類中、大腸菌の分類が腸管出血性大腸菌とその他の病原性大腸菌に分かれた。 1998年より分類に生ガキなどで発生する小型球形ウイルスが記載された。1999年は1月から11までの速報 DATAは厚生省のホームページより

食中毒自体はここ10年ほど減少していましたが、96年を境に増加に転じました。

2)常識を破る新型食中毒
従来は食中毒とは食中毒菌に起因する物を言いましたが、最近はウイルス性の食中毒も仲間入りしました。冬の間は生牡蠣は安全な食べ物の筈でしたが、最近は小型球形ウイルスに汚染された牡蠣による食中毒が増加しています。これも従来の常識を打ち破る物ではないでしょうか。2000年の1、2月は例年に無く食中毒が多く発生し、特に腸管出血性大腸菌o-157と小型球形ウイルスによる食中毒の発生が目立ってきています。

3)食中毒を起こしてからでは遅い
回転寿司で急成長の**港は中央線沿線の一号店の大盛況の元に、2号店を横浜に開き飛ぶ鳥を落とす勢いでした。ところが北海道のN物産の引き起こした大腸菌o157に汚染されたイクラを提供し、店舗から食中毒患者を出してしまいました。この事件で、急速なチェーン展開をもくろんでいた同店は大きな打撃を受け、驀進的な勢いはなくなってしまいました。 2000年2月下旬に横浜のハンバーグレストランチェーンが腸管出血性大腸菌o-157による食中毒で5名が罹患、3店舗が営業停止処分となりました。30年経営している老舗優良企業がなぜ食中毒を出したのでしょうか。保健所や同社の発表によると米国から輸入した牛肉のハンバーグステーキパティが菌に汚染されていたとのことですが、それだけが原因ではないようです。

このハンバーグレストランでは拳骨ハンバーグと言って人間の拳骨大の大きな固まりの牛挽肉を、調理場のチャーブロイラー(炭焼きグリドル)で表面に焼き焦げをつけた状態で、熱々に加熱した鉄板に乗せ、客のテーブルに持ってきます。ウエイトレスは、熱々の皿の上の拳骨ハンバーグをナイフとフォークで真っ二つに切り分けます。肉の中は真っ赤な状態です。その肉の切れ目(赤身の方)を鉄板に向け、熱々の鉄板の余熱で焼き上げるのです。

同じようなやり方をして大繁盛なのが、この横浜のハンバーグチェーンと同様の調理方法で大人気の浜松を地盤とするSというチェーンです。このチェーンは少しは食中毒の心配をしているのでしょう。メニューには当店で使用している牛肉はHACCPで管理されている食肉加工会社から購入しているから安心ですと明記していました。

両社ともハンバーグの肉は最後までピンク色が残っていました。腸管出血性大腸菌o-157が死滅しない温度帯ですね。

これらの企業は新しい衛生対策であるHACCPを全く理解していないようです。日本では今回の事件の原因となった腸管出血性大腸菌o-157による食中毒で2回も大きな教訓を得ているはずなのですが(埼玉県の白鷺幼稚園、堺市の学校給食事件)、対策を学んでいなかったようです。 病原性大腸菌の中でも腸管出血性大腸菌o-157は大変危険な菌だということです。従来の食中毒菌は多少食品に存在しても、ある一定量まで増加しなければ大丈夫でした。ところがこの腸管出血性大腸菌o-157は少量の菌であっても食中毒を引き起こすことがわかりました。しかも、死亡率が高かったり、治療が大変難しいと言うことも判明しました。そのため厚生省はこの菌を食中毒菌からより危険な指定伝染病に分類しました。そのくらい危険な菌ですから、食材にほんの少しでも混入し、それをきちんと加熱処理しないと今回のような食中毒を引き起こすのです。つまり30年も事故がないと言って安心していると食中毒菌の新種に対抗できないのです。常に勉強や改善を怠ってはいけないようです。

