合理的な和食厨房の知識(柴田書店 月刊食堂1993年12月号)

合理的な和食厨房の知識

ハイテク和食キッチンを作るための厨房機器の知識

本来和食はかまど、流し、盛りつけ台、等があれば特殊な厨房機器を必要としないものであり、必要なのは腕の良い板前であった。
それが近年の和食回帰ブームにより、洋食のファミリーレストランチェーンが和食のチェーン展開に乗り出してから大きく変わりだしてきた。ファミリーレストランと同じく板前ではなく、アルバイトに和食の調理をやらせているのである。また和食のチェーンも藍屋やサトのようなファミリーレストラン的な和食の世界から、天丼の「てんや」やダスキンの「ザ�どん」のような和食のファーストフードの展開が始まってきている。単品のメニュー、自動化の機械の使用、マニュアル化により、作業の標準化とコストダウンを図り急速に店舗展開をしている。従来の和食の業界も味にこだわっているだけでは、コーヒー業界でのドトールコーヒーなどのスタンドコーヒーや、ファーストフードの安いコーヒー等に前に大きな影響を受けた、喫茶店業界のようになる危険性がある。
従来標準化が難い板前の世界を誰にでも出来るようにするために、マニュアル化と、トレーニング方法の確立、アルバイトでも調理できる調理機器、食材の開発を積極的に行い、価格競争力をつける事がこの低迷した経済状態の中で必要になってきているのである。
スカイラーク系の夢庵では冬眠の魚の活け造りまで、アルバイトにやらせている。切り口はきれいではないが、少なくても魚は食べている間は生きて動いており、その値段を考えると評価に値する。調理ノウハウについても築地の田村に依頼しアルバイトにも高級な料理が出来るようなトレーニング体系の開発をしている。また新型の機器の活用にも積極的であり、魚を焼くためにコンベアータイプのインピンジャーオーブンを使い、省力化と品質の安定を図っている。

関西系の和食からスターとしたサト等の場合、和食を十分理解し、かつ洋食の経験を十分に生かした厨房の設計をしている。洋食のレイアウトとの共用性、味噌汁ディスペンサー、天ぷらフライヤーの開発など、コストと性能のバランスをよく考えた厨房である。

和食の厨房機器を考えるときには従来の厨房は余りお金をかける必要はなかったため、機器を導入するときにはその費用に対する効果が大きな問題となる。今回はどの様な厨房機器の導入が費用的に効果があるかも考えながら説明して行きたい。

1)味噌汁
味噌汁は作り置きが出来るが、保温していくと煮詰まり味が変化してしまう。牛丼の吉野屋ではパウダータイプの味噌汁ディスペンサーを使っている。煮詰まった味噌汁より良いというがやはり品質的にはやや問題がある。味噌汁を液状にしバッグインボックスに充填し、それをスープ用の濃縮液状ディスペンサーを使っているチェーンがあるが、品質的に大変安定しており、今後普及してくる物と思われる。吸物は味噌汁よりもデリケートであるが、液状の場合には大変品質がよい。 この場合注意しなければいけない点は、原材料は品質管理がしっかり出来るメーカーの物を使用する必要がある事と、ディスペンサーは水圧の影響があっても湯の抽出量が安定し且つピーク時にも温度が安定している機器を選定する事の2点である。
2)茶碗蒸し等の蒸し
茶碗蒸しはあまり高い温度で蒸すとスが出来てしまうので、80から85℃ で蒸すのがよい、一般的にはセイロで温度調整は蓋を開けてすれば良く、 オーダーごとに作ると時間がかかるので、保管庫が必要であるが、簡単なウオーマーを使用しても温度管理さえ出来れば問題はない。 蒸し物が茶碗蒸しのみであればセイロを使用した方が経済的であるが、その他に蒸し物がある場合は、スチームコンベクションオーブンを使用するとマニュアル化が出来、失敗がなくなる。温度と時間を設定して蒸すと、三つ葉を最初から入れても色が鮮やかに仕上がるし、オーブンの中で保温をする事もできる。
3)天プラ
和食の店舗ではまだフライヤーを使用せず、板前がガス台で、天プラ鍋で揚げている例が多い。フライヤーでは底が深い為、天プラが花が咲かないとか、うまく滑らして入れる事が出来ないという問題があるのであまり使われていないが、火災が多いため、東京都の消防の指導では、今後温度の制御が出来、且つその温度コントロールが壊れたときの安全装置である加熱防止器のついたフライヤータイプに限定されるようになってきているので、フライヤーで天プラを揚げる工夫が必要になってくる。
なお、電気タイプのフライヤーの方が安全であるといるように思われているが、最近のデーターでは電気フライヤーも火災が増えてきているので注意されたい。電気フライヤーの温度コントロールは、温度が設定温度より高くなったら温度センサーが感知して、電気接点を開き電気の流れを遮断してコントロールするが、電気容量が大きいため電気接点が溶着してしまい、温度コントロールが出来ずに加熱し発火する事がある。一般的に加熱防止器がついているが温度コントロールと同じ電気接点を兼用してコントロールする場合が多く、その場合電流を遮断できず火災が発生する事がある。ガスの場合は電気容量が少ないのでこのトラブルは少ない。電気フライヤーを購入するときには、この電気接点のトラブルの少ない物や、加熱防止器が温調サーモの電気接点とは別に独立しているものを選ぶ必要があるので注意されたい。天プラの場合は、誰にでも揚げられるように天プラ粉を使用する事が必要である。カウンターで揚げてすぐに出せる場合はあまりカリッと揚げるとまずいし、厨房から遠い場合はカッリット揚げて置かないと、お客様が食べるときにべたっとした天プラになってしまうので、粉メーカーと店舗の形態に合わせた天プラ粉の仕様を打ち合わせる事が必要である。

