クレーム処理(研修出版)

商品の苦情から予期せぬ出来事まで

クレーム処理の「極意」教えます

お店を経営している人なら誰でも「クレーム」は避けて通りたいものではないでしょうか。けれども、そんなクレームの裏にこそ大きなチャンスが隠されているものです。ここでは「クレーム処理の極意」について、専門家がずばりアドバイスします。

クレーム対処マニュアルなど 存在しない!?  

私はレストラン西武(現西洋レストランシステムズ)、日本マクドナルドと、21年ほど外食産業で働きました。現在は独立して、外食産業やコンビニエンスストア、小売業向けのコンサルタントとして活動していますが、今まで数多くのクレーム処理に当たってきました。

その経験のなかで少しずつわかってきたことは、クレームにはまったく同じものが二つとないということです。そのため、「こんなクレームにはこう対処する」といったマニュアルは作れないし、役に立たないものだと私は考えています。100人のお客様がいれば100通りのクレームがあり、100通りの処理の仕方があるのです。  ただし、クレーム処理の基本はただ一つ。それは「お客様の立場に立つ」ということです。

もちろん、なかには悪質クレーマーもいますが、「店をおとしめてやろう」と悪意を持っている人は案外少ないものです。店のスタッフは、お客様一人ひとりの立場に立ってクレームを処理していかなくてはならないということなのです。

と、格好の良いことを言ってしまいましたが、じつは私のクレーム処理は失敗の連続でした。しかし、そこから学んだことを次に生かしながらクレーム処理に応対してきました。ここでは、そうした私の実体験をもとにクレーム対処についてお話ししていきます。

クレームは チャンスだ!

 まず知っておかなければならないのは、「クレーム処理」の仕方一つで、店の売上が左右されるということです。

アメリカのNRA(全米レストラン協会)の過去の統計から見ると、店のサービス、商品、店内の清潔さなどに不満を持ったお客様のうち96パーセントの人は店に直接クレームを言わず、二度と来店しないという結果が出ています。また、店に不満を抱いたお客様は店の悪口を10人の人に話すそうです。つまり自店に来店したことのない人までが店から遠ざかってしまうのです。

一方クレーム処理を正しく行なえば、お客様はまた来店してくだ さいますし、その満足のいくクレーム処理についてほかの人にも話してくれます。つまり口コミでよい評判も流れるというわけです。

クレームを申し立てるのは、不満を感じたお客様のうち、たった4パーセントに過ぎませんが、その人たちは店にとって大切なアドバイスを提供してくださったのです。店の問題が大きくなる前に解決できる良いチャンスを与えてくれたという感謝の気持ちを持って接することが、何より大切なのではないでしょうか。

では、以下に私が体験したクレームの数々についてお話ししてい くことにしましょう。

クレームを元から改善する

私がマクドナルドのスーパーバイザー(数店舗の監督)をしていた頃のことです。ハンバーガーを食べたお客様の喉に針が刺さり、入院したというクレームが入りました。私は慌てて病院に駆けつけました。レントゲン写真を見るとたしかに喉に針状の金属が刺さっています。

現物はステンレスの細い針で、よく見てみると、ハンバーガーを焼き上げるグリドル(フライパンの代わり)を研磨するときに使用するステンレス製の金だわしの破片でした。通常、グリドルを清掃した後、二度きれいに拭くのですが、どこかにミスがあったのでしょう。こちらのミスなのですぐに謝ったのですが、お客様は納得しません。いったいどうすれば解決できるのかを聞くと「偉い人が謝りに来い」と言います。

当時のマクドナルドは日本進出4年目。店舗数も全国で60店程度でした。私は、直属の上司を連れて謝りに行ったのですが、お客様は納得しません。困り果てた私が、「どうしたらよろしいでしょうか」と聞くと「社長の藤田田を連れて来い」と言うではありませんか。困り果てた私は藤田社長に事情を話し、病院に行ってもらえないか相談しました。

すると、藤田社長は「よっしゃ」と答えると、その日のうちに病院に謝りに行ってくれたのです。私は病院で揉めてしまうのではないかと気が気ではありませんでしたが、お客様は社長と握手をして大満足のご様子。これでクレーム処理は終了したかに見えました。

けれども、藤田社長は生やさしい社長ではありませんでした。「クレームの元を潰すように」と、金だわしを使わない清掃方法を開発する任務を私に命じたのです。 そのとき私の頭に浮かんだのは、マクドナルド研修旅行の際にアメリカの店で使用していた洗剤のことでした。そこで、それをヒントに、日本でも洗剤で清掃する方法を開発することにしました。