4)ではどうやって食中毒を防ぐのでしょうか。
これからは

つけない、増やさない、殺す + 温度、時間、等の具体的な数値管理

経験と勘の世界からより科学的な管理をしなくては行けないのです。

そのための手法がHACCPと言う手法なのですが、どうも難しすぎると思われるようです。そこでそのポイントを中小の飲食店でも守れるように簡単に説明してみましょう。

HACCPは品質管理の中心に衛生や安全という概念を据えてあるというのが従来と大きな違いです。調理長は先ず衛生的であることを考えて美味しい物を提供するという基本的な姿勢が必要になってきているのです。そして、調理という作業は食中毒という危険が伴うという前提で、その危険を効率良く避けるのです。そのためにはHAつまり危害、危険を分析し、それ的確に対応するのです。具体的には従来の衛生管理である、「つけない、増やさない、殺す」と言う概念に、「調理作業中の温度管理や時間、殺菌の方法を、数値で具体的に管理をしていこう」という物です。

(1)つけない
<1>手洗いがつけない基本
<手洗い>
先ず手に着いた汚れや菌を落とし、次に殺菌剤で手を殺菌します。手洗いの殺菌剤というと従来は塩化ベンザルコニウムなどの逆性石鹸を使用します。  最近は洗剤自体の洗浄力が強く洗浄と殺菌を同時に行え、手荒れがし難いこと等の条件を満たした、化粧品などに使われるイルガサンDP300と言う薬品を使う優れた洗剤もあります。手洗い洗剤を購入する際には先ず、自分の手を洗って、汚れ落ちがよいか、手荒れがしにくいか、効果のある殺菌剤を使っているか確認しましょう。

<手拭き>
殺菌した手を手ぬぐいや前掛けで拭いては台無しです。かえって細菌を付着させるのです。手拭きは厨房であれば使い捨てのペーパータオルを使用し、客席やトイレでは温風乾燥機を使用しましょう。

<手洗いの頻度>
朝、お店にはいるときに一回だけしか洗わないないのでは効果がありません。手を洗った後何もしないでも30分ほどすると細菌を発見することがあります。30分に一回の手洗いは必要です。また、トイレに行った後、汚れた物にさわった後、肩より上に手を挙げたら(ブドウ球菌のいる顔や髪の毛にさわる可能性があるから)、必ず手を洗う習慣を身につけましょう。

<衛生手袋>
サラダや刺身など火を通さない食品や、お弁当等の喫食まで時間がかかる料理に手で直接触れるのは危険です。少量のブドウ球菌などが繁殖するからです。なるべく、使い捨ての衛生手袋を使用しましょう。

<手の身だしなみ>
指輪や、時計をして調理をしてはいけません、指輪や時計と手の間には汗や垢が溜まり、細菌にとって住み心地の良い住処となります。最悪なのは爪を伸ばし、色の濃いマニュキアを塗ることです。細菌を居着かせ、発見しにくくするからです。

手荒れやあかぎれを起こすと、そこにブドウ球菌がいる危険があります。手荒れをしないように、洗い場ではゴム手袋を使用し、水仕事の後は手荒れ止めのクリームを塗る等のケアーをしましょう。

<2>食品の交差汚染を防ぐ
食肉のうち、牛はサルモネラ、病原性大腸菌、豚はサルモネラ、鳥はサルモネラ、カンピロバクター、などの食中毒菌を持っています。魚介類は、海水中に普通に存在する腸炎ビブリオに汚染されています。人間は髪の毛、ふけ、傷口にブドウ球菌を持っています。

安全そうに見える野菜も、土中菌である、ボツリヌス、ウエルシュ、セレウスなどの菌を持っています。

汚染されている牛肉もしっかり火を通して食べれば恐ろしいo-157も死滅します。しかし、サラダなどの野菜、生ジュース、生水、鮨ねたなどは火を通すことがないので、細菌汚染があると食中毒を起こしやすいのです。特に日本の食生活は生魚や生野菜、生水を摂取する機会が多く、欧米に比べより危険だといえます。

