日本の食文化をつたえるこのメニュー 第10回 神戸元町別館牡丹園(日本ハム広報誌ロータリー 2011年9-10月号 )

神戸の南京街から少し離れているが、本格的な広東料理を出す別館牡丹園がある。高級な中華料理店と言うとコース料理や単品料理が多く、一人で訪問すると食べ切れないことがある。一人で食べられる麺類やご飯類は昼時には提供しているが、夕方時にはあまり歓迎されない場合が多い。しかし、別館牡丹園は夜でも麺類やご飯類だけを食べるお客様を歓迎している。
筆者が注文するのは五目焼きソバ1260円だ。ソバには柔らかい麺と硬い麺がある。筆者は広東風の柔らかい麺を注文する。五目焼きそば1260円というと高いように思われるが、食べるとその価値を理解できる。吟味した具が沢山入っているのだ。キャベツ、レタス、青菜、チャーシュー、鳥、海老、イカ、豚、卵と5品以上の具が入っている。シャーシューは自家製のチャーシューを2切れも入れるなど、中華前菜の3種盛りと麺を食べるようなボリュームと質なのだ。
卵が変わっている。普通は鶉の卵などの小さな茹で卵を使うのが普通だが、白身をカリッと焼き上げ、黄身が半熟の目玉焼きが乗っかっている。寒い時期には五目汁そばを注文する。汁そばのスープが絶品なのだ。焼きソバも汁そばも脂っこさがないし、食後に喉が渇くこともない。昔から天然素材だけで味付けをし、旨み調味料を一切使わないからだ。
別館牡丹園は中国広東省中山(とんさん)出身の王熾炳さん(シキエイ、故人)が75年前に叔父さんを頼って来日し、神戸の中華料理店で調理の修行を始め、昭和27年に独立し、奥様・王鮑恵美さん(ホウエミ)と共に現在地に開業した。勉強熱心な熾炳さんは素材を吟味し、日本にない場合は中国から野菜の種を取り寄せて垂水の農家に栽培させるなどの工夫を凝らした。
現在は2代目の王泰康さん(タイコウ)さんと奥様の恵文(ケイブン)さんが経営をしている。泰康さんは一階の客席から見える厨房に立ち、自ら調理をするオーナーシェフで、恵文さんが帳場に座り会計を担当し、従業員のサービスにも細かい目配りをする夫唱婦随の経営だ。昼過ぎの暇な時間帯に訪問し、焼きソバを頼むと泰康さんがさっさと料理を作ってくれる。味にブレが無いのだ。
泰康さんは子供の頃から調理場に出入りをしていたが、本格的に調理場に入ったのは19歳。熾炳さんは直接料理を教えてくれず、他の調理人から調理を学ぶと言う厳しい修行だった。そして,優秀な料理人になるにはおいしい料理を食べなくてはと、子供の頃から徹底しておいしい料理を食べ続け、30歳の時に2代目のオーナーシェフに就任する。
熾炳さんから受け継いだ料理の極意を泰康さんは「創業時から50年以上も料理名や盛り付けは同じだが、常に進化させるようにしている。良い食材を探し求めるのが美味しい料理の基本だ。野菜を例にとると昔は土で栽培していたが、豆苗(トウミョウ)は現在では水耕栽培が中心で、美味しさがなくなってしまった。そこで全国を探し求め、宇都宮で栽培している柔らかいがしっかりとした味の豆苗をわざわざ取り寄せている。
スープは一切添加物を入れず、丸鳥、骨付きの豚肉、海老、だけで取る。甘みが出るので野菜は入れないし、豚骨だけも使わない。そして、鮮度が大事なので、毎日早朝からスープを作る。スープを次の日も出すと嫌な匂いが出るからだ。
麺は数年前までは50年間同じ従業員がお店で作っていた。現在はそのレシピーを元に委託製造させているが、未だに生卵を使い、保存料などの添加剤は無添加と言うこだわりがある。普通は粉末の卵を使うので日持ちがするが、生卵を使うと2日ほどしか持たないが、味が大事なので昔からの製法を守っている。
中華料理で大事なのは、オイスターソースやXO醤などの調味料だが、お店で全部作っている。調味料で買うのは塩と油くらいだ。オイスターソースは毎年秋に広島の馴染みの漁師に依頼し、300~500kgの牡蠣から濃縮してソースを造り上げる。豆??(トウチジヤン)も材料を香港から仕入れてお店で造り上げる。名物料理の牡蠣のお好み焼きは三重県の的矢牡蠣を長年の知り合いの業者から仕入れて使う。肉類は店舗前にある神戸一の老舗肉屋の森谷商店から最高の素材を仕入れる。」と語ってくれた。
この素材や調味料のこだわりはメニューには一切書いていない。何十年、何代にもわたって通ってくれる、お客様がわかってくれるからだ。しかし、昔からの顧客が多いので原材料が上がったときに値上をすることができない。便乗値上げと思われるからで、過去10年値上げをしていない。
料理以外の泰康さんのこだわりは清潔さで、汚ければ食べ物屋ではないと言い切る。客席は1日3回、厨房は閉店後、鍋釜まで毎晩磨き上げる。客席から厨房を見るとピカピカだ。そして泰康さんは両手を見せてくれる。ゴツゴツの手を予想していたが、なんと女性の手のように柔らかく、手入れが行き届いている。「手が切り傷だらけで、ゴツゴツしているのは良い調理人ではない。綺麗な手でいるだけの器用さと衛生管理の観念が大事だ」と語ってくれた。
次に大事にするのは従業員だ。阪神淡路大震災で店舗が倒壊し、店舗の再建に1年間かかったが、その休業中も従業員の給料を払っていた。それは料理を作るにはチームワークが大事だからだ。現在は12名の調理人がいるが、そのうち5名は10年以上働いており、70歳まで働いた人もいる。中華料理では鍋を担当する調理人が大事で育成には10年以上かかるからだ。
泰康さんには3代目を継ぐ長男の王文良(ブンリョウ)さんがおり、すでに調理場に入っている。しかし、泰康さんの教育方針は厳しい。「調理場に入ったその日に、家から出て行かせた。正月以外は家で食事も一緒に食べない。調理場でも一切教えない。文良が調理を習うのは先輩の調理人からだ。自分が直接教えれば調理場の序列が崩れ、他の調理人が文良さんに妬みをいだき、結果的にチームワークが乱れるからだ。この厳しい教育は後で文良がわかる時が来るだろう。」と厳しい後継者教育を語っている。
文良さんの妹の真季(マキ)さんも帳場に座って恵文さんを支えている。別館牡丹園の味とサービスを守る家族の絆は強いのだ。

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