特別企画 和食厨房の研究(柴田書店 月刊専門料理)

和食厨房のハンディはあるのか?

日本料理は技術革新できないのではないだろうか?
筆者がそう思う最大の理由は、日本料理業界で働く皆さんの考え方に問題があるからだ。日本料理は、日本独自の特別な料理であり、フランス料理、中華料理等とは違うのだ。技術革新は無理だ。合理的な調理機器なんてなんにもならない、包丁一本あればいいんだ。と思っていないだろうか。そう思っていたらまず、厨房の改善はできないし、技術革新なんて夢物語だ。
日本料理にも技術革新が必要な理由
不景気
従来のままであれば厨房の技術革新は不要であった。しかし、バブルがはじけ、物価とともに皆さんの店舗の客単価も大幅に下落したはずだ。「いや、数年我慢すれば良いんだ」と思っているととんでもないことになる。今回の景気の回復には時間がかかるし、従来とは異なる構造的な変動があるのだ。従来は給与は年齢に比例して上がり、毎年数%上昇してきた。しかし、企業のリストラが進行し、従来の日本料理のスポンサーであった40歳以上中高年層の給料の向上が望めない氷河期が到来しているのだ。

競争の激化
更に、円高による食材コストの低下が飲食業以外の分野から飲食業を脅かしつつあるのだ。現在の飲食業のライバルは飲食業の中ではなく外に存在する。飲食業の最大の売上を誇るのはマクドナルドで年商2125億円である。しかし、実はマクドナルドより売上の高いチェーンが存在するのだ。それは、コンビニエンスストアーだ。セブンイレブンの年商は1兆2,819億円であり、ファーストフード(FF)部門の売り上げは22%といわれているので、FFの年商は2,820億円と推定される。つまりセブンイレブンが日本最大の飲食チェーンとなる。「いやー、コンビニエンスに売り揚げが影響されるのは、ファーストフードだけだよ」とおっしゃるかもしてないが、とんでもない、実はコンビニの売上はホテルの飲食を浸食しているのだ。

銀座帝国ホテルの部屋には、ダイエーのローソンの弁当などの紙屑がいっぱいだ。リッカービル1階のローソンの最大の客は帝国ホテルの宿泊客だ。品川駅にある京急ストアーの地下食品売場は、夕方になると近隣のホテルに滞在している外人客が一杯だ。その為、昨年オープンした品川プリンスホテルのレストランのランチは1,000円で提供するような低価格路線をとらざるを得なかったほどだ。

コンビニエンス、食品スーパーは不景気の現在、外食マーケットの取り入れに真剣に取り組んでいる。これらのチェーンで優れているのは物流だ。産地から新鮮な魚介類を輸送する技術に真剣に取り組んでおり、最近の刺身類の鮮度の向上は著しい。恵比寿のガーデンプレースの三越の地下の食品売場を見たら驚く。三越は高級百貨店であるがここの地下売場では、ディスカウントの鮮魚商中島水産に大きなスペースを当てている。ここの売り物はなんと持ち帰り鮨だ。今や高級百貨店でも外食マーケットを低価格路線で虎視眈々と狙っているのだ。日本料理だけいつまでも特殊な値段でいてはあっと言う間に取り残されるのだ。

労働人口の減少
もう一つの要因は労働人口の低下だ。西暦2000年には、15歳から54歳までの労働人口は、77万人も減少する。その後はもっと厳しい状況にある。これからの飲食業の最大の課題は労働力確保だろう。その為には人材育成方法が重要だ。仕事は見て盗む物だ、式の旧型人材教育では、この労働人口減少の世の中、人材がいなくなるだろう。

日本の伝統的な武道で残っているのは、トレーニング体系を確立した、武術のみだ。ゲーム的になったと批判を浴びている、柔道にしても、加納治五朗が柔道の型を系統立てて、トレーニング方法を合理化し、危険な技を禁止したり、体重制導入の試合方法等により、体力に関係なく世界中の人が楽しめる競技になったのだ。危険な武術からスタートしても常に、改善することにより近代的なスポーツとしてオリンピックのゲームとして認知されるようになった。

それに引き替え伸び悩んでいる武術は数多くある。例えば弓道であるが、和式の弓にたいする技術革新がないため、西洋式のアーチェリーに正確さと強さででひけを取り、精神修養としての存在にすぎなくなっている。その為世界的なスポーツとしての位置を確立することが出来ないのだ。