交差汚染を防ぐには食材ごとに手、包丁、まな板、調理機器を洗浄殺菌してそれぞれの食材に固有の菌が他の食材に移らないようにしなくてはいけません。特に火を通さない食材の取り扱いには細心の注意を払いましょう。

<3>信頼のおける仕入先
仕入れをする際には値段だけで決定するのではなく、衛生管理がしっかりしていることを確認し、配送業者の食品の取り扱いまで丁寧な業者を選びましょう。

<4>受け取りの確認と正しい保管
どんなに良い食材メーカーや問屋であっても資材を受け取る際には正しいチェックが必要となります。品物の破損や損傷のチェックだけでなく、冷凍品はマイナス18ー22度C、冷蔵はプラス1ー5度Cと言う温度で搬入されていなくては行けません。勿論、搬送中に扉の開け閉めで温度が上昇しますので、それぞれ受け入れ可能な温度を細菌管理と品質維持の両方の観点から決めておきます。

従来は生卵などは常温保管でした。卵の外側にサルモネラ菌が付着しても、外側を洗浄殺菌すれば大丈夫だから、常温保管で大丈夫だと言われてきました。しかし、最近はサルモネラ菌が卵内部を汚染している場合があり、卵といえども冷蔵保管が必要になってきました。時々基準の見直しをしましょう。

さて、常温保管の穀物や缶詰であるからと言って、炎天下のプレハブ倉庫の30度C以上もあるような場所においては、味が劣化したり、場合によっては腐敗する場合がないとも限りません。常温というのは少なくても20度C前後であると思ってください。なお、倉庫内の場合、ネズミやゴキブリが進入しやすい場合があるので、定期的な殺虫殺鼠を心がけてください。

(2)増やさない。
細菌が繁殖する温度は5度Cから60度Cの間です。この温度帯に食品を4時間以上おかないと言うのが原則です。

ですから、生ものは冷凍庫、または、冷蔵庫にしまう。材料の下拵えは手早く行い、下拵えの終わった生食材は、また、冷蔵庫などにしまう。

調理後の食材は60度C以上で2時間以内の保管が可能。冷却して翌日使用する場合には2時間以内に5度C以下に下げます。そして翌日再加熱して使う場合には75度Cまできちんと再加熱します。

<1>冷蔵庫冷凍庫の温度管理をしっかり行う。
冷蔵庫の温度は1-5度C、冷凍庫はマイナス18度Cーマイナス22度Cの温度帯です。 温度計はついているでしょうか? 温度計は正しく作動しますか?

定期的に正確な温度計を用意して冷蔵冷凍庫の温度計が正しく作動するか確認をしましょう。

<2>庫内に余裕があり冷気が循環するか
冷蔵冷凍庫の設定温度で安心してはいけません、保管中の食品の中心温度がその温度になっていなくてはいけないのです。冷蔵庫や冷凍庫に食品を保管する場合にでも冷蔵庫冷凍庫の設定温度ではなく、保管中の食品の中心温度が冷凍や冷蔵の温度帯になっていなければ細菌の繁殖を防ぐことはできません。

最近の冷蔵冷凍庫は庫内を冷風が循環して食品を冷却するようになっているので、庫内スペースの50%くらいの余裕を持って食材を保管するようにしましょう。

<3>冷蔵冷凍庫の環境と手入れ
蔵庫は風通しが良く、室温が高過ぎない場所に設置し無ければなりません。コンデンサーを冷却する空気の温度が高ければ十分に冷媒を冷却できないので,庫内の冷却を十分に行えません。冷蔵冷凍庫の能力の基本設計は30度C以下がほとんどなので,それ以上高い場合には冷却が不充分な場合が出てきます。庫内が冷えないだけでなく、オーバーヒートしてコンプレッサーが止まったり、焼ききれたりする危険があります。営業中だけ出なく,夜間に排気ダクトやエアコンの作動を止めた際に室温が上がり過ぎないかどうかもチェックしてください。

