日本の食文化を伝えるこのメニュー 第2回 焼鳥 伊勢廣(日本ハム広報誌 ロータリー 2010年3-4月号)

繁盛している高級焼鳥店が増えている。麻布十番の世良田、銀座のバードランド、北千住のバードコート。フランス風焼鳥の、銀座のヴァンピックル、浅草の萬鳥。これらの店は予約が取り難く、世良田は紹介者が同行しないとお断りするという人気だ。最近開業した、人形町の丈参や、千駄木に開店した今井、等は、高級店よりもちょっと低価格になる工夫をしてやはり予約が取りにくい。
この高級焼鳥店の中で品質トップなのが京橋の伊勢廣本店だ。戦後間もなく建てた木造の2階建てを丁寧に修復しながら使っている、クラシックな外観と内装のお店だ。旧館と新館に合計で3台の焼き台があり、その前はカウンター席になっており、焼きたての焼鳥を堪能できる。
京橋本店、銀座、帝劇、ニューオータニ、の4店舗を経営しているのは3代目の社長の星野雅信さんと専務の星野進哉さん兄弟だ。祖父の星野白久(あきひさ)さんが伊勢廣という日本橋蛎殻町の鶏肉問屋で働き、暖簾分けで現在地の前に夫婦で鶏肉屋を開業した。その後、大正末から昭和の初めに現在の本店のある場所で4席のカウンターで焼鳥屋を始めた。品質に自信のある鶏肉以外の食材、ネギ、シイタケ、しし唐、塩、等は専門家に任して、それぞれの分野で最も良い品質の食材の仕入れをすることにした。「言い値で買い、翌月現金払いをするので一番良い品を。ただし、自分の鶏に合わない場合は返品する。」という品質へのこだわりで、あっという間に高級焼鳥店となった。
焼鳥フルコースは12品で6300円。笹身、肝、砂肝、葱巻、団子、皮身、もも肉、合鴨、手羽、特製鶏スープ、もろきゅう、有機無農薬野菜(ミックスベビーリーフ)だ。創業90年に近いが、実はメニューは開業当時とほとんど同じで、当時と変わったのは、お客様の野菜がほしいという要望で、鶉卵の代わりにもろきゅう、葱巻、ベイビーリーフ、が加わっただけだ。その他、時代の変化であまり量を食べられない人向けに焼鳥7本コース 10品 4725円、焼鳥ライトコース 12品 4725円を用意する。また、女性の顧客が食べやすいように7年ほど前に専務が焼鳥フォーク・チキナーを開発するなど、きめの細かい改善を行っている。高級なシャンパンやワイン、日本酒を置く店も多いが、伊勢廣は「お酒は3合までしか出しません」と焼鳥中心のお店だと主張している。
老舗で苦労するのは創業の味を維持することだ。鳥は創業時には軍鶏を使っていたが、日々焼鶏に合う最上級の鳥を探している。また、すべての食材において、生産者を抜き打ち的に訪問し、問題があれば、飼育方法などに問題があれば取引を中止するという厳しい品質管理をしている。伊勢廣の焼鳥の中でも素晴らしいのはレバーだが、特殊な鳥のレバーを使用するなど素材の特性を上手に使う工夫も凝らす。
葱と鶏肉は同じ太さでないと焼けのバランスが崩れてしまうが、年間を通して同じ太さのネギを仕入れるのは難しい。千住葱問屋にお願いして、愛情を注いで丁寧に栽培している農家の品をセリ落としてもらうようにしている。シイタケも原木にシイタケ菌を埋め込んで作る昔ながらの味のシイタケを使う。サラダのベイビーリーフは機械で収穫すると傷がついてビタミンが低下するので手摘みにこだわっている。七味や山椒も一番良い品を少量づつ仕入れして香りを保つ。 
 ワサビは東京で一番大きな問屋を使っていたが、廃業してしまったので、全国を歩きやっとのことで天城で一番良いワサビを探し出した。笹身が焼きあがる寸前にすり上げて香りが失わないようにする。焼きあげる焼鳥の7割が塩で、3割がタレなので、塩の品質には重要だ。取引先が廃業したので、美味しい塩を探さなければならなかった。通常の塩は単純結晶(立方体)でできており、それを焼鳥にかけると肉に馴染みにくく、塩の結晶が歯に当たって美味しくない。そこで塩の専門家を探しだし、成分分析からはじまりさら
に結晶の形、大きさを特定し、できたてのものを仕入れている。実際に塩を顕微鏡で見せていただいたが、結晶状ではなく、フレーク状になっていて食べても塩分を直接感じられない、マイルドな味となっている。
 焼き方にもこだわりがある。備長炭をふんだんに使う火力の強い近火で焼き上げるが、焼きあげる職人の教育も重要だ。仕込みや焼き台の仕事はつらいので採用は辛抱強い人が多い北日本をから中卒高卒の新卒を採用する。社長自ら年に1-2回学校に行って講師をして、働く厳しさを説明し優秀な人を集める苦労をしている。
星野御兄弟の「私たちのお店は白鳥のようなものですよ。水の上に優雅に浮かんでいるように見えますが、水面下の足は一所懸命に動かしているのですよ」という言葉が老舗の味を維持する苦労を物語る素晴らしいお店だ。

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