人材教育は、まずどんな教育プログラムがあるのか、3カ月後にはどんな仕事をマスターするのか、それまでにどんな方法で仕事を覚えるのか、合理的な教育方法をわかりやすく示すことが大事だ。目標を明確にすることにより、いくら修行が苦しくても、耐えることが出来るのだ。目標がないとどうなるだろうか。

筆者の飲食業での経験はレストラン西武時代の2年間のダンキンドーナツ部門在籍と、マクドナルド社での19年間の経験だ。殆ど外資系の合理的な教育だが、筆者のサービス教育の原点は武道にある。大学時代に運動部に所属しており、そこで礼儀作法を厳しいしごきの中で仕込まれた。同期は50人ほど入部したが、3カ月後に残ったのは4人だけだった。残ったのは体の大きい強い者ではなく、先輩がこわくてやめられなかった体が小さく、気の弱い筆者たちだけであった。何故、優秀な体の大きい者がやめていったかというと、まず、練習時間が何時に終わるか決めていない、どんなトレーニングをするか分からない。急にしごきが始まったり、腕立て伏せを何千回もやらせたりするので、精神的に参ってしまったのだ。

しかし、この体力はダンキンドーナツ時代には役にたった。外資系というと機械化した調理機械でなんでもマニュアル化してあると思っていたが、米国ダンキンドーナツから日本に技術指導に来たのは職人だった。各食材のスペック開発から筆者たちに対する調理指導まで全て一人で行ったのだ。

ドーナツのチェーンは、ドウの仕込から発酵、フライまで店舗で実施する。その為ドーナツマンという専門職の養成が必要になってくる。普通、パン屋の職人は一人前になるまでに何年もの徒弟奉公をし、先輩の仕事を見よう見真似で覚えるという、前近代的な人材育成方法である。それでは急速なチェーン展開はおぼつかないので、ドーナツマンの養成を効率よく短期間でおこなうべく、ドーナツ大学というトレーニングセンターを作り、30日で養成出来るようにした。また、粉を事前にプリミックスし、温度調節をした一定量の水を合わせれば自動的にドウが出来るようなっている。

ドーナツ大学というと、何か学問を教えるように思うが製造の実務が中心であり、ただひたすらにドーナツを作るのである。従来のパン職人の養成と異なるのは、原材料がもったいないからと言って店舗で作り方を教えるのと違い、トレーニング中の完成したドーナツは惜しげもなく捨ててしまう事である。これにより、普通3ー4年かかる発酵技術の難しいイースト菌のドーナツの製造を、1カ月で教えてしまうのである。

卒業試験が変わっている。8時間以内に2、000個のドーナツを完成しなければならない。どんなに良い形のドーナツを作っても、数が2、000個に満たないと卒業出来ないのである。このようにして職人を短期間で養成するというシステムがあるからこそ、世界中で数千店の店舗展開を成功させたのだ。

マクドナルドの調理というとマニュアル通りに作れば、機械化されているから調理技術なんか不要だと思われるだろう。しかし、少ない商品でも世界中の国で全く同じ味を出すには、原材料の入手、機械の開発など本当の職人による開発が必要だったのだ。グリドルの開発では、徹夜を数カ月も必要だったし、挽き肉も全部が同じ味になるように、工場に何日も泊まり込み、いやになるほど焼いたのだ。外から見えない部分でしっかりと、食材、機械の技術革新を行っているから、アルバイトでもマニュアル通りに調理が可能になったのだ。今ではアルバイトが調理できるようになるまでに15時間しか必要としない。

和食の技術革新とチェーン化の可能性
本当に日本料理は技術革新が出来ないのだろうか。日本料理の技術革新によるチェーン化に挑戦した企業がある。すかいらーくの藍屋である。藍屋はバブルの波にのり、60店以上まで急成長した。藍屋のメニューは、てんぷらと煮物、焼き物であった。ここまで標準化して展開できたが、和食の醍醐味である刺身、特に魚の活け作りはアジまでしかできなかった。そこで本格的な活け作りに挑戦するために夢庵を開店したのだ。現在では夢庵は低価格路線を歩んでいるが、元々すかいらーくが開発した冬眠魚による活け魚チェーンの構想からスタートしたシステムなのだ。

築地の有名な料亭の指導の元に活け魚料理をアルバイトに調理させようと言うコンセプトだ。魚の切り口はきれいではないが、少なくても食べている間は生きて動いており、その値段を考えると評価に値した。調理ノウハウもアルバイトにも高級な料理が出来るようなトレーニング体系を開発し、魚を焼くためにコンベアータイプのインピンジャーオーブンを使い、省力化と品質の安定を図っていた。残念ながらバブルの崩壊により、低価格路線に切り替えざるを得なくなったわけだが、高級日本料理の技術革新としては最先端であった。