コンデンサーに油分やごみが詰まると、風通しが悪くなり冷却能力が落ちます。フィルターがついている場合は定期的にフィルターを清掃するか、コンデンサーを直接洗浄して汚れを落とします。厨房内に設置してある場合には油汚れが付着し,その油に埃がついてつまり易いのでよりいっそうの注意が必要です。

冷凍庫の庫内温度は非常に低いので、冷風を発生するエバポレーターに霜が付着します。付着した霜が厚くなり氷のようになると熱の伝達が不充分になり、冷風の風量も減り、冷却能力が落ちてきます。エバポレーターでの温度交換が十分出ないと,フレオンガスが液体のままコンプレッサーに戻り,コンプレッサーを破損する恐れもあります。

そのために,自動的に霜取りをするようにタイマー形式で霜取りをしたり、自動的に霜取りをする装置がついています。タイマー形式の場合には開け閉めをしない夜間や暇な時間帯に設定します。霜取り装置は壊れることもあるので定期的にエバポレーターの状態を目で確認する必要があります。

<4>保温管理
食材は食材別に決められた温度まで加熱をするようになっていますが、調理後の保温は60度C以上で2時間までが安全な保温時間です。中途半端な温度で保管しないで60度C以上か、冷却して5度C以下で保管するようにしましょう。保温する場合の温度は60度Cと申しましたが、その温度は保温庫や機器の設定温度ではなく、保温している食材の中心温度のことです。保管している場合には途中で温度が正しいかどうか、時々温度計で計測して確認しましょう。

<5>調理後冷却してから冷蔵保管
調理済みのカレーやシチュウなどを翌日に使うので、大量に造り、すぐに冷蔵庫に保管し、翌日食中毒を発生させる例を多く見ます。カレーやシチュウなどはぐらぐら煮て完全に殺菌し直ちに冷蔵庫に保管しているのに食中毒が発生します。

100度C、1分間加熱しても死滅しない食中毒菌がいます。カレーやシチュウ、煮物で使う野菜には泥がついています。この泥にすんでいる食中毒菌でセレウス菌やウエルシュ菌という芽胞菌が存在します。この菌は酸素が嫌いで土の中に潜んでいます。ジャガイモや人参、米、食肉類、などに泥と一緒に混入します。100度Cに加熱しても芽胞という固い鎧に包まれており死滅しません。しかし、温度が下がり60度C以下5度C以上になると芽を出して、積極的に繁殖を始めます。そして、翌日のお昼頃には食中毒を起こすのに十分な量に増殖します。

これを防ぐには調理温度を75度Cまで十分に加熱し、味がしみこんだ状態から、寸胴をシンクなどに冷水を張り、その中に寸胴をつけ攪拌しながら流水で急速に温度を10度C以下まで冷却し、それから冷蔵庫に入れます。夏場などはアラ熱をとった寸胴をさらに氷を入れたシンクで十分冷却をします。

翌日再加熱をして提供する場合には寸胴を攪拌しながら全体の温度が75度Cになるまできちんと再加熱をしましょう。冷蔵庫の中で繁殖した菌も再加熱をきちんとすることにより死滅し安全に食べることができます。

(3)殺す
<1>加熱調理
堺市の学校給食を原因とした大規模な食中毒事故を契機に食材の調理温度を明確にしなければならなくなりました。厚生省が中心となり「大規模食中毒等対策について食品衛生調査会食中毒部会」が設置され、平成9年3月17日に「大規模食中毒等対策についての食品衛生調査会食中毒部会検討結果等について」が発表されその中で「集団給食施設等においては、衛生管理体制を確立し、これらの重要管理事項について、点検・記録を行うとともに、必要な改善措置を講じる必要がある。また、これを遵守するため、更なる衛生知識の普及啓発に努める必要がある。なお、本マニュアルは同一メニューを1回300食以上又は1日750食以上を提供する調理施設に適用する。」

「加熱調理食品の加熱温度管理」

「加熱調理食品は、別添2に従い、中心部温度計を用いるなどにより、中心部が75度Cで1分間以上又はこれと同等以上まで加熱されていることを確認するとともに、温度と時間の記録を行うこと。」