チェーンによっては既にガスフライヤーの底に工夫を凝らし海老天プラでも丸く綺麗に揚がるようにしているところがある。一般的に中間加熱タイプのフライヤーの場合は、コールドゾーンに揚げ物が沈んでしまうために、浅くなるように仕切り板をおくが、この材質や形状を工夫することにより天プラ鍋と同じように綺麗に揚げる事が出来る。材質を熱伝導の良い物を使用したり、ステンレスの場合は板に穴を開け天プラ油の対流をしやすくするのが秘訣である。最近では天プラ専門のフライヤーも発売されているので店舗に合わせた形で検討する必要がある。
天プラの出が少なくめんどうな場合は、プレフライの天プラを冷凍したものがあり、店舗でもう一度フライするか、オーブンで加熱すれば良い物まであるので、店舗の形態によって検討する価値がある。
なお、最近電磁誘導加熱方式のフライヤーの熱効率がよいといわれているが、実際には電気ヒーターと変わらない熱効率である。安全という事も言われているが大容量の電流を流すという意味では電気フライヤーと同じであり、加熱防止器のトラブルには気をつけないといけない。電磁誘導加熱方式がよいと思われるのは、客席に置くしゃぶしゃぶ等のコンロである。テーブルと同じ仕上がり表面になり、調理中以外は熱くならないし、排気ダクトもいらないので効果的である。ただし、注意しなければならないのは大きな電気容量が必要なので、キューウビクル(トランス)の容量に注意しないと設備コストや、電気代などのランニングコストが大幅に高くなったりするのでよく検討する必要がある。

