日本の食文化をつたえる このメニュー 第4回 広東料理リップスティック(日本ハム広報誌 ロータリー 2010年7-8月号)

「おふくろの味」と言うと普通は田舎のお母さんが作る素朴な煮物等の和食が多いだろうが、筆者の「おふくろの味」はちょっと変わっていて、中華料理、特に台湾料理だ。台湾南部の屏東市出身の父と日本人の母が小さな中華料理屋を経営していたので、筆者にとってのおふくろの味は中華料理だ。中華料理と言っても台湾南部の素朴な料理である。
 成人してからは、仕事で香港にしばしば出張する機会があり、広東料理と出会った。素朴な台湾料理と異なり、薄味で洗練された広東料理は毎日食べても飽きることがない。特に日本人の口に合う。魚料理や野菜料理が多いのが嬉しかった。
 その後、1982年から2年ほど米国サンフランシスコ市郊外のシリコンバレー、今話題のアップルの本社すぐ横に住んだ。シリコンバレーには大型の中華料理店が何軒もあった。米国の日本料理屋や寿司屋は高くて行くことができず、リーズナブルな価格の中華料理店を利用することが多くなった。サンフランシスコの中華料理は広東料理が多く、香港で好きになった広東料理や飲茶を安価に楽しめた。
 友人のできたサンフランシスコは第二の故郷となり、帰国後も毎年数回訪問するようになった。
各国の港町で発展を遂げる広東料理
そのサンフランシスコ中華料理に変化が出たのは、1997年に英国が香港を中国に返還する数年前からだ。体制の変わる香港から家族を安全な国に移住させる裕福な香港人が増加した。海に囲まれた温暖な気候の香港から海外に移住する先に選んだのが、サンフランシスコ、シアトル、ロサンゼルス、シドニー、等の英語圏の港町だった。特に坂が多く複雑な形状の湾を持つサンフランシスコには香港からの移民が増加した。香港からの裕福な移民が選んだのが、サンフランシスコ市内でも良い環境の高級住宅街や、教育水準の高いシリコンバレーなどだった。香港人たちは、食生活も香港と同じ環境を作ろうと調理人を渡米させ、広東料理の高級店を開店させるようになった。そして、シリコンバレー周辺には幾つもの新しい中華街が誕生する。サンフランシスコは新鮮な魚介類が取れるだけでなく、郊外には美味しい野菜畑が広がっている。その豊富な食材と香港からの調理人、そして、裕福な香港人が揃い、香港に負けない広東料理店が林立するようになった。
 筆者が住んでいる東京には中華料理店が多いし、横浜にはサンフランシスコにも負けない中華街がある。海外の中華料理で多いのは広東料理、上海料理、北京料理、の順だが、東京の中華料理はちょっと変わっていて、一番目立つのは四川料理だ。四川料理を普及させたのは、終戦後来日して四川飯店を作り上げた故陳健民さんだ。陳さんは台湾でも働いていた経験があり、当時の台湾系在日華僑に支持され四川料理が広がっていったのだ。四川料理の濃い味は、濃い口醤油に慣れた関東人に好まれ、陳健民さんの料理教育熱心さもあって、数多くの四川料理の弟子がお店を開くようになっている。最近の東京人気中華料理店の多くは四川料理である。
 横浜の中華街も広東料理と銘打ちながらも、四川料理の好きな東京人に合わせた濃い口醤油味だし、本格的な飲茶を提供する店も少ないのが、広東料理が好きな筆者にとっては寂しい。ちなみに、神戸の中華街は広東料理が中心で、薄味の料理は東京の人にはちょっと物足りないかもしれない。