この基準は一般の飲食店には適用されないのですが、それに準じた温度で安全に調理することは心がけなくてはいけないでしょう。ただ問題は一般の飲食店は安全と同時においしさということも同時に実現しなくてはいけないと言うことです。お客様が選択の余地のない集団給食でしたら味よりも安全を優先しても問題はないでしょうが、一般の飲食店ではまず美味しくないとお客様はきてくれません。

食品を加熱調理する目的は、肉などの蛋白質を凝固させ食べやすくするわけですが、蛋白質の凝固点は肉の種類や魚により異なるし、野菜のセルロースを柔らかくする温度は肉よりも高いというように、食材により適正な加熱温度が異なるということなのです。一律に75度Cまで加熱調理する事は安全ですが、食材により美味しくなると言う、安全と美味しさの矛盾を生じるのです。

そこで米国のレストラン協会はより現実的な調理温度を定めています。

鳥は74度C以上
豚は68度C以上
魚は63度C以上
牛は68度C以上
その中心温度の状態で15秒間を保つという物です。

では牛の固まりのローストビーフの場合はそんな温度では焼けすぎで商品価値が無くなりますね。それに汚染されているのは肉の表面だけのはずですから、基準を

中心温度

62.8度Cで—3分間
60.0度Cで—12分間
54.4度Cで—121分間
加熱すれば良いと決めています。

少なくても皆さんのお店では以上の温度はきっちり守りましょう。

<2>調理機器を過信するな
(a)温度を一定に保つサーモスタット付きの調理機器

サーモスタットの温度計の設定が正しいと言って安心してはいけません。温度計の設定と調理機器の温度が同じか確認が必要なのです。機械ですから使っているうちに狂いがでてきます。毎日、正確なデジタル温度計でサーモスタットの設定温度と実際の温度が合っているか確認する作業をしましょう。

(b)温度の安定性

サーモスタットが付いている調理機器でも、サーモスタットの温度関知センサーの位置、感度により温度のばらつきや、応答性が悪いと一定の時間がたっても食材の温度が上がらず、食中毒の危険があります。各調理機器の特性を理解しましょう。

(c)調理機器能力と食材量のバランス

いくら性能の良い調理機器を購入しても、調理能力以上の食材を投入したら温度が下がりすぎて、一定の時間内に規定の温度まで上がりません。

(d)温度の回復力

生食用と冷凍食用では調理機器に要求される火力が異なります。元々の火力が弱い生食用の調理機器で大量の調理を連続したり、冷凍食品を調理すると温度が下がってしまいます。売り上げや食材に適した調理機器を使いましょう。

調理機器の性能を左右するのは温度の安定性の他に温度の温度回復力が大事です。これは調理機器の火力の大きさと、熱交換機の効率、手入れにより左右されます。調理機器は電気でもガスでも長く使っていくうちに熱交換機にカーボンが付着し、熱を伝達しなくなります。定期的にそのカーボンを洗い落とす等の手入れが必要です。

<3>水質の安全性と野菜の殺菌
普通の水道水は浄水場でろ過殺菌をされていますから安全なはずですが、それでも年に1回の水質検査が必要です。安全なはずの水道水でも、屋上の高架水槽や受水槽に水を貯めてから配水する場合は、そのタンク内で汚染が進む可能性があります。タンクにひび割れが入っていたり、動物が侵入したり、点検口が開いていたりすると食中毒菌が混入する恐れがあるのです。

また、多くのお客様に料理を出す飲食店であれば、基本的に井戸水は使用しないほうが安全でしょう。どうしても井戸水を使用しなければならない場合には、殺菌剤を一定量混入できる装置を使用し、毎日、殺菌剤の混入状況をチェックするという注意を怠ってはいけません。そして、井戸水の水源を確認し、水源の経路の汚染を引き起こす施設ができていないかどうか常に確認をします。

野菜には土壌中の嫌気性の食中毒菌が付着したり、魚や生肉を触った手や包丁でそのまま触る事による食中毒事故が多いのです。保健所では学校給食のような大規模の給食施設において野菜の水洗いをする場合には、殺菌剤を使用することを推奨しています。殺菌剤は、次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用します。次 亜塩素酸ナトリウム溶液は法定代用消毒剤として幅広く使用されている殺菌剤です。