以上の3点の商品は上記のように機器を選定すると、費用に対する効果が高い。 さらに、差別化をする為には以下の機器の採用が考えられる。
1)電子レンジ と解凍庫
通常、解凍と、再加熱に使用されるが、選定に当たっては以下の点の注意が必要である。電子レンジはマグネトロンから出された電波が、食品に含有している水分の分子を振動させ摩擦熱で温度を上昇するのである。マグネトロンは電波の発生量が使用時間により減少してくるので、長く使用してくるとマニュアル通りの時間では加熱できなるなるといる問題と、製造時点からの発生量のばらつきがある。そこで、選定に当たってはマグネトロンの交換時期がチェックできる物が良い。また、定期的に、一定量の水の加熱時間を計測し、基準を越えたら整備をする事が必要である。マグネトロンからだされる電波は、水分、油分、カーボンに良く吸収されるので、電子レンジの中の清掃を怠ると、食品の加熱時間が長くなるので清掃を忘れてはならない。
なを、購入に当たっては、温度分布のムラのない物を選ぶ事が大事であり、カップにいれた水を、場所を変えて置き温度上昇の時間のバラツキをチェックする。
電子レンジを解凍に使用する場合は、大量に解凍する場合には時間がかかる。マグネトロンから放射された電波は、氷には吸収されず表面から溶けた水に吸収され加熱して行くために温度ムラがでるが、それを防ぐために、断続的に電波を放射するために、量が多いと時間がかかるという欠点がある。品質を保ちながら、大量に解凍するには、氷温冷蔵庫などや、高湿度冷蔵庫を使用するとよい。
冷凍の食材の解凍と保管に氷温冷蔵庫を使用している天プラ専門店もあり、味に大きな違いがでる。
2)オーブン
魚などを大量に焼く場合には、ジェット噴射式(コンベアータイプのエアーインピンジメント)オーブンの採用が考えられる。 オーブンには、自然対流式、強制対流式、ジェット噴射式、スチームコンベクションがある。
自然対流式は、食品の回りを包み込んでいる冷たい空気の境界層が厚く、特に上部の真ん中はまったく熱気に触れない。 コンベクションオーブンは強制対流式であり熱境界層を、空気を強制的に循環させる事により熱境界層を薄くするが、風向きに対する方向性が出来、風に向かっている食品の縁の部分がより早く加熱されて焼きムラが出来る。
ジェット噴射式は、熱風のジェット空気が食品の上下から噴射する事により、熱境界層を吹き飛ばし、短時間に焼き上げ、コンベアーを使用する事により焼きムラを防ぎ且つ、焼く時間をタイマーでコントロールする事が出来る。
ジェット噴射式オーブン(エアーインピンジメントオーブン)は、同じ物を大量に安定して焼くのに向いており、魚を焼いたり、天プラのみ大量にでるところでは、フライ後冷凍の天プラを再加熱しているところもある。
いろいろな調理をする時には、スチームコンベクションオーブンが向いている。スチームコンベクションオーブンは、蒸気の潜熱を使用して加熱するために、オーブンの中でもっとも調理時間が早く、蒸気があるため食品が乾かず和食に適したオーブンである。
温度を設定できるので、茶碗蒸しなどはスが入らず三つ葉などを最初から入れても変色せず綺麗に仕上がる。野菜を蒸すとビタミンが失われず、かつ色が綺麗に仕上がる。シュウマイ等の蒸し物は、セイロと異なり表面がベタベタしなく形崩れせずに仕上がる。
煮物はバットに具と汁をに入れ、スチームで加熱すると20分から40分で型くずれせず、色も鮮やかに仕上がり、途中で掻き回す手間も入らず、大量に作る事が出来、味の標準化が容易である。
海老などを蒸す場合68℃位で正確に調理すると背が曲がらず目減りも少なく触感もユニークに仕上がる。特に高級な和食では真空調理をする事が出来るので良く使われるようになってきている。
魚や、鳥肉を焼く場合でも、高温蒸気のコンビネーションのモードで焼くと焼けが早く ジューシーに仕上がる。最近では冷凍の焼き魚を解凍して使う例が増えてきたが、コンビモードを使用すると冷凍の状態から直接加熱する事が出来、且つ乾燥しないので品質が良い物を出す事が出来る。
鍋物でウドンを出す場合、冷凍ウドンをコンビネーションのモードで加熱すると3分位で解凍でき品質も大変良く、常時湯を釜でグラグラ沸かす必要がなく、作業環境が良くなり、スペースの節約にもなる。和食店でうどんをしゃぶしゃぶで出す量であれば、冷凍うどんの方が品質も良い。うどんのコシの強さはゆで上がり後の麺の内部の水分勾配で決まるのである。内部の水分率が50%、表面が80%位がコシが強いといわれる水分勾配である。うどんはゆで上がり後どんどんこの水分勾配がなだらかになっていく。つまり柔らかくなっていくのである。ゆで上げ後すぐに冷凍すればこの水分勾配は変化なく保つ事ができるのである。冷凍耐性も澱粉の混入により問題がなくなっている。物によっては冷凍の方が品質がよい場合があるので、偏見を持たずに試す事が大事である。
また、冷凍のご飯や、混ぜ御飯を解凍する事もできるので便利である。 スチームコンベクションオーブンは大変高価な機械であるが、蒸す、焼く、煮るの調理を1台の機械で出来るので、品質を考えると今後広く使われていくと思われる。
メーカーにより蒸気の発生量が大きく異なるので選定の際には実際に使って見る事が大事であり、電気式は十分な電気容量が必要になるので、ランニングコストを考えるとガス式のスチームコンベクションオーブンを導入するべきである。
3)保温庫
加熱調理した温かい料理を保管しておく保温庫は、サービスを早くするためには重要な役割を果たしている。保温庫には、ドライの保温庫、ドライだが庫内の棚に不凍液を加熱した物を循環させそれで棚の上においた食品を直接保温する保温庫、加湿の保温庫の3種類がある。
保温庫には、おしぼりを温めるような簡単なドライの保温庫があるが、茶碗蒸しのような蓋をしたものなら充分である。ただし、温度調整が出来、庫内にファンがあり温度のムラが無い事は最低条件である。
最近は加湿保温庫が出てきているが、この用途はかなり広いものがある。食品は、必ず水分が含んでおり、それが一定より多かったり少なかったりすると、パサパサしたり、水っぽいという表現で品質の劣化としてとらえられる。調理後の食品を単に乾燥した保温庫に保管すると、水分が失われ品質が劣化する。そこで保温庫に加湿コントロールをつけた物が出てきている。焼き魚や、ご飯、煮物などを乾燥させずに長時間保管する事が出来るようになってきている。また前日調理後、冷蔵保管した煮物などを再加熱する際、バットに入れたまま、加湿の保温庫にいれ蒸気量を最大にして加熱すると、味が煮詰まらずに最適な温度に早く加熱されるし、そのままサービスする事が可能である。
加湿の方法にはいろいろあるが、最近では加湿センサーがついた物が多くなってきている。精度は高いがセンサー部分に油がついたり、食品中の酸性の物質が蒸気に溶け込みそれがセンサーを腐食させるといる問題があり、機器を選ぶときにはセンサーの耐久力に問題がないか?、交換が簡単に出来るか?、注意して購入するべきである。

