ファスト・フード業のイノベーション(劉暁穎 2016年度学位論文)

立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科ビジネスデザイン専攻

劉 暁穎  LIU, XIAOYING

2016年度学位申請論文

ファスト・フード業のイノベーション ―マクドナルドを中心に―

指導教員 亀川 雅人 教授

<研究概要と目的>

マクドナルド(Donald McDonald)は1939年にロサンゼルス郊外でマクドナルド兄弟により創業した。後にレイ・クロック(Ray Kroc)が買い取り、1953年にマクドナルド・コーポレーションを設立し、全世界に店舗展開する世界最大のレストラン・チェーンとなった。そのため、マクドナルド兄弟やレイ・クロックがファスト・フードを誕生させた先駆者であり、飲食業にイノベーションをもたらしたという功績は高く評価されている。

本論文は、彼らの偉業とその社会的な貢献を評価しつつも、その事業が成功し発展する原因を彼らの個人的な資質以外に求める。彼らの事業の発想やノウハウは、その一つ一つのモジュールに分解すると、彼らのオリジナルとは言えない。一般に、イノベーションは閉鎖的な個別企業の中で突然に生まれるものではない。種の起源にあるように、環境適合を模索し、過去に蓄積した業種を越えた経営ノウハウや経営手法を取捨選択し、これを結合することで新たな経営手法のように現象するものである。マクドナルドのイノベーションも、個々に散在する経営ノウハウや手法を時代環境に適合するように結合したところにある。

米国外食産業の起源からファスト・フード誕生までの歴史、ファスト・フードの成長に大きな影響を与えた大量生産方式、大量生産した製品を大量に販売するためのフランチャイズ・システムという3つの分野に関しては、構築される歴史的な経緯とその必然性、さらには、それらの技術がどのようにファスト・フード・ビジネスとして結実されたか、それから、ファスト・フード・ビジネスに至る過程で、各形態の飲食ビジネスは、その時代における飲食ビジネスモデルに革新的な要素を加え、業種間の諸技術が相互に影響し合い、ファスト・フードの技術革新に至った経路とは何か、マクドナルドの成功要因とグローバル化の成功要因はどこにあるのか、マクドナルドの近年における業績不振は何に由来し何を意味するのか、マグドナルドの成功モデルは外食産業、ひいては海外進出先の外食業界にはどのような影響を及ぼしてきているのか。

本研究では、最も早く世界展開したマクドナルド社を事例に、マクドナルド成功の真のノウハウを探るとともに、現在のマクドナルドが苦境に陥った原因についても考察する。マクドナルドの経営ノウハウ(イノベーション)の源泉を明らかにするために、飲食事業が一つの産業として成長・発展してきたモデルとして、事業を成功に導いた経営管理手法を分析し、外食産業におけるマグドナルドのイノベーション[1]モデルを明らかにする。

結論となるのは、イノベーションの効果とその消滅である。優れたイノベーションは、必ず模倣される。その時間の長短が、イノベーションの価値を決める。第二次産業の生産技術である大量生産方式や販売システムとしてのフランチャイズ・システムは模倣され、標準的なモデルとなる。模倣困難なマクドナルドのイノベーションは、米国内で価値を発揮した不動産ファイナンスであり、飲食事業とは異なる異業種の知識をファスト・フード業に結合したことにマクドナルドの強さの源泉を見る。その一方で、この不動産ファイナンスを導入できない海外市場における進出は、多くの競争企業と市場を奪い合う展開になる。

海外市場として魅力のある市場は中国である。中国は従来の輸出国から内需拡大による世界経済の牽引役になることを模索している。13億人の人口を抱える中国では、従来の輸出向け工業製品の製造ではノウハウを構築しつつあるが、内需拡大に必要な卸売業、小売業、外食業などの第3次産業における近代的な生産システムの形成は、まだ緒に就いたばかりである。本研究は、中国の内需拡大策の一助となることも念頭におきながら、中国における近年の外食産業、とりわけ、ファスト・フード業の成長や動向を俯瞰し、近年のマクドナルドの経営不振が後継者育成の失敗とそれによる現地化の失敗にあると考える。模倣が容易な標準的モデルで進出しても、価格競争以外に生き残りが困難である。進出する地域に応じた差別化が必要であり、進出した地位における食文化の知を結合しなければ競争優位を得ることはできない。現地の経営者が標準的なマクドナルドのモデルにローカルな知を結合させる必要があるが、マクドナルドの世界戦略は、ローカル経営者の育成に失敗している。業界2位のKFCとの比較を通して、中国外食産業、とりわけファスト・フード業のマグドナルドの現地化の重要性について検討する。

本論文は外食産業のノウハウの国際技術移転を必要とする中国や、飽和状態に陥った日本外食産業の中国市場への参入を成功させる上で大きく貢献するよう目指すものである。その研究は、中国の外食産業の成長と発展に欠かせない重要なテーマであり、中国の内需拡大にも貢献するものだと考える。マクドナルドの研究は、外食産業に焦点を当てながらも、外食産業に固有の経営問題として捉えていない。むしろ、外食産業が抱える一般的な企業経営の問題として位置づけ、経営管理技術とこれを導入する経営者の育成問題について論じる。