この殺菌剤も使用方法を間違えると効果が出ません。まず、正しい濃度を使用することが重要です。一般的に100PPMから200PPMというのが正しい濃度です。また、この濃度で殺菌した野菜はそのあと、清潔な流水で殺菌剤を洗い流すことも忘れてはいけません。

<4>殺菌剤
包丁、まな板、調理機器、テーブル、などの機器類は食缶洗浄機などで(鍋釜等の調理機器の専用の自動洗浄機、鍋釜に合わせて内部の高さが高い)洗浄し、高温でリンスすることにより殺菌ができますが、そのような自動洗浄機が無い場合には温度をかけて殺菌することができません。その場合には中性洗剤などで汚れを洗い流し、その後に殺菌をします。

次亜塩素酸ナトリウム溶液を厨房の殺菌剤として一般的に使用します。市販されている次亜塩素酸ナトリウム溶液は濃度が5~6%のものが多いようです。使用する際にはそれを水で希釈し、塩素濃度が100-200PPMになるようにして使用します。濃度が6%のものでしたら、300倍の水で希釈して200PPM、600倍の水で希釈して100PPMとなります。試用する際には濃度をキチンと守って試用しなくてはなりません。あまり高い濃度の希釈倍率にすると手荒れなどを引き起こしますので、規定の濃度を守って使用しましょう。使用する際には容器についている使用説明書をよく読んでください。

次亜塩素酸ナトリウム溶液は水で希釈してバケツやシンクなどに貯めておくことがありますが、希釈してから2時間以上経過すると効力が低下します。また、次亜塩素酸ナトリウム溶液は購入後時間が経過したり、高温で保管したり、容器のふたを開けっ放しにすると殺菌効果が低下するので、取り扱いには注意をしましょう。

調理台や冷蔵庫の棚、など浸漬できないものは、規定の倍率で希釈した殺菌溶液に浸したタオルやダスターなどでふきあげていきます。もちろん、その前に汚れを落とすことを忘れてはいけません。

5)資料 わかりやすいHACCP
米国導入が開始されたHACCPとはHazard Analysis Critical Control Point のことです。翻訳すると危害分析、重要管理、事故防止品質管理システムとなるようです。このシステムは食材の調理行程の管理状態に焦点をあて、発生する可能性のある危害を分析、予測して、起こりうる危害の優先順位をつけて、ポイント毎に管理していく科学的な手法です。ステップには7つあります。

HACCPの7ステップ
(1) 危害(主に食中毒の危険性)を分析し、メニューアイテム別のフローチャート(レシピー)を作成します。
それぞれのメニューのフローチャートにはすべての原材料と調理加工工程を記入しなければなりません。選んだメニューは安全に扱えるものでなくてはならないのです。

顧客層が子供や老人など抵抗力の弱い場合には、ほんの少しの食中毒菌でも発病するので特に考慮してメニューを選定します。実際に堺市の腸管出血性大腸菌o-157による食中毒は小学校の学校給食で発生しました。

次に、調理現場の調理能力、つまり規模、トレーニング能力、従業員の熟練度などを考慮し、選んだメニューを安全に提供できるか判断しなくては行けないのです。例えばアルバイトが中心のお店であればなるべく安全な調理済み食材を使用し、万が一の事故がないように考えるわけですね。

フローチャート(レシピー)においては原材料の受け取り、保管、準備、調理、保温保管、冷却、再加熱などの工程を明確にしておきます。そして、フローチャートに於ける重要点管理項目を明確にしておくのです。今までのレシピーは味を美味しくするという観点で作っていましたが、HACCPの場合は味だけでなく温度と時間という安全性も明確にするというのが従来のレシピーと大きく違う点ですね。