すでにアメリカの洗剤サンプルがあるので、それを日本の洗剤専門会社に見せれば、最適な配合をしてくれるはずだと私は考えていましたが、ものごとはそう簡単には進まなかったのです。なぜなら、アメリカと日本では水質が異なります。そのため、アメリカの配合成分を元に日本の水に合った洗剤を開発する必要がありました。 また、日本はアメリカと違い品質にうるさく、アメリカ製洗剤の洗浄能力ではОKが出ないといった問題にもぶつかりました。

アメリカの洗剤はグリドルの上に付いたカーボンを落とすだけで良かったのですが、日本の品質基準は高く、手作業で研磨剤を使い、鏡のようにぴかぴかになるのと同様の仕上がりでないと許可は出なかったのです。 そこで私は、毎日の清掃作業を引き受けることにしました。毎晩三店舗を回ってグリドルを清掃し、洗剤の効果を記録し続けました。そして2年間、実験と試作を繰り返した結果、日本マクドナルドオリジナルのグリドルクリーナーが完成したのです。

もちろん、その後も安全性を向上させるため試行錯誤が繰り返されました。  気が付けば、最初のクレームが発生してから完全に解決するまでに足掛け20年ほどの歳月が過ぎ去っていたのでした。 時間は掛かりましたが、この洗剤の開発により、食中毒が増えている現在でも、事故を起こさず完璧な衛生管理を行なうことができているのです。

私はこの経験から、なぜクレームが起こったのか原因を突き止め、それを改善していくことの大切さを学びました。クレームの芽を摘み取っていくことで、お客様により信頼していただける店に近付くことができるはずです。

サイレントクレーム

私が、東京郊外にドーナツ店を開店したときのことです。 開店記念として、無料クーポン券を4万枚配布しました。その効 果は大きく、それから1ヵ月は毎日行列ができる大盛況ぶりでした。ところが開店景気が過ぎ去ると、売上は潮が引くように急降下してしまったのです。

店でお客様を待っているだけではどうしようもないと考えた私は、出前の注文を受けることを思い付きました。そこで、子供たちのおやつとして出前をさせてもらえないかと近所の幼稚園に営業をかけはじめました。 ところが、いくつかの幼稚園の責任者から「あなたの店は感じが悪いから嫌だ」といった言葉を掛けられたのです。理由を聞くと、 「無料クーポン券を持って何回か店に行ったら、また来たのかというような顔をされた」とおっしゃいます。たしかに、回収期間の最後の頃は店が忙し過ぎて、販売スタッフが笑顔を見せることができませんでした。どうやら、それを見たお客様が嫌な顔をされたと思ってしまったようです。

知らず知らずのうちに私の店は、不満を感じたお客様がクレームを言わずに離れていく「サイレントクレーム」という渦中にはまりこんでいたのです。このクレームはまさに、お客様を訪問して始めてわかったことでした。

この後、私の店では全スタッフで繰り返しミーティングを行ない、そのなかで「このような態度で接したらお客様はどのように感じるか」といったことを話し合い、お客様への「気配り」の向上を図りました。その結果、10ヵ月を経過する頃には売上が徐々に上がっていったのでした。

通常、店はクレームを言うお客様を嫌がるのですが、クレームを解決すれば、そのお客様は再び店を利用してくださいます。けれども、店の商品やサービスなどに不満を感じても直接クレームを言わないお客様は、その不満をほかの人に話し、悪い評判が広がってしまう危険があります。 そういったことを避けるためにも、店はお客様にアンケートや訪問調査などを実施し、その不満を知ったうえで対策を立てることが大切です。

店はクレームがないからと言って、安心していてはいけません。  近所の人たちや来店するお客様と会話するチャンスを積極的に持ち、サイレントクレームを知ることが大切だと言えるでしょう。

クレームの先に予期せぬ出来事

私がマクドナルドに入社して間もない頃のことです。 ある日、カウンターで接客をしていると、お客様からクレームがありました。それは、「ここのハンバーガーを食べようとしたらカビが生えていた」といったものでした。お客様がお持ちになったハンバーガーを見ると、たしかにカビがびっしりと生えています。  けれどもロゴマークを見た私はほっと胸を撫で下ろしました。なぜなら、マクドナルドのハンバーガーではなかったからです。 それはマクドナルドそっくりのロゴマークと「マックバーガー」という名称で、知らない人が見たらマクドナルドと間違えてしまう程類似した商品でした。  そこで、お客様に当社の製品ではないことを説明したところ、納得してお帰りになりました。

