地域別価格(商業界 月刊コンビニ2008年2月号)

マクドナルドが2007年6月に地域別価格制度を導入し、東京大阪などの大都市の価格を2~3%上げたことの是非が論議されている。チェーンなのだから全国統一価格が当たり前だという論理と、地区により不動産価格、人件費(最低賃金)、消費者物価が異なるのだから地域別に価格を設定するほうが現実的だという論理の二つだ。
全国統一価格であるべきだという論理は、日本の狭い国土と、東京大阪の大都市圏に人口の50%が集中していることから、テレビコマーシャルを使用する小売業の広告宣伝にとって、同じ価格を訴えるほうが効率がよいと主張する。現実にファストフードの殆どはHPのメニューに全国統一価格を掲示している。
地区により不動産価格、人件費(最低賃金)、消費者物価が異なるのだから地域別に価格を設定するほうが現実的だという論理も納得できる。人件費で見ると最低賃金は東京の739円が最も高く、最低の沖縄や秋田は618円と100円以上差がある。直営チェーンであれば社員の人件費は本社のある東京の賃金ベースであるが、フランチャイジーの社員であればその地区の消費者物価に見合った賃金でよい。店舗の経費の多くを占める家賃も同様だ、東京の一等地と地方の寂れた商店街では家賃は大きく異なる。それらを考えれば、マクドナルドが主張し実施した地区別の価格設定は合理的であるといえる。
マクドナルドが地区別の価格設定をしたのは今回が初めてではない。15年以上前に地区により異なる物価を考慮して、異なる価格設定を導入したことがある。大都市と地方都市の価格を別にしたのだ。しかし、その後、低価格のセットメニューやハンバーガーの低価格化の広告宣伝をテレビコマーシャルで大々的に打ち出すうちに、地区別に異なる価格の意味がなくなり、いつの間にか全国統一価格に戻ってしまったのだ。今後この地区別価格制度がどのように定着するか注目しなければいけないだろう。

では統一価格というチェーンオペレーションを別の側面から見てみよう。実は、フランチャイズチェーンで全国統一価格は独占禁止法違反となる可能性があるのだ。日本の戦前の法律は江戸時代からの法律を元に、英国、ドイツ、等のヨーロッパの法律を参考に構築されてきた。第2次世界大戦後は米国軍が主体の連合国占領軍により経済活動を米国並みにするための法律が幾つかされた。その一つが昭和22年の独占禁止法の制定(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律、平成17年に改正)公正取引委員会の設置だ。米国のアメリカ合衆国の司法省反トラスト局や連邦取引委員会(FTC、w:Federal Trade Commission)を参考に作られている。
その平成17年11月に改定された、流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針を見てみよう。http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO054.html
「流通・取引に関する慣行は、歴史的、社会的背景の中で形成されてきたものであり、世界の各国において様々な特色を持っているが、その在り方については、常に見直され、より良いものへと変化していくことが求められているものである。我が国の流通・取引慣行についても、国民生活に真の豊かさが求められ、また、経済活動がグローバル化し我が国の国際的地位も向上する中で、消費者の利益が一層確保され、我が国の市場が国際的により開放的になるようなものへと変化していくことが求められている。そのためには、公正かつ自由な競争を促進し、市場メカニズムの機能を十分に発揮し得るようにしていくことが重要であり、具体的には、①事業者の市場への自由な参入が妨げられず、②それぞれの事業者の取引先の選択が自由かつ自主的に行われ、③価格その他の取引条件の設定がそれぞれの事業者の自由かつ自主的な判断で行われ、また、④価格、品質、サービスを中心とした公正な手段による競争が行われることが必要である。
本指針は、我が国の流通・取引慣行について、どのような行為が、公正かつ自由な競争を妨げ、独占禁止法に違反するのかを具体的に明らかにすることによって、事業者及び事業者団体の独占禁止法違反行為の未然防止とその適切な活動の展開に役立てようとするものである。」
公正取引委員会HP
http://www.jftc.go.jp/dk/gaiyo.html

