岩波書店 クレーム

はじめに

 二〇〇三年五月のある日、関西地方都市の駅前のハンバーガーショップにショルダーバックを肩にかけた四〇歳代の男性が入ってきました。カウンターでハンバーガーとポテトを購入し、すぐに店長を出してくれと要求し始めました。店長が応対すると、大声で「今買ったポテトが冷たい、俺をなめているのか」と詰め寄りました。甲高い関西弁でまくし立てています。閉口した店長がどのようにしたら納得いただけるかと客に聞くと、「おまえの店は、ハンバーガーの無料券があるだろうそれをよこせ」と言うではありませんか。店長がおどおどした態度でサービス券数千円分を差し出すと、客は満足そうにそれを受け取りました。
 そのときでした、数人のがっしりした男性が、客を取り巻き、拘束してしまったのです。刑事たちが待ちかまえていたのです。そのハンバーガーショップでは、関西地方都市の店で数件のクレーム被害が発生していました。報告を受けた本社の顧客サービス担当者は、これはおかしいとピンときて、現地の運営責任者に県警に被害届を出すように指示したわけです。被害金額はサービス券分の数千円でした。被害を受け付けた県警はなんでこんな少ない被害額で動かなければいけないのかと乗り気でなかったようです。しかし、逮捕後身体検査をした警察官の態度は急変しました。
 男のショルダーバックの中から現金が二〇〇万円弱、数十社のサービス券、優待券が発見されたのです。男を警察に連行した後、厳しい取り調べと家宅捜査が行われました。その結果、男の銀行口座に四〇〇〇万円ほどの預金の存在が判明したのです。さらに調べると、なんと被害件数は一五〇件以上で、外食企業、コンビニエンス・ストア、百貨店、食品メーカー、驚くことに地方公共団体も被害者でした。一件一件の被害金額は数千円の商品券から、現金でも数万円と少額でしたが、件数が多く、被害総額が数千万円になったわけです。通常は、恐喝容疑でも被害金額が少ない場合はすぐに釈放されるのですが、その男は実刑判決を受け、半年ほど拘留されてました。
 外食やコンビニ、百貨店などの小売業に対しては、些細な内容のクレームを申し立てます。店舗は店頭で騒がれると困るので、とりあえず数千円程度の商品券を手渡します。男はそれをもらうととりあえず引き下がり、次にその店舗に商品券を持っていき、それでは自分の欲しい商品がもらえないと、クレームを言いたてます。そして、対応した社員の応対が悪いとさらにクレームをエスカレートさせ、担当者を閉口させ、数万円の現金に変更させるという手段を使ったのです。特に百貨店は対面を重んじ、数万円程度の商品券や現金を渡すことに男は味を占めたのでしょう。
  また、地方公共団体の窓口でクレームを言い立てると、窓口の担当者は体面上、困ってしまい、自分のポケットマネーで数万円を出してすますケースが多く、男は地方公共団体はお得意さまだと豪語していました。それがエスカレートしていったわけですね。被害に遭った方も数万円ですから被害届は出しません。それを良いことに男は四〇〇〇万円を脅し取ったわけです。

 これはほんの一例ですが、最近はより悪質なクレームが続出しています。少額のクレームだからと目をつぶると、結局は大きな被害になるのです。クレームを言われる企業側は、お客様を怒らせてはいけない、悪い評判が立つと困る、となるべく穏便にすませようとします。それでは、味を占めたクレーマーは増加する一方です。しかし、右のクレーマーの、カウンターで録音された会話を聞いてみると、その迫力に驚かされます。よほど慣れていないとクレーマーの言いなりです。
 最近、大手チェーン・ストアに対するクレームや苦情が増加しています。ある大手のコンビニエンス・ストア・チェーンでは、本部に来るクレームだけで前年比六〇%も増加し、年間一〇〇〇件をこえているようです。大手ファーストフードチェーンの年間クレーム数は店舗総数の一二倍にのぼるといわれており、クレーム処理担当部署は目の回る忙しさだとぼやいています。大手にクレームが多いのは、じつは知名度が向上した結果なのです。
 日経流通新聞の「ジャンル別顧客の持つ企業イメージ」では、顧客のイメージはコンビニエンス・ストアが最も良く、年々その数値が向上しています。その理由は、各チェーンの店舗数の増加に伴い、コンビニのテレビコマーシャルが大幅に投入されているからです。各チェーンは人気のある俳優を起用し、従業員の役をさせることにより、店舗のサービスの良い点を強調しています。この結果、実際以上に店舗のイメージが向上し、売上が伸びる結果となっているのです。しかしながら、顧客の頭にできた良い顧客サービスのイメージは、店舗の実際のサービスにぶつかるとその差に愕然とし、苦情につながるのです。
 焼肉チェーン最大手のB社では、テレビ広告の増大とともにクレームが鰻登りだと言っています。企業が大きくなり知名度が上がると、今まで潜在的にあったクレームが顕在化するのです。
 今までと同じサービスや商品を提供すると、チェーン規模が大きくなるに従い、もっとクレームが発生することになります。また、PL法のために顧客に権利意識が芽生え、クレームがよりいっそう発生し出している状況です。ここでもう一度正しいクレーム処理の対策を学ぶ必要があるでしょう。
 メーカーなどのクレーム処理は、本社にお客様サービス室などの専門職を設置し、そこでまとめて対応をするからベテランが応対できますが、外食やコンビニ、小売りなどは店舗が数多いので、そこでクレームを強硬に言い立てられると慣れない従業員は困ってしまいます。従業員にクレーム処理の教育をすればよいのですが、アルバイトやパートの従業員が多いのでなかなか教育できないのが現状です。

 私はレストラン西武(現西洋レストランシステムズ)から日本マクドナルド時代を含めると、外食産業で二一年ほど働き、その後独立して、現在まで外食やコンビニ、小売業向けのコンサルタントとして活動をしてきましたが、その中で数多くのクレーム処理に当たってきました。その経験からわかったことは、「クレーム処理は企業の恥でありなるべく公開しない」という保守的な姿勢が、クレーマーを生み出しているということです。
  企業は全従業員が受けたクレームをデータベースとして公開し情報を共有するべきです。データベースには、クレームの原因、クレームが大事になった原因、対応や連絡の問題などを具体的に記述しておきます。
  そして大事なことは、クレームが再発しないような基本的な対策をうち立てることです。クレームを発生させた従業員を叱責するのではなく、クレームが二度と発生しないように抜本的な対策を考えさせるとより効果的です。
  これらの対策をきちんと打ち立て、自社に非がないと自信をもっている場合には、会社の恥が世間に出ることを厭わず、無理なクレームを申し立てた人と対決するだけの勇気を持ちましょう。
  と、格好の良いことを書きましたが、じつは私のクレーム処理は失敗の連続でした。でも、絶対に同じ失敗をしないように自分自身に言い聞かせ、クレームに対処してきました。

 クレーム処理というのは、会社や店舗に対して大きな不満を持っている人と、お互いが理解しないうちに交渉しないといけないので、スムーズな交渉ができないのが当たり前です。でも、どんなにクレームを言い立てる人でも、こちらが誠意を持って真剣に対応すれば問題は解決するのです。そして、こちらが最大限の努力を払って詫びているのに、それ以上の譲歩を要求する相手にはきちんと対処するという勇気も必要です。
 
 また、クレーム処理というとクレームを言い立てる人に対応して問題を解決することと思われがちですが、クレーム処理は問題解決後から始まります。企業や組織として同じクレームを出さないためにはどの様にすればよいかという解決策を考えなければいけないからです。本文で詳細に説明しておりますが、私はたった一つの異物混入のクレーム処理から、同じクレームが発生しないように数年間夜間の清掃作業に従事し、異物混入がない清掃方法や洗剤を開発させられました。本書ではクレーム処理への正しい対応方法と、クレームがでないようにするにはどの様な改善が必要なのかと言う事を、私のいろいろなクレームの経験談と失敗談、改善策を通して、皆さんのご参考になるようにしたいと思っております。


    第1章 クレーム処理がなぜ大切か

 クレームを言う客はよいお客
 クレーム処理というと敗戦処理のようで嫌がられますが、それに取り組む姿勢で売上が上がったり、下がったりするほど大事な業務です。クレームを言う客は、お店にとってたいへん良い客だと思いましょう。店舗の問題点が大きくなる前にこのことを教えてくれ、対処できるからなのです。
 アメリカのNRA(全米レストラン協会)の過去の統計によると、店舗のサービス、商品、クレンリネス(店内の清潔さ)などに不満をいだいた客のうち、九六%の人は店舗に直接クレームを言わない。不満を持った人のうちの、たった四%の客がクレームをお店に伝えるのだそうです。ということは、クレームがチェーン全体で年間一〇〇〇件もあれば、実際に不満を持っている客は二万五〇〇人にもなるわけです。
 クレームを本社にする人はよほど怒っている人で、店に直接クレームを言う人はもっと多いでしょう。仮に本社にクレームを言う客の四倍のクレームが店舗で発生しているとすると、一二万五〇〇〇人の客がそのチェーンに不満を抱いていることになるわけです。
 クレームを申し立てない人は問題ないかというとそうではありません。不満を持ったが、クレームを言えなかった九六%のうち、九一%の客はもう二度とその店を訪れません。たった五%の客しか再度来店してくれないのです。上記の計算例ですと、毎年一一万三七五〇人の顧客を失っていくことになります。
 そして、不満を抱いた客は店の悪口を一〇人の人間に話します。口コミで店の悪い評判が広がるのです。つまり、日本全体で一一〇万人もの人が、そのチェーンに悪いイメージを持つようになるわけです。
 クレーム処理を正しく行えば、不満を持った客の九五%はまた、今までと変わらず訪問してくれるし、その満足した処理を五人の人に話してくれます。つまり、口コミで良い評判が広がるのです。チェーンの固定客を年間一一万八七五〇人増加させることが可能という計算になります。
 このように、クレーム処理を間違えると大きな問題になるし、クレームにならない客の不満をなくす努力はもっと重要なものなのです。クレームを申し立てるのは不満を抱いた客のほんの四%ですが、その人はお店に忠告をするために勇気を持ってクレームを申し立ててくれるのだと感謝する必要があるのです。そしてクレームは、お店の問題が大きくなる前に解決できる良いチャンスであり、それを行ってくれる勇気のある客に感謝する態度で接しましょう。

 クレームの種類
 クレームを引き起こさないためには、どのようなクレームが多いかということを理解しておくべきです。驚いたことに、コンビニエンスストアでも外食店舗でも、最も多いクレームは接客サービスについてのものです。クレームの原因の三〇~五〇%は接客サービスが占めています。
 ある洋風ファーストフードチェーンのクレームの種類を見てみましょう。
  接客              五三%
  商品              一七%
  店内清潔さ、近隣環境問題     九%
  その他             二一%

 接客に対するクレームの内訳を見ると、客に声をかけない、挨拶がない、という基本的なものが六〇%もあります。その他は袋詰めが良くない、サービスの受付業務が悪い、愛想がない、ぶっきらぼう、レシートの手渡しをしない、待たせるなどです。
 商品に対するクレームの内訳は、いつもと商品が違う、品質が劣化している、賞味期限を過ぎている、値段が付いていないなどになっています。店内清潔さと近隣環境問題では、近隣の駐停車、騒音、ゴミなどがクレームとなっています。
 ある和風ファーストフードチェーンのクレーム分類でも以下のようになっています。
  接客態度サービス      三一%
  提供時間、品間違え     二三%
  品質、具材の量など     一九%
  異物混入          一四%
  環境、衛生問題       一三%

 そこでのクレームの主な内容を見てみると、
  ・弁当二種類の具が異なる、量が少ない。
  ・運ばれてきた料理の器が汚れていた。
  ・注文したが、時間がかかると言われた。
  ・ご飯と味噌汁の出し方が死人向け、つまり左に味噌汁、右にご飯を出された。
  ・注意したが従業員がにやにや応対し、真剣みがない。丼と箸の食べる方をつかんで出した。
  ・料理の間違いを指定したら、料理を変えずに並び替えただけ。
  ・お茶が薄い。
  ・店が暇なのに提供時間が遅い。料理に異物が入っていたら、容器だけ変えて持ってきた。
  ・サービス券をくれなかった。
  ・ピーク時に従業員が少なく、注文から料理提供まで二〇分かかった。
  ・料理が違うとクレームを言うと、厨房から小さな声で謝った。弁当を買う客はものすごく待たされる。
  ・弁当の品数間違え。
  ・注文と違う弁当を入れた。クレームで持ってきた弁当がまた違う。
  ・異物混入の確認をしないで、客を怒らせてしまった。
  ・お弁当の販売方法が良くない。
  ・子どもが食べるのが遅いと、せき立てるように持ち帰り容器を持ってきた。
  ・生煮えの料理を出された。クレームにも対応できないアルバイトがいる。
  ・料理がいつもより少なく、味が染みていない。
  ・店員の雑談が多く、しゃべりながら料理を運んできた。
  ・料理の量が減ってきている。
  ・店長がアルバイトにいじめをして感じが悪い。
等でした。

 あるフランチャイズチェーンでは以下のようでした。総発生件数は五六六件です。
  提供       一一七件
  料理        六六件
  施工         七件
  ウェイティング   三三件
  予約         七件
  サービス     一七二件
  会計        七一件
  販促        二五件
  衛生        二五件
  近隣         四件
  その他       三九件


です。以上の事から接客が如何に大切かがわかるでしょう。クレームの原因は些細なことが多いのです。しかし、そのクレームを受け付ける従業員の態度が悪かったり、真剣に取り合わないと、顧客の怒りは増大し、クレームの激しさが増し、場合によっては企業のイメージが低下してしまいます。外食産業や小売業、サービス業は働く人の8割をアルバイトに依存しており、トレーニングを充分にできない場合が多く、2次クレームに発生する場合が多いのです。クレーム処理というは事例が数多くあり、マニュアル化をするのが容易ではありません。仮にマニュアル化してあってもそれを読んだだけではいざという時に対応ができないのが現実です。しかし、クレームを実体験するというのも容易ではありません、そこで、 これから実際に私が体験したクレームの経験をお話し、皆さんのお役に立てるようにしたいと思います。また、クレーム処理というのは感情を害している初対面の人とのコミュニケーションであり、クレーム処理を円満に解決する能力が付けば、顧客に新商品やサービスを販売することは容易になるのです。


    第二章 やってはいけないクレーム処理


  1 お客のクレームからビジネスチャンスへ

①社長を謝りに行かせる
  私のクレーム処理最大の失敗は、異物混入のクレーム処理で、サラリーマンが絶対にやってはいけないこと、「社長を謝りに行かせる」でした。クレーム処理はあっという間に終了しましたが、問題が二度と発生しないような対策を二年間徹夜でとるという過酷な仕事が待っていました。

 私がスーパーバーザー(数店舗の監督、以下SV)時代のことでした。お客さんがハンバーガーを食べたところ、喉に針が刺さって入院しているというクレームが入りました。私はすっ飛んでいきました。レントゲン写真を見ると、確かに喉に針状の金属が刺さっています。現物はステンレスの細い針で、よく見てみると、ハンバーガーを焼き上げるグリドル(フライパンの代わりに使用する厚さ三センチ、幅一・五メートル、奥行き〇・九メートルの鉄板)の研磨に使用するステンレス製の金たわしの破片でした。清掃した後に綺麗に拭き上げ、さらに翌朝また丁寧に拭き上げてから使用するのですが、どこかにミスがあったのでしょう。
 当方のミスなので誤りましたが、病院に入院中の客は納得しません。「俺の商売は屑鉄商だ。鉄屑が喉に刺さって死ぬなら本望だ」と絡み出します。どうすれば解決するのかと聞くと、「偉いやつが謝りにこい」と言うではありませんか。しょうがないので上司でなるべく年齢の高い部長を連れていったのです。
 当時の会社はまだ日本進出四年目、店舗数六〇店くらいで、そんなに年齢の高い部長はおりませんでした。年輩の部長を連れていっても、客は納得しません。「どうしたらよろしいのでしょうか?」と聞くと、「もっと偉いやつを連れてこい」「でも、この上は社長しかいませんよ」と言ったら、「その社長、藤田田を連れてこい」ということになってしまいました。
 まるでやくざのような言いぐさに困り果てた私は、藤田田社長(当時、二〇〇四年四月没)に行ってくれとお願いしました。まだ店舗数の少ない時代、藤田社長は「よっしゃ」と身軽に謝りにいってくれました。病院で揉めるかと心配していたのですが、なんということはありません。握手をして「がはは」という笑い声でクレーム処理は終了です。
  これで良かったとホットしたのが間違いのもと、故藤田社長はそんな生やさしい社長ではありません。きっちりと「王君、ワシ、社長や、暇やないんやで」ときました。私はサラリーマンとしてやってはいけないクレーム処理をしてしまったわけです。
 そこで、責任をとって、金たわしを使わない清掃方法を開発させられることになってしまいました。
 マクドナルドに入社したての新人教育の際,グリドルの磨き方、シェイクマシンの洗浄殺菌(マックシェイクを作るアイスクリーム製造器)、フライヤーの洗浄、シンクでの器具洗浄などをやらされました。マクドナルドを外から見たときにはすべて全自動の機械を使用しているように見えましたが、実際の作業は相変わらず前近代的な手作業だったのにはがっかりさせられていました。グリドルをピカピカに磨いたり、器具洗浄を真夏にやらされたら、パンツまで汗びっしょりになります。新人アルバイトにやらせたら次の日には来ないという重労働でした。
 その新人のときのつらさと、客のハンバーガーに鉄屑が混入したクレーム事故が、私を清掃方法の改善に追い立てたのでした。幸いなことに、事故の直前、アメリカへの研修旅行の際に、マクドナルド店舗で使用している合理的な洗剤を目の当たりにして、それをヒントに洗剤で清掃する方法を開発することにしました。
 洗剤はアメリカのサンプルがあるから、それを洗剤会社の専門家に見せれば最適の配合をして、洗浄能力も優れた物を作ってくれると思ったら大間違いだったのです。アメリカと日本は水質が異なる。そのため、アメリカの配合成分をもとに日本の水にあった洗剤の開発をしなくてはなりませんでした。
  また、アメリカ人と異なり日本人は品質にうるさく、アメリカ製の洗剤の洗浄能力ではOKが出ないという問題にもぶつかりました。アメリカの洗剤はグリドルの上についたカーボンを落とすだけで良かったのですが、日本の品質基準はたいへん高く、手作業で研磨剤を使い、鏡のようにピカピカになったのと同様の仕上がりでないとOKを出してくれません。また、アメリカと日本の安全に対する考え方が異なっており、洗剤は少量でも残留する可能性がある以上、配合成分にすべて食品添加剤として認定されているものを使用しないと安全でないという厳しい要求が出てきました。
 私は洗浄能力などは何か汚れのサンプルを使用して、機械で自動的に計算できると思っていたのですが、どうもそうではないということがわかってきました。店舗の調理機器で一定量の調理をして作った汚れを研究所で再現することが不可能なのです。つまり、店舗で実際に使用した後に機械の洗浄を行って評価しなくてはいけないのです。洗剤メーカーに「じゃ店舗で再現して清掃テストをしてよ」とお願いすると、洗剤メーカーは、「それは現場の作業を熟知している人がやらないといけないですよ」と言う、つまり、私にやれということなのです。現場の作業を熟知している同じ人が作業をして、評価をしなくてはなりません。なんと、私が毎日清掃作業を行って洗剤の評価をするはめとなりました。
  当時の担当店舗は盛り場にあり、閉店時間が九時、一〇時、一一時と異なり、清掃を一晩に三回もできます。そこで担当店舗を毎晩三店回り、グリドルの清掃作業をしました。実験と試作を繰り返すグリドルクリーナーの開発には二年間、しかも徹夜の作業が必要だったのです。お陰で洗浄作業は会社で一番うまくなってしまったのです。今でも目隠しをしても掃除ができるくらいです。
 しかし、洗剤ができれば終わりというわけにはいきません。他の洗剤のいろいろな問題も出てきて、すべての洗剤を開発する必要に迫られ、足かけ五年の歳月が必要でした。しかし、この洗剤の総合開発により、世の中に食中毒が増えた現在でも、事故を起こさず、完璧な衛生管理を行うことができているのです。
 クレーム処理というのは、その場の処理よりも、同じクレームを出さないようにするのにたいへんな努力が必要なのだと実感したのでした。