点心師を呼び寄せリーズナブルな価格帯を訴求
 1993年のある日に友人が蒲田に新しく開店した中華料理店リップスティックを紹介してくれた。蒲田で有名なバー、リップスティックを経営していた女性経営者の方がビルを新築するに際してバーの2階に中華料理店、その上に高級カラオケ店を開店した。実家が旅館を営んでいた関係でお魚の鮮度にはこだわりを持つ経営者だった。
 その女性経営者が中華料理を開店するために香港から調理長として呼び寄せたのが欧舜雄さんだ。欧さんは香港の高級ホテルマンダリンホテルで主任調理人を務めたベテランの調理人だ。魚にこだわりを持つ経営者と、マンダリンホテルの主任調理人の組み合わせは本格的な広東料理のお店を誕生させたのだった。さらに、香港から呼び寄せた点心師による豊富な手造りの飲茶を提供している。
 ランチにはリーズナブルな価格帯の飲茶定食等を提供し、夜には横浜中華街よりも本格的な広東料理をリーズナブルな価格で食べられるので、段々人気がでるようになり、欧さんはやがてオーナーシェフとして独立し、最初のお店から数十メートル先に新店舗を開店して移設した。独立したがリップスティックの名前はそのままだ。
菩提寺がある関係で、年に一回は法事などで欧さんにお願いして特別なコース料理をいただくようになっている。欧さんの素晴らしいのは事前に相談に行くと、毎回違うメニューを工夫して作ってくれることだ。法事などは年配の方が多いのであっさりとした海鮮料理で食べやすくしていただけるのが嬉しい。
 筆者がランチに利用するときは、1000円前後の、飲茶セット(里芋の湯葉巻き、シューマイ、ニラ餃子、野菜の炒め物,ご飯、スープ、あんにん豆腐等のデザート、等)をいただく。その他に、名物のふかひれとカニ肉入りスープ、シンガポール風焼きビーフン、デザートにマンゴープリンがお決まりだ。また、お勧めのコースメニューを参考にしていただきたい。
料理も美味しいのだが絶品はデザートだ。生前の父の大好物は卵入りの饅頭で、台湾に行った際には町中を探して歩くほどだった。その台湾の味と同じなのが「揚げた黄身餡入り饅頭」だ。コース料理の後は必ずお願いしている。
 客席は陳さんが長年担当し気配りのきいた丁寧なサービスをしてくれているが、食後のデザートの頃になると、欧さんが厨房からでてきて笑顔であいさつしてくれる。欧さんの家族は香港返還の後、家族全員ロンドンに移住しており、話しているとサンフランシスコの中華料理店を思い出して懐かしくなる。 
『欧さんのコメント
欧さんは来日して18年ほどたつ。香港返還の際に家族全員ロンドンに移住しており、時々寂しそうな顔を見せる。筆者が「欧さんの料理の技術だったら本場の香港や家族のいるロンドンで働く場所はいくらでもあるのに、何故そんなに長く日本にいるの?」と聞いたことがある。欧さんは「日本に長く滞在し、多くの日本のお客様に支持されるようになりました。そのお客様と離れることはでません」と答えてくれた。これが欧さんのお客様第一主義を物語るものだろう。食事が終わるころに欧さんは客席をまわって「味は如何ですか?」と必ず声をかけてくれる。欧さんと料理の話をしながら、広東料理の奥深さを味わえるのが、リップスティックの醍醐味だ。』

http://www.lipstick-kamata.com/


1万円のコース
リップスティック特製前菜盛り合わせ
特選ふかのひれの姿煮込み
伊勢海老の中国宮廷風特製料理
特選アワビの香港風姿煮込み
本日特製点心2種盛り合わせ
貴重なキヌガサタケの車海老のすり身つめ煮
本場香港式金華ハム入りチャーハン
(特製薬膳スープ付)
中華風パイ、他1品
本日の調理長の特製デザート
季節のフルーツの盛り合わせ

6000円コース
胡麻で包んだ海老巻き揚げ ピリ辛ソース添え
蟹肉入りのフカヒレスープ
アワビの煮込み
ホタテとニンニクの蒸し物
ツバメの巣入り蒸し餃子、蟹卵付きシュウマイ、ニラ入り蒸し餃子
車海老と紋甲烏賊のうま煮
鶏肉入りちまき
中国式の三色カステラ、黄身入り揚げ饅頭
マンゴプリン

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