4)クックチルシステム
和食の世界でもセントラルキッチンの導入が必要であるが、品質を考えると、冷凍ではやや問題があり、冷蔵では日持ちしないというジレンマがあった。その解決策としてクックチルシステムがでてきたのである。 クックチルシステムとは、食品を調理後急速に冷却する事により、細菌の繁殖を押さえ、冷蔵の状態で最長45日間保管出来るというシステムである。
クックチルの方法には冷却方法により2種類の方法がある
ブラストチラーの方法は、オーブンやケトル、ガスストーブで調理した食品をステンレスのパンにいれ冷却したエアーを吹き付け90分以内に強制冷却する物である。冷却に時間がかかるために保管期間は5日間と短く、ステンレスなどのパンが必要なため、容器の回収と洗浄が必要であるが、魚や肉の焼き物に向いている。
タンブルチラーシステムの場合には調理した物を、液体状の物(ソース、カレー、煮物等)はポンプで直接ケーシングし、それを1度℃の水で急速冷却する。1時間以内に冷却するために氷温状態の温度で30日から45日の保管をする事が出来る。
魚や肉の固形物の場合はプラスチックバッグに真空パックした後、湯で加熱しすぐに冷却水で急速冷却する事により同じく30日から45日の氷温状態での保管が可能である。
店舗で使用する際は、真空調理のように湯煎で加熱するか、スチームコンベクションで加熱するだけで済み、調理時間と調理人の大幅な削減が可能であり、味の統一も図る事が出来る。
アメリカでは、このクックチルシステムはタンブルチラーシステムのみで既に140カ所の大規模調理施設で導入されているが、日本の場合、ブラストチラーのシステムが2カ所、タンブルチラーのシステムが3カ所に導入されたばかりであり、これからメニューの開発とともに急速に導入が進むと思われる。今後さらにこのシステムの詳細紹介を行って行くつもりである。
以上、色々な機器の可能性を述べてきたが、保守的な和食の世界も急速に、ハイテク機器の導入が進んでいるので、店舗の規模に応じて研究を怠りなく進めないと、この難しい経済状態の中で利益で大きな差が出てくると思われる。また食材メーカーの技術革新力はかなり早いものがあるので、常に新素材を、コストと見合わせながら検討し続ける事も忘れてはならない。

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