教訓
 よく、クレームに社長を出してはいけないといいますが、企業規模が小さく、経営者が決断力と度胸がある場合でしたら、社長自らクレーム処理に当たれば、簡単にクレームは収まるのです。クレーム処理というのは起きてから処理していては問題の真の解決になりません。二度と同じクレームが発生しないように、清掃の方法を根本的に見直すなど地道な改善が必要だということです。

後日談 1
 グリドルクリーナーはあまりに良い洗剤で、特許が成立しました。特許は開発した洗剤メーカーが取得しました。もちろんこの洗剤の開発は私が担当しており、マクドナルド向けの専用洗剤でした。ところが、この洗剤メーカーはグリドルクリーナーを競合のハンバーガーチェーンに販売していたのです。「それは契約違反ですね」と担当者に確認したら、「そんなことはしていません」と言いはります。私は各チェーンに友人がおりましたから、店舗で洗剤を使用している写真を撮影し、メーカーを訴えることにしました。真っ青になった洗剤メーカーは他社に販売しないことを約束し、その証として特許をマクドナルド社に譲渡することになりました。

後日談 2
 グリドルクリーナーには、こびりついたカーボンを簡単に落とし去る能力があるのですが、アルカリ成分が高く、目に入ると失明する危険がありました。そこで、使用する際には使い捨てのゴーグルを使用するようにマニュアルを設定し、教育に当たっていました。一五年ほど無事故でしたが、ある店舗で、アルバイトがそのマニュアルを守らずにグリドルクリーナーを使用し、運悪く目に洗剤が入り、失明の危機に陥りました。
 これは、使用マニュアルを守らなかったアルバイトが悪いのですが、そのたった一件の事故で、会社は大事なアルバイトに万が一のことがあるような洗剤を使用してはいけないと使用を中止しました。それから、あわてて、安全な中性の洗剤を開発することになったのです。

教訓
 このグリドルクリーナーはよくよく問題があるのですね。クレームが発生してから、完全に解決するまでに足かけ二〇年ほどの日時が必要だったのです。

⑪顧客のクレーム―サイレントクレーム
 私が株式会社レストラン西武(現、西洋フードシステムズ株式会社)ダンキンドーナツ三号店の田無店を開店したときでした。開店当初は無料クーポン券を新聞折り込みで四万枚も配布し、一か月は行列ができる勢いでしたが、開店景気が過ぎ去ると潮が引くように売上は急降下してしまいました。
  店舗でお客を待っているのではどうしようもなくなり、出前の注文を受けることにしました。その一つとして、近隣に多い幼稚園のおやつの出前需要を期待し、周辺の幼稚園を回ったのです。
  そのときに、いくつかの幼稚園の責任者から「あなたの店は感じが悪いから嫌だ」と言われてしまいました。理由を聞くと「二月に実施した無料クーポン券をもって店舗に何回か行ったら、また来たのかというような顔をされた」と言うのです。クーポンの回収期間最後の頃は店舗が忙しすぎて、従業員は笑顔を出すことができず、それを見たお客さんが嫌な顔をしたと思ってしまったのです。この幼稚園回りは私だけでなく、全従業員で分担して行いました。
  このクレームを聞いたのはその従業員の一員でした。私がこれを聞いて文句を言っても信用されなかったでしょうが、ミーティングで彼らから問題提起されたので、その解決策を具体的に提案することができました。

教訓
  このクレームはお客さんを訪問してはじめてわかる内容で、これを知らないとサイレントクレームとなり、顧客の間を口コミで悪い噂が広がることになったわけです。通常はクレームを言うお客さんを嫌がるのですが、クレームを解決すればそのお客さんは再びお店を利用してくれるので店舗にとってはありがたいお客です。しかし、お店の商品やサービスなどに不満を感じても直接クレームを言わないお客さんはその不満を他の人に話し、悪い評判が広がってしまう危険があるのです。その無言のクレームを「サイレント・クレーム」といい、お客さんにアンケートや訪問調査などを実施し、その不満を知り対策を立てることが大事なのです。
  今回の場合はお客さんを訪問することにより、サイレントクレームを全従業員が知ることができて、顧客への気配りが向上したのです。そんな努力で、開店後一〇か月を経過すると売上は大きく向上していきました。
 クレームがないからと安心していると、お客さんがクレームを言ってもしょうがないとあきらめ、口コミでお店の評判が落ちていく危険があります。なるべく近所の人たちや来店するお客さんと会話をして、サイレントクレームを知ることが売上を上げる上で大事ですね。

24 異物混入
 食中毒の事件は少ないのですが、異物混入のクレームは多いのです。異物混入の場合、まず、詫びて商品を交換するか返金を申し出なければいけません。怪我などがあった場合には直ちに医者に連れていき、治療を受けてもらい、原因を追究することを約束します。
 受け取った異物を直ちに本社の担当者や業者に渡し、原因を追究し、判明次第、業者、本社担当者と共に詫びにいき、再発を防ぐ対策も同時に伝えます。
 異物混入のクレームは、私がSVの屑鉄商に対するクレーム処理のように問題が大きくなる場合があります。多い異物は髪の毛、虫、紙屑、ホチキスの針、欠けた包丁の刃、缶詰の切りくず、束子を束ねる鉄線、ネジ、鉛の玉、入れ歯、宝石等いろいろあります。その対策には一五年ほどかかりました。
 異物混入で一番多いのが髪の毛の混入です。調理やサービスをする際には髪の毛が入らないように帽子をかぶって作業をするのですが、どれだけ気をつけても必ず髪の毛が混入します。その防止策としてはヘアーネットの着用や肩などに落下した髪の毛を粘着ローラーで取り去るなどの対策をします。しかし、混入した際には直ちに謝り、商品を交換し、責任者が出ていって陳謝することです。髪の毛のクレームを受けた際に嫌な顔をしたり、面倒くさがると二次クレームとなり問題がエスカレートします。
 肉などを取り扱うと動物の毛が混入することがあります。これは食肉の加工の際に中に混入するのでさけられない事故です。動物の毛のクレームの場合はその毛を分析し、必要であれば食材供給業者に連絡し、混入をしないように改善を求めたり、お客さんに直接お詫びをしてもらいます。ただし、お客の立場からいうと動物の毛であっても気持ち悪いのは変わりありませんから「動物の毛ですから問題ありません」というと二次クレームになるので注意が必要です。
  次に多いのが小さな昆虫類、場合によってはゴキブリ等の混入です。これは店舗の衛生的な設計がしっかりしていないと発生しがちです。お客が食べる商品から発見すると大きな問題に発生するので、常に衛生的な環境の維持に務め、定期的な殺虫殺鼠をするようにします。また、店舗や厨房の入り口を開け放しておくと虫が店舗に入ってくるので常に戸を閉めておき、空調に使用する外部新鮮空気取り入れ口にフィルターを取り付け、虫などが入らないようにします。
  ホチキスの針、缶詰の切りくずなどは食材の包装の問題です。厨房内ではホチキスを使用しない、缶詰の代わりにビニールパックにする等の対策が必要でした。どうしても缶切りを使用する場合にはなるべく切りくずの少ないタイプの缶切りを使うようにしました。
  包丁の刃の破片、束子を束ねる鉄線、お菓子用の刷毛のビスなど調理機器に使用している金属が混入することが多いのです。その原因は調理器具の老朽化や不適正な調理器具が原因です。束子は古くなっていくと束ねている鉄線が折れて料理に混入して大きなクレームになります。調理器具は常によいコンディションで使うように注意をします。お菓子などで使う刷毛などはビスを使ったりするのですが、それがゆるんではずれてしまいます。すべて樹脂の柄に埋め込むタイプを使用するなど、店舗で使用する調理器具の見直しが必要です。
 輸入の牛肉などを使っている場合には鉛の玉が入っていることがあります。海外の牛の飼育は牧場でカウボーイが行っており、見回りにいくカウボーイはガラガラヘビなどがいる場合は散弾銃で駆除します。時にはその鉛の玉が牛に当たり、肉に混入している場合があるのです。工場で加工する場合には金属探知器で金属片の混入がないようにするのですが、金属探知器の感度が低いと小さな金属は混入してしまう危険があるので、常に金属探知器の感度を厳しく調整します。
 従業員の身だしなみも重要です。調理作業をする場合には指輪やアクセサリーをはずさせます。指輪の間の汚れに細菌がいるのではずすわけですが、人によってはアクセサリーをしたまま働く人がいます。たまにダイヤモンドなどの宝石が混入して事故を起こします。ダイヤモンドなどのように堅い宝石を噛むと歯が折れてしまいます。たかが歯と思いますが、一本の歯の修理は数十万円もかかり、クレーム処理としては比較的に金額がはる事故です。
 その他、面白い異物は入れ歯や歯の詰め物です。仕事をしている従業員の入れ歯などが食品にどうして混入するかわからないのですが、時々発生します。さらに、料理を食べている客の入れ歯や詰め物が混入してクレームとなる場合があります。詰め物がはずれても自分の物だと気がつかないようです。
 それらへの対処は、とにかく最初は謝る。そして、異物を回収します。お客さんの連絡先を聞き「会社に持っていき加工工場から店舗まで原因を追求し、後日ご報告とお詫びにまいります」と伝えます。報告の日時を正確に伝え、時間がかかる場合には途中で連絡を入れます。さもないと二次クレームになるからです。
 原因が判明したら、店長と品質管理者、加工工場の責任者と共に客先を訪問し、報告と詫びを入れます。その際にはお菓子などの手みやげを持ち丁寧にお詫びをします。

教訓
 マクドナルド社は商品製造の品質管理者として「クオリティアシュアランス」という制度を設けて厳格な品質管理をしています。それぞれの商品にはブラックブックといって食材を農場や産地から収穫する段階から、すべての加工工場での管理を行うマニュアルを作成していました。そのクオリティアシュアランスの担当者は工場だけでなく、店舗の調理まで厳しく管理しており、各工場から店舗まで使用する調理機器、器具を把握し、異物混入があった場合はどこに原因があるかデータ・ベースを構築して対処していました。食中毒も勿論たいへんですが、異物混入に対処するのはたいへんな努力をしていました。一般大衆向けの商品は消費者からは見えないのですが、水面化で安全性に対して懸命の努力をしているのです。
 また、問題点を隠し事をしないで丁寧に説明することにより、会社に対する悪いイメージは払拭され、逆に安心できる会社だなと、イメージアップにも役に立ちました。

改善したこと
 クレーム処理というと対人関係や話し方に優れた人の技術に思われがちですが、本当のクレーム処理というのはクレームが発生しないようにする仕組み造りなのです。
 例えば、異物混入は食関連のビジネスでもっとも多い日常的なクレームです。これを防ぐためにはクレームのデーター処理と、工場から店舗までのすべての食関連の工程の見直しと品質管理でした。
 家では当たり前のように使う缶詰ですが、缶切りで開けた缶を詳細に見るとブリキの細い切りくずがでていることがあります。それが客の口に入ると異物混入となります。マクドナルドではではケチャップやピクルス、その他野菜など数多くの缶切りを使用します。色々な缶切りを試したのですが、どうしてもブリキの切りくずがなくなりません。そこで、缶詰めの代わりにプラスチックの包装材を使うことを検討しました。この包装材料の変更には通気性の少ないプラスチックの開発や、シールの方法、加熱殺菌の機器の開発など20年の年月がかかりました。
 また、私の課題はマクドナルドの厨房から包丁とまな板をなくすことでした。包丁に慣れない従業員は手を切りやすいのです。切り傷には絆創膏(バンドエイドなど)を巻いて作業をするのですが、切り傷にはブドウ球菌という食中毒菌が発生し不衛生ですし、作業中にその絆創膏が剥がれて食品に混入するなどの事故があります。また、包丁は切っていると刃が欠けて食品に混入するという問題もあります。缶詰を開ける作業も大変危険で手を切りやすいのです。 当初はレタスやチーズなどを店舗で切っていたのですが、それらを衛生的な工場で切ることにより店舗から包丁とまな板をなくすことに成功したのです。。この作業は日本だけでなく、全世界で行った品質改善活動の一環でした。たかがハンバーガーと思われますが、実はこんな地道な改善作業が必要なのでした。
 以上はクレーム処理の根本、クレームがでないようにする仕組みのほんの一部です。この活動を通して学んだのはクレームをなくすためには従業員や取引先が満足して働ける環境を作ることでした。従業員や取引先が満足して働けないと、誰も見ていない状況下で仕事の手抜きやサボタージュが発生し、それが結果としてクレームになるのです。そのために、店舗のアルバイトや社員の働きがい調査を実施し、楽しく働ける環境を築いてきました。例えば調理場は火気を使うので暑いのが一般的ですが、空調設備を完備し夏場でも25℃の温度を確保し、休憩時間にもくつろげるスペースを確保するなどの工夫がその働きがい調査で改善した内容でした。
 また、取引先の従業員の働きがいを上げるための活動も行ってきました。工業化しやすいバンズ(ハンバーガーを挟むパン)工場だと、同じ工場を造れば世界で同じ味と品質になるはずだったのですが、世界で提供していたバンズは千差万別でカビや焼けこげなどの異物混入が相次いでいました。日本国内でも工場によりその品質の違いは著しいものがありました。最大の原因は世界で同一の機械を使うことができないと言う経済的,習慣の問題だったのです。また、小麦粉の違い、イースト菌の違い、国による添加剤の規制、等、同じ味を実現しない障壁は限りなく存在したのです。異物混入の問題でも何回も文句を言っても解決できませんでした。
 それを乗り切るために行ったのが、世界レベルで行った、テイストテストでした。。これはバンズ、チーズ、ミート、野菜、ごとに世界から食材を集め、食材メーカー、購買責任者、運営責任者が立ち会って食べ比べる会議です。バンズの場合でしたら、世界のバンズを集めて食べ比べます。マクドナルド社の人間だけでそれを行っても効果がないので、食材メーカーの担当者をそれに参加させることにしました。食材のプロですから、他のメーカーと比較され、その優劣が明らかにされることは最大のプレッシャーになったのです。また、良い商品を作ったメーカーは、その担当者を表彰するという制度も取り入れました。その表彰はメーカーの担当者にとっては最大の勲章となるのです。
 同様の事は現場でも実施しました。品質の低下や異物混入を防ぐのはバンズ製造機器の清掃と、定期的な点検、出荷前の品質チェックなのです。そこで行ったのは店舗の従業員によるバンズ工場見学会でした。店舗ではねた不良品と過去の不良品のデーターを持参し、工場見学のあと従業員とディスカッションをするのです。店舗の従業員が問題点を切々と訴える事は、工場の従業員に大きな影響を与えました。同時に先方の工場の従業員を店舗に招き製造工程でどの様な品質管理を行っているかを見学してもらいました。この双方向の交流が最大の効果を上げ、異物混入のクレームが激減しました。異物混入のクレームが増加する現象があれば、まず従業員が楽しく、プライドを持って働ける環境にあるかチェックすると良いと言う経験でした。