現在最も成功しているのはメニューの絞り込みによる和食の展開だろう。そのなかで、てんぷらのてんやが注目されている。

まず、衣に対する油の吸油を抑え、衣がカリット揚がるようにした。従来の衣では、完成品重量に対して12‾20%の重量の油分を含んでいたが、衣の改善で、7%に抑えるようにし、毎日食べても油っこさを感じさせないようにした。次に毎日食べても厭きがこないように胡麻油にこだわらず、なるべくあきのこないさっぱりした油を使用した。

決め手は誰でも調理できるような自動化のフライヤーの採用だ。アルバイトでもその日から調理できるのだ。そして、毎日サラリーマンが食べられるような価格で、昼の忙しい時でもファーストフードのようにサービングタイムを3分間くらいと短くし、急成長を遂げている。500円玉であそこまでの品質を達成できたのは素晴らしいことだ。

日本料理の厨房の問題点と改善のポイント
日本料理の厨房の問題点は土間における、かまど、と、流しによる、調理方法を引きずっているという点だ。だから水を流しっぱなしの厨房で下駄を履いて平気なのだ。 まずドライキッチンにする必要がある。ドライキッチンにするためには一カ所で全ての調理をするのは無理だ。フランス料理のように下拵えの厨房と、調理の厨房を分けるべきだ。下拵えの厨房で魚をおろし、野菜の準備をする、フランス料理の厨房を学ぶ必要があるだろう。

日本料理の厨房の技術革新は簡単だ。技術革新をしたいという気持ちあれば直ぐに出来る。一番肝心なのは経営者、調理人、従業員全員が技術革新をするという気持ちだ。 厨房のドライキッチンは簡単だ。水を流さないと言う決断が重要なだけだ。休みを人並みに取りたければ真空調理が必要だ。レシピーをちゃんと作成したければ、調理温度と時間管理(TT管理)が大事だ

成功した実例
筆者が言うよりも厨房の技術革新を実施している京都の老舗、懐石割烹 菊乃井 の専務取締役 村田吉弘 氏の話を聞いた方が早いだろう。

「従来、日本料理屋は利益率が高く、老舗という事で、旦那は職人に仕事を任せておけば良かった。しかし、現在のように競争が厳しくなると、経営者が自ら調理人として調理をせざるを得なくなってきている。経営者は協会から派遣する調理人に痛い目にあっているので、自社で調理人を養成するようになってきている。そのためには、調理人を早く養成する必要性がでてきている。従来の様な仕事は盗む物だ式の前近代的な精神論では、人材育成に時間が永遠にかかり、結果として仕事の出来ない者に対して高い給料を払う事になり、経営に支障を来す。

現在ではいくら修行であるといっても或程度の給料を支払う必要がある。また最近の若い人はいくら修行とはいえ、何年後にはどのくらいの職位と、給料になるかという人生設計をしっかり考えている。昔であれば10年かかっていた事を5年くらいで修行しないと、将来に不安を感じ、他に職を探すようになっている。 つまり、従来よりも短時間で教育しないと、会社としての経営も成り立たないし、人材の定着性も損なわれるのだ。

早く調理を教えるには、誰でもそれを見て作ることが出来るような具体的な調理マニュアルが必要である。勿論全部マニュアル化は出来ないし、新しい料理や材料の開発も必要であるが、どんな料理でも基本は一緒であり、マニュアルがあればそれを応用して簡単に出来る。10年かかって教えていたことを5年間で教えるためには、調理方法をマニュアル化し、レシピー化する事が必要である。日本料理もいつまでも経験と勘の時代ではない。見て覚えるトレーニング方法では、味は一代で終わってしまう。代々に味を伝えるには、マニュアル化が必要である。マニュアルは永久に変わらないのではなく、時代に応じて変化させているのである。そのためには、ファーストフードのマクドナルドのような商品も馬鹿にするのでなく、なぜそんなに売れているのかを研究していく必要がある。

レシピー化のためには中心温度の設定と時間管理(T.T.管理)が大事である。といっても従来の経験と勘に頼っていた職人に、直ぐにTT管理をやれといってもできない。TT管理を簡単に出来るハードウエアー、つまり調理機器の合理化も必要になってくるのだ。

