日本の食文化をつたえるこのメニュー 第9回 大都会本館(日本ハムロータリー 2011年7-8月号)

JR高田馬場駅を降りて早稲田通りを早稲田と反対側に進むと左側にクラシックな大都会本館がある。年季の入ったレンガ造りのやや薄暗い重厚な、鉄板焼きステーキのお店だ。入口を入るとカウンター上になった鉄板焼きコーナーがあるが、通常の鉄板焼き店と異なり、店内には数箇所の個室タイプの鉄板焼きコーナーがしつらえてあり、グループ客も落ち着いて食事が出来るようになっている。売り物は大都会クラシックコースで、前菜、魚介類のブイヤベース、ステーキ、ご飯味噌汁、デザート、コーヒー付きで7000円から9000円(肉により異なる)とリーズナブルな価格で美味しいお肉料理を提供する。ランチにも5000円程度で同様な料理を楽しめるコースがある。
名物の魚介類のブイヤベースは鉄板で魚介類を丁寧にグリルして、鉄板の上で小さな銅鍋に入れられたスープに入れて出来上がりだ。熱いブイヤベースを味わっている間にステーキの焼き上げが始まる。2名で訪問して、異なるメニューを頼んだら、頼んでいないのはわざわざ、小さなとりわけ用のスープ皿をさりげなく持ってきてくれる細かい気配りがうれしい。ブイヤベースは先代がホテルのシーフードレストランで提供しているのを参考に、リーズナブルな価格で提供できるように工夫したのが始まり。さらに改装後、魚介類を顧客の目の前で調理するようにして、コース料理に加えて大好評となっている。
肉も、どの産地のどの肉と言う単なるブランドに頼るのではなく、ベテランの社員と一緒に産地を調べ、味見をして本当に納得のいく食材を使用するようにしており、オーストラリア産から国産牛、米沢牛などまで幅広く扱い、リーズナブルな価格で提供している。また、洋食経験のあるベテランの調理人が多いので、ステーキの前に提供する前菜の種類が豊富なのも固定客が多い理由の1つのようだ。
店内ではドイツで修行をした店長や調理長が働き、2代目の奥様河上正子さんが娘で4代目社長の三浦都さんをサポートするために、お客様に丁寧にご挨拶をしている。とても暖かい雰囲気のお店だ。
創業者は河上則光(のりみつ)さん。元は印刷屋を経営していたお洒落な人であったが、昭和21年、小田原に「新興ミルクホール 大都会風」と言うお店を開業した。お洒落なお店のイメージを出すために、東京を意識して「大都会風」と命名したのが始まり。昭和25年12月、現在地の高田馬場に移転し、米屋の倉庫を改造して「珈琲館大都会」と言うミルクホールを開き、コーヒーと洋菓子を提供していた。増改築をするうちに日本郵船でコックをしていた優秀な料理人を雇い、美味しいコーヒーに加えて洋食を出すようになった。
場所柄、早稲田の先生方や政財界の大物が多かったし、印刷業の関係で多くの知識人が来店した。その顧客の要望に沿って裏の2階の2部屋で鉄板焼きを始めた。鉄板焼きは日本橋の「紅花ベニハナ」にヒントを得たようだ。昭和33年に後を継いだのが奥様の信(のぶ)さん (都さんの祖母)。3代目社長の長男の昭夫さんは昭和34年に南ドイツの州立ホテル学校に2年間留学し、帰国後、大都会の経営を陣頭指揮することになった。常連の顧客にキッコーマンの重役の方がいた縁で、キッコーマンと大都会と合弁で昭和47年からドイツで鉄板焼きステーキ店の展開を始め、昭夫さんは1号店から5号店まで運営指揮をするためにドイツに15年滞在した。
帰国後、昭和62年に社長に就任した。社業の傍らYMCAで講師を務めるなど後進の教育に力を入れ、日本国際ホテル研究会などを設立参加し業界の啓蒙に力を注いだ。経営面では寮を完備するなど一人一人の従業員を大事に育てる手法であり、無理をしてチェーン展開をしない堅実経営を貫いた。
現在の社長(3世代目)の三浦都さんは小学校6年の時にお父さんの昭夫さんに連れられて妹と一緒にドイツに渡り、3年滞在した経験を持ち、7年前に4代目の社長に就任した。そして、2004年に大胆にも1億円以上を投資して店舗を洋食と鉄板焼きステーキの複合店から、鉄板焼きステーキ専門店に転換した。
三浦都さんはチームワーク経営を心がけている。それぞれの社員が良いアイディアや考え方があるので、それをじっくり聞いて経営に生かそうと言うものだ。また、レストランと言う人と人をつなぐ場を通じて、一人親に育てられ自分で料理を作る機会が少ない子供たちへ料理を教える社会貢献活動をしようと考えている。
 その都さんは、現在すでに創業61年になる大都会本館を100年以上継続させるにはどうすればよいか、ここ数年悩んでいた。その悩みを解決するべく、今年4月から法政大学大学院イノベーション・マネージメント研究科に入学し、毎日数時間の睡眠時間を削って仕事と学業を両立させている。
 その忙しい都さんに「5代目はどうするのですか?」と聞くと「高校生の息子が食を通じた仕事に興味を持ってくれたらいいですね」とにっこりとして答えてくれた。都さんは2年後には厳しい学業を修了してMBAを取得するが、その時の卒業テーマ「100年長寿企業」の成果が楽しみだ。

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