    2 ときには毅然と!――お客とのやりとり

③最高裁まで争い、商標関連判例集に掲載
  マクドナルドに入社した一九七三年の春頃のことです。当時はまだ入社したてのアシスタントマネージャーでした。カウンターで接客をしていた際にお客様からクレームがありました。「お前の店のハンバーガーを食べたらカビが生えていた。どうしてくれるんだ」と言われました。これはたいへんだと応対した私は「申し訳ありません、どんな状態でしたか?」とびくびくしながらも丁寧に聞きました。そのお客様は商品を示しながら「こんなにカビが生えていてひどいじゃないか」と言います。よく見てみると確かにカビがびっしり生えています。
  しかし、ほっとしました。マクドナルドのハンバーガーではなかったからです。それはマクドナルドそっくりのロゴマークと、マックバーガーという名称で、知らない人が見たらマクドナルドと間違えてしまうようなものでした。
  そこで、どこでお買い求めになったのですかと聞いたら、「子どもが近所の自動販売機で買った」と言います。そこで、お客様に「それは当社の製品ではありません、マクドナルドでは自動販売機でハンバーガーを売っていません」と説明しました。それでお客様は納得して帰って、一件落着したのです。
  私は「なんて客なんだ。マクドナルドが自動販売機で売っているわけはないだろう」という気持ちで事件を軽く考え、お客様の名前、住所、購入した場所の正確な住所を聞いて記録しておくことを忘れていました。クレーム処理の鉄則である、記録をしっかり残すということを忘れていたのです。まだ経験の浅い私は、後でそれがどんな大事件を引き起こすか想像もしていませんでした。
  当時の日本にはまだブランドを尊重するという意識はありませんから、アメリカなどの先進国を訪問して格好の良い商品のブランドや店名があれば、それを日本で使用することを平気で行っていました。
 単に使用するだけならよいのですが、商標まで登録するから問題はさらに深刻でした。当時、マクドナルドが日本で商標登録を行う前に、マックバーガーという商品名とロゴマーク(マクドナルドのMマークにそっくりな形)の商標登録を行っていたのがハンバーグを製造するマルシンという会社でした。その名称をもとに、冷蔵したハンバーガーを自動販売機で販売するというなかなか斬新なアイディアだったのです。
  当時はマクドナルドも新規開店で忙しかったから、そんなハンバーガーが販売されていることなんか気にもしていませんでした。また、そのメーカーも自動販売機のビジネスは成功せず、だんだん縮小していきました。
  しかし、商標登録とロゴマークは有効であり、日本進出後数年のマクドナルドも、だんだんその問題が気になってきました。アメリカマクドナルドの故クロック会長(当時)が常々言っている言葉に「マクドナルドの最大の財産はMマークだ」があります。つまりブランドが一番重要だということなのです。
  アメリカの子どもが一番最初に覚えるアルファベットはMだと言われているくらい、マクドナルドの燦然と輝くゴールデンアーチ(黄色のMマークを意味する)が、世界中の子どもから老人まで浸透しているのは、このブランドを大事にした成果だと言われています。
  そういう会社ですから、誤解を引き起こす名称が登録されていることに我慢できず、相手の登録商標の取り消しを訴えることになったのです。しかし、商標登録は先願性ですから、先方も違法性はないわけで、簡単には納得せず裁判になりました。
  その結果、意外なことに、東京地方裁判所の第一審ではマクドナルドが敗退する結果を招いてしまい、社内で大問題となってしまいました。
  その判決を翻すには、顧客が誤認しているということを立証しなくてはならなくなったわけですが、そのころには自動販売機はほとんどなくなっており、数年前の顧客のクレームを経験した社員を探し始めたのです。そこで名乗りを上げた私は、東京高等裁判所の控訴審で証人として出廷することになりました。
  私は弁護士と打ち合わせをしましたが、驚いたことに、弁護士はビジネスを知らないということでした。また、当時の裁判の担当部署は総務部でしたが、なんと法学部出身者はいなかったのです。法律の知識のない社員とビジネスに疎い弁護士という最悪の組み合わせでは、一審の敗訴は当然の帰結だったのですね。
  弁護士も裁判官も法曹の世界の中だけにいて、生きたビジネスの世界の経験はほとんどない時代で、商標の誤認事件といっても具体的にどのように立証しなければいけないか、やり方がわからないのです。証人だけで立証しようというわけですが、残念ながら証人になるだけの記憶を持っていたのは私だけであり、証人とは別の証拠が必要になっていたのですが、どうやったらよいかわからないという状態でした。
  そこで、私はアンケート調査を提案しました。アンケート調査というのは信頼性がとぼしく、普通は専門家が行う必要があります。しかも、今回のアンケートはブランドの誤解を立証するわけであり、先入観が入らないように調査しなければいけません。先方の商品を見せて「これはどこの商品ですか?」「販売の会社はご存じですか?」という質問を、マクドナルドとはまったく関係のない人間が行う必要があります。この手法を非助成想起法といいます。この方法でマックバーガーの箱を見せて、ハンバーガーを販売している会社の名前を挙げてくださいと質問しても、一〇%くらいの人しかマクドナルドの名前を言うことができません。
  ところが助成想起といって、いくつかのチェーン名を言ってこの中で知っているハンバーガーを挙げてくださいと言うと、当時テレビコマーシャルを開始したばかりのマクドナルドの名前を言ってくれる率は数倍に高まります。つまり、非助成と助成では、かなりデーターが異なるということなのです。
  つまり、やり方によっては簡単にこちらのほしい答を得ることができるので、バイアスがかからないように、専門家が調査をする必要があったのです。しかし、今回はバイアスがかかった答、つまり、先方のハンバーガーや名前を見てマクドナルドの製品と誤認するという答が必要だったのです。そこで、私がアンケート調査の調査用紙を作成し、広告宣伝部の担当者に調査させるようにしました。
  結果は、先方の商品を見てマクドナルドが製造したもの、マクドナルドで販売している商品だと誤認する人が大多数だったのです。このデータをもとに証人として東京高等裁判所に証人出廷することになりました。
  私の証言は二つの内容をカバーしていました。店舗の時代にお客様から具体的な混同のクレームがあった証人としてとアンケート調査の作成担当者としてです。初めて証人出廷する私は、不安でいっぱいでした。もし、先方の弁護士にアンケート調査の手法について細かい質問を浴びせられたら、証拠として採用されない可能性が大きかったからです。しかし、もう時間がないからその簡単なデータで出廷することにしました。
  私は法学部のゼミでは「国際私法」を取っており、担当教授には模擬裁判などでずいぶん鍛えられていましたが、裁判所で証人出廷をした経験がないからものすごく緊張していました。裁判所というのは薄暗く陰気な印象ですからよけい緊張させられます。
  いよいよ証人台に立ち、私のアシスタントマネージャー時代に顧客から「マックバーガーがカビを生えているというクレーム」を受けた経過と、アンケート調査の結果を証言しました。次は先方の弁護士による反対尋問です。先方の弁護士は最初に、クレームを申し出た人の氏名、住所を聞いてきました。私が知らなければ信憑性は大幅に低くなるからです。
  残念なことに当時はクレーム処理のマニュアルはないし、軽く考えていたので、そんな記録は持っていなかったのです。しかし、ここで追求されてしどろもどろになると、信憑性がなくなるわけです。嘘もつけません。
  そこで「たいへん残念なことに、記録していません」と素直に応えました。先方の弁護士は「こんな大事なことをなぜ記憶していないのですか」とだめ押しをしてきました。
  私は「おっしゃるとおり、非常に残念です、こんな大事件になるのだったら記憶しておけば出世できたのに、残念です」と素直に答えました。
  この素直な予期しない答に、なんと裁判官をはじめ法廷中が腹を抱えて笑い出しました。爆笑は数分続いていました。先方の弁護士も一緒に笑い出し、拍子抜けをしてそのまま反対尋問が終了してしまいました。じつは、この証言で一番大事だったのは、私の顧客クレームの証言ではなく、多くの人が誤認をするという私が作成したアンケート調査のデータだったのです。しかし、そのデータはあっけなく採用されてしまったのです。先方の弁護士は爆笑に包まれ、アンケート調査の信憑性について質問するタイミングを逃してしまったのでした。
  この結果、第二審の高等裁判所の判決は大勝利でした。その後この事件は最高裁判所に行きましたが、最高裁判所の審理は事実の審判ではありませんから、この時点で勝利が九九%確定しました。この事例は商標関連の判例集に掲載されたほど有名な事件になり、日本における商標の保護に加速がつきました。
  私の証言が採用されたことは判例で以下のように書かれています。
  ④商品混同の有無
   被控訴人マルシンフーズが製造し被控訴人マック産業が自動販売機により販売する商品ハンバーガーを、控訴人の製造販売する商品ハンバーガーであると誤認混同した者が現実に存在した事例があったこと、控訴人が、昭和五三年二月、街頭アンケート調査をした結果、「マックバーガー」の称呼を聞き、あるいは第一目録(2)、(3)の各標章が附された容器を見た被調査者のうち、控訴人の商品ハンバーガーを想起した者の割合が大きいことが判明したこと、が認められ、これらを左右するに足りる証拠はない。

教訓 
  この裁判の勝利で上司に誉められると思ったら、上司は平然と「王君、君がクレームを申し出た客の氏名、住所を正確に記録しておけば、裁判の勝利は薄氷を踏むようなものではなく、もっと確実だったのだよ」と冷たく言われました。それ以来、クレームなどの問題が発生するときちんと記録をするように心がけるようになったのは言うまでもありません。
  大学の教授にも報告をしたら、その判例を読んで、「これ、負けていたかもしれないよ。学生時代にあんまり勉強をしなかったから、これから勉強しなさいね」とみっちり説教されてしまいました。
  裁判をすると専門家に任せがちですが、専門家はこのようにビジネスを知らないという問題があり、店舗の運営関係者が勉強をし、法廷で争う必要があるということなのです。

⑮従業員と顧客の暴力事件
 私が統括スーパーバイザーとして関西の郊外新興住宅街の店舗を担当しているときでした。深夜に電話がかかってきて、アルバイトの責任者であるスイングマネージャーが客に暴行を働いて大けがを負わせたと、クレームを大声で言い立てていると報告がありました。先方は「医者の診断書をとっているので、警察に訴えを出すぞ、会社としてどうするのだ」と詰め寄ったそうです。あわてて店舗に直行し、担当のスイングマネージャーと面談をしました。
 閉店間際に酔っぱらって入ってきたので「閉店時間になったのでお帰りください」と言ったら、「急に大声で怒鳴り出して、厨房内に進入しようとしたので、もみ合いとなり、酔っぱらったお客が倒れてしまいました。でも、決して殴ったわけでも暴力を振るったわけでもありません」と言います。しかし、警察の事情聴取も受けており、何らかの刑事処分を受けそうな気配でした。
 問題は、そのスイングマネージャーは大学四年生で、もう就職が決まっており、何とその就職先が県警だというではありませんか。もし、この不祥事が事実となると就職が取り消されるという深刻な状態だったのです。私はそのスイングマネージャーとじっくり話した結果、嘘はついていないと自信を持ちました。しかし、お客さんが怪我をしたのも事実です。そこで、翌朝そのお客と会うことにしました。
 お客の指定する喫茶店に行き、面談を開始しようとしました(面談は絶対に公衆の面前で行うのが基本です。暴力団の事務所などに決していってはいけません)。お客はあまり態度のよくない中年男性で、友人のやくざのような人間と一緒に待っています。そこでそのやくざのような風体の人に、「あなたは当日現場にいたのですか?」と聞き「いない」と返事をしたので席を外してくれと伝えました。よけいな人間がいると話がこじれるからです。そして、相手に「嫌なら交渉はしないで帰ります」と強気で言ったら、当事者だけになりました。怪我をしたお客は頭に包帯をグルグル巻いていかにも痛そうな顔をしています。そこでまず、先方の言い分を聞くことにしました。
  閉店間際の店に入り、「閉店時間だから出ていってくれ」とスイングマネージャーに突き飛ばされたと言います。言い分が正反対です。そこで、その時の状況を詳細にメモをし、診断を受けた医者、担当の警察官の名前を聞きました。
 次に病院を訪問して、診察をした医師と面談をしました。医者にこちらの事情を説明し「困っているので本当のことを教えて欲しい」と率直に依頼しました。医者の返事は「外傷はないが、転んで痛いというので頭部打撲という診断書を書いたのです」という意外な事実でした。そこで「外傷はなかったのですか?」と確認すると「外傷はありませんでした」というではありませんか。そこで「もし、裁判になる場合にはそのコメントを下さい」と丁寧に依頼をしました。
 さて、問題を引き起こした店舗は駅前のショッピングモールのテナントです。問題のお客は酔っぱらってきたので「テナントの他の店でどんな飲み方をしたのか?トラブルはなかったのか?」を担当SVに聞いてこさせることにしました。その結果判明したのは、数件の店舗で飲食をし、一件の店でトラブルがあり、口論をし、店を出るときに「他で大暴れをしてやる」と言い残して出たということでした。どうも、確信的な犯行だったようです。
 それらの事実をもとに,地元の警察に行き「これは恐喝ではないのですか?」と担当の刑事に申し出をしました。東京の警視庁管内であれば完全に恐喝事件として成立します。そう思って申し立てをしたら、なんと「それは民事だ」というではありませんか。「そんな馬鹿な」ということでずいぶん論争をしたのですが「当事者で解決してくれ」という弱腰です。少なくともどちらの味方にもならないという点だけが救いだったのです。
 そこで、弁護士とも相談の上で、電話で相手と話をすることにしました。当然のことながら電話の内容は録音をしていました。恐喝になる可能性が高いからです。
 まず医者の証言、ショッピングモールでのトラブルを説明し、「当社では慰謝料などの支払いは認めません。もし、不満があれば告訴をして結構です」と強気で説明しました。九九%訴えないという自信があったからです。
 相手は、電話口でぶつぶつ文句を言っていましたが、結局それ以上お金の話などをすると恐喝になるので諦めたのか、それ以後連絡が途絶え、問題は一件落着しまた。

教訓
 問題が発生したら、すぐにお金で解決しようとしないで、まず事実関係を調査することが重要です。当事者、病院の医者、警察等の言い分を詳細に聞き、メモをきちんととり、正確に分析することです。言いがかりをつける相手と話す場合には、相手の指定する場所で話し合うのでなく、喫茶店などの公の場で話しましょう。その場に当事者以外がいれば席を外してもらい、よけいなプレッシャーを受けないようにするのが基本です。
 担当は終始一貫して応対し、わからないことがあれば、法務の担当者、弁護士、警察などに相談しながら対応し、会話などを録音したり、記録に残しておきましょう。
 問題は警察署によっては民事だと弱腰で、なるべく交渉ごとに関与したがらないということです。この事件の警察は後に子どもの猟奇殺人事件の担当署となりました。恐喝すれすれの事件でも、民事事件だといって地域住民の争いごとには関与しないという弱腰が、そんな大事件を呼び込んだともいえるかもしれません。今回は警察の介入なしで解決できなかったのですが、地元の警察が訳に立たない場合は地元警察が所属する県警に相談するべきでしょう。

⑳衣服の汚れ
 夜に店舗から「お客からクレームがあって困っている」と電話がありました。ちょうど社員が帰った後で、アルバイトしかいないのにお客が大声でクレームを言い立てています。お客がテーブルに着席した後、すぐに従業員を呼び、チューインガムがテーブルの裏に付いており、買ったばかりのズボンに付着して取れないと言いたてているのです。客は地方都市から来ており、何回も来れないのでここで何かしてくれと言います。しかも、アルバイトばかりで対処がいい加減だとクレームをふくらましています。私は離れた場所にいてすぐに店舗に駆けつけられないので、その客と電話で話をすることにしました。
 お客は「客席に座ったらテーブルの下のガムが付いた。これはお店の清掃が悪いのでお店で弁償してくれ。クリーニング代を払ってくれるか、それ相応のことをして欲しい。自分も飲食店で働いており、こんな応対は納得できない」と言うのです。従業員に電話を替わって貰い、事情を聞くと、「テーブルに付いて直ぐにガムが付いたというがおかしい。しかもその客席はしばらく他のお客さんが座っておらず、ズボンにべったり付くほどの軟らかいガムが付くことはありえない」と言います。チューインガムはテーブルに付着してもすぐ堅くなり、ズボンなどにべったり付くはずがないのですが、見せたチューインガムはべたっとしており、おかしいと言います。
 どうも常習的なクレーマーでお金を脅し取るのが目的のようです。しかも社員がいないので脅せば何とかなると思ったのでしょう。最初はおとなしくしていたのですが、私はお客に対して「店舗は清掃をキチンとしている。ガムが付いていたのは他の客がしたことで、店舗の清掃とは関係ない。それで納得ができなかったら好きなようにしなさい。訴えていただいても結構だ」とはっきり伝えました。そして、従業員に「もし、騒ぐようであれば営業妨害で警察に一一〇番しなさい」と伝えたのです。男はやがてあきらめて帰り一件落着です。
教訓
 社員がおらず、クレームを言われた従業員が責任逃れで「社員ではないのでわからない」と言い、それが客のクレームを大きくしたようです。アルバイトであっても責任ある答えを毅然とできるようにトレーニングしないといけなかったと反省しました。

21衣服の汚れその2
 急成長しているチェーン店Kはコマーシャルを放映するようになって、知名度が高まったのですが、それと比例して、やっかいなクレームも鰻上りです。
 去年まではK社の責任者D氏が対応したクレーム(店舗で解決できなかった二次クレーム)は一年につき三、四件くらいだったのですが、今年に入って毎月のようにあります。とくにCM放映してからは、マクドナルドに匹敵する量です。
 アルバイトが料理を運んでいる途中、手をすべらしてA子さん(OL三〇歳前後)の洋服を汚してしまいました。すぐ店長が謝罪し、洋服のクリーニング代を出すことを約束し、その場はなんとか収まったかのように見えました。
  数時間後、店舗にA子さんの上司と名乗るB氏から電話があり「まったく誠意が見られない!大きい会社とは思えない!」と喧々囂々でとても店長の手に負えず、翌日、責任者が電話を入れることになりました。
  責任者のD氏は第三者が入るとロクな目にあったことがないので、構えて電話したのですが、先方もクレームの勉強をしたのでしょうか、具体的な要求はありません。ラチがあかないので、直接会うこととなりました。
  場所はY市の東証一部上場の精密機械メーカーでした。先方はA子さん、上司のB氏、なぜか隣の課のC課長がいます。D氏は勤務時間中にヒマな連中だなと思いながらも、丁寧に謝罪をし、改めてクリーニングはこちらで施工し、万が一落ちない場合は、弁償させていただきたいと話しました。
 先方の言い分は
  1 クリーニングで汚れは落ちても、元には戻らない!
  2 そのスカートは友人からのプレゼントで、大事にしていた。
  3 料理をこぼされて、精神的にショックを受け、外食にいけない!どうしてくれる!
いつもの事ですが、弁償してくれと言う場合は、友人、親兄弟のプレゼントです。その他、B氏、C課長からもマニュアル云々、K社の店長指導云々、危機管理云々、とまくし立てます。D氏は「さすがはメーカーさんだな、ヘタな答えをすると突っ込んでくるな」と思いながら話していましたが、あまりに無理難題でD氏もイライラし、ご本人だけと話したい旨伝えたのですが、「彼女は精神的に参っている!それで代理で出席しているのだ!」とのことです。D氏は代理も何も本人が直接しゃべってるじゃないかと思いつつ、とりあえずクリーニングに出すので、衣類をお預かりし、一〇日後に、再度面会することを約束しました。
  クリーニング店でシミを確認し、汚れが落ちていることを確認しました。復元加工で三五〇〇円の費用でした。念のためにスカートのメーカーに連絡し、定価、在庫、販売店を確認ました。在庫は夏物のためありません。ただし販売店から、定価五八〇〇円 販売価格三八〇〇円であることを確認できました。もし、弁償金やお見舞いが必要な場合としてとしてとりあえず緊急用資金二万円を用意しておきました。
 約束の日、場所、メンバーは前回と同じです。D氏はホントに暇な会社だと思いつつ、何食わぬ顔でクリーニングの結果を報告、マニュアルの見直しとトレーニング状態、店長の危機管理教育の実施、以上を説明し、終わろうと思ったのですが、A嬢はクリーニングに納得できないようで、「こんな服はもう着たくない!」と言います。D氏はせっかくの友人のプレゼントなのにと思いつつ「それでは弁償いたします」と封筒に入っている一万円を手渡すと、「一万円では買えない!もっとしたはず!」とのこと。D氏は自分で買ったのでは無いはずなのにと思いつつ、メーカーに連絡して価格を確認してあることを話すと、しぶしぶ納得しました。
 しかし、ここでC課長から横槍が入りました。「これだけで終わらせるつもりか?彼女は精神的なショックで外食できないと言ってるんだぞ」とのことです。(そんな繊細な神経を持ち合わせているような人には見えないのですが)D氏は「弊社の社長より、今回のお見舞いとして預かってきております。」とさらに一万円を渡しました。D氏の本音としては、追加の一万円を使いたくなかったのですが、「弊社としてはこれが精一杯でございます」と話すと、まだ不満があるようでした。
 そこで最後に顔色を変えて「そちらが代理人として会社の上司を出されるのでしたら、今後は会社対会社の交渉をさせていただきますが、ご覚悟はございますね!」と突っぱねました。B氏、C課長はこの後、一言も話しませんでした。最後にA嬢が「割引件とか持ってないの?あるはずでしょ?」とのこと。
 D氏はしぶとい人だなと思いつつ、三〇〇〇円の割引券をニッコリと渡し、「ショックから立ち直られたみたいですね。私も安心しました」と最後に微笑みました。