そこで温度と時間を正確に管理しマニュアル通りに料理を作るために、スチームコンベクションオーブン(SCO)を導入したのである。勿論新しい機械を導入するには、従来の調理方法を変更し、手順も変える必要があるので、なれた従業員ほどいやがる。若いフレキシブルな従業員ほど抵抗なく新しい調理機器に取り組むのだ。新しい料理を考えるときに味付けは大事であるが、それよりも、素材を理解する事が大事である。材料により味の染み込みが違うがなぜそうなるのかという事を素材と対面しながら考えれば、どんな機械でもすぐ使いこなす事が出来る。勿論なんでもかんでも、調理機器を自動化すればよいのではない、中小の店舗では使いきれないし、高価すぎる。まず一重要な、戦略的な機械を購入し使いこなすことが重要だ。

菊乃井は古い料亭であるが、何十年も同じ味の料理を出すわけにはいかない。常にお客様の動向を見ながら慎重に新しい料理を開発する必要がある。従来の日本料理のように、企業接待や、金持ちに頼る商売では安定性がない。もっと顧客層を広げる必要がある。その為には、ポケットマネーで食べる普通の顧客を確保しなければならない。そうすると従来のような値段ではやっていけない。また、若い人は従来の日本料理は値段が高いのに量が少なく満足できないと思っているのだ。そこで、個人のポケットマネーでも食べられる金額で、ボリュームたっぷりで食べ残す位の量を出そうと考えた。

料理の順番はふつうは、お造りの後、椀をだすが、菊乃井では椀の変わりに蒸し物を出している。ここで特徴と、ボリューム感を出すのだ。その為、この蒸し物に一番手をかけるようにしている。そのために、高価なSCOを購入したわけで、戦略上欠かせない機器として活躍させている。

蒸し物をやる場合のSCOのメリットは、温度の快復力が早いという事である。お客様のペースで調理するので頻繁にドアーを開け閉めしなければならず、温度の快復力の良い物が必要である。温度が下がって時間がかかりすぎると、料理のダレが出てくるのである。蒸した後、そのまま庫内に保管しても冷めにくく、お客様のペースに合わせ易い。また庫内の温度が一定である事もマニュアル通りの時間コントロールのために重要である。従来の蒸し缶であれば、湯の量、最初の水温でスチームの出方が変わるし、上下、等の置く場所で出来上がりが変わってしまう。SCOの導入で厨房の小型化が達成できたし、温度環境が良く働きやすくなった。厨房にはなるべく熱が外に直接出る様な調理機器を使用したくないのだ。」

このように、村田専務は経営に対する明確な目標を持って、人材教育の革新とそれに必要な調理機器の導入を図っているのだ。村田氏は、本格的に日本料理に取り組む前に、フランスにわたりフランス料理の修行をしている。そこで逆に日本料理の良さに芽生えて、本格的に取り組むようになったのだ。その為に、氏の料理は本格的でありながら、常に積極的に他の料理を勉強し取り入れている。

京都の日本料理界は最も古い歴史をもっていながら、将来の目標をしっかりとつかんでいる。美濃吉、天き、等、伝統的な日本料理をきっちりと守りながら厨房の合理化をしっかりと達成している。そして、これらの店舗の調理場より素晴らしいのは、その経営に対する考え方だ。是非皆さんも厨房を見るだけでなく、経営者の考え方を学んでいただきたい。

新しいの日本料理の息吹
テレビ番組の「料理の鉄人」では、料理そのものより、調理を目の前で楽しませるというスタイルを定着させた。今後は単に味よりも調理そのもののプロシージャーを楽しむ時代だろう。そして調理工程を見せるオープンキッチンが中心になってきている。料理の鉄人の道場六三郎の経営するブラッセリー六三郎がその代表である。

日本料理だけでなくホテルでも同じ現象が起きている。昨年オープンしたパークハイアットのメインダイニングは、ニューヨークグリルだ。エレベーターを降り新宿の夜景に度肝を抜かれて、クロークを通り抜け、客席に入ると、そこはオープンキッチンだ。目の前で小柄な女性シェフがきびきびとローティサリーオーブン等による調理をしているのを見ながら客席にいくのだ。このニューヨークグリルはメインダイニングだというから驚くではないか。

この両店は東京で最も予約が難しいレストランなのだが、皆さんのお店はこれらのお店のように厨房を全部見せられるだろうか。綺麗な合理的な厨房を作り、見せるだけではなく、客が魅せられるようにするべきではないだろうか。

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