クレーム処理の鉄則は、「記録をしっかり残す」こと。けれども、「そそっかしいお客様だなぁ」と、事件を軽く考えた私は、お客様の名前、住所、商品を購入した場所の正確な住所を記録しておくことを忘れていました。後でそれがどんな大事件を引き起こすことになるのかなどとは想像もせずに…。

その頃の日本ではまだブランドを尊重するといった意識はありませんでしたので、アメリカなどの先進国のブランドや店名を平気で使用していました。 当時、マクドナルドが日本で商標登録を行なう前に、「マックバーガー」という商品名とロゴマーク(マクドナルドのロゴマークにそっくりな形)の商品登録を行なっていたのが、ハンバーグを製造するMという会社でした。  マクドナルドは自社のロゴにポリシーを持っている会社です。そこで、名前もロゴマークも酷似している相手の登録商標の取り消しを訴えることになりました。

しかし、商標登録は先願性ですから、先方には違法性はありません。結局、裁判所の第一審ではマクドナルドが敗訴してしまったのです。  その判決をひるがえすには、お客様が誤認しているということを立証しないといけません。そこで、以前誤認のクレームを経験した私が、裁判所の控訴審で証人として出廷することになりました。  そして裁判当日、証言をした私は、先方の弁護士から質問されて顔面蒼白となりました。なぜなら、弁護士は、「クレームを申し出た人の名前、住所」について訊いてきたからです。 結局私は答えることができませんでした…。

しかしそのとき、私はマックバーガーとマクドナルドの商品とのブランド誤認を立証するためのアンケート調査の結果を持って出廷していました。その結果運よくそのデータが採用され、何とかこの裁判に勝利することができたのです。

裁判の後、私は上司に「クレームを申し出たお客様の氏名住所を正確に記録しておけば、裁判の勝利は薄氷を踏むようなものではなく、もっと確実だったのだよ」という言葉を掛けられました。 それ以来、クレームなどの問題が発生すると、必ず詳細に記録に残すようになったのは言うまでもありません。

読者の皆さんのなかにも「その場でクレーム処理できたから大丈夫」と、記録をとらなかった経験を持つ人もいるのではないでしょうか。 私の事件のようなことは滅多に起こらないでしょうが、何が起こるかは誰にも予知できないものです。後になってばたばたしないためにも、くれぐれもしっかりと記録を付けることが大切だと言えるのです。  では最後に、クレームを処理するときの留意点についてお話ししておきましょう。

クレームを処理するときの 注意点 

まず、どんな場合でも、「お客様は常に正しいのだ」という姿勢を持つことが基本だと言えます。 どのお客様も、自分を丁寧に扱ってくれるのを望んでいます。つまり、クレームを言うお客様の理由は千差万別だということをお客様の立場に立って理解する必要があるのです。

以下に、クレーム処理をするときの留意点について挙げていきますので参考にしてみてください。

① 迅速な応対を心掛ける 

お待たせすることでお客様の怒りは倍増します。クレームにはすぐ応対し、お客様をお待たせしないことが大切です。

② 注意深く話しを聞く 

お客様が何をおっしゃりたいのか、急がせずにじっくり聞くことが大切です。話をお聞きすることにより、お客様の怒りが収まることはよくあることです。 また、単に話を聞くだけでなく、メモを用意し書き留めましょう。メモを取ることはお客様にこちらが真剣に話を聞いているということを示すと同時に、後でお客様のクレームの内容を検証するのにも役立ちます。

③ お客様の立場でお聞きする 

お客様の立場に立って問題点を見ることが大切です。話を聞きながら、「大変でしたね」「それはご迷惑をお掛けしました」など、自分がもしその立場だったらどう感じるかを想像しながら応対しましょう。

④ 言い訳をしない 

怒り狂っているお客様のクレームは、店のスタッフを個人的に攻撃しているのではありません。それを踏まえて、お客様の立場で一緒に問題点を見ていきましょう。 あなたがお客様で、店でクレームを言ったときにスタッフが言い訳をしたらどうでしょう。もう二度と来店しないのではないでしょうか。 言い訳をするのは火に油を注ぐようなもの。お客様は弁解や説明を求めているわけではなく、不満を解決したいのです。問題を解決するために誠意を持って応対することが大切です。

◇いかがでしたか? クレームを解決するということは顧客満足を高めることにつながります。そしてクレームは店を改善していく絶好のチャンスなのです。 これまでお話ししてきたことを参考に、お客様に満足いただける店づくりを目指していきましょう。

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