D氏の反省
 今回はお金で解決したので、うまくいかなかったケースでしたが、ことの起こりが当方のミスにあるのと、会社のトップが争いが嫌いで、金で解決できるならというタイプなので、手っ取り早い方法を選びました。こんなトップがいるとクレーマーが増殖するのです。飲食店では「お客様は神様」とされてきましたが、最近は先方がクレームのプロ化してきたので、困りものです。

29 客からの嘘のクレーム
 新聞にも出たのですが、マクドナルドを利用した客が飲み物を会社に持って帰り、それを飲んだ会社の同僚が嘔吐した事故がありました。私は洗剤類の開発を担当した経緯から、洗剤が混入して毒物事故となったのではないかと一瞬緊張しました。しかし、店舗の洗剤使用のマニュアルはキチンと作成しているし、保管も食材とは別の場所にしており、問題はないはずだと思いましたが早速調査を開始しました。しかし、すぐに買い物をした会社員が同僚を困らすために毒物を入れた事件だと判明して一件落着しました。

教訓
 洗剤などは衛生に必要不可欠ですが、操作を間違えると毒物となります。常日頃から使用方法をトレーニングし、保管場所も決めておく等の配慮が必要不可欠だということです。

34 クレームをつける
 私はクレームの対処に追われていましが、逆にクレームを言い立てたことがありました。マクドナルドの競合会社の同じくMマークを使っている企業です。最初はMマークはまったく異なっていたのですが、だんだん類似した色と形状になってきました。
 気がついた私は当時の総務部長に異議を申し立てるように進言したのですが、銀行出身の穏和な部長はことなかれ主義で、取り合いません。しばらく静観していたのですがあまりに競合が激しくなり、強行に抗議を申し立てるようにアメリカ本社に直接掛け合いました。日本の担当者は昔の部下で、マクドナルドのロゴマークの裁判で最高裁まで争った際の担当者でもありました。
 そこで、彼に資料を渡し、強行に異議を申し立て、場合によっては裁判に訴えるようにしました。その結果、競合のM社は自発的に看板とロゴマークの色を変更するようになったのです。それがいわゆる、Mチェーンの赤M、白Mのいわれなのです。しかし、変更まで時間がかかりすぎ、競合の店舗展開を許してしまったのは店舗責任者としてはたいへんでした。

教訓
 異議申し立てはなるべく早く行えば、店舗の競合は少なかったはずで、争いをさけるという消極的な姿勢がいけなかったのです。問題があれば率直に先方にクレームを申し立てるという積極的な姿勢が必要なのです。クレームを処理するだけでなく、必要なクレームはタイムリーに申し立てる方がよいと言うことです。 

②世界最強最大の軍隊、アメリカ海軍提督からのクレーム
 社長を出してはいけないという常識に反してしまった私はそれに懲りるこなく、一五年後に再度同じ「社長にクレーム処理に行かせる」をしてしまいました。
 一九八〇年代にプラザ合意のお陰で、為替が円高にふれ、一ドルが二四〇円から一二〇円前後になってしまいました。それが幸いして、会社の食材原価は低下したのですが、あるとき思いがけない強烈なクレームが舞い込んできました。
 アメリカマクドナルド本社はアメリカ海軍と世界契約を提携し、世界各地に点在する海軍基地内に出店する権利を獲得していました。そして、日本最大のアメリカ海軍基地への出店は日本マクドナルドが担当することになり、当時地区担当部長になっていた私が担当することになりました。
 メニューはアメリカとほとんど同じでした。当時の日本マクドナルドは日本でほとんどの資材を調達しており、アメリカと同じメニューであっても、日本の価格をベースに円を中心として、円とドルの両方の価格を表示していたのです。
 それがプラザ合意で円が倍に高騰し、ハンバーガーの値段が倍になったわけで、海軍の人たちは怒り、クレームが山のように司令部に来ました。これは軍人の志気にかかわると、地区部長だった私のもとに値下げ要求が来ましたが、これは一企業の関知する問題ではないと突っぱねていました。しかし、あまりに問題が多いと、ある日アドミラル(海軍提督)が藤田田社長と会いたいと連絡をしてきました。
 さっそく、当日指定された東京の山王ホテル(アメリカ軍人御用達のホテル)に行く途中、過去の経過と、妥協しない旨を藤田社長と合意して、これは日米開戦ですから妥協しないで戦争してくださいとお願いし、社長は「よっしゃ、わかった」と納得してくれました。
 薄暗い会議室には勲章をぶら下げた軍服を着た将校達が十数名、厳しい目を向けて待っていました。その中の一人だけ中年の男性がネクタイ姿でいます。
 着席後、自己紹介をしたら、ネクタイ姿の人が海軍提督だったのです。ただし、実戦部隊ではなく、組織運営に必要不可欠な食料などの物資物流最高責任者でした。彼はMBAを持つビジネスマンだったのです。アメリカ海軍は食材などの資材をアメリカから世界中の国に配送しますが、それらの艦船の動きは軍事偵察衛星で刻々と把握しています。その物流の親玉が彼なのです。
 儀礼的に自己紹介と雑談をしてから、海軍提督がハンバーガーの値段について切り出しました。日米ハンバーガー戦争の開戦だと身構えた私の耳に、思いがけない言葉が飛び込みました
 「わかった、海軍の言う価格にハンバーガーを値下げする。私どものアメリカ本社はアメリカ海軍にたいへんお世話になっている。その御礼として希望のハンバーガーの値段にするので、今後ともよろしくお願いする」
と藤田社長は言い放ち、相手があっけに取られているうちに「そな、さいなら」と席を立って帰ってしまいました。
 残されたアメリカ海軍将校は唖然として言葉を失ってしまいました。その後に残された私は、アメリカ海軍の将校達から集中砲火を浴びて撃沈してしまったのは言うまでもありません。

教訓
 妥協点を早めに見極め、相手の想定する妥協点よりも良い条件で短時間でクレームを処理することが必要な場合がある、ということです。ここで時間を費やしても、会社のイメージが低下するし、アメリカの親会社も困るから、単にメンツにこだわらず妥協できるところは妥協するべきだということでしょう。
 社長がクレームに出てはいけないというのは、社長がその場で決断をし、相手のクレームを瞬時に処理できる能力がない場合だけで、今回のように問題が大きくなればアメリカ本社まで巻き込んだ騒動になることまで見抜いて瞬時に問題処理をできるのは社長しかなったわけです。

  3 よくあるクレーム

22 食あたり
  最近は牛のBSEの問題とか、鶏インフルエンザ等食品の安全性の話が新聞をにぎわせているし、食中毒も増加する傾向にあり、消費者は食品の安全性により敏感になっています。
 マクドナルドは一九八三年にアメリカで初めて腸管出血性大腸菌による食中毒を引き起こし、それから食中毒対策に真剣に取り組んできており、私の担当時代は食中毒を引き起こしたことはありませんでした。しかし、マクドナルドの商品を食べて食中毒になったという訴えは数多くありました。その訴えはほとんどが他の食品を食べたのが原因だったり、食あたりだったりしたのです。
 食中毒というのは食べて直ぐ発症するのではなく、最低でも四時間以上経過して起こります。また、夏場などに清涼飲料水を飲み過ぎて胃が弱まっているときに、アイスクリーム類と揚げ物を一緒に食べると胃痛や腹痛の症状を示すことがあります。これは食べ物の組合せと食べ過ぎによるもので、食あたりと言います。
 食中毒と訴えられたときにはあわてずに、該当食材を保管し、担当の保健所に連絡をし、検査をしてもらいます。そうすれば、お客の申し立てに対して当方の正当性を立証できるのです。
 また、日頃から管轄の保健所の担当者と仲良くなり、アドバイスを気楽にもらえる間柄になっておけば、いざという時にあわてないで済みます。

23 購入商品の不足、釣り銭間違え,店内の忘れ物の紛失
 店舗のクレームで多いのは商品の入れ忘れ、釣り銭間違えのクレームです。基本的にはこちらのミスなので、商品をお届けに上がるのが基本ですが、それを取りに来てくれとか、届けると言って忘れるなどの基本的な対応のミスがクレームを大きくしてしまいます。
 また、傘や身の回り品の忘れ物を誤って紛失し、騒ぎが大きくなることがあるます。お客さんの忘れ物はマネージャールームやロッカーなどに保管し、相手の身分証明書などを拝見してからお渡しすることが基本です。また、連絡ノートなどで誰でもわかるようにしておかないといけません。クレーマーなどがおり、わざと鞄などを忘れ、それを他の人に取りに行かせて、「紛失だ、店舗の管理が悪い」とクレームを言い立てることがあるので、忘れ物を渡す際には身分証明書などの確認は必要不可欠ですね。

30 サービスクレーム
  マクドナルド時代はサービス面でのトレーニングを進めた結果、サービス面のクレームはだいぶ減りましたが、ある年度から再度サービスクレームが増加を始めました。原因はドライブスルーです。ドライブスルーというのは車に乗ったまま買い物ができる便利なものですが、サービスを担当する側にとっては時間が短いのでたいへんです。多いクレームは、人がいないので待たせるということ。次に注文した品と異なっていたり、品不足があることです。
 この対策には厨房機器やドライブスルーの音響施設、レジスターなどの設備の改善と従業員教育などが必要でした。それでも現在もマクドナルドで一番クレームが多い部門のようです。

31 サービスクレームその2
  飲食店では「料理がでてくるのが遅い」というクレームが多いのです。ハンバーガーやフライドチキンなどのファストフードは注文後一分間以内、スカイラークやデニーズ等のファミリーレストランは注文後一五分以内という基準を設けて対応しています。そんなチェーン店のサービスに慣れたお客さんは注文してから料理が遅いとクレームを言い立てます。
 対策として、メニューの調理時間の点検、注文してからオーダーを厨房に早く入れるための設備改善、メニューの絞り込み等を実施しています。しかし、どんなに対策をしても間違って注文を入れ忘れることがあります。そんな場合は丁寧にお詫びをするしかありません。

改善したこと
 外食産業のクレームで一番多いのは、注文した料理がでてくるのが遅いというものです。ファストフードは料理を注文後1分、コーヒーショップは7分、ファミリーレストランは15分と言うのが提供時間の一般的な基準です。お客様はその時間より長くなるとクレームを言い立てるようになります。そのために注文を受けてからテーブルに料理を運ぶために何分かかるかと言う時間計測できる機能をレジスターにいれ、そのデーターを元に従業員の訓練にあたります。
 ファストフードは、専用の高速調理機器や、高精度の保温システム等の専用機器を自社開発し、食材を高速で調理できるようにしています。
 ミスタードーナツは冷凍生地を解凍発酵して揚げてドーナツを作り、できてからの賞味期限が数時間と長いので、注文後すぐに提供できるのです。店内で加熱調理する点心類は高速の解凍加熱器を自社開発し使用しています。KFCは生の鶏を自社で特許を取得した圧力フライヤーを使い15分で揚げ、2時間の保温をできるようにしているので、注文後1分以内に提供できます。マクドナルドは通常は2分以上かかるハンバーガー・パティの焼き上げを、両面から焼き上げるクラムシェルグリドルを開発し1分以内に調理できるようにしました。さらに特許の保温機器を使用し焼き上げたパティ(肉)や揚げ物を保温し、20秒で焼き上げることのできる高速トースターを使用し、注文後1分以内に熱々のハンバーガーを提供できるようにしました。ファストフード各社はそれぞれ調理法の特許などを取得した専用の調理機器を使用するなど調理時間の短縮には懸命なのです。
 ファミリーレストランのガストやサイゼリアはピザチェーン向けに開発されたエア・インピンジメント・オーブンを使用して高速調理を実現しました。このオーブンは料理の上下両方から熱風を直接突き刺すように吹き付けて焼いています。普通のオーブンは周囲の雰囲気温度で熱するわけですが、熱境界層ができます。家庭用の、上下にヒーターの入っているタイプ(自然対流方式)は食材に熱境界層ができて熱が伝わりにくいのです。熱境界層って何かといいますと、熱い風呂にゆっくり入っていると最初は熱いがだんだん熱さを感じなくなります。ところが隣の人が出たりしてお湯の流れができると熱が伝わって熱く感じますね。あれは身体の周囲に熱境界層という断熱層ができるんです。空気中も同様で、その熱境界層空気を吹きつけることにより、吹き飛ばすんです。この吹き飛ばすやり方(強制対流方式)がコンベクションです。風を横から送って飛ばすのですが、そうすると手前のほうは焦げるけど、反対側は焦げないという問題が出てきます。それでこれを上と下から吹きつけようとしたのが、エア・インピンジメント・オーブンです。早く、しかも均一に焦げ目がつく特性を持っています。 上下から吹き付けると、風量を3~4倍と強くできるんです。ところがコンベクションで3倍の風を横から吹きつけると、場所によって焦げムラができますから、それほど強くできないんです。そうすると熱境界層が残ってしまいますので、早く焼けない。この熱境界層を吹き飛ばすためには風速8mくらい必要です。普通のコンベクションは2ー4m程度です。しかし、ブワッと吹きつけると、逆にスポットの焦げ目がついてよくない。それで平均してきれいな焦げ目をつけるために、コンベアーで動かすのです。コンベアーは自動的に時間をコントロールするのと同時に、焼きムラをなくすという役目も負っているわけです。ですからこの特許は、コンベアーと上下からまっすぐ吹きつけるという2つの要素から成立しています。
 このオーブンは特に米国人の大好物のピザの調理に最適でした。平たい素材を上下から吹きつけるわけですから。ピザはそれまで風が全然ないデッキオ  ーブンでは10分くらいかけて焼いていたのですが、このタイプのオーブンを取り入れ  た結果、5分でピザが焼けるようになりました。
  このオーブンができたために、ドミノの巨大なデリバリーピザチェーンが誕生したのです。今ではデリバリーピザの100%はこのオーブンを使用しています。デリバリーピザチェーンはピザだけでなくフライドチキン、グラタンを配達するようになりました。フライドチキンは店舗でフライヤーで揚げるのではなく、工場で揚げて冷凍してあるものを、エア・インピンジメント・オーブンで再加熱して提供しています。オーブンを単なる調理器具としてだけでなく、調理済みの冷凍、冷蔵商品を再加熱するのに使用しているのです。
 ファミリーレストランは注文後料理を作りますが、料理が提供される時間が遅いというのが共通したクレームでした。そこで、このピザ用のオーブンを使って、ピザだけでなく、ハンバーグやチキンステーキを高速で自動調理しようとしたのが、ガストやサイゼリアなどのファミリーレストランチェーンです。サービスクレームへの対応が、デリバリーピザや、ファミリーレストランチェーンのガスト、サイゼリア等の新ビジネスを誕生したといえるでしょう。

 注文後料理の提供時間を早くするためには調理方法や調理機器の改善だけでなく、注文を早く正確に厨房に伝えるようにしています。ファミリーレストランですと、従業員が客席で注文をとる時に電卓のような器具に注文を入力して、注文を復唱しますが、この器具はオーダーエントリーと言われる物で、注文を厨房に電波や光でとばし、厨房のプリンターで伝票を出力し、それを元に正確に調理を行います。このシステムによりファミリーレストランのサービスは大幅に向上したのです。
 ファストフードは料理を作り置きするために、売上に応じた適正な量を作るように過去の売上データーを元に、これからの売上を予測するシステムをPOS(コンピュータ化した電子レジスター)に組み込んでいます。また、カウンターで受けた注文は直ちに厨房のディスプレーに表示し、それに基づいて適切な料理の準備を開始します。
 ファミリーレストランやファストフードのこれらのシステムは数百万円の投資金額で厨房機器の設備投資と同じくらい必要なのです。 

 このように外食企業はサービスが遅いというクレームに対応するために、懸命に調理システムやPOSシステムを開発しているのです。

32 従業員が客を笑った
  サービスクレームで多いのが「従業員が客を見て笑った」というものです。お客のその日の気分により、従業員の笑顔があざ笑いと誤解されてしまいますのです。
 とくに従業員同士で無駄話をしている際になにげなく笑うと、お客は自分が笑われたと勘違いすることになります。なるべく無駄話をさせないというのが対策ですね。お客がそんなクレームを言い立てたら、責任者が即座にお詫びをするという対策が必要です。