[1] 亀川雅人(2009)p.45イノベーションに関して、時系列的に代表的な議論として、新結合イノベーション、破壊的イノベーション、オープン・イノベーション、リバース・イノベーションが挙げられる。いずれも資産や人の単純な量的成長ではなく、質的変化を伴う経営資源の新たな結合による発展を実現するものである。本稿では,イノベーション自身を明確に定義することを避け、機械やその他の有形な工学上の技術ではなく製造工程や経営計画の策定、コミュニケーションツールや意思決定手法などの経営手法の革新に着目する。

目 次

序 章・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

第1節 研究の背景・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

第2節 研究概要と目的・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6

第3節 研究方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8

第4節 問題設定と先行研究レビュー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9

  1) 外食産業に関する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9

  2) マクドナルドに関する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

  3) 問題提起と結論の要約  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11

第5節 本稿の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12

第1章 標準化のジレンマ外食産業におけるファスト・フード業・ ・・・・・・・・  16

第1節 ファスト・フード業の変遷・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16

    1) 移民による食生活の多様化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17

   2) 自動車の普及による外食への影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 18

    3) ロードサイドレストランの誕生・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19

   4) セルフサービスの誕生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22

第2節 ファスト・フード業 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23

1) ファスト・フード誕生の背景(需要と供給面から)・・・・・・・・・・ 24

2) 日本における外食産業と外資企業の進出事情・・・・・・・・・・・・ 26

第3節 外食産業のトレンド新業態ファスト・カジュアル・・・・・・・・・・ 28

第2章 米国外食産業の歴史・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32

第1節 米国外食産業の発展・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32

第2節 技術的な要因と経営管理のイノベーション・・・・・・・・・・・・・ 37

  1) 経営管理の形成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37

  2) ファスト・フード時代の到来・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43

第3節 ファスト・フード規格の確立と大規模化出来なかった要因・・・・・・ 46

    1) 建物の規格・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46

    2) 制服の自社生産・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46

3) 先行外食チェーン企業はマクドナルドほど拡大できなかった要因・・・ 48

第4節 マクドナルドの誕生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48

1) 合理的な作業配分と低価格ハンバーガーの実現 ・・・・・・・・・・ 48

2) マクドナルドに競合するファスト・フード ・・・・・・・・・・・・ 51

第3章 外食産業に大きな影響を与えた米国大量生産方式・・・・・・・・・・・・ 55

  第1節 大量生産方式の必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55

第2節 米国工廠方式の技術拡散・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56

第3節 フォードの勃興による大量生産方式の確立・・・ ・・・・・・・・・・ 60

第4章 米国外食産業を支えるフランチャイズ・システム ・・・・・・・・・・・ 66

  第1節 フランチャイズ・システムの起源・・・ ・・・・・・・・・・・・・・ 66

  第2節 米国におけるフランチャイジングの発展・・・・・・・・・・・・・・ 68

    1) マコーミック社の販売戦略(販売組織の3つの段階)・・・・・・・・・ 68

    2) シンガー社の販売政策(販売組織の3段階)・・・・・・・・・・・・・ 70

    3) シンガー社とマコーミック社の問題 ・・・・・・・・・・・・・・・ 72

  第3節 フランチャイズ・システムの確立・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73

    自動車産業におけるフランチャイズ・システムの3段階を踏まえて

    1) 自動車産業の勃興期(1901年~1907年)・・・・・・・・・・・・・・ 76

    2) フォード社の一方的に有利の特約店契約(1907年~1937年)・・・・・ 77

    3) モデルT型の終焉とディーラー政策(1938年以降) ・・・・・・・・ 77

第4節 現代的なフランチャイズ・システム・・・・・・・・・・・・・・・・ 79

  第5節 マクドナルドのフランチャイズ・システム・・・・・・・・・・・・・ 80

第5章 マクドナルドにおける経営者教育と起業家育成の失敗・・・・・・・・・・ 83

  第1節 マクドナルドの中国進出と経営者教育の失敗・・・・・・・・・・・・ 84

  第2節 経営者教育の重要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 87

第3節 マクドナルドにおける経営者教育・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90

  1) マクドナルドの人材教育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90

  2)  マクドナルドの標準化した経営者教育・・・・・・・・・・・・・・・ 93

第4節 中国における外食産業の人材育成と標準化の限界・・・・・・・・・・ 96

第6章 経営イノベーション マクドナルドの不動産戦略・・・・・・・・・・・・ 100

  第1節 マクドナルドの財務戦略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 101

第2節 不動産賃貸に伴う一時金の確保 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 103

    1) マクドナルドが不動産を取得してフランチャイジーに貸す方式 ・・・ 103

    2) 不動産取得によるフランチャイジーの管理 ・・・・・・・・・・・・・ 103

  第3節 マクドナルドの経営ノウハウ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 105

結章 結論と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 110

  第1節 総まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  110

  第2節 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  112

参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  113

*学位論文は以下全文(pdf)をご覧いただくことができます。

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