流通業に影響の与える一つが再販価格問題(価格指定)だ。基本的に独占禁止法では再販価格(販売価格)の指定が出来るものは、現在は出版物のみとなっている。以前は化粧品なども再販価格の指定があったが現在では原則として再販価格の指定はできない。直営店であるならば全国統一価格は法律上問題ないのだが、独立経営者の集合体であるフランチャイズチェーンの場合、チェーン本部がフランチャイジーに対して一定の販売価格を指示、強制することは独占禁止法の再販価格に触れ、価格の統制に当たる可能性がある。また、フランチャイジーと本部が販売価格の打ち合わせをすると談合やカルテルとなってしまう可能性がある。現在の公正取引委員会の独占禁止法の運用は、製造業や流通大手の小売店に対する価格統制に主眼を置いて、共同体であるかに見えるフランチャイズチェーンに対する規制はすくない。しかし、独占禁止法を参考にした米国ではフランチャイズチェーンもその規制対象となっている。
筆者は20年ほど前にマクドナルド社勤務時代に米国カリフォルニア州で、マクドナルドのフランチャイジーとして店舗(日本マクドナルドの所有)を運営し、フランチャイズチェーンのあり方を学んだことがある。その時にカルチャーショックを受けたのが販売価格の設定方法であった。
筆者がマクドナルドのサンフランシスコ地区本部のフランチャイジーオーナー会議に出席したことがある。主催者は地区のフランチャイジーで、出席者はマクドナルドの地区本部関係者と地区のフランチャイジーであった。新製品発表を目的としたフランチャイジーオーナー会議でマーケッティング分析から話が始まった。顧客に対する、自社ブランドの認知度、商品、サービスなどに対する評価まで、数十項目の分析を元に、自社に必要な新メニューのカテゴリーを抽出する。それを元にどのように商品開発をしたのか、新商品に対するテストマーケットの客の評価と売上動向、利益率の動向を提示する。新商品をどうやって販売して行くかの広告宣伝戦略、テレビコマーシャル、店舗に来させる販売促進手段、看板、店舗内POPなど詳細な説明を行う。そこで幾つかの提案に対し、オーナーの採否を取って決定していく。最後に新規投資の内容、必要な調理機器、人員の増員、教育、そして損益計算書,等をプレゼンテーションし、オーナーからの質疑を受け付ける。
渡された資料を見ながらふと筆者は、疑問を抱いた。それは新商品の値段をいくらに設定するかの指示がなかったことだ。標準価格や推奨価格など,一切の価格の提示がなかったのだ。「まったく、肝心な内容が抜けて、原稿をちゃんとチェックしたのかな?」と思いつつ、「新商品の値段設定はいくらなんですか?」と質問をした。ところが「ここではそんな値段の論議はできない」と偉く怒られ、周囲のオーナーからはブーイングを浴びせられてしまった。
会議の後に別室に呼ばれ、丁寧にその理由を司法省反トラスト局や連邦取引委員会(FTC、Federal Trade Commission)の法律を元に説明してもらった。その説明によると、フランチャイジーの会議で商品の値段を話し合うことはFTCによると,価格の談合に当たり、不公正な価格統制と認定されるので、一切論議はしてはいけないと言うことであった。会議にはフランチャイジーを管理する地区本部長(米国マクドナルド社員)が出席しており、価格を指示すれば価格統制になる。フランチャイジー同士の価格の論議も談合やカルテルとなるという厳しい考え方であった。これは日本のフランチャイズチェーンの常識からかけ離れた事であり、大きなカルチャーショックを受けた。
勿論チェーンであるからかけ離れた価格設定はできない。そこで、各地区の直営店がその地区の物価を考慮したうえで直営店の価格を設定する。地方であっても町の中心と郊外では微妙に価格を変更している。それを直営店価格として公表しているので、フランチャイジーはそれを参考に個々に価格設定を行う。店舗の価格表にはフランチャイジーが個別に価格設定できるような工夫を凝らしている。
米国は独占禁止法の運営が厳格であり、上場企業は細心の注意を払わなくては、莫大な制裁課徴金を支払う必要があるからだ。米国マクドナルド社のフランチャイジーは店舗を運営していく上で、マクドナルドの指定した食材を仕入れなくてはいけない。日本のフランチャイズチェーンの場合、本部が出資する会社や本部から直接仕入れさせることが多いが、米国ではこれが独占禁止法上問題となる。そこで、マクドナルドと資本関係は一切持たない食材の運送業者を地区で数社選定し、フランチャイジーはそれらの業者と価格交渉をして納得できる業者を選べるようにしている。マクドナルド社はその運送業者から一切のリベートを受け取らない。これも不当価格となるからだ。また、マクドナルド社は故レイ・クロック氏がカリフォルニアのマクドナルド兄弟の店舗にアイスクリームの機器類を販売しに行くことがきっかけとなって誕生した。そのため、創業当時のレイ・クロック氏はそのアイスクリーム機器製造会社を所有していた。しかし、マクドナルドのフランチャイジーに機器を販売する上で、独占禁止法上の問題があるとして売却をしてしまった。
このような米国の状況から見ると日本公正取引委員会の独占禁止法の運営は、製造業の規制から流通業、そしていつかの時点でフランチャイズチェーンの価格のコントロールに目が向くことは確実だろう。外食やコンビニなどの大手フランチャイズチェーン
のHPを見てみるとメニュー価格を全国統一にしてHPに価格記載をしている。これは独占禁止法を厳格に運用すれば、価格統制かカルテルとなってしまう。経済的に合理的な価格設定だけでなく、法律的な側面を把握する時期にきていると言えるだろう。

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