33 従業員からのクレーム
  私がマクドナルドの店長時代でした。繁華街の百貨店の一階にある店舗の売上はたいへん高く、アルバイトを一五〇人以上採用していました。当時は歩行者天国の真っ盛りで日曜日は大忙しです。マクドナルドは日曜日に一週間の締めとして人件費の計算と棚卸しをしなくてはいけません。営業時間は夜の一〇時までですが、忙しくて閉店後までその作業に取りかかれません。百貨店はセキュリティのために夜一二時を過ぎるとシャッターを閉めて従業員の出入りができないようにします。結局、毎日曜日は朝まで徹夜で書類作成の作業を行うことになるのでした。
 ある日曜日の夜でした。アルバイトの女子高校生の親からクレームの電話が入り「うちの娘が帰ってこない。最近夜が遅いので、理由を聞いたらベテランの男子アルバイト(二二才のフリーター)とつきあっていることがわかり叱ったら帰ってこない。どうしてくれるのだ」と言うではありませんか。外に出て探そうにもシャッターは閉まっています。やむなく、家にいる他の社員に電話をし「明朝まで両名を探してこい」と指示を出しました。
 翌日、両名を探し出し、男子アルバイトを厳しく叱りました。しかし、彼は怪訝な顔をしています。私は女子高校生を年上のフリーターの彼が騙して連れ歩いていたと思ったのです。しかしよくよく聞いてみるとその女子高校生の方がが積極的で男子アルバイトが引きずられて連れて歩かされたのが真相でした。
  そこで、女子高校生を家に連れて行き、親に管理不行き届きを詫び、一件落着しました。

教訓
 若い男女のアルバイトを使う場合には何か事故があってもすぐに対処できるように日頃から彼らの人間関係を把握しておく必要があります。この事例の場合は店舗の若い社員がアルバイトと仲が良く、彼らのたまり場を知っており、迅速に行動を把握できたのでした。また、すぐに怒るのではなく、事実を冷静に確認し対処することが必要なのです。
 数年後のことです。あるリゾートのマクドナルド店で働いていたときに、成人した女子高校生が男女連れで来店しました。私が声をかけるとびっくりして、「なぜ覚えてるのですか?」と聞き返しました。私はあんな大事件を起こして、忘れるわけはないだろうにと絶句しました。事件当事者は案外気楽な物ですね。
4 ご近所とのトラブル

④保健所のクレームで新店舗開店がストップ
 私が新人のSVとなり新規店舗の開店を担当することになったときでした。店舗の内装ができあがってきたのに保健所の営業許可が出ません。
 保健所は「この地区は文教地区であり、飲食店の営業許可は出せない。しかも近所から開店は困るとクレームが入っている。」と言います。ハンバーガーショップは風俗営業でないのでそれはおかしいと抗議を申し立てましたが、保健所は取り合ってくれません。どうも保健所の言い分がおかしいので、周囲の店舗を見ていると古い飲食店が数軒しかなく、新しい飲食店はありません。そこで、地元の人に聞いてみると近所の鮨屋が飲食店の組合の会長をしていて、彼が保健所に「営業許可を出すな」と横やりを入れていることが判明しました。それはおかしいと私は何回も保健所に足を運び、強行に開店を申し入れ、聞き入れなければ正式に抗議を申し込むとねじ込みました。
 しかし、飲食店は保健所の許可がないと開店できません。保健所の許可は明文化していなくて担当者が認めない限りおりません。保健所相手に喧嘩をすると同じ地域で新規開店する際に問題となります。そこで、保健所の言い分、本音を聞き出しました。そうするとやはりその地区の飲食店組合が抗議を申し立てていることがわかりました。しかし、当社の開店申請を無視することはできず、保健所も困っていたのです。そこで、店舗が完成後も数週間開店を延期することで、飲食店組合と保健所のメンツを立てることにしました。

教訓
 行政からの指導であっても合理的でないと思われる場合にはキチンと抗議を申し立てるべきです。抗議を申し入れる前には事情を詳しく知るために調査をしましょう。次に先方の言い分を聞き、妥協したり、行政側の立場を尊重することは、その後の関係を良好に保つために重要です。
 私は言いたいことを言い合った保健所の担当者と懇意になり、その後、洗剤の開発に当たってはいろいろ相談に乗ってもらいました。こちらが真剣に仕事に取り組んでいるということを示せば行政も親身になってくれるのです。

⑤店舗オーナーは我がままで、やくざな社員と大喧嘩
 トラブルが連続するお店があります。前記の店がその典型的なお店でした。保健所とのトラブルが収まりそうになると、今度は店舗の大家からクレームが来ました。「マクドナルドの建設担当者の態度が悪く、お店の建築を進めたくない」と言うのです。当時のマクドナルドは小さな会社で社員もいろいろな人間を採用していました。担当の建設担当の社員は言葉遣いが乱暴で、弁護士でもある大家を怒らしたのです。
 ある建設上の問題を大家と建設担当者で話し合いをしていたら、両者とも興奮して殴り合いになりかけました。私はあわてて中に入りなだめましたが、大家は激怒しました。幸いなことに大家は私の父の友人であり、私をかわいがってくれましたので、大家の機嫌がよい早朝に家を訪問し、侘びを入れ、それ以後交渉の間に私が入ることで、その後のトラブルはなくなりました。
 マクドナルドの建設担当者の態度は確かに悪く、その後社内で私とも口論はするし、他の工事現場で、なんと建築業者と賭博をし、捕まるという失態を引き起こしました。今でしたらすぐに懲戒解雇となるのですが、当時は会社も鷹揚で口頭叱責を受けただけでした。

教訓
  会社が小さい間はいろいろな社員がいるので、対外的な問題を引き起こしやすいのです。その際には問題が大きくなる前にすぐ対処をすることが大事です。また、気むずかしい大家などとスムーズに交渉するためには、常日頃から何時が一番機嫌良いのかを観察し、タイミングを見計らって詫びる等の気配りを忘れないようにしましょう。ふだんから仕事の報告などでしばしば訪問し、気心を知っておくことも重要です。問題が起きてからはじめて面会しても問題は解決しにくいのです。

⑥ダクト排気の異臭問題
 この店は開店後もトラブルが連続です。今では東京随一の若者向けの繁華街となっていますが、当時はまだ住宅街が残っていました。お店の隣のマンション住民からハンバーガーを焼く臭いがひどいというクレームです。ハンバーガーを焼き上げるグリドルやポテトを揚げるフライヤーの排気をダクトで店舗の屋上に出しますが、その煙がマンションの住民に被害を与えました。煙だけでなく、騒音や、ゴミなどの問題も住民を痛く刺激したようです。住民は強行に言い立てます。
 幸いその住民の中に学校時代の友人がいたので彼の部屋からダクトを眺めたら、ダクトから煙が漂ってきます。これは視覚的にも刺激を与えます。そこで、急遽ダクトの向きを変更し、マンション側から煙が見えないようして、一件一件侘びを入れていきました。その結果、そのクレームは収まりました。

教訓
  店舗に多いクレームは近隣からの騒音、異臭、照明などです。この場合も大家とのトラブルと同様に日頃からのつき合い、挨拶のあるなしに影響されます。問題が発生した場合感情的なもつれになる場合が多いので,当方が正しくても先方が納得できるように目で見てわかる対策をしなければなりません。放置すると先方のクレームと要求がエスカレートし、店舗も利用してくれなくなります。近隣も大事な固定客ですから常日頃から交流を図ることに注意する必要があります。
 近隣からのクレームで一番難しいのは臭いです。悪臭には個人差があり、完全になくすことは不可能に近く、最近では焼鳥屋や焼肉屋などが近隣とトラブルを起こし、裁判沙汰になることが多くなりました。悪臭をなくすためには一〇〇〇万円違い設備投資が必要になりますので、日頃から近隣とは仲良くするようにしましょう。

⑦大家とのトラブルその2
 飲食店の場合は借りて経営する場合が多いのですが、その大家とのトラブルはけっこう多くて、騒動のあげく店舗を出ていけと言われることがあります。大した問題ではなく些細な問題が原因なのです。私は店舗を担当するとまず、大家とじっくりお茶を飲みながらお話をします。そして開店後も店舗を訪問した際に、近所に大家が住んでいる場合には雑談に行きます。仲良くなると、場合によっては再婚の相談などをされたり、家族の一員として扱われます。そんな風に親身になると店舗の社員を家族として待遇してくれ、たまに食事などをごちそうになったりします。
 そんな良い大家さんでも担当者が代わると激怒して追い出すこともあります。私の部下で真面目ですが、ちょっと融通の効かない意地悪な社員がおりました。彼には仕事で随分困らされた物です。その彼が独立してフランチャイジー(支店経営者)になりました。ところが一年ほどすると私が仲の良かった大家に出ていってくれと言われてしまいました。
 その大家は店舗の裏に住んでおり、店舗の売上動向や従業員のお店の清掃などがたいへん気になります。売上などの動向をそのフランチャイジーに聞いても、融通の効かない彼はぶっきらぼうな応対しかしませんでした。それが、大家を怒らせたのです。しばらくして彼は他の店舗に異動させられたのは言うまでもありません。

教訓
 大家は店舗の近隣に住んでいることが多く、店舗の従業員と顔を合わせることが多いのです。新店舗開店の際にはみんな顔を知っているから挨拶しますが、しばらくすると社員の人事異動やアルバイトの入れ替えで、挨拶をしなくなる場合があります。大家にとって店舗は財産です。ふだんからの挨拶をしないで、店舗周囲を汚したり騒音を出したりすると、かんかんに怒り出すことがあります。
 誰に対しても丁寧に話すという基本は大事ですし、自分が忙しくても話しかけてくる大家にはなるべく時間を使って丁寧に接することが重要でしょう。私は大家と仲良くなり、結婚式の際には複数の大家に出席をしてもらったり、店舗の紹介をしてもらったりしました。どうやって仲良くなったかというと、店舗訪問時には時間があればコーヒーを持って売上報告を兼ねた雑談に行くという簡単な物です。
  大家からのほとんどのクレームが、挨拶がない、言葉使いが乱暴だという感情論ですから、店舗の近隣に大家が住んでいる場合には社員、アルバイトに日頃から紹介するという気配りが必要です。うまくつきあえば子どものようにかわいがってくれ、食事などをご馳走してもらえますが、うまく行かないと店舗契約を破棄されることもあるのです。
  
⑧大家との交渉
 大家とすべてうまくいったわけではありません。失敗もしました。私がSVを六名ほど管理する、統括SVとなり最初の開店で大家との交渉をしなくてはならなくなりました。店舗開発担当者が店舗開店の交渉を結んだ後の細かい規則や納金方法、従業員規則などは、大家と店舗の責任者であるSVが行うのですが、SVから大家との納金方法で揉め、クレームを受けているので来てほしいという依頼を受けたのです。
 大家との打ち合わせで最初に取り決めをしなくてはいけないのは、売上の確定方法と、納金、監査のやり方です。売上には二つの売り上げがあります。レジスターの記録と現金売上です。レジスターの売上記録から打ち間違いと現金差を引くと、現金売上となります。普通,百貨店やスーパーに入るテナントの場合、レジスターの売上と現金売り上げは同じになるように調整をします。しかし、マクドナルドの場合、間違いや盗難による現金差を容認しているので、普通は現金売上を売上として申告するようにしていました。
 今回出店のショッピングセンターの責任者は大手私鉄の経営する百貨店から出向してきており「一般的なレジスターの売上記録で申告しろ」と言いたてます。そうすると現金差はマクドナルド側の負担となってしまうのです。
 私はまだ統括になり立てで、売上は現金売上しかないと錯覚していました。そこで、先方に対して「できない」と激しく突っぱねたのですが、先方が「そんなことは通常あり得ない、レジ売上を正としろ」と詰め寄ります。開店すれば何とかなるかもしれないと思い、時間稼ぎをくわだてました。「では、上司に出きるかどうか相談してきます」と言ったら、先方は「子どもの使いじゃないんだ。責任者だったら今すぐ答えを寄越せ」と詰め寄ります。「子どもの使いじゃないんだ」という言葉はずいぶん応えました。そこで「わかりました、すぐに返答します」と応え,本社にとって帰り経理部に相談しました。その答えは「あ、わかりました。問題ありません」という拍子抜けのする答えでした。 

教訓
  どんな交渉もお互いに譲り合いをする余地はあるわけで、私がいろいろなルール、交渉の現実の知識を持っていなかったという勉強不足と、「上司に相談します」という言葉で時間稼ぎをできると思ったのが間違いだったのです。
 通常の日本の会社は、何か先方が要望をするとそれを会社に持ち帰って稟議を起こし、それから回答する稟議制度が普通です。稟議制度を盾に、窓口の担当者が迅速な回答をしないというのは、「権限がない若造を対応させている」と客を怒らせる二次クレームに発生させるのです。
 私はこの事件以来、クレーム処理や対外折衝の際には先方の言い分を予測検討し、自分の決済権限を越える場合には、事前に上司や必要部署の了解を得ておき、先方との交渉結果は事後報告や事後提案で処理するようにしました。先方の要望に対して誠意を持って「できる、できない」を即答できる迅速な交渉が問題を小さい内に解決できるからなのです。

⑨情けは人のためならず
 結婚式に出てくれた大家さんは都心の一等地をマクドナルドの店舗にしてくれ、私をたいへんかわいがってくれました。その大家がある日「王さん、頼みがある」と言ってきました。その依頼は一人息子をマクドナルドの社員にしてくれというものでした。以前から大家の依頼により店舗でアルバイトをさせていましたが、暗い性格であまり客商売に向いていませんでした。しかし、大家の頼みですから、適性検査と面接を受けさせました。面接には私の部下を配置して合格させるように配慮しました。そんな苦労をして入社させた息子さんでしたが、しばらくしたら自殺をしてしまいました。
 葬儀に参列しましたが、自分より若い息子を亡くした親の悲しみを見るのは本当につらい思いをしました。よくよく聞いてみると、夫婦は長年不仲でその争いが息子の精神状態を不安定にさせ、躁鬱病となってしまったのです。躁鬱病の人が仕事を代わるなどの変化にあうと、場合によっては自殺をすることもあるということだったのです。
 私が部下を亡くしたのはその他三名おります。二名は新入社員と中途の社員で、両名とも躁鬱病が転職をきっかけに悪化し、自殺に追い込まれたのです。もう一人は私が店長の頃のアルバイトで後に社員になっていましたが、女性との結婚問題に悩み自らの命を絶ってしまいました。亡くなった部下はそれぞれたいへん性格の良い人たちだったのが残念です。

教訓
 よかれと思ったことが無理をすると相手の負担になり、却って不幸な結末になるということですね。それ以来、知り合いを無理して社員などに採用するのはやめることにしました。

⑫記録をキチンと取ると銀行のクレーム処理も簡単解決
  私が新人のSVの頃でした。その年の九月二日にR店の取引先の銀行から、高額の売上紛失のクレームがありました。
 九月一日午後二時に、Sアシスタントマネージャーが一人で、前月三〇、三一日の売上を銀行に入金に行ったのです。一〇、一一番の受付に金を渡しました(その際、ふだんは渡す金銭内訳表を提出しませんでした)。番号札をもらい、三〇分ほど待ち、通帳と受け取りに印鑑を貰い店に戻りました。
  その日の午後五時に店舗の大家に売上が納金された旨の連絡が銀行から入りました。ところが、午後五時半に銀行より、店舗Fマネージャーへ二万円不足とのクレームの電話がありました。
  ただちに店長へ連絡しましたが休暇で連絡とれませんでしたが、上司である私への連絡はありませんでした。遅れて、二日午前九時一五分に本社と私へ連絡が入りました。
  原因は当日銀行の窓口担当者が札勘定をして二万円少ないことを気がつかなかったことです。しかし、銀行の閉店後に勘定を締めた際に、二万円少ないのに気がつき、もう一度伝票をチェックした際に二万円足りないのに気がついたのです。そこで、いつもマクドナルドが持ってくる金銭内訳表がないことに気がつき、マクドナルド側にクレームを入れたのです。
  
  問題点
  〈1〉当方のミス
  現金カウント時のミスを防ぐために自主的に金銭内訳表を作成し、銀行に持参するのですが、今回は記入を忘れ、持参もしなかったので、当方が正しいという立証ができませんでした。
 〈2〉銀行のミス
現金勘定時に金銭合計を出さず、不足に気づかず受領印を押して渡してしまいました。

 そこで、銀行に私と本社の経理部長で赴き、当方の手順の正確さを説明、銀行の不手際であることを認めさせ、二万円は銀行の負担となりました。

教訓
 一円のミスも許さない銀行ですが、書類と手順をキチンとマニュアル化してそれをキチンと説明できれば、銀行も不備を認めるということですね。常日頃から書類や手順を明確に定めておくことが重要だということです。