(2) 重要点管理項目を明確にします。
難しい言葉ですが、重要点管理項目とはフローチャート(レシピー)の調理加工工程の中で、食中毒などの危険を防いだり、リスクを減少させたり、除去できるポイントのことを意味します。

ハンバーグの調理温度でしたら中心温度が15秒間以上68度C以上に保てば、仮に有害な腸管出血性大腸菌o-157が混入していても安全になるのですね。主に調理温度と時間を意味します。

(3) 基準を明確にたてます。
基準とはフローチャートに於けるそれぞれのポイントで定めます。その基準とは研究データー、食材を扱う上での経験、法的な規制(食品衛生法など)、原材料供給業者の取扱説明などを元にして決めます。ま、保健所に相談したり、食材業者などに相談するわけですね。

勿論基準は調理現場で使用する、原材料、調理機器、従業員に適している、現実的な物でなくては行けません。お題目になっては効果がないのです。

(4) 決定した重要点管理項目を監視します。
監視というと嫌な言葉ですが、簡単に言うと決めた調理方法を、働いている従業員がその通り守っているか、を観察したり質問をしたりして、フローチャートで決めたとおりに仕事をしているかチェックするわけです。つかり、確認作業ですね。どんなに良い衛生管理やフローチャートでもそれを守らないと何の意味もないからです。有言実行と言うことです。

衛生管理には温度と賞味期限が重要ですが、その確認も具体的に行います。冷蔵庫などに保管されている食材の温度は基準以内か、ラベルが貼ってあり食材賞味期限を守れるか、先入れ先出しのローテーションを守っているかをチェックわけです。

(5) 改善行動を起します。
堅い言葉ですが、基準や規格が守られていない時にに、守れるように改善行動を起こさなければいけないのです。忙しいからしょうがない、従業員がなれていないからしょうがないと温度が不十分なまま料理を出しては食中毒をおこしてしまいます。確認して問題があれば調理し直すなどの具体的な行動が必要になります。

そしてその改善行動をだれでもわかるように具体的にしておくのです。このあたりが日本人的な「あうんの呼吸」と異なるわけですね。

そしてフローチャートに起こさなければいけない改善行動を 「調理中に食材の中心温度がもし規定の温度68度Cまで上がっていなければ、食材の中心温度が規定の68度Cに15秒間維持されるまで調理を継続する」、などと明確に書いておきます。

(6) 記録を残す。
記録の内容は従業員の仕事が正しく行われているかを明らかにします。経過時間、食材の調理後温度を毎日明確に記録しておきます。記録内容は、明確で、わかりやすく、最新のものになります。事故を起こしたとき何が原因なのかを明確にし、問題を再発させないようにするためにも記録することが重要なのです。この記録をつけると言う行動が、従業員にとって衛生管理に毎日真剣に取り組むぞと言う決意表明になるのです。

店舗衛生診断書のサンプルです。

(7) 一度決定したHACCPシステムの再評価
現場で行われているHACCPシステムを再評価します。食材供給業者、顧客層、メニューアイテム、調理機器、設備などが変更になったときには必ずHACCPシステムの見直しを行います。また、厚生省は保健所やインターネットを通じて定期的に食中毒情報を発表しています。以前も説明しましたが、食中毒の世界は30年前などと言う古い知識は通用しません。新型菌がどんどん出現しています。特に今年は通常は食中毒の発生しにくい1-2月に腸管出血性大腸菌o-157の食中毒が日本各地で発生しているし、生牡蠣から小型球形ウイルスによる食中毒が全国で発生しています。小型球形ウイルスは英語名ノーフォークウイルスと言い米国で最近発見された食中毒原因ウイルスです。

数年前の保健所の衛生講習会を受けた方でしたら、食中毒は食中毒菌によって引き起こされると定義づけられていましたが、今ではこの小型球形ウイルスのようにウイルスも食中毒を引き起こすと定義とデーター収集の変更が行われました。

この様に食中毒事故はは世界規模で急速に発生しており、情報の入手を常に怠らないようにして、問題があれば即座に調理におけるHACCPシステム(衛生管理の手順)を変更、改善しなくては行けないのです。

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