  5 難しい相手

⑩出店に関するトラブル
 私が関西の地区統括SVのときに、ある地方都市で店舗用に土地を購入しました。町の真ん中のものすごく良い土地が安く買えたのでした。店舗の建設開始と共に店長が赴任し、アルバイトの募集などの活動を行い出しました。
 店長が赴任してから一週間も立たないうちに私にSVから電話が入りました。「地元小学校のPTAから出店がけしからんとクレームが入っている。ついては、PTA等への説明会を開くから出席してほしい」ということでした。風俗営業ではないし、なぜPTAからクレームがあるのかと不審に思いながら現地に赴き、会合に参加しました。
 会場にはPTAと先生方が揃って険悪な雰囲気で待っています。先方は開口一番「マクドナルドが店舗を開店するのはけしからん、生徒に悪い影響を及ぼす。」私は「風俗営業ではないし、問題はないはずです」と答えましたが、先方は「生徒が学校に行く前に買い食いをするので困る」と言います。「それは生徒に食事を与えない親の問題だし、食べること自体は問題ないじゃないですか?」と言う答えに先方は激怒し、まるで団体交渉中の労働組合のつるし上げ状態になりました。よく考えてみるとその地区の教員から日教組の書記長を選出しているような過激な先生方のようであり、これは困ったなと正直思いました。
 でも、正しいことは言わなくてはいけないので、「なぜ、朝の買い食いがいけないのか?」と質問したところ、答えに唖然としました。「食べるのは構わないのだが、食べる金を稼ぐために他の生徒を恐喝するのが困るのだ」と言うではありませんか。「そんな行為を許す学校や親が悪いのではないか」と言い返しましたら、「あんたは何もこの地区の実状を知らない」と言って侃々諤々の論議となりました。
 私としても開店の前に地元とトラブルを起こすのは得策でないし、先方の問題指摘が、早朝八時からの営業に絞っていたので、「わかりました、学校がある内は朝九時からの営業にします。そのかわりに学校のない夏休みや冬休みには朝八時から営業をさせてください」とお願いしました。先方は私の即決の応えに納得し交渉は円満に解決したのです。
 このころには統括SVの権限の範囲を知っていましたし、上司にその理由を説明できますから、本社に持ち帰って検討しますなどと馬鹿なことを言わないで即決で交渉を決めることができたわけです。
 ところが帰り際に親しくなった先生方が、「いや、あんたの会社はたいへんな場所に開店したね」私は「?????」「じつはコンビニなどは開店すると商品に対するクレームが多発し、あっと言う間に閉店してしまうんだよ。」「先日開店したRという外食全国チェーンは工事中や開店時に街頭宣伝車に囲まれて、営業ができなくなるような妨害を受けていたんだよ」と言うではありませんか、どうもたいへんな地域らしいのです、でも、それ以上は先方も口を濁して詳しい話はしてくれません。
 それから一週間しないうちに店長から電話が入りました。「どうした?」「あのー……事務所にいるんですが」「なにしてんだ?」「事務所でもちょっと違った事務所です」と言う。何と暴力団の事務所に監禁されていると言うのです。「店舗開店の際に挨拶がない」という言いがかりです。
 あわてて、私が地元警察に電話しました。その数分後です。暴力団の事務所から電話があり、「おまえ、警察にたれ込んだな、ふざけるな」と言います。驚きました、警察とオンラインだったのです。警察を直接訪問し、文句を言うと「それは民事だ。先方と話し合ってくれ」と言うではありませんか。しかも、店舗の周囲は暴力団事務所二〇か所ほどに囲まれているとか、店舗前の交差点を境に他の警察の区分となっており、事件を解決するのに難しい地域だと弱気なことを言います。なんて警察だと思いました。しょうがないので県警に怒鳴り込みに行きました。
 県警には通称「丸暴」という暴力団対策の課があります。その課長を名指しで呼び出し、どうしてくれるんだと詰め寄ったわけです。先方の答えは「店舗が開店できるように協力する。しかし、この地区は難しい地区でいろいろ問題が出るだろう。その際に被害をきちんと報告し、刑事事件として告訴してほしい。普通は暴力団が怖くて告訴を取り下げてしまう。それではこちらとしてはやりがいがない」と言います。「わかった、きちんと告訴する」と確約をし,県警が全面的に応援してくれることになりました。
 県警の担当課長が暴力団の事務所に電話を一本入れるとあっと言う間に店長は解放されました。その後の安全のために、店舗周辺を常時警官が巡回し、何かあったらすぐに県警に緊急連絡をできるようにしたのは言うまでもありません。
 嫌がらせをされるのが予測できたので、開店時には警官を立ち会わせてくれました。ふだん、警官は店舗内に立ち入らないのですが、巡回時に必ず店舗に立ち寄るようにお願いしました。また、客席からよく見える場所に県警の丸暴課長の名刺を貼るなどの対策をしてくれたのです。店内には嫌がらせでたむろすることを防ぐために掲示板を出し、一時間以上の長居や商品を購入しないで客席にいる場合には警察に連絡する、駐車場には無断駐車は直ちにレッカー移動し、罰金を徴収する旨を書き出しました。とうてい客商売とあるまじき文面ですが背に腹は代えられません。
 開店の日でした。最初に来た数人のお客を、居合わせた警官がすぐに外に放り出しました。私の経験の中で開店日に来たお客さんを放り出したのは初めてでした。
 店舗の周囲には数多くの暴力団の事務所が存在しています。普通の暴力団は全国組織系列に所属するので一か所の団体と話をするだけでその後はスムーズに行くのですが、この地区は仕切る強力な暴力団が存在しない群雄割拠の地域でした。ですから一つの暴力団に金を払って問題を解決しても、その他の無数の暴力団が群がって来るという難しい地域だったのです。
 しかし、暴力団たちは当方の強硬な姿勢にそれ以上の要求を出すことはありませんでした。しかし、彼らは「おれたち以上に難しい人間がいるんだぞ、でも、俺たちに相談されても何にもできないからな」と捨てぜりふを吐きました。
 関西は歴史が古い町が多く、昔から暴力団も対応できない人たちが住んでいる地域があります。じつはこの店舗を取り囲む住宅の多くはその難しい人たちが住んでいます。
 しかし、店舗を買ってしまった以上撤退はできません。そして、おそるおそる開店しました。ところが心配をよそに店舗の売上は予想以上に順調で客であふれかえっていました。心配した住民による嫌がらせもありませんでした。その理由は一つには店舗が毅然とした態度をとり、警察と密接な関係を持っているということが一目瞭然だったからですが、最大の武器は子どもに喜ばれる店作り、プレイランドという子どもの遊技場を設置した楽しい店舗だったからです。周囲の暴力団や住民たちも家族持ちであり、日曜日には子ども連れで店舗に来店したのです。自分の子どもたちが楽しんで遊んでいる店舗を恐喝したりすることはできなかったわけですね。しかも、皆商売を営んで金を潤沢にもっている人たちで、周囲には飲食店がほとんど皆無で競争もなかったので大繁盛店となってしまったわけです。災い転じて福となすの典型的な例でした。

教訓
 今回の問題は関東と関西の習慣の違いです。日本の場合、新規に開店をする場合は地元の有力者(昔からのやくざが多い)に挨拶に行きます。関東の場合は清酒二本ほど持参し挨拶するだけで済みます。しかし、関西の場合は「みかじめ料」といって、場所によれば数百万円を要求される場合があります。通常は建設業者がそれを知っており、その金額を予算に入れて交渉に当たります。しかし、その土地の習慣を知らないで開店をしようとすると問題を引き起こすわけです。まず、それぞれの土地の特殊性を調べないと土地や建物を購入してはいけないということです。
 交渉術ですが、どんなに難しい問題も、責任を持って体当たりでぶつかっていくと道が開けます。暴力団や難しい住民だからといって怖がっていては解決できないのです。また、店舗が一致団結してきちんと営業を行えば、問題を起こす人たちも固定顧客となるわけですね。
 暴力団などとの交渉で注意するポイントは、先方が二次クレームを期待しているということです。対応する責任者をたらい回しにしたり、無責任なその場逃れの返事をすることがトラブルを拡大する原因です。応対には細心の注意を払い、言葉遣いを丁寧にし、先方の要望をよく聞くことです。
 「誠意を見せろ」という言葉でこちらに金銭的な代償をそれとなく請求しますが、「誠意とは何ですか?」と丁寧に相手の要求を聞きます。決してこちらから金額を言ってはいけません。先方が金銭的な要求などをすればそれが恐喝となるからです。
 相手と口論をしたり、興奮して暴力や暴言で立ち向ってはいけません。相手の思うつぼです。「ミンボウの女」という映画がありましたが、その中でホテルの従業員が乱暴な言葉で暴力団を撃退する場面がありました。しかし、そんな乱暴なやり方は危険を招く元です。暴力団がクレームなどで相手に暴力をふるったり、危害を与えることは少ないのです。それが表面化すれば警察沙汰となり、懲役刑を受けても所属する組織で評価されないからなのです。しかし、面と向かって相手を罵倒したり暴言を吐けば、自制心を失ったり、メンツを失い、危険な行為に走ることがあるので、決して相手を刺激するような発言や態度をとってはいけません。
 警察と暴力団の関係や対応は地区により大きく異なります。対策はその地区地区の実状にあわせないといけないので常日頃からの情報収集が必要です。

⑯従業員が働いた違法行為
 部下のSVから緊急の電話が入り「店長が警察に逮捕され、拘留されています。場合によっては起訴されそうです」と言っています。あわてて、本社の担当部長と飛んでいきました。
  事件は、店舗販売促進策の告知手段の道路への捨て看板が原因でした。違法行為ですが、現場で捕まらなければよいというのが一般的な考え方でした。ところがこの地区は条例で厳しい規制を施行しており、警察が頻繁に取り締まりを行っていました。つい最近も摘発と警告を受けたばかりであり「期間をおかず再度違法行為を行うのはけしからん」と店長が捨て看板を配布している現場を摘発されたのでした。
 私と担当部長は警察の担当者の前で頭を下げて許しを請いましたが「送検する」と強硬な姿勢を崩しません。それでも食い下がりどうやったら許してくれるかと聞いたら、「おたくはルートがないのか」と言うではありませんか。ルートとは何ですかと言ったらはっきり言いません。
  担当部長は私に「部屋で警察担当者と二人きりにさせてくれ」と言いだしました。その後、土下座をして謝ったようですが、相手の態度はまったく変わりません。食い下がる担当部長を引き留めて、いったん外に出ました。「おたくはルートがないのか」という言葉が気になったからです。
 そこで、取引先の担当者に電話を一本入れました。その結果一五分後に「問題ありません。釈放されました」と折り返し電話があり、釈放されました。以前からその取引先と会議で一緒になっていましたが、優秀なメンバーの中で担当者の彼だけがのんびり仕事をして、どうしても優秀な人間とは思えませんでした。そこで取引先のチームリーダーに、「何故、あんたのような優秀な会社で彼のようなのんびりした社員がいられるの?」と聞いたところ、「困った時にもの凄く役に立つ男です」というではありませんか。その言葉を思い出し、電話をしたのです。そして、そのその即効性の高さに驚きました。その取引先の担当者が問題解決をする正確なルートをもっていたわけなのです。

教訓
 世の中、正論だけで解決できない場合もあります。違法な手段を講じるのは良くありませんが、先方の言い分に沿って適切な対処をする必要もあるということです。そのためには日頃から各取引先や外部とのコミュニケーションを密接にとり、いざとなったら助けてもらえるような人間関係を築き上げるのが重要ですね。

⑰暴力団や難しい団体とのトラブル(失敗例)
  私が統括SVを三名ほど管理する立場の地区運営部長のときでした。ある都市での暴力団とのトラブルでは失敗してしまいました。
 暴力団の幹部が入り口ぎりぎりに止めていた高級車に店舗の倉庫へ資材を搬入する際、段ボールをすりつけて傷を付けたというクレームでした。どうも相手はわざと車を止めていたようです。その対応を部下の担当統括SVが自分は逃げて、店長に対応させていたのです。
 先方の要求は「傷つけた高価なベンツを新車のベンツに交換しろ」という多額な金額を必要とする物でした。弁護士などを入れましたが埒があかず、解決にはずいぶん時間がかかりました。その間、店長はずいぶん脅かされたようで、とうとうノイローゼになってしまい退職してしまいました。かわいそうなことをしたと反省させられました。

教訓
 現場にいる店長は逃げ場がないので、暴力団などとの直接の交渉には向いていません。現場に常駐していない、またはその周囲に住んでいない人間が交渉するべきでしょう。店長に最後まで責任を持たせてよい場合と無理な場合があるということを認識しなければいけません。なるべく統括SVが応対するとか、専門の弁護士などを使うとよいでしょう。
 また、このように暴力団などからのこじれたクレームや、社員の不祥事の問題解決のために警備関係の経験のある人を社員として採用する場合がありますが、向き不向きがあります。この事件のあとトラブルが続出するので、ある特殊な経験を持つ人を雇うことにし、それ以後問題は電話一本で片づくようになりました。どんな人が難しい問題を解決できるのか、常に情報を入れておくことが難しい人を相手にするクレーム処理に必要不可欠なのだと実感しました。

⑱警察との人間関係を築くために
 私がマクドナルド時代ある繁華街で店長をしていた時です。そこの繁華街は治安が悪いのでは日本一の場所でした。当時、歩行者天国が始まったばかりで、シンナーが流行し、シンナー中毒の若者とその売人がたむろするという最悪の町でした。夜になると店舗にもそんな人たちがたむろし、普通のお客さんは敬遠するようになってしまいました。
 隣に宝石店があったのですが、ある日店内に歩道から二人の男がお互いに「泥棒」と怒鳴りあいながら駆け込み、組んずほぐれつの争いを始めました。両方とも泥棒と怒鳴りあっているのでどちらも助けることができません。しょうがないので店舗の入り口を閉め、一一〇番をしました。駅前の警官が駆けつけ、すぐに本当の犯人を逮捕しました。そんな恐い環境の町でしたので、悪い客が従業員をからかったりして、従業員が追い出そうとすると熱いコーヒーを従業員にひっかけたりします。
 そこで、治安対策として、警察と人間関係を築き上げることにしました。当時のマクドナルドはお客様に出来たての商品を提供するために、ハンバーガーを製造後一〇分経過すると廃棄するシステムでした。廃棄しないとお客さんを待たさなくてはいけませんから、定期的に廃棄処分のハンバーガーを発生させます。まだ食べられるのにもったいないのです。
 そこで廃棄処分になりそうになると、そのハンバーガーと熱いコーヒーを交番に毎日持っていくことにしました。そのお陰で警官と仲良くなり、店舗にしょっちゅう遊びに来てくれるようになりました。警察官が店舗にいて、従業員と仲良く話すのですから、悪い客は来なくなるわけです。やがて警察官が転職時には店舗にきて、敬礼して行くまでになったのです。

教訓
 警察官も人間です。こちらからニコニコと話しかけたり、丁寧に接すれば、こちらが困ったときに助けてくれるのです。警察官だから恐いと思わず、同じ人間だという風に自然に接しましょう。

⑲選挙妨害
 革新政権の都市のクレームでした。ちょうど、市議会の選挙を行っている最中で、革新系の議員が怒鳴り込んできました。「店長が選挙妨害をしている」というではありませんか。
  店長に事情を聞いてみたら「店舗でアルバイトが不足しており、前日の夜に店舗周囲にアルバイト募集のポスターを貼りに行ったときに、夜で暗いものだから、誤って選挙用の候補者の告知版にポスターを貼ってしまいました」と言います。悪いことに革新系候補者のポスターの上に貼っており、「確信犯だ。選挙妨害だ、選挙法違反で訴える」と相手は息巻いています。
 そこで、店舗近所の喫茶店で話し合いをすることにしました。まず、先方の言い分をじっくり聞くことにしたのです。ノートを用意し、克明に記録をしました。相手に対して真剣に聞いているという印象を与えるためです。同時に先方が言いがかりや恐喝まがいなことを言わないようなけん制でもあるわけです。
 さて、よくよく話を聞いてみると先方の怒った原因がだんだん判明してきました。先方はポスターを発見した後、店舗にいる店長に怒鳴り込んだのですが、店長の対応が悪かったのです。店長はびっくりして怖かったのでしょう。自分の身分を明かすための名刺の交換をしなかったのです。その店長の態度に先方が意図的な選挙妨害だと怒り出したのです。そのときに店長がすぐ名刺を出し陳謝すれば、SVや統括SVそして地区部長の私を引っぱり出さずに収まった話だったのです。
 そこまで理解した私は、その場で店長を厳しく叱りつけ「申し訳ありませんでした。私どもの教育不足でした。再度このような事件を引き起こさないように十分教育を致しますのでお許しください」と直ちに詫びを申し上げました。そして、「他に何か当方でできることがありますか?」と聞きました。こちらが素直に非を認め詫びたので、それ以上の要望を言い出せるわけもなく、一件落着でした。

教訓
 現場の店長が名刺を出して、きちんと詫びれば済むという基本的な教育が必要だということです。事件が起きてからでは遅いので日頃からロールプレイでしっかり教育をする必要があります。まず、名刺を常時持っている、名刺の交換をきちんとする、丁寧にお詫びをする等の基本的なことを教えるのが第一です。
 そして、当方が悪ければ素直に陳謝しましょう。先方に実害がない以上、素直に謝られてそれ以上の要求を突きつけられ場合は少ないからです。

  6 事故への対処

⑬火災その1
  私の実家は飲食店を経営しています。最近のことですが、ある週末、友人と食事中に電話がかかってきました。「店が燃えています」との従業員の金切り声です。あわてて店舗に行くと、店の周囲は消防車で囲まれていました。幸いなことにダクト内部を焼いただけで店舗内装部分への被害がありませんでした。
 しかし、消火作業のために消防車が厨房に大量の水を放水し、厨房の調理機器はすべて使えません。屋上のダクトの出口から火炎が出て、高圧電源とエアコンの室外機を焼損し、数週間営業はできそうもありません。がっくりと来ました。
 翌日、追い打ちをかけるように、隣のビルの居酒屋チェーン本部から電話があり、「昨日は金曜日で混み合っていたが、お宅の火災の煙が空調の空気取り入れ口から入り込み、非常警報装置がなり、お客を帰した。七時から九時までの二時間閉店したため、損害金額が八〇万円になるが、それを直ちに弁償してくれ」と損害賠償を請求されました。
 火災保険も入っていたので、うっかり「ハイ」と言ってしまいました。そこで火災保険会社に相談したら、近隣への被害は保険でカバーしないと言われ、真っ青になりました。

教訓
  保険会社の方に損害賠償の請求が来たら、すぐ返事をしないで、確認して欲しいと言われました。火災の場合の補償を聞いてみたら、近隣への類焼の責任は火元が失火であれば、法律上は損害賠償の必要がないのです。
 民法七〇九条によると不法行為で損害を与えたときには損害賠償の責任があるのですが、失火の責任に関する法律「明治三二年三月八日 法四〇。 施行 明治三二年三月二八日」に「民法第七〇九条の規定は失火のばあいにはこれを適用せず。ただし、失火者 に重大なる過失あり足るときはこの限りにあらず」と書いてあります。その文面によれば、過失の場合は近隣への一切の損害賠償は発生しないことになります。これは江戸時代から木造建築が多く、火事の場合は延焼するのが常でした。過失の場合にそれを火元がすべて負担するのではたまりません。火災は天災に近い不可避なことであり、それぞれに建物の所有者が自ら責任を持つようにしたのが、明治の法律なのです。ですから、近隣への類焼の場合はそれぞれの店舗や家が加盟している火災保険などで被害をカバーするのです。そんな法律的な知識も勉強しておけばいざというときにも動揺することはありません。

⑭店舗の火災その2
 マクドナルドでは店舗設計や機械設計の仕様を明確にし、店舗にはメインテナンス教育をしており、店舗マネージャーたちは火災が出ないように日頃から注意をしています。そのために、過去店舗を丸焼けにしたのは二軒ほどしかありません(ぼやは、けっこうありますが)。
 私が担当していた関西地方都市の店舗で火災が発生したと一報がありました。幸いなことにぼやで天井の一部を焼いただけで消し止めましたが、消防車の出動を要請したということで、大事件となりました。技術担当者の推測では漏電か店舗のメインテナンスの問題ではないかということでした。火事の原因によっては担当者の処罰の問題も出るのでさっそく現場に直行しました。
 その結果判明したのは人災だったのです。その店舗は鉄骨の独立店舗で、客席天井は軽天(けいてん)という、金属の材料で天井板を吊っています。その天井板には照明器具を埋め込んであり、照明器具が加熱して天井材に燃え移ったのです。普通、天井材は不燃材を使うので燃えるはずがないのですが、天井材と天井内部のチェックをしたら、驚くことに天井内部には紙パルプを原料とした可燃性の断熱材が埋め込まれていたのです。
 この店を建設する際に断熱材のテストということで安価なパルプを使った断熱材を天井中に埋め込んだのです。そのため白熱灯を使用する照明器具の熱の逃げ場がなくなり、乾燥した断熱材が発火したのが原因だったようです。幸いなことに天井板は基準通りの不燃材を使っていたので店舗を全焼するという最悪の事態を防げたわけです。
 店舗でのテストは一定期間を終えたら評価をして、問題があれば改善すればよかったのに、テスト後の結果を検証しなかったという、担当者の不注意が巻き起こした事件でした。このままでは他店舗でも同様の危険が予測されるので、さっそく設計図面のチェック、規格のチェック、店舗のチェックを開始しました。当時は店舗のデザイン面を重視するようになり、天井の形状に変化を付けようとしていました。そのために天井材料に不燃材でなくベニヤなどの可燃材を使うようになっており、今回のような事件が多発する危険を感じたからです。その結果、再度不燃材を使用するように店舗設計基準を変更するようにしました。

教訓
 クレーム処理の基本は事実を正確に把握することです。火事など事故が発生するとその責任や原因は何か、火災後の処理の際は正しかったのかという事実を把握しなくてはいけません。まず現場に直行し、自分の目で事実を確認しましょう。場合によっては担当者の責任が問われるかもしれませんが、原因を明確にしないと再発を防ぐことはできません。
 そして、その問題が基本設計の問題で他店にも同じ問題があり得るのか、それともその店だけの問題なのかを明らかにして、対策を明確に立てて同様の事件を防げるようにしなくてはいけないのです。

25 店内人身事故
  食事を楽しみに来るお客さんも店舗で事故を起こして怪我をすると、楽しかった経験が一転し嫌な思い出となってしまい、場合によっては店舗の不手際だと言って訴訟を起こされることがあります。
 夏場や年末年始など、子どもやなれない旅行客が多く、店内外での事故が増えます。店内で子どもが駆け回り階段から落ちたりガラスにつっこんだりして大事故になったことがあります。階段の手すりや滑り止め、ガラスへのステッカーなどの事故対策が必要です。最近はお年寄りも多く、階段で転落すると骨折や場合によっては死亡するなどの大事故に発生します。常日頃から滑らないように注意し、手すりの設置も忘れないようにします。

26 駐車場の事故
 忙しい時期の駐車場では事故が多いのです。どのチェーンも駐車場に貼り紙をして、事故を引き起こした際には店舗の責任はありませんとしています。通常の車同士の事故であれば当事者で話し合ってくださいと言って済むのですが、人身事故となると会社の責任も問われます。
 ある店舗で人身事故が発生しました。店舗の出入り口から帰ろうとした子どもが駆けだして、そのまま駐車場に飛び出してしまったのです。運の悪いことにそこを通過しようとした大型のワンボックスカーは、夜間で小さな子どもが視界に入らずはねてしまい、子どもは重傷を負いました。

教訓
 いくら店舗に責任がないと行っても、店舗をできるだけ安全にしておく義務があります。それ以後、駐車場は夜間照明の基準を設けて視界を確保するのに充分な光量にしました。さらに、子どもが駆けだしてそのまま駐車場に飛び出すことができないように、出口には柵を設け、左右に迂回しないとならないようして、一度は立ち止まるようにしました。事故があってからでは遅いのでふだんから安全性をチェックし、事前に改善をする必要があるのです。

27 自動ドアーによる事故
 二〇〇四年三月に六本木ヒルズで起きた自動回転ドア事故で子どもが死亡しました。大型の回転ドアの重量はかなりのもので、安全装置で止めるには、多くの時間と距離が必要だったのです。さらに安全装置の作動位置が子どもには高すぎたという問題もあったようです。
  同じ事故によるクレームは二〇年以上前に、マクドナルド時代に両開き式の強化ガラス製自動ドアを採用した際に経験しました。若い女性の客が店内に入ろうとしたときにガラスドアが顔に当たり、眼鏡を割り大事な顔を傷つけ、大きなクレームとなりました。事故そのものはお詫びをして、医者の治療費を全面負担することで済みましたが同じ事故が発生しないようにしなければなりません。
  当時の自動ドアは足踏みマット式のドアスイッチを使っていました。入り口の足踏みマットに乗れば必ずドアは開くし、そこにとどまっていてもドアは閉じません。しかし、雨などの水に弱く、客数の多い店では耐久力に問題があったのです。そこで耐久力の高い入口天井設置の超音波センサーに変更しました。超音波センサーはレーダーのように音波を発信し、動くものを感知するとドアを開けるのです。その超音波センサーの角度の調整が悪いと死角ができ、事故が多発したのです。また、子どもなど立ち止まると超音波センサーは感知せず、ドアが閉じて事故を発生します。強化ガラスドアは重量があり、顔や頭をぶつけると子どものように頭蓋骨が柔らかい場合にはたいへん危険です。
  そこで、当時なかった赤外線センサーをドアに取り付け、よちよち歩きのできる子どもの高さに設定し、安全対策としました。現在では各社の自動ドアセンサーの安全装置として標準採用されています。その後、超音波センサーの改良を続け、死角をなくすまでには一〇年ほど必要でした。
  食事を楽しみに来るお客さんや、子ども達が事故を起こすことは極力さけなければなりません。新店舗開店の際には責任者として、自動ドアーセンサーの作動確認、ガラスに突入しないように注意のシール、階段の滑り止めの確認、手すりの確認等、厳重な安全確認をしていました。

28 子ども遊具の事故
 マクドナルドではプレイランドという子ども向けの遊具を設置しているお店があります。滑り台や、ジャングルジム、小型回転木馬などを置いて人気でした。とくに小型回転木馬は上下し回転するので、子どもに大人気でした。しかし、子どもというのは遊び出すと夢中になり、大人が考えないような行動にでます。
 ある日、はしゃいだ子どもが回転木馬が下がる際に頭を入れ、挟まれて重傷を負うという大事故を引き起こしました。かわいい子どもが大けがをしたのですから、親は激怒、強烈なクレームを申し立てられました。あわてて全店の使用を中止し、木馬が上下しないように応急処置をとりました。
 同様の事故はアメリカでも多く発生し、訴訟問題に発生していました。そこで、全世界の店舗の安全点検を行い、危険な遊具を撤去し、床は一番高い遊具から落下しても骨折しないように衝撃吸収剤を敷き詰めるなどの対策を実施しました。また、年に一回の安全点検チェックを行うようにし、その後の事故を絶ちました。

教訓
 安全性に関しては現場の対応だけでなく設計段階から対応することが必要です。そのためには一度事故が発生したら直ちに関係部署に連絡し、根本的な対応をとる必要があるのです。

                                                                                注                                                                              (1)平成七年までは減少気味であった食中毒感染者は八年の堺市の集団給食による大規模な食中毒発生以来、増加現象に転じています。労働厚生省のHPでは最新の食中毒のデーターを公表しています。
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/jokyo/nenji.html
                                                                               (2)このの商標裁判の判例はネットで見ることができます。
http://www.edu.otaru-uc.ac.jp/~nagatuka/seminar/cases/mcdonald's.html
ロゴマークの画像は
http://t4tomita.lolipop.jp/pnb/pnb05.html
マクドナルドの判例が与えた影響
http://t4tomita.lolipop.jp/ip/bukken2.html
模倣の模倣
http://ensis.jura.niigata-u.ac.jp/~w-semi/mohou818.pdf
                                                                                                                                                                    第3章 クレーム処理の今後

  1 クレーム処理の変遷

 クレーム処理などの公的機関
  昨今はクレーマーといわれるクレーム常習者が増えています。企業としてどうあるべきか常日頃から情報を入手したり、対応を勉強しておく必要があります。クレーム処理の公的機関としては消費者向けと企業向けと分かれています。企業向けの公的機関として、ACAPという通産省外郭団体があり、小売り、製造業、外食業など五〇〇社以上を組織化し、懇談会を開いたり、出版等の活動をしています。
 ACAPのHPでは消費者行政に関連する団体や組織のリンクを貼っています。一般消費者の方がクレームを申し立てたり、どこに相談をしたらよいかわからない場合に参考にしてください。
 ACAPは日本能率協会マネジメントセンターから出版している、『図解でわかる部門の仕事お客様相談室2003年』という本は、クレーム関連の情報が網羅されていますので、サービス業、小売業、飲食店の経営者は参考にしてください。
  また、クレーマーの増加に危機感を覚えた各業界団体は任意で集まり、メーリングリストを使用して迅速な情報交換をしたり、懇談会を開いています。
  
 外食現場での対応
  上記のACAPは企業向けの情報交換や教育が中心ですが、業種業態別にいろいろ具体的な悩みがあります。最大の悩みはクレーマー対策です。そこで有志が集まって、「外食相談研究会」という組織を作り、二〇社、二万三〇〇〇店舗が参加し情報交換を行っています。
 その主な活動は情報のデーターベース化と交換です。その情報の一部を見てみましょう。
 ある企業のクレームを担当する顧客相談室への顧客の連絡は
  フリーダイヤルと直通電話     五〇%
   Eメール             四九%
   手紙その他             一%
この企業は月間五五〇件、年間六六〇〇件のクレームを受理しています。経験から言うと、外食産業平均のクレーム数は1か月件数は総店舗数に等しいのです。
 また、クレームの世代分析をすると、
 第一期(一九七二年から)……相談窓口がなく、店長が対応した時代。対応は店長対応が行いました。
 第二期(一九九一年から)……顧客満足向上のために窓口開設をしました。クレーム処理はプロが対応する時代となったからです。対応は窓口の責任者がフリーダイヤルで受け付けました。
 第三期(二〇〇〇年から)……積極的に顧客の意見をより多く受理し、社内に意見を伝える時代となりました。また、消費者への情報公開の役割も担うようになってきました。受理の手段は電話から、HP、Eメールへと進化してきました。
 第四期(二〇〇三年から)……埋もれた少ない意見から問題点を発見した上で経営を改善する時代になりました。クレーム受理の手段は携帯Eメールが増えています。今後の課題はクレームを受け付けるだけでなく、ツーウエイ応対する時代となっているそうです。

 クレームの内容
 ちなみに同社のクレーム内容は、表のようになります。これを見ると、サービスのクレームが低いようですが、意見の中身はサービス関係が多い模様です。
 二〇〇一年からの商品クレームの理由の主な物は、毛髪などの異物混入クレームです。以前から毛髪のクレームは多少あったのですが、最近増えているのは消費者権利意識の向上から、すべて届けるのだということで、毛髪クレームが増えているようです。しかし、店舗での異物混入よりもメーカーでの異物混入が多いのが実状です。
 毛髪の次に多かったのは、食事して固いものが入っていたというクレームです。その原因を見てみると、金属探知器はあるが、電源を切っている工場が多かったということです。しかし、その件数をデーターベース化し、企業にしつこく伝え、指導をすることにより、改善されてきています。それでも、客の入れ歯が取れて食べたときに異物混入だとクレームを言いたて、説明しても納得ししてくれない場合もあり、苦労は絶えません。
 ある子どもの飲んだ飲み物に白い物が入っていたという異物混入クレームを調べると、じつは、子どもの唾液が逆流して異物に見えたという場合もありました。実際の商品クレームは多くなっていないはずですが、消費者の権利意識の上昇とともにクレームとしては増えてきています。
    
 クレームの受理手段
 さて、クレームの受理手段ですが、電子メールが圧倒的になりました。最近は携帯メールが普及し、いつでも、誰でもで、どこからでも、匿名で本音を言えるようになりました。そうすると、クレームが増加して大変なように思われるかもしれませんが、メリットもあります。日本人は誉めることが苦手ですが、携帯メールではお褒めが増加します。Eメール受信をするようになってから、お褒めは五~一〇倍に増加しました。
 さて、厳しいクレームメールの場合、受け取った方はたまりません。メールの場合、顔が見えませんから、陶酔して誇張した表現をしがちで、けっこうきつい言葉で書かれることがあります。しかも、夜遅い時間に深刻な内容のメールが来ても、店舗が開店しているのであわててクレームを出した人に深夜お詫びの電話をすると、本人はそんなに深刻でない場合が多いのです。
 また、大至急返事をくれとメールに書いてあっても、二割が返事できない場合があります。返信のアドレスの設定が間違っているケースです。しかし、その八割方が返事がないと怒ってきます。
 メールのやり取りはキリがありませ。メールをあまり早く返信すると、チャット状態になるので、一人一回の返信で終了します。その後のメールは無視します。深刻な状態になりそうな場合は電話にします。メールでしつこく連絡する人はちょっと変わった人が多いようです。メールの場合は大したことないと判断するようにしています。

 食の安全性への問い合わせ
 その他、クレーム以外では原材料の問い合わせが増えました。製品の安全性、カロリー、成分等の質問です。成分に関しては好き嫌いではなく、生死にかかわるアレルギー問題などがあるので大変です。HPでも掲載していましたが、今は全店舗でその場でお答えできるようにする予定です。今後は積極的なアレルゲン情報提供のあり方を、行政と企業に消費者はより求めて来ると予測しています。
 また昨年は、BSEとは何か? どこの肉を使っているのか?など、最近では、食肉の安全性は? などの問い合わせも増えました。

 あるフランチャイズ支援企業の場合
 外食企業は自社ですべてを展開する直営チェーンと、お店ごとに経営者が異なるフランチャイズチェーンとに分かれます。最近はフランチャイズチェーンの成長率が大変高いといえます。そのフランチャイズチェーン急成長の立て役者の会社に株式会社ベンチャー・リンクという会社があります。同社は消費者に好まれる料理や、サービス、雰囲気を持っている企業を探しだし、その仕組みを構築し直し、フランチャイズチェーン加盟者の募集や本部のスーパーバージングをアウトソーシングするなどの活動を通じて急成長させてきました。
 同社のイメージはフランチャイズ加盟者の募集が主であると思われていますが、同社の本当の仕事は、地道な分析とそれに基づく改善のコンサルティング活動を行うことです。
 いろいろなチェーン本部の支援業務の中にクレーム対策があります。通常の場合、クレーム対策は「やむなく行う」という後ろ向きなものでしたがベンチャー・リンク社は視点を変えて、「クレームはお客様の企業に対する要望だ。クレームを徹底的になくすようにすれば、お客様の満足度は向上し、売上が上がるはずだ」と考えました。そこで、ベンチャー・リンク社自ら「お客様センター」というコールセンターを設営し、支援先の企業のクレーム処理を集中処理することにしました。通常の企業のコールセンターにおけるクレーム処理とは、慣れない店舗現場がクレームを受けて二次クレームになることを防ぐ、といういわば「事後処理」が主目的となります。しかし、ベンチャー・リンク社は視点を変え、コールセンターのデーターベースを使い、店舗を巻き込んでクレーム対策に取り組もうという「予防策」に力を入れているのです。
 コールセンターではクレームを受けると担当者が直ちにクレーム内容をデータベースにしていきます。下記のグラフがカテゴリー分類と発生件数です。本書ではその件数のグラフだけを紹介していますが、その他に、店舗名、発生時間、クレーム内容、原因、対処方法、等詳細に記録されています。
  そのデータをもとに、コールセンターでは常に一万人あたりのクレーム発生件数を「ブランド別、店別、クレームカテゴリー別」で管理しています。クレーム発生率が高まっているブランドに対しては、すぐに担当本部やSVに報告が行き、組織的対応がとられるようになっています。また、特定の種類のクレーム発生件数が多い場合、コールセンターのメンバーが実際に店長からヒヤリングを行うことで、その原因を特定し、マニュアルや設備の改善提言を行うなど「予防的活動」を積極的に行っているのです。たとえば、「髪の毛の異物混入」というクレームが増えてきた場合、その原因が「厨房スタッフの帽子の形状」にあることを特定し、「帽子の仕様変更と業務前の粘着ローラーの使用」の提言を行うといった具合です。
 通常クレームなどのデータベースは会社の恥であるからと本社で保管するだけなのですが、ベンチャー・リンク社はそのデータを、本部加盟店舗全員、アルバイトにまでさまざまなやりかたで公開・共有化します。
 また、店舗には直接クレームやコメントカードが寄せられますのでその内容を店内会議でアルバイトにまで公開し、みんなで対策を真剣に考えさせ、実行させます。
 ベンチャー・リンク社のクレーム対策の集大成は本部主催で行う年に一回のコンベンションです。全店舗の社員と数千名に及ぶアルバイトを集合させます。そこでは各店舗のアルバイトの代表がクレーム対策・満足度向上への一年間の取り組みと売上向上への成果を発表します。そこでは、コールセンターの担当者も壇上に立ち、クレームの状況を生の音声で伝えるなど、全社一丸となって、クレーム処理の報告と成果を発表し合います。
 そのようなベンチャー・リンクと提携先本部、加盟企業の一丸となったクレーム対策により、支援先のチェーンは急成長しています。創業後八年で一〇〇〇店舗となったチェーンや創業一年半で日本一の宅配寿司チェーンとなった本部などがその典型的な例です(ちなみに、外食業界一位のマクドナルド社は一〇〇〇店舗になるのに二二年かかっています)。クレーム対策は売上を上げるということを立証したのです。

注
http://www.acap.or.jp/sub/acap006.html

  2 クレーム処理マニュアル

 クレームが発生したときの対策
 コンビニエンスストアの各社のマニュアルを見るとクレーム処理の対策があまり具体的に書いていません。これは店舗のサービスは店舗が解決する問題であり、店舗オーナーの責任であり、商品の問題はベンダーやメーカー、オーナーの問題だという姿勢からくるものです。しかし、外食店舗の場合は直営店が多く責任逃れができないので真剣なマニュアルを作成し対処しています。以下に外食店舗のクレーム処理マニュアルです。コンビニや小売業、食品メーカーも活用できますので参考にしてください。

 クレーム処理マニュアル
 どんなに顧客の方が悪くても顧客は常に正しいのだという姿勢が問題解決の基本です。顧客がいるからビジネスが成り立つのであり、顧客は皆、要求が無理なようでも、尊敬されたり、丁寧に取り扱ってくれるのを望んでいます。クレームを言う顧客の理由は千差万別だということを客の立場に立って理解する必要があるのです。 
 従業員がどんなクレームにもプロフェッショナルに対処できるように、予想されるクレームの種類とその対処の方法を明確にトレーニングする必要があります。

 トレーニング内容
 まず、予想されるクレームの種類を説明し、アルバイトが顧客の立場でこんな経験をしたらどうなるか考えさせ、顧客の気持ちを十分理解させます。そして、クレームを申し立てる顧客はアルバイトを攻めるのではなく、店舗が好きでクレームを申し立てるのだということを理解させ、顧客のクレームを怖がらせないようにしてください。

 ①迅速な応対を心がけましょう
  クレームにすぐ応対し、待たせないでください。待たせることにより、怒りが増幅するからです。

 ②落ち着きましょう
  どんな状況になっても従業員に落ち着いて冷静に対処できるようにしましょう。

 ③注意深く話を聞きます
 まず、名刺を差し出し、自分の仕事内容、現在の時間帯では責任者であることを丁寧に伝えます。顧客は相手が責任のある立場になく、クレームをたらい回しにされることを嫌がるものです。
  次に、顧客が何を言いたいのか急がせないでじっくりと聞きます。顧客が怒っていても、話をじっくり聞くことにより、怒りが収まる場合があります。話の途中で口を挟んだりして邪魔をしてはいけません。顧客は話を全部聞いてほしいと願っているからです。
 また単に話を聞くだけでなく、メモを用意し、真剣に書き留めましょう。メモを取るということは、顧客にこちらが真剣に話を聞いているのだということを示すと同時に、あとで、顧客のクレームの内容を検証するためにも大事なのです。

 ④場所を換えてみましょう
  顧客が興奮し他の客の迷惑になるようであれば、事務所や静かな場所に案内し、興奮を納めさせましょう。
 ただし、顧客が自分の家や事務所に来てくれと言っても行ってはいけません。クレームは自社の事務所か、店舗、公衆の面前で聞いてください。顧客の家や事務所に赴くと関係のない人がいたりしてよけいなプレッシャーをかけることがあるからです。

 ⑤顧客の立場になりましょう
 顧客の立場に立って問題点を見てみましょう。
 話を聞きながら、大変ですね、それはご迷惑をおかけしました等と自分も顧客の立場だったら困ると思っていることを示します。

 ⑥いいわけをしないでください
  怒り狂っている顧客のクレームは従業員を個人的に攻撃しているのではないのだということを理解し、顧客の立場で一緒に問題点を見てみましょう。言い訳をすることは火に油を注ぐような物です。忍耐をして聞きましょう。

 ⑦責任を認めてください
 顧客は弁解や説明を求めているのではなく、不満を解決したいのです。まず、その従業員が責任を持って対応し、会社として解決をするために真剣に取り組んでいるのだという姿勢を見せてください。そして、顧客に不便をかけていることを丁寧にお詫びしましょう。
 商品のクレームなど原因の因果関係がはっきりしない場合でも、ご迷惑をおかけして申し上げありませんと丁寧に詫びます。

 ⑧解決策を見いだしましょう
 クレームを申し立てている顧客の不満をその場で解決することにより、その顧客は固定客となる可能性があります。顧客の不満を事前に見つけだし解決できるようにしましょう。不満を抱くお客は、従業員と目を会わさなかったり、レジの前を行ったりきたり迷った態度が見えるはずです。その兆候が見えたら先に声をかけて不満を聞くようにすると、大きなクレームに発生しません。
 クレームを申し立てている顧客には、どんな解決策を望んでいるか聞くことにより、問題解決の糸口が見つかるかもしれません。

 ⑨顧客へのフォローアップと連絡体制をしっかりしましょう
 どんな些細なクレームで従業員が簡単に対処できたとしても、必ず、店長やオーナー、本部に連絡してください。とくにお客様の氏名、住所、電話などを聞き、キチンとメモを取っておき、正確に伝えてください。そして店長、オーナー、本部はそのクレームの原因を理解し、再度このようなクレームが起きないような対策を立てることができるからです。
 もし可能なら、顧客に直接お詫びを申し上げ、問題点が解決し、顧客が満足しているかということを確認できます。店舗の責任者が直接わびることにより、顧客は自分を大事にしてくれていることを理解でき、お店の責任ある対応に感謝するでしょう。
 顧客に詫びるときには、従業員が悪いのですなどと、他人のせいにしてはいけません。丁寧に顧客に迷惑をかけたのは自分たちの責任であることを詫びてください。場合によっては丁寧な直筆のお詫びの手紙を出すことも有効です。

 ⑩店舗で問題が解決できない場合
〈地区責任者の訪問前の注意点〉
 顧客がクレームを店舗で言い立てたときに、対応した従業員の対応に顧客が満足しない場合には、店舗の責任者か地区の責任者、本社の責任者が対応しなければなりません。誰が対応するかを決めるためにも、最初のクレーム内容を述べたメモが重要になります。
 責任者がクレームを申し立てている顧客に会う場合には、まず、身だしなみが重要です。クレームを申し立てた顧客は店舗の従業員の応対に満足しなかったのです。その理由はいろいろあるのですが、従業員が責任のある立場に見えなかった場合が多いのです。外食やコンビニ、小売りの従業員は一所懸命働いていますから、ちょっと汚れたユニフォームを着て髪を振り乱しています。その外観から責任ある立場に見えない場合があるのです。責任者がクレーム処理をする場合にはダークスーツなどを着用し地区全体をキチンと管理している人に見えるようにします。
〈顧客を訪問した際には〉
 最初に名刺を顧客に渡します。名刺入れもキチンとした黒色の革製を使用します。名刺は自分が先に両手で丁寧に渡します。この名刺の渡し方は大変重要です。先方が名刺をくれる場合には両手で丁寧に受け取りテーブルに名刺入れと一緒に並べます。そのまま名刺入れに入れてはいけません。先方の名刺入れや名刺の渡し方を見れば、身分、職業、考え方等がわかりますので、観察をしましょう。
 次に、自分の会社での立場を説明します。外食、コンビニ、小売業はカタカナの名称を使うので、外部の方にはどんな仕事でどの様な責任を持っているのかわかりません。日本的な課長、部長などの名称に当てはめてわかりやすく説明し、責任ある立場の物であると認識をしていただきます。
 顧客に「時間を使わせて大変申し訳ありません」と深々と頭を下げます。クレーム処理がうまくいくかどうかは、初対面の最初の印象で決まると言ってよいでしょう。そして、机の上にアタッシュケースなどからキチンとした革装丁のノートなどを出し、真剣にメモを取る姿勢をしめします。
 顧客の話を詳細に聞き、メモを取りだします。顧客は既に店舗で同じクレームを言っているので、再度同じ話をすることを嫌がります。そこで、「このたびは大変ご迷惑をおかけしております。当社はお客様に満足をいただけるように常日頃注意し、教育をして参りましたが、今回は大変申し訳ありません。お客様のご不満の内容は店舗でお伺いしておりますが、もう一度お伺いし、同じご迷惑をおかけしないようにいたしたいと思っております。お時間をかけて申し訳ありませんが、もう一度、お客様のご不満の点をお聞かせ願いたいと思います。よろしくお願いします」と丁寧にお願いします。
 話を聞きながら、顧客が店舗で最初にクレームを言った内容と食い違いがないか確認します。すべて顧客の話を聞いたあとに、食い違いがあればその部分を丁寧に確認します。
〈サービスクレームの場合は〉
 サービスに対するクレームの場合は、応対した従業員を連れていき、従業員の態度、口の訊き方、当方の連絡ミスなど、当方が悪い場合は責任者自ら侘びをいれ、応対した従業員にも侘びを入れさせます。通常はそれ以上要求が出ることはないはずです。
 食品への異物混入などのクレームに関して、店舗でその異物を受けとっている場合は事前に店舗内部の点検、食材製造工場の点検、本部品質管理責任者への確認、食材製造工場の品質管理責任者への確認を行い、問題を発生した部署から文書による報告書をもらっておきます。その内容の重要度により、場合によっては本社の品質管理責任者、食材製造工場の品質管理責任者が店舗地区責任者と同行し、顧客に問題点と今後の対策を述べ、丁寧にお詫びを申し上げます。

 店長、オーナーのモラルとアルバイトへのトレーニング
 クレーム処理の方法は以上のようですが、コンビニや外食店舗の問題点は、店長やオーナーがいない場合が多く、アルバイトのクレームの応対が悪く、かえって問題をこじらせる場合が多いのです。そこでアルバイトにクレームの基本的な考え方をしっかり教育しておく必要があります。
 クレームを引き起こす件数の多い店の共通点は、アルバイトだけでなく、オーナー、店長の接客がぞんざいなのです。まず、キチンとして顧客の立場に立った接客と言葉遣いが基本です。
 コンビニ商品のクレームで多い賞味期限を過ぎている場合や、外食店舗で料理が冷めているという問題は、店長、オーナーが厳格に基準を守らないことにあります。従来は多少のことは詫びてすんでいましたが、PL法の施工以来、顧客の権利意識が高まっているので、厳格な商品基準の励行が必要です。店長やオーナーが守らないでアルバイトは守るわけはないのです。
 とくにアルバイトに注意しなければいけないのは、興奮しないということです。顧客が怒って怒鳴ってくることに対し、感情的に応対するとトラブルがかえって大きくなるからです。顧客によってはこの店での不満でなく、家庭での喧嘩、他の場所でのトラブルにより抱いた鬱屈を発憤させる場合があるから、それに巻き込まれないように冷静に対応させましょう。
 店舗で客とトラブルになっても、客の体に手を振れていはいけません。深夜営業して酒をおいているコンビニや外食店舗は酒に酔った顧客とのトラブルが多いので注意してください。

 クレームの種類別対処
 ①商品のクレーム
 店舗だけで対処できないクレームに、弁当などの商品自体の問題があります。食品の中に異物が混入したり、変色、異臭、カビなどです。まず「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と丁寧に詫びる。すぐに店長、オーナーを呼ぶ。状況、顧客の言い分に耳を傾ける。次に顧客のレシートと商品を確認後、直ちに回収し、顧客に返金か他の商品の提供をする。顧客の住所、名前、電話などの連絡先を聞き、これから問題を調べ、わかり次第連絡する旨を丁寧に伝える。途中で顧客を待たせることはしません、クレームが大きくなるだけだからです。
 回収したものと同じ商品の販売を中止し、冷凍庫に保管し、直ちに店長、オーナーは電話で本社の担当部署に連絡します。また、担当の店舗指導員と地区本部の商品部などに連絡を入れます。緊急用の連絡体系を表にしておくとよいでしょう。
 同時にクレーム報告書を作成し記録に残し、本社にも提出します。クレーム報告書は商品クレームの内容(異物混入、変質、カビ、下痢などの食中り、歯の欠け)など明確に書きます。次に商品名、要領、期限、製造年月日、配送便、メーカー名。販売状況は、販売日、数量、食べた時間。顧客情報は、氏名、住所、電話、性別、連絡先、入院したらその病院名と住所、電話番号、あれば診断書の内容を記入してください。
 本社は直ちに緊急連絡網に基づき、社内担当者、ベンダー、メーカーの担当者に連絡し、店舗に行かせ現物を回収します。次に問題商品と同じ製造時間の物を冷凍庫から出し、分析します。食中毒などの大きな可能性がある場合には、自社工場で分析するだけでなく、公的な機関にも分析を依頼してください。
 問題の答えが出たら、直ちに本部に連絡し、オーナー、本部指導員と顧客の家に同行し、詫びます。責任が明確であれば必要な補償額を申し出て解決します。金銭の授受が発生する場合には、同時に示談書を取り交わしておいてください。
 食中毒だとクレームが入ってもあわててはいけません。単なる食あたりの場合があるのです。食中毒の場合は食事をしてから数時間しないと発生しないので、食事中に嘔吐したり腹痛を起こす場合は、食べ物の組合せが悪かったり体調が悪い場合などです。
 お客には「ご迷惑をおかけしております」と丁寧に侘びをいれ、病院での診断をお願いします。同時に食べた料理を保健所に持参し、菌数検査などをして貰います。病院の診断の結果はすぐ貰い、食中毒菌が発見されたかを確認します。診断の結果、問題がなければその旨を客に丁寧に説明して終わりです。店舗に責任はないのですが場合によっては病院の診察料などを支払う場合があります。
 チェーン本社は常時、ベンダー、メーカーの工場に対して、衛生的で、安全であることを要求しておきましょう。アメリカで実施されているようなHACCPによる安全管理システムの導入を指導するべきしょう。
 また、食中毒だけでなく異物混入のクレームが多いので、工場内で使用している、什器備品の種類、管理方法の確認も必要です。少なくとも金属探知器の設置と、常時その感度のチェックを怠らないようにしなければいけません。

 ②やくざ、暴力団などによる故意の嫌がらせ
 暴力団新法の施行以来それらの嫌がらせは減少してきましたが、景気の低迷によりまた、増加の気配があるので注意が必要です。この問題は地域差があり、チェーン本部は地域により異なった対策を立てる必要があります。首都圏は警視庁の姿勢が強くあまり大きな問題となっていませんが、関西などの地方に行くと警察の姿勢が大きく異なります。また、関西方面ではそれらの団体以上に強い組織がありその対策は十分な注意が必要です。
 やくざ、暴力団に対する基本的な対処の方法は、時間をかけてじっくり取り組むという姿勢と経験です。簡単に金を払えば解決するわけではないと言うことをしっかり認識しましょう。問題が解決しても後でもっと大きな問題となるからです。

 クレームを怖がるな
 相手が裁判に訴えると言っても怖がることはありません。こじれて弁護士を選定するには日本はアメリカと違い、着手金と訴状に貼る印紙が必要になり、最低で三〇万円から五〇万円の費用が必要です。アメリカの場合、勝訴したときに弁護士の取り分が多くなる仕組みになっておりそれが訴訟が多発する理由ですが、日本の事情は異なります。
 また、日本の弁護士や裁判官の数は少ないので、裁判は長期化し、それに伴い弁護士費用は高騰します。そういう意味で裁判に持っていくのはクレームを申し立てる側にとってあまりメリットがないので怖がる必要はありません。先方に裁判にするのは結構ですと言って対応を見るべきでしょう。裁判をすると公になるので会社の恥だと怖がってはいけません。堂々とすればよいのです。

 クレーム処理担当者と弁護士の選定方法
 ①本社のクレーム処理の担当者
 クレーム処理の基本は相手を満足させることです。クレームに勝ち負けはありません。クレームを言われたら、少なくとも相手を満足させる必要があるのです。満足させるといってもお金を払うという意味ではありまえん。相手の言い分を時間かけて聞くということです。クレームを言って来る客でも、こちらが親身になって聞きいれ、真摯な態度を示せば、それだけで満足してくれるはずです。
 もし、お客様相談室などの専門家を会社に置く場合には担当者の性格は二種類必要となります。お客様相談室に向いている人は基本的には、まあまあとなだめる穏和な人です。しかし、穏和に話していても問題が解決できない場合があります。そのためにもう一人、喧嘩や論争を嫌がらない人も必要です。その場合単に喧嘩をするのではなく、理詰めでキチンと論争をする能力が必要になります。
 いずれにせよ、上記の二種類の人を置き、硬軟自由自在に対応できるようにしましょう。

 ②弁護士の場合
 いざ弁護士に依頼する場合ですが、大会社の弁護士がよいというわけではありません。大会社の優秀な弁護士は忙しいので、クレームなどの小さな事件には真剣に対応してくれません。親身になって相談に乗ってくれる弁護士を選びましょう。ただし、弁護士に任せきりにするのではなく、交渉の際のアドバイスをもらうようにしましょう。
 弁護士の費用は時間で発生しますので、交渉まで立ち会わせると費用が高すぎるからです。しかし、問題がより深刻になったり、相手との複雑な示談交渉になる場合には思い切って弁護士に任せることも大事です。

最後に

 クレーム処理は会社や組織に所属していても、個人で生活していても、周囲の人間関係から必ず発生する物です。以前ですと、人間関係を壊すからと我慢をしていたのですが、最近は自己主張を明確にする時代で、クレームから逃げることは難しいのが現状です。
 クレーム処理というと嫌なことの後処理のように思われますが、言葉を換えると顧客満足度を高めることなのです。顧客のクレームを解決することは実は顧客満足度を高めることにつながるのです。日本ではどうも言葉が先行して、「顧客満足度を高める活動」に積極的に取り組みやすいのですが、「クレーム処理」と言うと、誰か専門家を雇って処理させればよいと思われがちです。一番大事なのは、クレーム処理と顧客満足度活動はまったく同じなのだと言うことなのです。
 外食や小売り、サービス業は数多くの従業員がおり、経験の少ない人も多く、難しいクレームや人に対応すると失敗しがちなのです。

 その対策として、企業や組織に所属している場合には、過去発生したクレームのデーターベースを作成し、その原因、クレームの処理の経過、今後起こさないためにはどうするのか、と言うことを詳細に述べ、全社員や従業員とその情報を共有することが効果的です。
 クレームのデーターベースは原因別に分類し、どの地区でどの様なクレームがあるのか。その原因は何かを分析します。月別、年度別に分析し、どの分野のクレームが増えているのかを詳細に分析します。もし、サービスの遅さに関するクレームであれば、調理方法や調理機器の変更により改善されるのか、充分な従業員の採用が必要なのか、従業員に対する教育が必要なのかを分析し、具体的な対策を組織として立てる必要があります。
 クレームが発生すると対応した従業員の問題と考えがちですが、その組織やシステムの基本的な欠陥の場合もあるからです。
 次にそのデーターベースを元に従業員のミーティングを開き、問題点を明確にし、どの様に改善するのかをディスカッションし、従業員からも改善策のアイディアを貰います。

 このクレーム情報と改善策の共有、会社や組織としてのクレーム改善に取り組むことで、クレーム処理のノウハウ、経験が全従業員のものになってくるのです。勿論このクレームの共有は1~2年でできる物ではありません。じっと辛抱をして継続してクレームのデーター処理を行うことが大事なのです。

 そして、そのクレーム情報を社内や同一の組織だけでなく、外部の組織と連携をして正しいクレーム処理をどのように行うかを考える時代に来ているでしょう。
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